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「<紅の鮮麗> 〜三日目・陽の当たる丘公園の夜・その三〜」 hiro


 砂塵がもうもうと煙りを上げて、土砂が降り落ちてくる。砂色の空間から間一髪脱出し
たヒロは、刀身を鞘におさめ目をこらした。
「……ルニのやつ、ここまでヒドかったなんて……」
 ルニ・ラージュという少年の器には、巨大な神気を受け止めるだけの大きさはあるはず
なのだが、病的と言っていい自己嫌悪のため、そのすきまを埋められず、結果として、こ
ういう暴走化にはしることになってしまう。ヒロの神気は、それを刺激しただけにすぎな
いのだ。
(どうするの)
(僕が、いこうか?)
 ふたつの意識が、ヒロにそう声をかけてきた。
「いや、いい。俺だけでなんとかする。ティアもキュアも、余計な手出しするんじゃない
ぞ」
 そんなふうに答えた瞬間、爆煙から躍り出てくるルニ。表情が読めないため、なにをし
てくるのか予想だにできない。
 バックステップで間合いをあける。
 ついさっきまでいた地面に、ルニが掌を叩き込んだ。丸く陥没し、即席クレーターを作
った。衝撃波、それに砂礫がヒロを宙へと押し上げる。
 くっ、とうめきながら抜刀し、頭上に先回りしていたルニに斬りつけるが、ルニはその
刃先を指で挟み込んでしまった。中空でルニは、ぐるんぐるんとカタナごとヒロを振り回
し、放り投げる。
 ヒロの激突は、一本の木立を爆砕させた。
 そんなヒロなんてかえりみず、公園外に出ようとしたルニは、振り返りざま手を振り払
った。ぱきん、と破砕音が鳴る。
「まだ……だぞ……」
 行かせまいと神刃を放ったのだ、ヒロが。
 土だらけ、血だらけのヒロは、樹木に寄りかかりながら、あらい息を吐いている。戦況
は絶望なのに、目から光が消え去ることはなかった
「ヒロ?……ルニ!?」
 カン高いその声の主は、マリアだった。
 ルニがそちらを向くと同時に、神気砲ともいえるそれが、マリアに向かって放たれた。
ヒロは言葉が継げられず、カラダの方は反射的に動いたが、とても間に合う距離じゃない。
 ブォン!
 横抱きにして横っ飛びしたのは、まるにゃんだった。後方で、獲物を逃がした神気のい
ななきが消え去る。
 マリアはパニックにおちいった。殺意らしい殺意はないが、あきらかに自分を殺しにか
かったのだ、ルニが。……この前と、同じ……
「また、なの?」
 ゆーきとともに来たパティが、ルニとヒロの様子を交互に見ながら、つぶやいた。
 パティとマリアはともかく。まるにゃんとゆーきは、ルニをひと目見たときから鳥肌が
たっている。ヒロに何かの事情を聞かずとも、臨戦態勢に入ってしまうほどの。
 魔法剣『ヴァイパー』を抜き、ゆーきは鞘は後ろに放り投げた。
『フレアナパーム!!』
 剣先を、下に叩き付けた。
 ごぼりと大地が盛り上がり、そこから生まれた半球状の爆炎が、ルニへと猛進していっ
た。炎線の終点にいたルニは、片手をさげ、それを軽々と握り潰す。爆炎はなんらかの抵
抗すらできず、無念に虚空に霧散していった。
「……そんな」
 ゆーきがうめく。いまのはルニの強さの確認のための技だったのだが、まさかこうも易々
とあしらわれるとは思ってもみなかったのだ。
「スキありぃ」
 ルニの背後に出現したのは、まるにゃんだ。首筋を狙ったカマのような蹴りは、食らえ
ばひとたまりもないだろう……食らえば。
「――い、たぁ〜〜〜〜ッ!!」
 なんのひねりもないタダのケリに、ルニを常に覆う神気をやぶれるわけもない。すねを
痛打したまるにゃんは、ケンケンでぴょこぴょこと跳ねながら、無様に後退した。
「……まぬけ」
