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「<エンフィールドの日常 十三> 〜クッキングパニック・前編〜」 hiro


頭に、左右ふたつに結んである金髪の少女が、声も高らかにこう言ってのけた。
「ふ、ふん。マリアなら、もっとおいしく作れるもん!」
そこに銀髪の――ルシアが口を挟んだ。
「ふえ〜?マリアがか?……そう言えば、見たことないね。マリアが料理しているとこな
んか」
「……そうだったっけ……?」
物凄い疑問視をパティがルシアに投げかける。たらりと伝う汗。ルシアはその焦ると発生
する自然現象を無視しつつ、
「どうでもいいじゃないか、ンなこと。とにかく、マリアは料理を作るのがうまい、そう
なんだろ?」
「そ、そうよ。マリアが本気を出せば、一流のコックもビックリなものだって作れるんだ
から」
大言壮語と言ってのけ、無意味に胸をそり返させる。
いくらなんでもそれが虚言であることくらいみんな分かっていたが、それを指摘するよう
な愚か者もいなかった。言ったが最後、マリアはムキになって言いつのり、ヤケを起こし
てさくら亭を沈下させかねない。
このさくら亭に今いる唯一の男であった総司は(ルシアもだ、ルシアもっ)、手を組み合
わせその甲にアゴをのせ、
「なかなか言うじゃないですか、マリア。……なら、そこで作ってみせてくれませんか?」
その細目がさらにニッコリとして細くなる。
とたんに、マリアのハツラツな気勢がしぼんでしまった。しおれた野花を想わせたマリア
は、よそよそしく振り上げかけていた腕をおろす。
「…………」
「どうしたんです、マリア。作ってみせてくれませんか。そこにちょうど厨房もあること
だし。――それとも何か、作りたくないワケでもあるとか?」
総司のその問いには悪意など少しも感じないが、マリアを諭しているようなそんな含みが
あった。おそらく、マリアのその軽々しい浮薄(ふはく)な性格を憂いてのことだろう。
何気ない自分の言動が、こうやって自縄自縛となってしまう、それを分からせてやるため
の講義なのだ。
肩をわななかせ、唇を噛んでいたマリアは、泣くか怒り出すかどちらかの一歩手前だろう。
もう許してやろう、お店に被害が出るかもしれないし、と思った総司は、
「……いいですか、マリア――」
「ちょっと待ってよ、総司」
パティが、あいだに入ってきたのだ。
総司は、胸中でため息をついた。かばうつもりなのだろう、マリアを。そういう甘やかし
た態度が、良くないのだが……
しかし総司は、それを静聴することにした。
「今ね、厨房の方、あんまり食材が余ってなくてさ。だから、きょうはやめてくれないか
なぁ。今度の土曜日にでもマリアに作ってもらうってことで」
よどみなく喋ったパティは、ふと疑問に思い、
「総司って、料理得意だったっけ?」
お菓子作りの腕前はプロ顔負けだが、一般の料理の腕前はだ〜れも知らなかったのだ。
突然な問いだったが、総司は詰まりもせず返答する。
「そうですねぇ……人並み、ってところかな。パティにはかないませんけどね」
「それって、謙遜?」
と、ルシア。
「本当ですって。……で、それがなにか」
「ただ料理だけを作っても面白くなんかないでしょ?だからさ、料理の味比べでもしな
い?みんなも呼んでさ。その方が盛り上がるしね」
「終局的に言えば、料理対決、ってところかな」
と、ルシア。
「まぁ、そんなものね。――どう?総司。この対決、受ける?」
「いいですよ。俺の方にはまったく問題ありません。……それより、マリアの方は大丈夫
なんですか?」
チラリと、総司がマリアに目を走らせた。マリアはそれを売り言葉だと誤判断してしまっ
たようで、白い歯をムキーッと見せ買い言葉を放った。
「じょうとうじゃないっ。その勝負、受けてたつわよ!」
「……面白いですね」
ふたりは視線を噛み合わせるように、真っ向から睨みあった。
それを横目で見ながら、ルシアは、
「うまい手だな、パティ」
「でしょ?」
「違うって。そうじゃなくて。これをイベントがわりにして店の宣伝にでも使おうって魂
胆なんだろ?」
「な、なんのことよっ」
うわずった声で答えたパティを、ルシアは言葉でつつく。
「またまたぁ。ごまかすなって。俺にはすべてお見通しなんだからさ。さすが、やり手の
パティだな」
「あんたねぇ、あんまり根も葉もないこと言わないでよ!あたしは、真剣に!マリアのこ
とを思って取り成してあげたのよっ!?そ・れ・を!あんた、あたしを今までそんなふう
に見てたの!?」
すごい剣幕でまくし立てたパティは、これまたスゴイ目付きでルシアをねめつけた。
これでルシアが反省したようにシュンとして見せれば、丸くおさまっていたのだろうが…
…逆ギレを起こした。
「うるさい、ウルサイ!そこまで怒鳴るな!」
「なによ!?開き直るつもりなの?このオトコオンナは!?」
「だ、誰が男女だ!?お、おまえなんか色気ゼロのくせに!悔しかったら、俺みたいに色
気でもつけてみろってんだ」
ルシアは、自分のコンプレックスになっていることまで舌戦に勝つために持ち出してくる。
って言うか、男女って言われて怒って、それ関係の単語を駆使してくるとは……矛盾した
ヤツである。
「ばっっかじゃないの?そんなの男のあんたが持ってどうすんのよ」
案の定、墓穴を掘ってしまった。冷眼で、パティはルシアを見ている。
「……総司、出るぞ」
ぎちぎちと歯噛みしながらルシアは、悔しそうに言葉を吐き出した。パティはいい気味と
でも言いたげに、高飛車にセリフを投げかける。
「口で負けたからって、逃げるつもりなの?ルシア」
「うっさい!俺は総司につく!お前はマリアにでもついてやれ」
そう言い捨てたルシアは、足取り荒く出ていった。


