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「お正月スペシャルゥ☆ 中編」 hiro  (MAIL)
「それじゃ、行ってきますね、カッセルさん」
「おお、アリサによろしくな、ロディ」
「はい」
ローズレイクのほとりにある小屋。
そこからひとりの少年が出て来た。黒髪・黒目で服も黒を基調としたもの。だが、その額に巻いた赤いバンダナがひたすらよく目立つ。
ロディ・クラウディウスだ。
ローズレイクやその向こうに見える森。そこにかかる神秘的な雰囲気をかもし出す霞(かすみ)――朝もやを眺めつつ、歩いていく。
エンフィールド学園の校門前を通りすぎ、さらに学生寮の近くまで来たロディは、その寮の前に、ふたりの人影が喋りながらどこかへ行こうとしているのを見かけた。
「珍しいな、あれはリオとクリスじゃないか」
そう、それはクリストファー・クロスことクリスと、リオ・バクスターという少年だった。
このふたりが一緒にいる事はほとんどないが――クリスは学生、リオは家にばかりいるから当たり前――、由羅に狙われているという、共通の……なんて言うんだろ?
とにかく、そんなのがあるから、案外気が合ったりするのだ。
「あ、ロディお兄ちゃん」
リオが後ろから駆け足で寄ってくるロディに気がついたのか、声を上げていた。
もちろん、クリスもロディの方を振り向いたが。
「や、ふたりとも。明けましておめでとう」
さすが礼儀正しいロディだけの事はある。
今までのキャラは誰もそんな事、口にしていない。教育がなっとらんなぁ。
「あ、これはこれはご丁寧に。
――明けましておめでとうございます、ロディさん」
「明けましておめでとう、ロディお兄ちゃん」
三人そろって、寮の前で深々とお辞儀なんてしてる。
とりあえず三人は、目的地が一緒だった事が分かり、そこ目指して歩きはじめていた。
「それにしても、静かですね」
通りを歩きながらクリスが、物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しながら呟く。
その呟きに、ロディは眼鏡をくいっと一度上げ、
「そんな事ないと思うよ。
家の中――特に台所なんか、料理を作る音でうるさいんじゃないかな」
そりゃあそうだろう。
今日は元旦――お正月なのだ。正月と言えば、『おせち』と相場は決まっている。
母親が家族の中で一番早く起き、台所でせっせとおせちを作っているところだろう。
「ボクはおせちより……アリサさん特製のお雑煮の方がいいなぁ」
「たしかに。
子供にはあんまりおせちは食べられないからな。――って言ってるけど、おれだってあんまり食べられないかも」
リオの半ひとり言に、ロディが頭をかきかき返しながら苦笑した。
そこにクリスが、思い出したような顔してロディを見上げ、
「やっぱり今年も、ジョート・ショップの前で、おもちをつくのかなあ?」
「やるだろうな。なんせ、ルシアさんと志狼さんが張り切ってたし。ケイやアレフ、それ
にヒロなんかもやろうとするだろうしね。
今年はどんなおもちが食べられるのか……楽しみなような、楽しみじゃないような……」
ちなみに去年も、今ロディの言ったメンバーでやったのだが、叩きすぎと水の入れすぎで、べちゃべちゃなおもちになったという……
そのまま食った者が、思わず吐き気がもよおしたくらいである。
でもアリサさんが、食べられるくらいのレベルにまで料理してくれたが。
「やっぱり食べるなら……おいしい方がいいな、ボクは」
「そう言うなってリオ。
結構楽しいだろ、もちつき見てるのも。みんなしてワーワー騒ぎながらやるんだから」
「そ、そうだね。みんなで楽しくやるんだから……」
由羅が見たら飛びつくような笑顔をニコッと顔に浮かべるリオの肩を、こちらもにこにこ笑顔のロディがぽんぽんと叩いた。
