中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<秘められた記憶・追憶編> 〜中編〜」 hiro


結局、ローズレイクでほとんどの時間を潰してしまったふたりは、クラウド医院に帰る道
すがら、夜鳴鳥雑貨店に寄り、店の奥で、商人が品定めでもしてるみたいに見たり手にと
ったりしていた。
「これなんかどうかな?」
棚の上に吊り下げられている黄色のリボンを指差しながらミーリアが言ってきた。
「どれどれ」
それをスルリとヒロが取り、ヒョルリッとさりげなくそのリボンをミーリアの長い後ろ髪
に結んだ。
「あ……商品にそんなことしていいの?店長さんが怒るんじゃないのかな」
「いいのいいの。もう買うって決まってるんだから。それとも……これが気にいらないの
か?」
「う、ううん。いいよ、これで。わたしが最初にそう言ったんだし」
あわててブンブカ首を振ったミーリアの視界の端に、キラリと光を放った物があった。
「あ……これ、これいいと思わない?」
ミーリアは、違う棚の、透明な箱におさめられていたメガネを手に取り、ヒロの前に差し
出した。
「ん?これって……ドクター用のメガネって意味か?」
「そうだよ。トーヤお兄ちゃん、近頃本が見にくい見にくいって言ってたから。――ね、
いいでしょ?買ってあげても」
「う……う〜ん……」
うなったヒロは、軽く胸の前で腕組みした。
お金の問題もあることはあるけど、それより、メガネっていうのはその人に合った物を選
ばなければならないのだ。適当に選んだメガネじゃ、全然見えなかったりすることだって
ある。しかし――
「……そうだな。よし。ミーリアの直感を信じよう」
もしかしたら、ミーリアの兄にたいする愛情がそのメガネに導いたのかも知れない。ンな
ガラにもないことを思ったヒロは、今だ自分の前に差し出していた箱ごとミーリアの手を
つかみ、カウンターの所まで行った。
自分と同じく?愛想のない店長さんにミーリアの髪に結んだリボンと、手に持っていたメ
ガネを渡した。
カチャカチャと計算している店長を横目に、ヒロはメガネ分だけのお金をミーリアに手渡
し、
「あのメガネはお前からドクターに、ってことにしとけよな。だからお前が買うんだ」
言われたミーリアは、ヒロを見ながらパチクリとまばたきをし、ほうけたような顔をした。
一瞬ナニを言われたのか理解できなかったのだ。が。
ヒロのいつもからは考えられない気のききすぎた配慮に、ミーリアは満面の笑みを浮かべ、
「うん!」
まわりの雰囲気にパッと華が咲くように元気よくうなずいたのだった。


「ただいま〜」
ミーリアのその声に反応するように、ドタバタと奥からトーヤが飛び出してきた。
「ケガはないか!つらくはないか!ヒロに変なことはされなかったか!?」
「……おい。最後のセリフはなんなんだよ……」
「そのままの意味だ」
ワザと斜視で睨みつけたヒロに対して、ミーリアの両肩をつかんでいたトーヤがにべもな
く言い放った。
トーヤはミーリアのおでこに手を当てて熱がないか計り、次に手首の脈まで計りはじめた。
そんなトーヤを苦笑しながらミーリアは、
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。なんともないから。ほら、平気平気」
「だ〜っ!分かった、分かったから!回るのはやめろ、気分が悪くなるから」
「は〜い」
片腕上げて返事をしたミーリアは、ナニかを思いついたのか、そんな閃いた顔をし、
「ちょっとちょっと。お兄ちゃん。少しかがんでくれない?」
「?」
「いいから、早く」
「あ、ああ…………」
いぶかしみながらも言われたとおり足を折ったトーヤの後ろに、ミーリアが回り込む。
ナニやら後ろでごそごそしていたミーリアが気になり、振り向こうとしたその時――
すっ……と、両耳に重量がかかった。
「……これは」
