中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<夏祭なハナシ> 〜そのニ〜」 hiro


「こうヒトが多いと、熱気が半端じゃなくなるわね〜。そう思わない? 紅蓮」
 パティ・ソールははふぅとため息をつきながら言った。
「ん〜? まぁ、あちぃっていや暑いが……」
 どこか離れた所から聞こえてきた音吐に、パティが振り返れば、簡易イスにだらしなく
座っているさくら亭ウェイターの紅蓮がいた。さっきまで、となりで接客していたはずな
のだが……ちょっと目を離したすきをついたらしい。
「あんたね。そうやってサボらないでって何度も言ってるでしょ! やる気がないなら給
料さげるわよ?」
 声を尖らせるパティに、紅蓮は億劫そうに口答した。
「だってよぉ、みんなああやって祭りを楽しんでるのに、なんで俺はここでこんなことや
ってなきゃいけねえんだよ?」
「しょうがないでしょ? あたしだってそうしたいけど……」
 パティには珍しく、しょぼくれる。パティだって女の子なのだ。本当は浴衣でも着て夜
店をひやかしたり、花火を見たりしたい。しかし、パティは商売人の娘。店を放り出して
遊びに行くなど……その矜持(きょうじ)が邪魔をして意固地になってしまっていた。
「ともかく。ほらほら。立って立って。仕事は仕事。遊びは遊び。そこらへんのケジメは
ちゃんとつけなきゃね」
 結局、そちらの意向に行ってしまうのがパティらしい。
「ほら、お客さんよ。紅蓮! あんたが対応しなさい」
「……しょうがねーな。――って、総司とシェリルじゃねえか?」
 パティにうながされ緩行に屋台に立った紅蓮は、ふたりの客を見て声を上げた。龍牙総
司とシェリル・クリスティアが並んできたのだ。
「どうも。ここでもやっぱり商売ですか?」
「稼げる時に稼いどかないとね」
「さすがですね」
 パティのコメントに、感心したように総司が言う。
「ところで、ナニか買っていってくれないの?」
「かないませんね、パティには。シェリルはなにが食べたいですか?」
 で。それぞれ頼んだ物をもらったふたり。総司は去りぎわになにげなく、
「知ってましたか? この祭りでミニ武闘会がおこなわれている事」
「なに! それマジか?」
 とたん、紅蓮の目の色がかわる。
「え、ええ……大武闘会運営委員のヒトたち主催の……」
「あっ、待ちなさい、紅蓮!」
 総司の説明、パティの制止を聞かず飛び出した紅蓮は、ヒトゴミにまぎれてしまった。


 ヒトの垣根を作るほど、そこは観客で埋め尽くされていた。
 その中心に、ふたりの人物が相対している。天羽志狼と大武闘会ではお馴染みのレオン
だった。
「ガンバレー、志狼さーん!」
「負けたらどうなるか分かってるだろうね?」
 セコンド……もといグルーピーと化しているトリーシャ・フォスターにルシア・ブレイ
ブ。妙麗な少女に応援されている志狼は、男どもにドギツイ目で敵視されている。そんな
立場にあっても悠揚(ゆうよう)に構えていた志狼は、
「……心配しないでも、勝ちますよ」
 ハッピに下駄まではいてるオトコに言われても、安心なんかできない。いろんな意味で
不利のはずだが、志狼はオノレの勝利を確信して疑わない、そんな顔だ。
「へぇ。そんなクツで私に勝てると?――舐められたものですね、私も」
「これはハンデだよ」
 ピクリ、とレオンの片眉がつりあがる。不穏当なセリフに、内心憤っているに違いない。
「――それでは、三人勝ち抜きバトル、その一回戦メ、始めてください!」
 こちらもお馴染みの審判さんが、その険悪になりかけた雰囲気を砕くべく、試合開始を
宣告する。
 ルールとして、武器、攻撃魔法の使用禁止。つまり、素手のみの戦いなのである。
 祭りのヒに血など見たくもないだろうし、これは人々に『エンフィールド大武闘会』の
醍醐味を知ってもらうための、言わば広報活動の一環である。
「さっきの不遜なセリフ、じっくりと後悔させてあげますよ」
 口元に笑みをたたえながら、レオンがダッシュをかけてくる。
 ――実は、運営委員によって見繕われた選手の中ではレオンがNo1なのである。それ
が一番手にきているのは、ここで勝負をつけるためなのだ。なんたって、三人抜きされて
しまったら、最初に挑戦者から受け取った賭け金の五倍を支払わなければいけないからだ。
――で、その金は運営資金から落とさなければならない。つまり、委員側に負けは許され
ないのだ。
 ……無謀もいいとこである。この街には常識外れの人間がごろごろいるというに……
「すぅ――」
 なめらかに息を吐いた志狼は、ヒザを落とし動いた。
 速さ自体は目で捉えられるが、ムダをいっさいはぶいたその踏み込みは、対抗どころか
対応すらできないほど洗練されたものだった。下駄を履いてるとは思えない。
 接着されたように、志狼の手の平がレオンの腹にあてがわれた。
 ドウッ!
 カウンターの掌底突き。衝撃を身体にくまなく行き渡らせられたレオンは、その場に崩
れ落ちる。
「……まだ、ですよ……勝負はこれからです……」
 意識はしっかりしているのか、レオンは起き上がろうと――
「?……なぜだ……? なぜ動かない……!」
「魔法を使って体内の衝撃を軽減してもダメだよ。俺の技はそんなに易しいもんじゃない。
なんのために俺が丹田に食らわせたと思ってるんだよ?」


