中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<エンフィールドの日常 十三> 〜クッキングパニック・後編〜」 hiro


光陰矢のごとしとはまさにこのコトだろう。
とーとーその日が来たのだ。
その対決日までに、さくら亭では謎の食中毒事件が頻発して起こっていたのは言うまでも
ないが……
そのおかげで、さくら亭には昼間だというのに客が全然いない、というひっ迫した事態に
陥ったが、それもきょうで終わるであろう、パティは薄っすらと涙まで溜めて確信にうな
ずいた。何度も何度も。
――まぁ、それはそれとして。
「遅っそいわねぇ、総司とルシアは……もうとっくに約束の時間は過ぎてるっていうのに
……」
入院のためこられなかったヤツラもいるが、それでもそれなりに集まっている店内を眺め、
パティはつぶやいた。
厨房で、まな板に包丁をトントンとしていたマリアは、ふふんと鼻を鳴らし、
「恐れをなして逃げたんじゃないの?マリアに勝てないと分かって」
「…………ま、どっちでもいいけどね」
それはありえないだろうと苦笑しつつも、パティは投げやりに答える。本当に、どうでも
よくなってきているようだ。
と。にわかに店内が湧き上がった。
もともとざわめいてはいたが、それは乱雑な歓談であって、一貫なんかしていなかった。
しかしその人影が現れたとたん、申し合わせたかのように皆が一斉に声を上げたのだ。驚
嘆のため息を。
射光が逆光となってしまい、パティにはその人影の輪郭ぐらいしか見ることができなかっ
たが、誰かは見当がついていた。総司。
なんの自信からそんな顔ができるのか、不敵にマリアは、
「遅かったじゃないの。てっきり尻尾を巻いて逃げ出したのかと思ったわよ」
挑発と受け取ってもいいセリフである。
が。反撃に出ると思っていた総司はその場から動かない。
その妙な無反応にパティは眉をひそめ、歩み寄っていく……と――
「……え……と、あなた、誰……?」
それが、ウェイトレス姿の美少女を前にした、パティの第一音声であった。
その服は、黒と白のツートンカラー、地味な配色だと思われそうだが、意外に見た目はそ
んなことなかった。もちろん、来ている少女の美麗な風貌もプラスの要因であるが。
だが、これだけではオトコどもが湧く理由には少々物足りない感がある。
だからと言って、露出度が高いわけではない。
なら何かというと……代わりに、身体の微妙なラインがくっきりと浮き出ていたのだ。
身長を抜かせば、体形はメロディに似ているその少女は……
見様によっては、スゴくその……なんていうか……(口ごもる)
――にしても。
こんな服を用意しているラ・ルナのオーナーってば……。あの店にウェイトレスのいない
ワケが分かったような気もする。
「……あ、あの……俺は……」
「パティ、この顔見忘れたのか?」
勇気を振り絞って名乗ろうとした少女は、そのルシアのデリカシーのなさに非難めいた視
線を送った。
ルシアはそれには歯牙にもかけず、少女の頭とアゴを両手で挟み、パティに近づけた。そ
の強引さと握力に顔をしかめている少女をよくよく観察してみると、たしかに、どこかで
見た顔だった。しかも、結構見掛けているような気がする。
数秒の思量後。
「…………ええ!?」
「ようやく思い至ったのか」
「そ、そんなことってあるの……あんた、ホントに総司なの!?」
偉そうなルシアは無視し、驚愕しながらパティは、ぶしつけにペタペタと少女こと総司を
さわりはじめた。
「ちょ……!やめてくださいっ!俺は人形じゃないんですよ?」
「の割りに。しっかり着せ替えられてるあんたっていったい」
「しょ、しょうがないでしょ。ルシアさんに脅されたんだから……」
「人聞きの悪いこと言うんじゃない。俺は、着てくんなきゃ暴れるって言っただけだ」
「それを脅しっていうのよっ!」
いけしゃあしゃあと言うルシアの頭部にツッコミのチョップを打ち込み、パティは憐れみ
に総司の肩を叩いた。
「あんた、街のために自ら辛酸をなめたのね……」
「分かってくれますか……パティ……」
「うんうん。ルシアが見境なしに暴れようもんなら、この街が原形を残さず地図上から消
滅しちゃうからね……」
「そうなんですよ……さすがにそれだけは阻止したかったので……」
「……をい。おまえら、俺をなんだと思ってるんだ……」
『冷徹な破壊者』
「…………」
否定できない自分にむなしさを感じながらも、ルシアは、
「じゃ、はじめようか。料理対決を!」
「……ようやくぅ〜?あんたたち、主役のはずのマリアをほったらかしにして盛り上がら
ないでよね」
蚊帳の外同然だったマリアが、ぶつくさと文句を吐いた。