いつも家で独りのリオにとっては、そんなふうにみんなで楽しく騒ぐ機会がほとんどないのだ。リオも心のどこかでは、みんなと一緒に騒ぎたいと思っているはずだ。ただ、それを実行する勇気がないだけで……
「ありゃ?あれはメルクさんか……?」
前方に見えてきた人影をよくたしかめるため、ロディは伊達でしている眼鏡を上にずらし、よーく見据えてみた。
小柄な黒髪・瞳の、女装させればエンフィールドで五番以内の美女になれる、人影。
陽のあたる丘公園の方の通りから歩いてくるのは、間違いなく、メルク・フェルトだった。
このまま行けば、役所の前あたりで出くわす事になる。
「おや。ロディさん、クリスさん、リオ。
もしかしてきみ達もジョート・ショップへ?」
そんで出くわして、あいさつ。
『明けましておめでとうございます』
ロディ、クリス、リオが声をハモらせ言った。
一瞬、ぎょっとしたメルクだったが、こちらもお辞儀などしながら「明けましておめでとう」と返していた。
思わず笑い出す、四人。
そのまんま、すぐそこにあるジョート・ショップに向かって、歩き出したのだった。
 
 
「あ、来た来た。イブ、こっちですよ!」
図書館前にいた、やややせた感のある黒一色の青年が、向こうの通りから歩いてくる女性に、手をふりふり声を上げていた。
青年の方は、その細目がチャームポイントの中性的な顔立ちの龍牙 総司。
総司の声と手なんか振っているそれに、眉をひそめているその女性は、イブ・ギャラガー。
「ちょっと総司さん?
こんな朝早くからそんなに騒がないでくれないかしら」
いきなりの小言である。
たいして総司は、身体をぶるぶると震わせつつも、
「お、俺、寒いの苦手なんで……」
「それと騒ぐのとなんの関係があるのかしら?」
「だ、だから、寒いからテンション上げていこうかな、っと……」
ガタガタと身を震わせ、手をしきりにさする総司を一瞥(いちべつ)し、イブが小さく嘆息していた。
ま、今は冬だから寒いのはしょうがないし。
イブも総司が寒いのが極端に苦手なのを理解しているから、それ以上何も言わない。
「それにしてもシェリルさん、遅いわね」
「そうですよね。シェリルが約束の時間に遅れるなんて……かなり珍しいですよ」
少々心配そうに言う総司は、なんと約束の一時間前にすでにここにいたのだ。
いくらあったかい格好をしてると言っても、この寒さの中、一時間も待っているとは……
絶対遅れたくなかったからの事なんだと思うが。
――温度計、ここにはないが、あったとしたら八度をさしていただろう。
「もうすぐ時間だし。遅いわ、本当に」
腕にある時計に目を落とし、イブ。
ちょうどその時――
「ごめんなさーい!」
走ってくる人影があった。
それは、総司、イブが待っていた少女、シェリル・クリスティアであった。
「来ましたよ、イブさん」
「そのようね」
言いつつ、ふたりはシェリルの方に歩(あゆ)み寄る。
シェリルも走るペースを落とし……
「きゃっ!」
通りに張っていた凍りついた水溜まりに足を引っかけてしまい、その場にステーンと……
――ならなかった。
「……あ、ありがとうございます、総司さん」
音速と言ってもいい速さで、素早くシェリルを抱きとめていたのだ、総司が。
総司の高速移動術『神脚』ってやつだ。
この寒さのせいとも思えない真っ赤な顔をしたふたりは、しばしそのまま固まっていたりした。
が。
「あなた達、いい加減に離れなさい」
冷ややかなな瞳とその手が、ふたりをやんわりと引き離した。
「あ……」
総司は、ちょっと残念そうな声を漏らす。
シェリルの方は、真っ赤な顔のまんま伏せてしまった。
「ん?お前ら、何してんだ。そんなとこで?」
唐突にかかった声に、そちらの方を三人が向けば――
金色の髪を後ろで長〜くおさげにした青年が立っていた。ルー・シモンズだ。
三人を見るその青色の瞳が、ひそめられていた。
これはいいとこに来た、とばかりに、総司はルーに声をかけていた。
「そんな事より、ルーはこれから何か予定はあるんですか?