振り返れば、ミーリアとヒロが、ふ〜ん、なんて感じの表情で自分を見ていた。
「メガネ……か?」
「どう?ちょうどいいくらい?見やすい?」
聞いてくるミーリアを見下ろしたトーヤの目には、はっきりと輪郭が分かるほど正確に、
見えていた。きょうだい愛の勝利か。ミーリアの直感はばっちりと的中していたのだ。
「……これを……俺に……?」
「そうだよ」
「……ありがとう、ミーリア」
ツーンと込み上げてくる涙をこらえながら、ミーリアの頭を撫でるトーヤの視線は、ヒロ
に向いていた。
気をつかわせてすまないな。そう語っていた。
ミーリアがお金なんか持っているわけがないコトは、兄であるトーヤが知らないわけがな
い。とすると、一緒にいたヒロが払ったのだろう。そう思い、そんな視線を向けたのだ。
よくよく見れば、ミーリアの髪にも黄色のリボンが結んである。
「お、似合ってるじゃないか、ミーリア」
「そうでしょ?ヒロに買ってもらったのコレ」
リボンをつまみしげしげと眺めているトーヤに言い、顔をヒロの方にやったミーリアは、
「コレ、一生大切にするからね」
「あ、ああ。……高かったんだ。なくしたりするなよ」
「ったく、天邪鬼なんだから、ヒロは」
こんな時までテレ隠しなんかしなくていいのに、そう思いながらも、ミーリアは微笑みで
返した。
「あ、そうだ。これから写真でも写さない?」
トーヤの顔を見ていて思いついたのだ、ミーリアは。
どうせなら、メガネをかける前のトーヤを記念おさめに撮っておきたい。……まあ、メガ
ネ外せばいつでものような気もするが、そこはソレ。これはコレ。
「写真か。……たしか倉庫の方にあった気が……」
写真機なんて古い物、使っている人間なんていやしない。っていうか、持っている人間は
いない。コストが高すぎて、作るメーカーがほとんどいず、もちろん値段も高くて一般人
にはなかなか手の出しにくい代物なのだ。一枚撮ると、五百ゴールド。こんなもんが普及
するはずもなく、次第に時代の流れの中に埋没……は言い過ぎかもしれないが、とにかく
消えていったのだ。
クラウド医院になぜそんな物があるのかというと、この医院の先代が珍し物好きな方だっ
たからである。その先代が亡くなってからはトーヤが医院を継ぎ、そのおり写真機はガラ
クタとして倉庫にお蔵入りになってしまったのである。
「ちょっと待っててくれ、今出してくるから」
言い、トーヤは裏手にある倉庫に行ってしまった。
数分後、その倉庫からほこりを叩きながらひっぺ出してきたトーヤの持つ四角い物体。
ヒロはその写真機なるものをはじめて見た。
今は亡き自分の故郷では、そんな文明レベルの高い物はないのだ。なんせ『村』だったか
ら。
「へぇ……それが写真機なのか……」
「お前、見るのはじめてなのか?」
倉庫の外でほこりをたっぷり落としたはずなのに、まだまだ立ってくるほこりにむせ返り
ながらトーヤが聞いてきた。
「悪かったな。田舎者で」
「そんなこと誰もいってないが?……にしても、これは本当に使えるのか?わ、これ中ま
でほこりがたまってるじゃないか!」
そんなモン当たり前である。箱の中に入れたりとかせず、そのまんま放置してあったのだ。
壊れてる公算が高いかもしれない。
ミーリアは不安そうにしながら、
「大丈夫なの、それ。使えなかったらどうしよう……」
「……?なんでそこまで心配がるんだよ、ミーリア。こんなの大したコトないだろ?」
「ダメなの……」
「……え」
「今じゃなきゃダメなんだよ!」
うつむいていたミーリアが、突然自分に向かって訴えてくるように大きな声を上げてきた
のだ。その迫力におされながらもヒロは、
「どういう意味だ、それ……」
「あ……ううん。べ、別に意味はないんだよ。でも…………!!」
何か言いかけたミーリアだったが、不意に胸を押さえ苦しそうに喘(あえ)いだ。
「ミーリア!?ドクター!ミーリアが!!」
「何!?どうした、ミーリア!?」