「両者とも、反則だけはしないように。マリア、特におまえはね」
「ぶぅ〜★マリアがそんなコトするワケないじゃない」
「いや、反則をしそうだったから……ま、しないならそれにこしたことはないけど」
ひとつため息をついたルシアは、総司とマリアを交互に見、
「それでは、始め!」
その宣言と同時に、今や料理人となったふたりの少女は、互いに負けん気に燃える瞳を交
錯させた。
しかしそれも一瞬のコト。
戦場と化した厨房は、激烈な炎を背景に、ふたりの心情をヒートアップさせた。
この数日間。さくら亭のみならず自宅のキッチンでも練習にはげんでいた甲斐があったの
か、マリアの手の動きは滑らかでしなやか。とても、このあいだまで料理オンチ……じゃ
ないがそれとほとんど変わらなかったマリアとは思えない。
努力さえすれば、マリアにできないことはないのだ。本人は気づいていないだろうが。
メンバーの数が数だけに、フライパンでやっていたのではとても量が足りない。そのせい
で、マリアの手には余るんじゃないかと思われるおっきな鍋が使われている。中華鍋って
やつだが……この世界に中華はないだろう。
鍋をかまどにのせ、熱しているあいだに、マリアは具となる肉類、野菜類を切り分けはじ
めた。
それらから連想される料理を、総司はあっさりと見破った。
「なるほど。……チャーハンとはこれはまた面白いものを」
チャーハンは単純な料理なため、逆にその料理人の腕前がこれだけで分かってしまう、批
評するにはもってこいの料理なのだ。
今だ何も手をつけていなかった総司は、クスリと笑い、やっとアクションを見せた。
それを見たマリア、
「な……総司、あんたマリアのマネをする気なの!?」
憤懣やるかたないのか、語気も荒く問い、対し総司は涼しそうに、
「その方がいいでしょう?これなら味の差に違いがあれば、すぐに分かりますから」
どうやら、はじめからこうするつもりだったのだろう。シニカルに告げて、総司は作業の
つづきに戻った。
酷なコトを告げられたマリアは、あやうくブラック・アウトしかけたが、なんやらその総
司の傲然とした素振りに怒り沸騰したのか、鼻息荒く目下の相手にとりかかった。
ジューゥと鍋がはじけた音響をかなで、泡立ちながらデコボコな肉が踊り狂う。大きさが
チグハグで、これじゃしっかりと全体的に熱が通らないが、そんなこと関係なさそうにマ
リアは、野菜をまぜオタマでシャンシャンとかき混ぜていく。
それを観客席から見ていたルシア、感心したように、
「へぇ。マリア、かなりマシになってるじゃないか。もしかして、期待できるかも」
「そりゃそうよ。なんたってコーチはあたしだったのよ?……苦労はしたけどね。もう二
度とお断わりってなくらいに」
「心中、お察しするよ」
「どうも……」
ルシアからおどけた激励をもらって、パティは脱力した。
で。後半戦に突入。
と言ってもこの料理、そんなに時間なんてかからない。あとはご飯を入れてよくブレンド
すればでき上がり。
「総司ってこんなにうまかったの……!?」
マリアは鍋をガタガタと操りながらも、横目で総司の手つきのあざやかさに、嫉妬のある
驚きを発した。
それが、マリアの失敗のもとだった。
総司を意識しすぎるあまり、入れた調味料が望んだ物ではなく、まったく場違いな物だっ
たのだ。
「あっ……」
間の抜けたマリアの声。
入れてからではもう後の祭りだった。今から作り直しているヒマはない。
自分のマヌケぶりが情けなくて、マリアはうつむいてしまった。涙腺がゆるみ、しずくが
こぼれそうになる。
と。そこに、悪魔のささやきが聞こえた。
普通の人間なら、それなりに抵抗のひとつでもするんだろうが、マリアは簡単にそれを受
け入れてしまった。
(……誰も、見てないよね……)
ちらっと観客たちを視野に入れれば、総司の達人的な動作に釘付けになっている。
チャンスは今しかなかった。
これは反則じゃない、と胸中で正当化しつつ、マリアは――