 ヒロが横目で憎まれ口をたたき、振りかぶったカタナをルニの腰目掛けて薙いでいた。
事前に相談してたわけじゃないのに、ゆーき、まるにゃん、そしてヒロと、連携プレーを
していたのだ。
 ルニは、刀身の腹を左手で上から押え込み、切っ先を地面へと突き刺せた。右手にうね
る神気の拳が、それをなかばからヘシ折る。
 砕けた銀色の破片が舞い、ルニの蹴撃がヒロを捉えきれずに空を切った。
 宙で華麗にスピンし、ヒザを曲げながらおり立ったヒロは、それを爆発力とし、再度ル
ニへと襲いかかった。
 折れたカタナが、見る間にはえてくる。復元刀とも呼ばれる、便利な武神具なのだ。
 ゆーきとの斬撃によるコンビプレーは、ことごとく弾き返される。まるにゃんはソデで
見ていることしかできない。
 神気による圧力波が、コうるさいふたりを弾き飛ばした。
 瞬間。その神気膜が薄くなった寸隙をつき、まるにゃんの蹴撃が、今度こそ叩き込まれ
た。ルニがぐらつくが、ダメージが読めない。
 素早く離れようとするまるにゃんを、ルニが横殴りで叩きつける。かろうじてかすった
だけだったが、それですら頬骨が砕けた音と、しゃっくりのようなまるにゃんの苦鳴。
「お師匠様!!」
 思わずゆーきが助けに入ろうとする。そこにルニが当たり前だと言うように、真ん前に
あらわれた。
 掌底破とも言うべきそれを受けたゆーきは、その身を転がし回る。
 七転八倒したゆーきは、砂埃とともに沈んだ。死んではいないはずだ。あの瞬間、急所
からそらしたのと、後ろに自ら飛んでいたからだ。普通なら、内臓破裂を起こしていたと
しても不思議はない。
『ゆーき!』
 ヒロとパティがいちどきに叫び、駆け寄る。
 マリアは、その場で硬直していた。
「……どうして……? どうしてこんなこと、するの……?」
 脳裏が真っ白になり、マリアは、それを独語しづづけていた。まるにゃんがルニのまわ
りを駆けずり回り、スキを見出そうと躍起になっているシーンを、劇でも観劇するように
ぼぉっと見ている。
 人外のスピードでまるにゃんを軽くとらえ、ルニの拳の嵐が吹き荒れた。
 ――また、だ――
 地面に壕(ほり)をこしらえながら、まるにゃんが背中からがりがりと滑りまくった。
まるにゃんの再生能力が損害に追いつけず、代謝がフルパワーで総身から白煙を立ち昇ら
せている。
 泣き言をいう気はなかったが、勝ち目がないことは、動かしようのない事実だった。
「これは人生史上、大ピンチな局面かなぁ〜〜とか? そう思わない、ヒロちゃん?」
「かも、な」
 失血量がそろそろ肉体の機能をさえぎりそうだ。ヒロはぼやけてくる焦点を頭を振って
なんとか立ち直らせ、柄をにぎる手に力をこめた。
「俺が……ルニの結界に穴をあける」
「りょか〜い!」
 飛び出したヒロのあとを追い、まるにゃんも地を蹴った。ヒロの陰にひそむようにまる
にゃんは駆けているから、ルニからは襲撃者はヒロひとりにしか見えない。
 突進の勢いを斬撃力にかえ、ヒロは横薙ぎに繰り出す。
 神気結界を唯一やぶれるのが、このヒロだとルニは本能的に知っていたから、これは後
ろにかわそうとする。
 しかし、ヒロの伸びはルニの予測の上をいっていた。
 斬り裂かれ、結界に横溝ができる。そこをヒロの頭上から跳躍してきたまるにゃんの飛
び蹴りが、引き裂きながら炸裂した。
「はぁっ!」
 ガシッ、とルニに足首をつかまれ、ハンマー投げの要領でまるにゃんは『下』に殴りつ
けられた。背骨が砕けたまるにゃんは、一度バウンドし、横転する。
「あ、うううう……!!」
 激痛に、しかし転がり回ることもできず、舌を噛みそうなほど歯を食いしばるまるにゃ
んは、戦線離脱を告知していた。
 ――また、だ――
「……やっぱり、そうだったんだ」
 マリアは、確信していた。