「そんなワケで、なにがなんでも勝つぞっ」
ルシアが息巻いて告げてくる。せっかくの美しさがその仏頂面のため、半減以下に下がっ
ていた。
まぁ、あれは、日常に展開される夫婦ゲンカみたいなもんだ。さくら亭名物と言ったとこ
ろか。
「全然違うわっ!!」
「……ど、どうしたんですか、ルシアさん。いきなりそんな大声出して」
「あ、いや……今なんかフウフがなんとかとか言われたような気がしたからさ……」
「はぁ。空耳ですか」
「そうみたいだね、…………さて」
ルシアはひとつの家屋の前で立ち止まる。おとなりはジョート・ショップである。つまり、
ケイの家だ。
「ここに、なにか用でもあるんですか?」
「もち。あるからこそ、ここに来たんじゃないかぁ……ふっふっふ」
なんやら不吉な笑いをノドから発するルシアは、ぞぉっとする怖さすらあった。
総司は後ろに引きかけつつも、
「……い、いったい、ナニを企んでいるんです……?」
それには答えず、ルシアは総司の肩をがっしりとつかみ、
「いいか。これからお前はマリアに合わせるんだ。ミもココロもね。その上で料理対決す
れば、条件は五分と五分になる。これならマリアが負けたとこで、言い訳はできないって
寸法なんだ」
納得である。マリアなら、難癖をつけた上、逆ギレしかねない。ちょっと……って言うか、
かなりムチャな理屈だが。
ルシアは、自分の迫力にせかされるようにうなずいていた総司の腕を、さりげなくとった。
「……と言いたいところだけど、心はムリ。しかし、身の方はなんとでもなる」
「……って!?」
そこで初めてルシアの考えていることに気づいたのか、総司は嫌悪感をあらわにしながら
もがきはじめる。逃げようとしているのだ。だが、ルシアの腕力は総司の数十倍はあるの
だ。抵抗はかなく、ケイの家に引っ張り込まれた。
それからしばらくのあいだ、家内で『ドタゴトッ!』だの、『ゴガバタッ!!』だの、凄
まじい狂騒音が響いてきていたが、じきに静まる。
なんだか、とてつもなく不気味な静寂である。まるで、台風が来る前兆のような……
玄関が開く。出てきたのは入って来た時とおんなじ、ルシアと総司のふたりである。その
代わり、身長差が逆転しているが。総司は、トリーシャ並に身長が落ち、体格は華奢と言
ってもいいくらいにかわっていた。
総司のその態度は、人目を気にしているのか、うつむき加減で地面ばかりを見ていた。そ
の背を、ルシアが前に押し出した。
「……な、なにするんですかぁ……ルシアさん、やめてください……」
『美少女』に変身した総司は、すらりと伸びた肢体を隠すように身体の内側へと持ってい
く。恥ずかしさに顔を赤らめている総司は、それだけで男心をくすぐりそうだった。
本当の本当に、女になってしまってるのだ。ケイちゃんと同じくあの薬の影響を、総司も
受けてしまうのである。……難儀な体質だ。
「さて、あとは……」
ルシアはまたロクでもないコトを企んでいるのだろう、あらぬ方角に瞳を向け思案中だ。
――と。突然、ぽんと手を打ち、
「よし!次はあそこだな」
「……も、もう勘弁してくださいよぉ……」
すでに総司は半泣きだった。