「そうか」
「なにが? 分かったの? ルシアさん」
 外野からのルシアの納得の言葉に、興味津々とトリーシャが聞いてくる。
「つまりね――」
 丹田っていうのはヘソより下、下腹部にあたる部分のことで、ここが人間の力を統制し
ているといわれている。掌底と同時に志狼はそこに自らの気を叩き込んでいるのだ。つま
り異なる気を送り込み、丹田の気の均衡を乱したわけなのだ。
 これを解くためには、志狼を越える気の技術者でなければならない。
「物知りだね、ルシアさんて」
「いやぁ、それほどでもないよ。ちょっとカジッた程度だから。……とにかく、これでレ
オンの負けは確定。これで一歩、五千ゴールドに近づいたってことかな」
「ジョート・ショップの赤字財政は(そこまでヒドくはない)、志狼さんの働き次第だも
んね。――志狼さーん、負けないでよッ!!」


 引きずられるようにレオンは退場し、次の刺客選手もあっさり撃沈。
「こ、これはどうしたことでしょう! このままでは、今年の大武闘会に支障がきてしま
います!!」
 マイク片手に実情を熱弁する審判さんは、よほど動揺しているのであろう。
「マズイ、非常〜〜に、マズイですッ!!」
「おい、審判。早く最後の試合、始めたいんだけど」
「ど、どうすれば、オロオロ、オロオロ」
「だからぁ、早くしてくれよ。こっちは――」
「と……あ〜〜ッ!! まるにゃん『選手』じゃないですか! あなたが最後なんですか
ら、……もう、いったいどこへ行ってたんですかぁ? 探しちゃいましたよ」
 たまたま通りがかっただけのまるにゃんをムリヤリ引っ張り込み、委員会側の選手にし
てしまうとは、なかなかの機転力である。
「にゃ? まるにゃんが選手ぅ〜?」
「そうですそうです! さあ、志狼さんを倒しちゃってください。ギャラはさくら亭無料
お食事券一ヶ月分!」
 言いながら、審判さんがしきりにアイ・コンタクトしている。まるにゃんとてバカでは
ない。その意を心得ている。
「そういうことなら――志狼ちゃん、勝たせてもらうよ」
「ちょ、ちょっと待て! それってきたないぞ!? まるにゃんが選手のはずがないだろ
うが、絶対! そこにいるだろ……」
 志狼が指差した控えの『元』選手を、まるにゃんが天空に蹴り飛ばし、いなかったこと
にする。そ知らぬ顔で、まるにゃんは目陰(まかげ)を差し、
「どこ? そんなヒト見当たらないけどなぁ」
「こ、このクサレ外道が……」


「これってインチキじゃないか!」
 トリーシャの非難はもっともである。ルシアはどっこらしょと言った感じで向かって行
こうとする。抗議するためではなく、ドツキにいくためだろう、審判あたりを。
「まぁ、待ってて。ルシア」
 その声とともに、肩をつかんでくるのは紅蓮だった。
「邪魔するな。あのオヤジには一回ヤキ入れてやらなきゃなんないんだから」
 恐ろしく冷めた声音である。トリーシャが身震いを起こすくらい、怒気がすさまじかっ
たのだ。ルールはルールである。それを破る者には罰が下るのは当然のことだ。それがル
シアのポリシーなのだ。
「だから待ってて。ここは俺に任せろよ。なんとかうまくまとめてやるから。……おまえ
だって金は惜しいんだろ? ここで殴ったら金はもちろん、ジョート・ショップの信用ま
でガタ落ちだぜ?」
 これ以上ないってくらいのなだめ方だ。スジさえ通っていれば、ルシアは反論できない
ことを紅蓮は承知しているのだ。
「……分かった。任せるよ、紅蓮」
「おう! 任せとけ」