「……だい……じょうぶだよ……ふたりとも。ちょっと外に出て疲れただけだから……」
はた目からも、ミーリアが無理をしているのが良く分かった。
が。それ以上に、その瞳に映る強い意思がふたりから言葉を奪っていた。
「とにかく……写真撮ろうよ……」
「……わかった」
どう考えてもミーリアの具合が良くないことは分かっているはずなのに、トーヤは承諾し
たのだ。当然、ヒロが非難の声を上げた。
「ドクター!?あんた何考えてんだよ!?ミーリアが倒れたらどうするつもりなんだ!」
「うるさいっ!!」
一喝したトーヤの目に浮かぶ哀感めいた何かを感じ取ったヒロは、反論が無駄なことを悟
り、好きにさせる事にした。
「分かったよ。……ならどこで撮る?って言うか、フィルムは何枚入ってるんだ?」
「……一枚だけだ」
「一枚か……、なら俺は遠慮しといた方がよさそうだ。ドクターとミーリアのふたりを撮
ってやるよ、俺が。――それでいいだろ、ミーリア」
多少迷っていたミーリアだったが、ヒロの心遣いをムダにはできない。そう思い、うなず
いた。
「よし。ならどこで撮る?ドクター」
「そうだな…………医院の前でいいんじゃないか?」
「わたしもそれでいいよ」
「決まったな。それじゃさっそく撮ってしまおう」


「――おーい、ドクター……」
「なんだ」
「もう少し笑えよ……、なんでそんな硬そうな顔をするんだ?」
写真機片手に、腰に手をやりながらあきれ顔をしたヒロは、すたすたトーヤに近づき、そ
のほおをムニムニと引っぱり出した。
「何をする……!」
「顔を柔らかくするためにしてんだよ」
「だからってこんな事する奴が……」
「はい、終わり!」
トーヤの両ほおをペシリと叩き、ヒロはニコリと笑った。
その横では、ミーリアが笑うのを必死に我慢しようとしているのが見て取れる。トーヤは
バツが悪そうにしながらも、
「とっとと撮ってくれないか?早く終わらせて、ミーリアには病室に戻ってもらわないと」
「分かってるって。んじゃいくよ。……あ、ドクター、ミーリアの肩に手を回して……そ
うそう。それじゃ、ふたりとも笑って……」
カシャッ!
てな音ともに、フラッシュがたかれていた。……フラッシュなんてもんまでついてるとは
写真機の中でもかなり良い物なんだろう。
「……これで撮れたのかな?」
「うまくいったはずだ。あとはそれを現像するだけだな」
写真機のレンズ部分を眺めていたヒロのつぶやきに、トーヤがうなずき答えた。
「どこでどうやって現像するんだ?この街にそんな場所はないと思うけど?」
「心配ない。ここの倉庫でできるんだ」
もちろん、トーヤは先代さんに叩き込まれていたのだ、現像のやり方を。医学とは全然関
係ないが。
――と、その時だった。
「……良かった……」
ミーリアがそう小さくつぶやいたのは。
ヒロとトーヤはふたりで写真機のことを話していたため、後ろ手にいたミーリアのその小
さなつぶやきに気づかなかった。
そして、何気なく目線をミーリアにやったヒロの見たものは、
「……ミーリア……?」
焦点の合ってない、放心したように立ち尽くすミーリアだった。
――その瞬間。
ミーリアのその身体が……無造作に、まるで土の城が大したことのない力であっけなく崩
れるようにして、倒れた。
「おい!ミーリア!!」
悲鳴を上げ、走り寄ったヒロが、ミーリアを抱き起こす。つづいて来たトーヤが、そのミ
ーリアの状態を一発で看破(かんぱ)していた。
すなわち――昏睡状態。
つまり意識を完全に失ってしまったってことだ。
やはりミーリアはやせ我慢……いいや、そんな生易しい耐え方ではなかったろう。気を抜
いたとたん意識をなくしたのだ。どれほどつらかったか……
……そう言えば、さっき写真を撮る前、自分とヒロのジャレ合いを見て笑うのを我慢して
いるように見えたが……本当は、倒れそうになる自分を、必死に耐えていたための我慢で
はなかったのだろうか?