「すいませーん」
ラ・ルナの玄関口にたったルシアは、快哉(かいさい)に叫んだ。
しかも、裏口ではなく、お客さまをお迎えする正面口からだ。血相をかえた馴染みのウェ
イターさんが、限りなく足音を殺して走り寄ってきた。
「ル、ルシアさん!?いきなりなんの恨みがあってのことですか!?」
掴みかからん勢いで、でも小声で言ってくるウェイターに、ルシアはきょとんとして、
「あら、ご迷惑だったのかな」
「ご迷惑もなにも、今、とても大切なお客様がお見えになってきてるんです。それこそ国
家レベルでの……!」
「国家レベルゥ〜?この店に……?」
「そ、それは言葉のアヤですけど、この店にとってはそれくらい大事なんです。そういう
ワケで、お帰りください」
「ちょっとくらいいいじゃないか」
「ダメです。……だいたい、入り口に貼ってあったでしょ、『本日休業』って」
ウェイターは頑として否定の防壁を見せる構えにある。その強情さにむくれっつらのルシ
アだったが、キラリィンと何か思いついたのか、
「ここってさ、ウェイトレスっていないじゃない」
「はぁ、たしかにそうですね。ウェイターすら、ゲーム上でも私ひとりのようですし……」
「だったらさぁ、ひとりくらい雇ってみたら?」
「そんなコト言われましてもねぇ……」
「ここにいい娘がいるじゃないか」
「ルシアさんのコトですか?だったら願い下げですね。だってあなた、オトコじゃないで
すか。……それともなんですか。ルシアさん、女装の趣味でもお持ちとか」
「チャウチャウ。ほら、これこれ」
後方でこちらの様子を不安げに見守っていた総司を連れてきて、ウェイターに披露してみ
せた。もじもじと手をいじくりながら細目を伏せている総司を見て、ウェイターさん、思
わずほうける。これは脈アリ、と、ルシアは畳み掛ける。
「これほどの美人、そうはいないよ?シーラとタメがはれるんじゃないかなぁ。――で、
どうですお客さん。今しかありませんよ、こんな美人を雇えるのは」
これじゃ、悪徳商売人である。
一時入る入らないの話しを棚上げしといて、話しをすり返るルシアの謀略は、どうやら功
をそうしたようである。ウェイターはひとりごちはじめた。
その間隙を巧みにすり抜け、すきアリィ〜、とばかりに総司を引っ張っていった。
「……って。ルシアさん……!?」
目を剥いてふたりを見送ったウェイターさんは、なにもかも聴視したくなくなったのか、
両目と両耳をふさいだ。
「……うぁぁぁぁ……もうお終いだぁ……クビになるんだぁ……」
そんな悲嘆にくれるウェイターをよそに、店員の着替え室に入ったルシアは、ロッカーの
中を物色していた。
「なに、してるんです?」
中をのぞき込んでは次、のぞき込んでは次とやっていたルシアに、総司が問いかけた。そ
のルシアの行動の意がまったく読めないらしい。
ウェイターとオーナー、それに数人の料理人しかいねぇはずなのに、その倍くらいのロッ
カーが置いてある。まるで、悄然(しょうぜん)と立ち尽くす銅像のようだ。……いらん
描写だな。
とにもかくにも、目的のもんを見つけたらしいルシアは、得意満面に顔を上げ、手にした
ものを総司に差し出してきた。
面白いくらい血の気が引いた総司は、指先をカタカタと震わせつつ、
「ま、まさか……、これを着ろって言うんじゃ……」
残酷にも、ルシアはうなずいた。
…………
十分後。脳死した総司を、クラウド医院に運ぶルシアの姿があった。