「そのまるにゃんとの勝負、この俺が代わりに引き継いでやるよ!」
 颯爽と登場した紅蓮に、観客がいっそう湧き立った。さくら亭ウェイターとして、合成
魔術師としても有名なのだ、彼は。格闘能力の方はあまり知られていないが。
 任せとけとか言っておきつつ、単に自分が戦いたかっただけらしい。ルシアは止めよう
かとも思ったが、素手ならば志狼より紅蓮の方に分があったから静観をすることにした。
もちろん、負けそうになればルシア自身がなんとかするつもりでいたが。
 突然の第三者の出現に、審判は虚をつかれた。
「引き継ぐって……あなた、そんな勝手なことできるはずないでしょ? それは志狼さん
の失格を意味することになっちゃうんですよ?」
 言ってしまったあと、「うっ」とうめいた。いくつもの呵責(かしゃく)の視線が突き
刺さったからだ。
「……わ、分かりましたよ……認めればいいんでしょ!? 認めれば!」
 はんば捨て鉢な承認に、まわりは盛り上がる。因果なことに、これがさらなる盛況を呼
んだのか、今や鈴なり状態だ。
「ンなわけで志狼、バトンタッチだ」
「頼む。気をつけろ、まるにゃんはおまえが思っている以上に強いぞ」
「んなこたぁ、百も承知」
 パシンッ。
 ふたりの手が交代の音をかなで、奇特な試合がはじまった。