もしないのなら、ジョート・ショップに行きません?」
「いや、俺は単なる朝の散歩だが……
何かあるのか?ジョート・ショップで」
問い返してきたルーに、一瞬総司は顔をけげんにしたが、すぐに気がつき、内心で手をぽむっと打っていた。
ルーは去年この街エンフィールドに来たばかりで、ジョート・ショップであるお正月イベントを知らないのだ。
……って、イベントなんて言ってはいるが、そんな大それたものではなく、みんな集まって正月を過ごすという……ただそれだけである。
「それならなおさら参加してもらわないと……」
「そうですよね。ルーさんにも」
「でも彼、嫌がるんじゃないかしら?」
勝手に三人して話しを進めるのを見、ルーは面倒な事にでもなると思ったのだろう、
「なんか知らんが、俺は行くぞ」
ズボンのポケットに片手を突っ込んで、立ち去ろうとしたが、総司はそれを許さない。
瞬時にルーの背後に移動し、「まあまあ」なんて言いながら、両肩を掴んで押しはじめた。
見かけによらず総司の腕力は強く、文句をたれつつ逃れようとするルーだが、全然まったくのムダだった。
「さあ、行きましょう」
「俺は散歩の途中なんだーっ!」
「ルーさん?静かに歩いてくれないかしら」
「クスクス」
そんなふうにしながら、四人は楽しそうに?歩き向かうのだった。
 
 
孤児院の食堂――そこにある厨房と呼べるような場所で、青髪の少女がゆっくりゆっくりしたペースでお料理なんかを作っていた。
「セリーヌ、できた?」
その少女の背中に問いかける、黒髪の人当たりのよさそうな青年。
「は〜い、もう少しでできます〜」
間延びして返すその少女――セリーヌ・ホワイトスノウ。
その後ろで困ったようにぽりぽりと頭をかいた青年は、フィール・フリーエア。
「あの……もう二時間くらいしてないか?
たったの一品のオカズ作るのに……」
はうあ、と疲れまくったため息をついて、厨房から食堂へ、そして廊下を歩き、ひとつのドアの前でフィールは止まった。
ここにいるはずの元気じるしの少年を起こすために来たのである。
軽く――一応ノックなどしてから、フィールは部屋に入った。
そんで、そのまま口の端を引きつらせた。
ベットの上に大の字になって、大きないびきをかく赤い髪の少年。ピート・ロスである。
この寒い日に、ふとんをかぶらず、さらにはTシャツ一枚で寝れるとは……
フィールが口を引きつらせるのも当然だった。
「このガキ……」
声まで引きつっている。
このフィールとピート異常に仲が良く、ピートはほとんど無理矢理フィールの部屋に住み着いてしまったのだ。つまり、半同棲生活ってやつ。
しかし、仲がいいがライバルでもあるこのふたり。だから――やる事に遠慮はない。
「闇より生まれし不可視の波動よ、無数の赤弾を生み出し、弾けろ!」
ビンっ!!
「ルーン・バレット!」
虚空に生まれし五つの赤い光弾が、ピートの『顔面』にすべて降り注いだ。
ドギャブチャァァァァァッ!!!