「ちょっと、マリア! なにを……!!」
 パティの制止の声は、左の耳から右の耳。マリアは、強い光をエメラルドグリーンの両
目にたたえ、毅然とルニに歩み寄っていく。
 いまやゆーきとまるにゃんはそれを傍観するしかなく、ヒロもカラダを鞭打ったとして
も間に合いそうにない。
 殺される――誰もがそう思った。
 だが。
「ほらやっぱり」
 何事もなくルニのがわに来たマリアが、嬉しそうに笑った。
 マリアは気づいていたのだ。ヒロたちを攻撃するルニに、ためらいがある事を。ゆーき
に食らわせた掌底破、まるにゃんに放った拳や投げ飛ばし、これらをルニが全力やってい
れば、即死なのは間違いないのだ。……まるにゃんは死なないが。
 おそらくルニは、害意をもった者にしか攻撃しないのだろう。……あくまで、基本的に
はだ。目の前にいるのがマリアでなければ、その保証の限りではないが。
「たとえ相手にどんなに迷惑がられたってね、自分がコレと決めたことはつらぬき通さな
きゃいけないの」 
 ルニを抱きしめながら、マリアは耳元にささやく。
「あんたどういうつもりでヒロに逢いにきたの?……ヒロに殺されるため? それとも―
―」
 輝くように、ほほ笑んだ。
「マリアに逢うために?」
 ――――――――
「うわああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
 本能に占拠され引き潮だった感情が、心にささやかれるつぶやきをキッカケに、満ち潮
に突然戻り、おかげで本能と感情が激しく入り乱れることになった。
 凶暴な目つきでマリアを突き飛ばし、追い撃ちに拳撃を振りかざした。破壊本能にとっ
て邪魔なものを、目の前から消すためにだ。
「だめぇ!」
 マリアの上におおいかぶさったのは、パティだった。
「パティィ!!」
 絶叫したヒロの中で、ランディとの戦いのときにも起こった弾ける感覚が、またも起動
した。一歩目の足、それが地につくと、ヒロの身がパティの方に引っ張られるように走駆
していた。
 神速すらも凌駕したその脚速は、パティとマリアをそこから救い出す。背後で震動音と
四方に散った土が、雨のように降り注いできた。
「ぉぉぉぉ――――おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
 空間に静電気が荒れ、剣気が金切り声となる。刀身をおさめたヒロは、紅い疾風となっ
てルニに迫った。
 ドンッ!!
 爆裂音とともに、ルニが横にゆらいだ。――牽制に放ったのは、ランディ!
 ヒロの髪と瞳が真紅に染まり、呼応して紅魔が咆哮をとどろかせた。
『我流抜刀術!! 紅蓮咆哮!!!』
 踏み込みによる剣速が、不可視の領域に達し、瞬間、ルニを大空高くへと舞い上がらせ
ていた。