「さて。こっちは最初からホンキでやらせてもらう」
「それはこっちもだよ。さくら亭がまるにゃんを待ってるんだから!」
 どちらも徒手空拳が得意なタイプ。この勝負、実に興味深い一戦になりそうだ。
 ……とか思いつつ、紅蓮にはマトモにやる気はなかったが。まるにゃんと正面からぶつ
かっても勝てる気がしないのだ。接近戦での紅蓮を百戦錬磨とすると、まるにゃんは万戦
錬磨だろうか。
(すきあらば、魔法を使ってでも……)
 腰を下げ、指先を地面からまるにゃんに差すように持ち上げた紅蓮は、それを硬く握り
締める。よくある戦闘スタイルだが、さまにさえなっていればそんなものはどんなもので
も構わない。
 どうせ構えに意味などないのだから。――まるにゃん相手には。
 初手は、スローな動きの紅蓮からだった。その右足が、まるにゃんの側頭部にほとばし
った。遠心力・自重が充分に乗った一撃。
「いきなり甘いねぇ、紅蓮ちゃん」
 頭を引っ込めるようにかわしたまるにゃんは、紅蓮の足をつかんで『えい!』っと押し
た。残った軸足で体勢をたもてるわけもなく、紅蓮は、しかし冷静に軸足をまるにゃんに
叩き込んでやった。
 あお向けに倒れる紅蓮と、みぞおちに蹴りをくらって追撃できず後退するまるにゃん。
 ……レベルの高い技量戦であった。
「やるね……ここまでやるなんて考えてもみなかった」
「俺だって魔法だけじゃないんだぜ? まるにゃん、おまえとだってそれなりに打ち合う
ことはできる」
「……遠慮かな? それなり、ってのは」
「そう受け取ってもらってかまないさ」
 語尾とともに、無遠慮に紅蓮が打って出てくる。滑るような走法から先ほどの志狼を思
わせる拳突き。
 両手で捕らえたまるにゃんは、それを巻き込みながらカラダを回転させ肩越しに紅蓮を
投げ飛ばす。形的には背負い投げに近いが、力任せにブン投げているだけだ。
 中空で身をひねった紅蓮は、見事、足から着地を決めてみせた。そこを刈るかのごとく、
狙いすましたまるにゃんのスライディング。回避不能。それぐらい完璧なタイミングだっ
た。
「――くっ」
 転びそうになった紅蓮は、とっさに両手をつき、倒立してから腕の力だけで飛び上がっ
た。
「!?」
 驚愕と恐怖に、紅蓮の顔がたちまち引きつった。宙に浮いている自分のそばに、まるに
ゃんがおなじくいたのだから。
 バウッ!!
 叩きつける蹴りを食らって、紅蓮は面白いように吹き飛ばされた。顔面から地に落下し
たのだ、首の骨が折れていても不思議ではない。
「勝った――」
 痛いほどの沈黙の中、このまるにゃんの宣言に誰もケチをつけるものはいなかった。
 ――いた。
「……まだだ。これからだ……まだはじまったばかりなんだぜ? 戦いはよ……」
 紅蓮だ。が、ぼろぼろの体(てい)でそんなコト言っても、強がりにしか思えない。同
情を誘いそうな様子の紅蓮は、それでも戦闘姿勢をとる。まるにゃんは息をつき、
「もう負けを認めなよ、紅蓮ちゃん。そのうち死んじゃうよ?」
「そういうわけにもいかないんだな、これが。ここで認めちまったら、こわいお姉さんに
ヤキを入れられるんでね」
 お姉さん、って言ったあたりから背中が熱くなりはじめたが、そんなことは気にしない。
と言うか、目を合わせたら殺されてしまう。……ルシアに。
「両に集うは内に宿りし力――我が意のままに具現化せよ」
 白光色が紅蓮の両手に集束し、手甲――双破甲(そうはこう)が生まれる。これは攻撃
魔法じゃないから、アリである。
「卑怯技、使わせてもらうぜ!」
「なにをやっても同じことだよ!」
 極限まで速めた紅蓮の拳撃が、数十発まるにゃんに叩き込まれる。凡人には数発にしか
確認できないほど、速かった。
 衝撃により後方に引きずられたまるにゃんだが、痛みをこらえて不敵に笑ってみせた。
「……ど、どうしたの……? これでおしまい?」
 いとまを与えず、紅蓮は気合とともに再度拳を繰り出す。その展開がさすがに『何度』
もつづけば、生理的に視界に入れることができなくなる。まわりの人間の七割方は、目を
そばめてしまっていた。
 激痛に脂汗が浮かび、それがにじんだ血と混じりあい不快なモノに変える。満身創痍、
そんなまるにゃんは気丈に余裕ぶっている。
紅蓮を負かすには体力の底を尽かして、それでもこっちは倒れないんだぞ、という厳然た
る事実をつきつける必要があるのだ。受動的だが、紅蓮にいくら打撃を与えても不屈の闘
志でよみがえってきてしまいそうなんだからこれしかない。
「……おまえ……本当に人間か……?」
「人間さ。死なないってトコを抜かせばね。紅蓮ちゃんの攻撃だって効いてるんだよ? い
くら不死身っていっても、痛いものは痛いんだからね」
「大した精神力だ……」
 すでにふたりとも、この戦いの参加理由なんかどうでもよくなっているようだ。意地の
張り合いである。
(――が、これで終わりにさせてもらう――!)
 紅蓮は、前傾姿勢から加速と自重のたっぷり含んだ拳連撃を、一点に集中して打ち込み
はじめた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 今回は、観客にしっかり紅蓮の高速連撃を視覚することができた。と言うか、何十発ど
ころか何百発も放っているのだ。『十数発』くらいに見えているだろう。
(……そろそろ潮時かな?)
 まるにゃんはそう判別した。持久力にも限界がきたのか、目に見えて紅蓮の動きが緩慢
になる。
「これで、ホントに終わりだよ」
 紅蓮の攻撃の合間を見切ってさけたまるにゃんは、襲撃モードに切り替え――
「待ってたぜ! その瞬間を!! ブレイク!」
 かがみ込んだ紅蓮は、大地に向かって双破甲の魔力を叩きつけた。爆裂した地盤が土砂
とふたりを舞い上げる。
「これで、おわりだァッッ!!!」
 右手に双破甲の力を集中した紅蓮は、渾身の拳撃をまるにゃんのみぞおちに一閃させた。
 ドガッ!!!
 まるにゃんは頭が攻撃スイッチに切り替わった直後、防御に関しては限りなく無防備だ
ったのだ。そこに意表をついた攻撃手段。結局、受け身ひとつ取れずに、地面に激突した。
 少し遅れて、紅蓮がおりてくる。
「……あぁ〜〜……かった……」
 ブッ倒れながらつぶやいたその一言が、紅蓮の文句なしの勝利を決めたのだった。



中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