カララララン♪
その音色の不自然さに、ルーはカウベルを見上げた。
金色の長い年月を感じさせる古びたカウベルは、どことなく、ルーちゃんに警告を告げて
いたのかもしれない。
「…………」
ルーはしばし黙考していたが、やおらふところからタロットカードを取り出すと、その場
で占いをはじめた。
慣れた手つきでタロットカードをさばいていたルーの表情が、厳しさに引き締められる。
人差し指と中指のあいだに挟まれたカードが、『死神』だったからだ。
「……これは、死の暗示か……?」
たしか、きょうの運勢をきのう占った時は、『平穏無事』とかいうありきたりな暗示だっ
たはずなのだが……
「いかん。きょうは家でじっとしていた方がよさそうだ」
「こらこら。そんなところでタロット占いなんかしないでよ、ルー。とっととこっちにき
なさいよね」
身をひるがえしかけたところで呼び止められたルーは、呼び止めた相手、パティに視線を
やった。その後ろ手には、なぜか上体をテーブルに倒しているゆーき、まるにゃん、アレ
フがいた。
「…………どうしたんだ、その三人は?」
「あ?え?――あは、あははははははははははは……この三人はね、ちょっとお昼寝中な
のよ。だから、気にしなくていいの」
「その、ほおにかいている汗はなんだ」
そう指摘されたパティは、あわてた感じで拭いつつ接客用のスマイルを浮かべながらルー
のそばに寄ってくる。
「ま、ま。そんなコトどうだっていいじゃない。とにかく座って座って」
釈然としないながらも、ルーはカウンタ席に座った……と言うより座らせられた。
「で、ご注文は」
「そうだな……」
と、ルーが考えはじめたところでパティが、最初から頭にあったらしいセリフをほぼ棒読
みで告げてきた。
「ねぇ。きょうから入った新メニューがあるんだけど……どう、試してみない?」
「新メニュー?どんなものだ」
「えっとね。とにかく、この世のものとは思えない変わった味のする、……そ、そんな料
理なのよ……」
「俺が聞いたのは、味じゃなくて中身だ」
「……チャーハンって料理なんだけど……東方で作られる」
「ふむ。分かった、試してみよう」
パティのあからさまにぎこちない態度を怪しみつつも、ルーは従った。
そこはかとなく焦心のパティは、なにかに背を督促(とくそく)されたかのように厨房奥
へと行ってしまった。
「……やはり気になる」
疑惑がムクムクと膨らんできたルーは、厨房の奥をのぞき込んでみた。
すると――
「ちょっとマリア、ナニ入れてんのよ」
「何って……あぁ!これ、お酢じゃない!しかもこんなにたくさん入れちゃって!ど、ど
うしてこんなモノ渡したのよっ」
「人のせいにしないでよね。あんたが勝手に取って、それにブチ込んだんでしょ?」
「ううぅぅ……」
「もうこれで四人目よ?いい加減、このへんでビシッと決めてみさない、ビシッと!」
「わ、分かってるもん」
エプロンをつけたマリアが四苦八苦と料理作りにいそしんでいた。パティが横からアドバ
イスをしているようだが……
思わず、背中を壁に押し当てたルーは、
「殺される……」
そうつぶやき、今のふたりの会話から予想される解答……隅のテーブルに死んだようにし
ていた三人に近寄った。
「うっ!」
口から泡沫を吐いている三人のありさまは、今この店が尋常じゃない状態であることをひ
しひしと語っていた。
不気味なものを感じつつルーは厨房の方を振り向くと、さっきまでは見えなかった不穏な
オーラが渦を巻いていた。一種の霊感のようなもんだ。
「……やはり、きょうは家で……!」
「逃さないわよ、ルー」
ルーの逃亡を許すつもりなんてミジンコほどもないのか、フライパンとオタマを両手にか
かげたマリアが入り口に立っていた。
「に、逃さないだと」
「そうよ。あんたには、マリアの作ったものを食べてもらわないとダメなんだから」
「お、おい、パティ。これはどういうことなんだ」
マリアのかたわらですまなそうにしていたパティに説明を求めたが、返ってきた返事は、
「ごめん。悪いけど、そういうことなんで」
「そういうことって……!?」
ルーは、あまり人には見せない青ざめた顔のまま、後ろに下がった。


カララララン♪
その音色の不自然さに、クリスはカウベルを見上げた。
金色の長い年月を感じさせる古びたカウベルは、どことなく、クリスちゃんに警告を告げ
ていたのかもしれない。
「どうしたんだろ、壊れたのかな?」
「いらっしゃい、クリス」
パティが、接客用のスマイルを浮かべながら言った。
その後ろ手のテーブルには、ゆーき、まるにゃん、アレフ、ルー、メルク、ロディ、アヤ
セが……


――後編につづく――

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