「ぼくはね、ヒロにぃ……父さんを、この手にかけているんだ……」
 ルニは、ぽつりと言った。
「母も殺し……父さんも、ずっと、守ってくれてたのに」
「アユカさんは、おまえのせいじゃない。あのヒトは後悔なんかしてなかった――おまえ
を産むことにはな」
 なぐさめの言葉は、いまのルニには痛切の極みにしかならなかった。
 そこら中の草木が裂け、爆発する。
「もういやなんだよ……歳が経つごとに自分じゃなくなる時間が多くなって。そうなった
ぼくは、この世界の害虫とおんなじなんだよ! だから、そうなる前にヒロにぃに殺して
ほしんだ」
 自憤から、一変して懇願へとかえるルニに、生気はない。
 ヒロは、トーンを低くして、設問した。
「それでなんだ? おまえ、死んで楽になりたいのか?」
「そうだよ!」
「なるほど。――で、その業を俺にかわりに背負ってもらいたいってか?」
「!!」
「分かってなかったみたいだな。俺がもしおまえを殺せば、ルニとその両親殺しの罪、そ
れを引き受けなきゃいけないんだよ」
 声から感情を押し込めていたヒロの紅の瞳に、ほのおが灯った。
「大罪を俺に背負わせて、おまえはのうのうと死ぬってのか!? そんな結末、許さねェ!
おまえには、罪が晴れるそのときまで、生きて生きて生き抜く使命があるんだよ!? そ
れを放棄するだと!? それこそ、この場でぶっ殺してやらァ!!!」
 矛盾も矛盾。言ってることが前半と後半で違うような気もするが、紅蓮譲りのこの喝は、
ルニにも効果があったようで、おびえたみたいに身をすくませた。
 それでもまだ、ルニには人生から忌避(きひ)しようという弱気な意志が浮かんでいた。
それをよしとしないのが、ヒロの人格だ。目的のためには、手段を選ばない。
 横溢(おういつ)しそうなほどの神気を発し、殺気がらみのそれは、静聴していたマリ
アへと向けられる。
「ルニ。おまえが死にたいってんなら、マリアも一緒に死なせてやるよ。その方が、嬉し
いだろ?」
 マジの目つきでマリアに拳を振り上げ、ヒロは叩き潰そうとする。
 ――ルニのノドから、凄まじい雄叫びがあがった。ノドを枯らしそうなそれ、そして、
ヒロは殴り飛ばされていた。
 沈黙。
 動かないヒロを、拳を振りかざしたまま凝視していたルニは、涙痕が残るくらい涙をこ
ぼし、がくがくと震える両手を握り締めた。
「ぼくは……ぼくは……」
 無言のままマリアにすがり、ルニは声を枯らして号泣しはじめた。
 それをよそに、パティはヒロのそばに寄り、しゃがみ込む。マイナス百度の視線で、
「このシレ者」
「…………」
「あんた、ワザと殴られるようなことしたんでしょ?」
「…………」
「バッカじゃないの」
「むか!」
 心底あきれたみたいなセリフを落っことされ、ヒロは死んだフリをやめ、憤然と抗議に
でた。
「俺の愛情がわかんないのか! 義弟を助けたいっていうその心尽くしが」
「あんたのおせっかいなら、十二分に分かったけどね。あんた、マリアを本気で殴るつも
りだったでしょ? どういうつもりなの!?」
 襟首をつかまれ、息苦しいヒロは、「ロープ、ロープ」と繰り返して叫ぶ。それくらい
で許すはずないパティは、神様もびっくりなほどの握力を発揮した。
 そこに、まるにゃんが乗りかかってきた。しかも、腹の上にだ。
「ぐぁッ……お、おまえ……なんの恨みがあって……!」
「恨みだらけだよ」
 にや、と笑ったまるにゃんは、どすどすとゲンコツをオナカに叩き込みはじめる。この
動けない機会を活用し、ながきに渡る辛苦の報復に出たのだ。つっても、ヒロの食事の横
取りをしたりとか、まるにゃんの方に責任がある気もするが、体罰が常軌を逸っしてるか
ら、しょうがないかもしれない。
「あれ……なにか、まとまったみたいですね」
 土ホコリまみれのゆーきが、眠たげな顔で、起き出してきた。こちらもオナカのあたり
を押さえている。ルニの掌打によるものだ。
 あしたあたりには、まるにゃん以外のふたり、ヒロとゆーきが、カラダのきしみに悲鳴
をあげるコトになるだろう。
「談笑か……小僧、いい度胸をしているな」
『!』
 そのランディの声に、ヒロ、まるにゃん、ゆーきは、疲れた表情を消し飛ばし、散開し
た。
「まだ、やるってのか?」
「――小僧、俺を殺せ」
 ふっと目を閉じたランディから、殺伐とした印象がなくなった。ミディアムソードが力
抜けしたように手からすっぽ抜け、ガラン、と音を立てて地面に横たわる。
 そこにいたのは、ルニだったのかもしれない。生きる意志を捨てた。ランディとルニが
オーバーラップしたようにヒロには見えた。
 ヒロは、言った。
「そうしたいところだが……遠慮しとく。あんた、まだ生き残る価値があるみたいだから」
「…………」
「それに、これは借りを返しただけだ。さっき、ルニの動きを止めたの、あんただろ? 悪
事を働いたあんたを見逃すのはどうかと思うけどな」
 カジュアル・スタイル、もう戦気を引っ込めたヒロは、パティの良く知っている『あい
つ』だった。
「ただし。もう誰一人、害を及ぼすのはやめろ。戦いたいって言うなら、正面きって俺の
とこに来いよ。――いいな、オッサン」
 真摯な眼差しには、陰気なものは感じない。しかしこの提言を拒絶すれば、この青年は
迷わず自分を切り伏せるだろう。
 いまさら命がおしいなどとは思わないが、この青臭い青年とは、何度でも戦いたい。だ
から、言った。
「……わかった」




<あとがき>

 本当はエピローグつきの方がよかったんですが。ここで、終わらせてもらいます。
 なんかスッゴクすっきりしませんけど、……つーか、ハンパだ(^^)
 まぁルニは、幸せになることでしょう、絶対。
 
 ……やっぱり気に食わないなぁ。全体的な構成が。
 プロットってホントに大事なんですねぇ〜。痛烈に知りましたよ。このSS書く前に書
いたプロットの、三割方くらい変更してるし。予定外のことをすると、必ず失敗するとい
う。
 このSSの長さ、いい経験させてもらいましたけどね。
 なぜか出てきたまるにゃんとゆーきくんは、友情出演ってことで(笑)

 さて。次で最後の悠久SS。
 どうせ最後なんですから、気合いれてやります。
 では。



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