審査員は、さくら亭に集まってきている全員。
各テーブルにパティ、ルシアがチャーハンの盛られた大皿を、総司とマリアが小皿を皆々
の前に置いていく。これは、好きな分だけとって食べればいいという配慮からきたものだ。
もちろん、マリアと総司のものを区別するために、急きょヒロとトリーシャが目印の旗を
こしらえていた。
日の丸の色が黄色がマリア、黒が総司。
ヒロとトリーシャの性格の安易さがよ〜く分かる作品である。
お子様ランチみたいになってしまったが、まぁ、それはそれ。これはこれ。
さすがに全員、マリアのチャーハンには不審げな眼差しをみせたが、先ほどの作り方はな
かなかに堂に入っていたから、スプーンを取って恐々(こわごわ)ながらも食していた。
「う……おいしい」
「ホントだな。想像していたのとはかけ離れてる……」
「あしたは、大雨……いや大雪か?」
などと皆々様、口々に素直じゃない勝手な感想を述べていた。
「ナニ言ってんのよ。これがマリアの実力じゃない!」
口では憤慨しながらも、マリアはその感想を心地よさげに受け、顔をやわらげている。
「それじゃ、判定をお願いしまーす」
ルシアの店内に響く一言。
「総司のチャーハンの方が良かったという人は手を上げてください」
見極めるのが難しい、半分くらいが上げているように思える。
意外に、接戦になりそうだった。
「じゃ、マリアの方が、ってヒトォ」
…………
「本当に半々だ……」
「予想外の展開ね。あたしも総司が勝つと思ってたんだけど」
マリアの味方のはずのパティまでが、そんな身もフタもないことを言っている。
「待て。まだ俺らが残ってるぞ」
「……あ、そういえばそうね。って、ここであたしたちふたりが総司に入れちゃったら…
…」
パティの味覚は、総司の方がわずかながらにおいしいと訴えていたのだ。そしてルシアも。
顔を見合わせたふたりは、ふっと笑いあった。
「ま、ここはマリアの努力に敬意を表して引き分けってことにしとかないか?」
「そうね。その方が店のためにもなるし」
そこに。
突如、頭の中がぽーっとしてきて、思考能力がマヒしたような感覚が。
「……パティ……」
「ルシア……」
「キミはなんてカワイイんだ……その……俺と付き合ってくれないか……」
「そんな……そんなこと……」
ポッとほおを赤らめ、パティは目を伏せた。
……普段のふたりには、ぜってぇない会話である……
と言うか、たとえあしたが世界の終わりの日だとしても、ここまではしないだろう。断言
してもいい。
「あたしの方が……」(なんでこんな恥ずかしいコト言わなきゃなんないのよっ!?)
「いや、俺から言わせてくれ」(ぐがぁぁ!口が腐るぅ!!)
セリフは火が噴きそうなほど恥ずかしいが、その顔は汗を浮かべ、必死にみえた。
ルシアの指がパティのアゴにかかり、自分に寄せはじめる。
その瞬間、自分がこれから何もやるのか分かったのだろう、顔色が真っ青になった。客観
的に自身の行為を見せ付けられ、抵抗もままならない。
パティの方なんか涙目でやめてやめてと訴えている。ルシアも渾身の力を振り絞り身体の
自由を取り戻そうとしているが――
「愛してるよ……パティ」(ふざけんなぁ!!)
「あたしもよ……」(そ、そんな……こんな形でなんてイヤァ!!)
唇同士が重なるその刹那!
『プハッ!』