「う・ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
炸裂音と、それに負けない悲鳴が、孤児院に響きまくっていた。
部屋になんの損害も出してないとこが、フィールの魔法の腕前を物語っていた。正確にピートにだけダメージが。
「いていていていていて――い・てぇぇぇぇぇぇ!!」
ピートは、自分の髪と同じ色になった、焼けてコンガリな顔を両手で押さえ、こんな事をした奴を睨みつけていた。
「よっ。起きたか、ピート」
嫌味たっらしく、さわやかな顔をワザとして、フィールは片手を上げて声をかけた。
「いきなり何すんだよー!」
「いやいや、なかなか起きないからさあ、しょうがなく魔法を使って……」
思いっきり嘘である。
起こそうとしていなかったではないか。
素直に、「お前の寝てる姿見てたらムカついてきてさ、思わず魔法ブっ放しちゃったんだよ。ごめんな、てへ☆」、くらいの事は言ってほしいもんである。
文句ダラダラたれるピートを尻目に、フィールは次の人物を起こすべく、再び廊下に出ていた。
今度は起こすのに魔法は使えない。ひと筋縄ではいかない相手なのだ。
トントンッ
ピートの時とは違い、ちゃんとした形でドアをノックするフィール。
反応なし。
フィールの予想通り寝ているようだ。
その場で腕など組み、考え込んでみる。相手は女の子である。部屋に押し入る訳にはいかない。心の端の方では、「それでもいいんじゃないか?」、なんて思ったりしてるが……
ローラ・ニューフィールド。この娘相手にンな事したら……
フィールは背中に何故か鳥肌が立つ。
「おい。何してんだよ、フィール。
ローラを早く起こさないとアリサおばちゃんの料理がっ!」
廊下の向こうから来たピートが、はちゃめちゃな事を言いながら拳をリキませる。
そして――
フィールが止める事すらできず、ピートは無造作にドアを開けてしまった。
思わず、部屋の方に背を向け、フィールは両耳を押さえてうずくまる。
…………
「寝てるぞ、ローラの奴」
ピートの一言。
恐る恐るフィールは部屋の方に顔を向け――
ほっ
と安堵の息を吐く。
ベットですーすー眠るローラを認めたのだ。
「こうしていれば、カワイイのにな……」
「そうか?」
ローラの寝顔を見てのフィールとピートの言葉。
刹那。
『――――』
フィールは凍りついていた。
合ったのだ……
ローラの目と……
目が覚めた彼女の緑の瞳と……
『…………………………………………』
ほんのひと呼吸のあと――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
文字どおり絹を裂くような悲鳴と、凶器のような手が、フィールとピートの耳とほおに飛んできていたのだった。
 
 
「あ〜あ……昨日、ケイくんにつき合ったおかげでこんなメにあうなんて――」
はぁ
少女の耳に、女性のぼやきとため息らしきものが聞こえてきた。
(……まだ目を開けたくない……
このままもうちょっと寝てる方が……)
などどと思いつつ、眠ろうと軽く意識を睡眠の方に集中し――
「!」
気づいて、がばっと上半身を起こしていた。
そこは病院だった。
この街に病院と言えばひとつしかない。クラウド医院だ。
どうも四人用の病室で寝ていたようだ、自分は。
隣のベットには茶髪が腰まである女性が、突然身を起こした自分に、目を白黒させている。
ヴァネッサ・ウォーレンだ。
――だが、身を起こしたのは、自分が病院のベットで寝ていた事とか、ヴァネッサが隣にいた事とか、そんな事のためではない。
思わず、襟元を引っ張って、自分の胸をのぞき込んでみた。
…………
ぼすっと言う音とともに、その少女は再びベットに身体を沈めた。
少女の顔が蒼白になっていた。
その不可解な行動に、ヴァネッサは眉をひそめる。
「……なんで……なんで……なんで!!
なんで――女になってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
その少女――本名ケイ・ラギリオンの本気の絶叫が、クラウド医院を支配した。
ドタドタドタッ!
ガタンッ!!
その声に驚いたのだろう、廊下を誰かが騒音みたいなものを響かせながら走り、とんでもない勢いでドアを開けてきた。
「な、なんなんですか!?一体!?」
その少女は、自分で作ったらしい白衣を振り乱し、伊達の眼鏡の奥にある淡い緑の瞳でケイを見、こちらも精一杯叫んでいた。ディアーナ・レイニーである。
しかしそれに取り合わず、ケイは今だわめきつづけていた。
「俺はあの薬飲んだ覚えはないぞーーっ!?