トーヤは、自分の甘さを痛感した。が、今はゆっくりと反省などしている時ではない。
――もう、悩んでいる時ではなかった。
かねてから頭の隅にあったあの手段を取るしか、ミーリアを救う道はない。通常の医術で
はどうしようもない事は、前々から分かっていたことなのだ。
「どっ、どうすればいいんだよ、ドクター!?」
「とりあえず診察室のベットに連れて行ってくれ」
「ドクターは?」
「俺は、ちょっとした準備があるんでな……」
あわてず騒がずつぶやいたトーヤの瞳には、不動と言って差しつかえない決心があった。


トーヤに言われたとおりに診察室のベットにミーリアを寝かせたヒロは、まるでそのたま
しいが天に昇ってしまうのを恐れているかのように、白い細いその手をぎゅうっとにぎり
しめていた。
「なんでなんでなんで……!なんで我慢なんかしてたんだよ、ミーリア……
一言つらいって言ってくれれば……そうすれば……外になんか連れ出したりしなかったの
に……!」
これで二度目になるかもしれない。人の死にぎわに立ち会うのは。
否(いな)。そんな事はない。そんな事にはならない。だって――
この淡彩(たんさい)のようなはかなげな少女の兄は、天才的な名医なのだ。治せないは
ずがあってたまるか……!
「なのに……なのに、なんで頭の中にこんな思い出みたなものが浮かぶんだよ……!!」
ミーリアにはじめて会った時の事から、ついさっきの事まで……、そんな思い出のカケラ
が、脳裏に浮かんでは沈み、浮かんでは沈み……
イヤだ……!
ミーリアを死なせたくない……!!
「イヤだ……イヤだ……イヤだ……!!……ミーリアを、死なせたくなんかない!!」
口から紡(つむ)がれたその自分の言葉を耳にし、「ああ、やっぱり俺はミーリアのこと
が好きだったんだな」……そう本心から自覚した。
今までは、その自分にはない強さを持ったこの少女にあこがれに似た好意を持っていただ
け。……いや、そう思う事で、ムリヤリ自分を偽(いつわ)っていただけ……
家族以外に、本気で人を好きになったのはこれがはじめて。
それを――それをこんな形で終わらせたくはない……!
できることなら、自分自身がミーリアに救いの手を差しのべてやりたい。だが――自分で
はできない。――トーヤ・クラウド。ミーリアの兄にしかできないのだ
悔しくて、切なくて……そんなもどかしい思いを内心にため込んだまま、ただひたすら、
トーヤが来るのを待った。
「待たせたな……」
それは、ミーリアをここに運びこんでから十分後の事だった。
医術には関係なさそうな道具を両手に、背中にも背負って来たトーヤは、病院には不似合
いなことこの上ない格好だった。
「ヒロ、その机、隅にどかしてくれ」
そう言いながら、トーヤはてきぱきと背負ってきた装飾品のような大きなカーペットを開
けた床にしいた。
さらに両手に持っていたタリスマン(呪護石)を、星の形――五紡星の配列で配置してい
く。
あまりと言えばあまりの事に、余程、その場で怒鳴り散らしてやろうと思ったヒロだった
が、考えてみれば、それが時間のムダであり、それにトーヤが、妹の命がかかっているこ
の切迫した状況で冗談をするわけがない事は、分かりきったことだった。
「今からやるのは、魔法治療。――その中でも、極めて強力な禁忌と呼ばれる魔法治療だ。
多分、これを使いさえすれば、死に逝く者さえ救うことができるだろう……」
「なら……、ミーリアは助かるんだな!?」
「…………」
無言でうなずいたトーヤは、
「ヒロ、お前は医院の外で、『邪魔』が入らないよう、見張っててくれないか」
「……どういう……」
「この禁忌の魔法を使おうとすれば、間違いなく魔術師組合の人間たちが止めにくるだろ
う。違犯だと言ってな」
「で、でも……人の命がかかってるんだぞ。それですら止めようとするのかよ?」
「ああ。連中はそういう奴らだ。――三十分。それだけ持たせてくれ、頼む……」
「…………分かった。この医院には、俺が一歩たりとも入れさせはしない!」
腰にある自分の得物、刀・紅魔をさわりたしかめたヒロは、診察室から出て行った。
――トーヤは、ひとつだけウソをついていた。
この禁忌の魔法を使えば、たしかにミーリアは助かるだろう。しかし――
それは『今』だけかもしれない。
これを使われた人間は、極端に病(やまい)に対する抵抗力が落ち、それまで以上の苦痛
を味わう事になるかもしれないのだ。
……ある意味、そのまま逝った方がしあわせな事なのかもしれない。
そしてそれが、今までトーヤを悩ませていた問題だったのだ。だがしかし。
トーヤも死なせたくなかったのだ。その思いは、ヒロと遜色――いやそれ以上だろう。
この世でたったひとりの妹なのだから……



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