まるで水中から水面に出て空気をむさぼるかのように、ふたりは息を吐き出した。
ルシアは勢いから、後ろに派手に倒れ込む。
呆然と、ルシアは、
「い、いったい……なんだったんだ……?」
「それは……それはあたしが聞きたいわよ!?あんた、いきなり、き、キスしようとする
なんてぇ!!バカバカバカバカァァァァ!!!」
泣き顔のまま怒鳴られても恐くはないが、ルシアはパティの心情を察して口出しはしなか
った。
それより――
「うげぇっ!」
思わず、ルシアは吐き気が込み上げてくる。
その地獄絵図的な場景に。
さっきのルシアとパティのように、臭すぎるセリフと、そういう行為がおこなわれていた
のだから、店内のいたるところで……
しかも!!
おとことオトコ。おんなとオンナ。
なんて組み合わせもあるのだ!!!!
「お、おまえら……やめろ!!やめてくれ、頼むから!!」
半狂乱状態でルシアは訴えているが。効果はなし。
「よ、良かった、マリアは食べなくて……」
その世の中をナメきったセリフを、パティはしかと聴覚で感じ取った。
「マリア!?それってどういうコト?」
「うえぇ!ま、マリアはなんにもしてないよ……」
「ウソね。さぁ!なにをしたのかキリキリと白状しなさい!じゃないと、さくら亭の敷居
は一生またげないと思いなさい!」
「ちょっとだけ……」
『ちょっとだけ?ちょっとだけナニ!?』
ルシア、パティのダブル攻撃に、マリアはびくりと身を震わせる。それでも、ゴニョゴニ
ョとあとをつづけた。
「魔法を使っちゃった。……あは★」
そんなもんでカワイくうそぶいたところで、ふたりのリミットゲージの昇り具合がゆっく
るになるはずもなかった。
ピィ――!
リミットブレイク!
「ふたりとも……なに、その手の動きは……」
逃げ腰のマリアは、後ろにずりずりと後退しながらも尋ねた。
「なんだと思う?」
答えたルシアの横では、パティがスプーンと、黄色の旗のついているチャーハン入りの大
皿を取り上げていた。
「こうするんだよ!」
「キャァッ!?」
「パティ、俺がおさえてるから、腹いっぱいになるまでマリアにも食わせてやれ!」
「オッケェ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
このマリアの悲鳴が、料理対決の終わりを告げたのであった。


余談だが。
あのチャーハンをたらふく食べさせられたせいか、ふつかほどマリアは、誰にともかまわ
ず愛の告白をしていた。
つまりは、そういう魔法がかかっていたのである。しかも、意識を保ったままっていうの
が残虐だ。……罰にでも使えそうな魔法かも。
パティとルシアは一口だけだったから、あの程度の持続時間だったのだ。
ちなみにこの料理対決は、サイテーの事件として、一週間で記憶から末梢されたという。




<あとがき>

総司さん、すいません。
またもうまいコト総司くんを活躍させられませんでした。
させるつもりが、こんなコトに。
ルシアとかパティとかマリアの方に視点がいっちゃってましたからね。
力量不足です。
話しのまとまりは、悪くはないんですけどね。
いや。やっぱり悪いかな?
自分に憤りを感じつつも……
それでは。



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