なのに何故っ!!何故なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「ちょっと静かにしてよ、ケイくん!」
「そうです!ここは病院なんですよ!!」
ヴァネッサ、ディアーナが眉をしかめ、耳を押さえながら言った。
「――はっ!!
そうだ!ヴァネッサさん!あなたなら何か知ってるんじゃないですかっ!?」
突然わめき出したと思ったら、突然わめくのをやめて、今度はベットからシュタリッとサーカスの軽業師よろしく回転しながら下り、ケイはヴァネッサに詰め寄ってきた。
昨日、ヴァネッサと一緒にさくら亭で酒を飲んでいたのだが、途中ケイが、アルコール99%の酒――すでに酒じゃなくアルコールそのもの――を飲み、ぶっ倒れてしまったのだ。
さらには、「そんなにすごいの?」なんて言いながらヴァネッサもひと口飲み……結果はここクラウド医院にいる事で理解してもらえると思う。
とりあえず、詰め寄ってくるケイを押し戻し、ヴァネッサは、
「昨日ケイくんがさくら亭で酔いつぶれた時の事だけど、あなたのお姉さんが来てね。
よく知らないけど、変な薬を私に握らせて、「この薬を弟に飲ませてあげてください」って……」
「あんのアマっ!!!
何が悲しゅうて正月から女にならんといかんのだっ!!!」
「あ、それと、なんか効果は正月中ずっとつづくとも言ってたわよ?」
「にゃにぃぃぃぃぃぃっ!!?」
ケイは頭をかかえたまま、ベットによろよろとした足取りで戻り、そのまま倒れ込む。
明日で世界が終わるのと同じくらいショックだったのだろう。
その脳裏には、ものすご〜くヤな予感が駆け巡っていた。
女になる=ナンパされる
この図式が成り立つのである、ケイちゃんの頭の中では。
「ああああああ……」
これからの自分の不幸を嘆(なげ)いているのか、そんな意味不明な言葉が漏れる。
が。
「そ、そうだ!今日はジョート・ショップで……!
すっかり忘れてた!
――ヴァネッサさん、今何時ですか?」
「……八時だけど?」
「やばい!早く行かなきゃ!」
近くに置いてあった自分の私物を手に取り、ケイはさっきまでの姿が嘘みたいな顔して病室から飛び出そうとする。
が、ドアの前でピタリと止まり、顔をディアーナに向け、
「ディアーナも来るか?ジョート・ショップに」
「え、でも……あたしは病院の――」
「行ってこい」
ケイの申し出を断ろうとしたディアーナの言葉を、いつの間にかその後ろにいた男がさえぎった。この病院の主ともいうべき人物、トーヤ・クラウドだ。
「ええ!そ、そんな事できませんよぉ!
お正月とはいえ、怪我人さんや病気で苦しむ人が出ないとは限らないじゃないですか!
そのためにも!あたしがいなければ!」
ひとり勢い込むディアーナに、ケイとトーヤ、ベットからこちらを見るヴァネッサまでが冷たい目をする。
『お前がいなけりゃ、最悪怪我人は出ん!』
そう言っていた、三人の目が。
そんな事を言いたくなるのをトーヤはこらえ、
「それはそうだが……
そんなに多くの患者が来る訳ではない、からして、俺ひとりで『充分』だ。
――と、言う訳で――ケイ」
トーヤは目で自分の言いたい事をケイに伝える。
「分かった。――行くぞ、ディアーナ!」
「え?ええ!?ちょ、ちょっと待ってください〜!!」
あっさりと理解したケイは、問答無用と言わんばかりにディアーナの手を掴み引っ張り出した。
安堵の色を見せ、そのふたりを眺めていたトーヤだったが、
「おい、ケイ。
今年は怪我人を作るなよ。たとえナンパされようが殴るな、分かったな?」
「……なるべく我慢してみる」
投げやりな口調で返すケイを見て、『今年もたくさんの男が入院するな』、と、しみじみ思うトーヤ先生だった。


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