中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「<秘められた記憶・追憶編> 〜後編〜」 hiro


「少年。そこをどいてくれんか?」
「…………」
クラウド医院の前、紅髪・瞳の少年が黙ったまま、しかしそこをどくつもりはいちるもな
いのか、その瞳に宿る絶対的な不動の意思があった。
魔術師組合の長と他四人が眉をしかめ、その少年を見ている。
禁忌の魔法。その強力な魔力を察知した長が、急いでその元となる場所――この医院に来
てみれば、すでに自分たちが来るのを分かっていたように、入り口をふさぐ少年が立って
いたのだ。
多分少年は、禁忌の魔法を使うことを承知していて、なおかつ、この場にいるのだろう。
しかし、その魔法の恐ろしさは知らないはず。
もしかしたら説得可能か、そんな考えが……ダメだ。それでもどきはしないだろう。
あんな瞳をする人間は、自分の心に一点の曇りもない、そう思い行動しているそれである。
それを説得するのがどれほど困難かは、いくどもそんな人間を見てきた長が一番良く分か
っていた。
うまく諭旨(ゆし)して聞かせてもムダならば、実力行使に出るしかない。
「もう一度言おう。……そこをどいてくれんか?」
最後の通達。これでダメならば……
やはり、黙したまま何も少年は答えない。そしてそれが答え。
「長……」
「分かっておる」
ひとりが自分にささやきかけたのを制し、とりあえず突破可能な空隙(くうげき)を探し
出す。
少年から遠ざかるように建物から回り込み、裏口からの侵入がベストな判断に見える。
しかし、そんなそぶりを少しでも見せようものなら、そく打ちかかってくるだろう。間違
いない。
ならば――これしかないだろう。
「ラーチル、マイル、お前たちはあの少年の足止め。残りふたりはわしについてくるのじ
ゃ」
魔術師ふたりに同時束縛の魔法を使われれば、小竜すらその動きが取れなくなる。
この少年の気配は、ただものではないが、それでも魔法ならば力押しでは破れない。そう
判断した長だったが、数秒で後悔することになった。
パンっ!
「な……!?」
「そんな……」
ラーチルとマイルが驚愕のうめき声を上げていた。
いともあっさりと、魔力による束縛を打ち破ったのだ、少年は。
これは計算外だったのか、長とついてきていたふたりも動けなくなる。浮き足だったこの
時に、少年に動かれれば一網打尽で全員がのされていただろうが……少年は何の動きも見
せない。
あくまでクラウド医院には入れない。それだけ。
このまま退くならキズひとつ負わすつもりもない。そう如実に語っていた。
「どうするんですか……長」
うめくように聞いてきたマイルに、長は黙考した。
この四人を連れて来ていたのは、幸運以外のなにものでもなかった。禁忌の魔法を封じる
のはもともと自分ひとりでもできるからだ。
それなら――
「……しょうがない。クラウド医院にはわしひとりで行く。お前たち四人はなんとしてで
もあの少年を止めるんじゃ。――もう時間がないのだからな」
『はい』
一斉に返事をした四人は、同時に詠唱をはじめた。
それを見た少年も、さすがに打ち破れるかどうか分からず、しばし困惑した。そのまま四
人とも叩き伏せても良かったのだが、今の自分に手加減ができるかどうか自信がなかった
のだ。
「くっ……」
そんなふうに迷いを見せているあいだに、四肢(しし)を、鋼を縫い込んだ太い縄で何重
にもがんじがらめに縛られた、そんな感じの感覚が襲ってきた。
これは、先ほどの比ではない……!
内にある気を爆発させ、高めるが……ビクともしない。
「長!今のうちです!」
ひとりが、手を休めず言い放つ。その言葉に応じるように長が少年の横をすり抜けて医院
の中に入っていってしまった。
「……や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
少年とは思えない、その低い獣のようなうなり声に、一瞬だけ四人の手が……
バシンっ!!
そのチャンスを逃さず、魔力の束縛を弾き飛ばした。術を破られた反動で、四人が吹き飛
ばされる。
そして、四人があわてて振り返った時には――、すでにそこから少年は消えていた。


「ドクター!」
開けっぱなしのドアから入ったヒロは、すべてが終わったことを知った。
魔術師組合の長の手から、煙霧(えんむ)のような魔力の波動の名残がシュワシュワと消
えかけている。トーヤの方はうなだれヒザを落とし、かたわらのベットに眠るミーリアを
見つめていた。
自分の舌が異様に乾いているのを感じたヒロは、ツバで湿(しめ)らせ、あきらかに震え
ているその声で尋ねた。
「ドクター?……ミーリアは……?」
「…………」
「な、なあ……助かったんだろ。…………おい!なんとか言ってくれよ、ドクター!?」
長い長い沈黙のあと、トーヤが疲れたように、それでいてまったく抑揚のない口調でこう
告げた。
「魔法は封じられた。…………もう、ミーリアは助からん」
「!!……もう一度やれよ!そうしてくれ!!」
「もう今からでは何もかもが手遅れなんだ。ミーリアは、二度と目覚めないだろう」
「ドクタァァァ!!あんた自分の妹なんだろ!?たとえ助かる確率が一%だとしても、全
力を尽くすのが医者であり兄のするべきことだろうが!!」
襟元をつかんで、ヒロは、その身体を何度も何度も揺すり怒鳴りつけるが……トーヤはそ
れをゆっくりと払いのけ、顔をそむけ、
「禁忌の魔法が使えない以上……助かる可能性は…………ゼロだ」
まさに死刑宣告を下されたも同じだった。それはヒロだけでなく、告げたトーヤにとって
も言えることなのだ。いや、ヒロと違って望みがないことを良く理解しているトーヤの方
が……
「……そんな…………」
「諦めるんじゃ、少年。それはそのむすめの運命だったのだから」
それまで静かに事の成り行きを見守っていた長が口を開いた。しかしその言葉は、ヒロの
怒り火に油を注いだも同じ事。
「あんたのせいだろうがっ!!あんたが邪魔さえしなければ……!……ミーリアを――ミ
ーリアを返せ!!」
「少年。分かっておるのか?禁忌の魔法がそのむすめにさらなる苦痛を味あわせる結果に
なるということを」
「…………どういうことだ?」
ヒロは問いながらも、その目は覇気のカケラもないトーヤに向いていた。あんたが答えろ、
そう言っているのだ。
「禁忌の魔法を使えば、さらに重い病魔に犯される可能性がある。そのため、世から消え
去ったのだ。
だが、だがしかし、それでも生きていさえすれば……しあわせをつかむこともできるかも
しれないんだ……!!」
「…………」
ヒロは、何も言えなかった。トーヤの気持ちが痛いほど良く分かるからだ。
愚行をおかしてでも、それでも妹を救いたい。その思いはどれほどのものか。このトーヤ
の取った行動を非難できる人間などいはしない。
――もう、ヒロにできる事は、ひとつしかなかった。
ミーリアのそばにずっと……ずっといてあげること。これだけだった。
「…………」
ベットのかたわらにあったイスを引っぱり出したヒロはそこに座り込み、ミーリアの手を
両手でにぎりしめはじめた。
そのあいだ、誰ひとり動かなかった。だた無言で、少女と少年を見ているだけだった。
ヒロには分かった。ミーリアの脈がどんどん弱っていくのを。
このまま、一言も言葉を交わせないうちに逝ってしまうのだろうか?せめて――
――と。
最初、それは見間違いかと思った。ミーリアの目が、薄っすらと開いたのだから。
トーヤもそれには驚いたのか、目を見開き、妹を凝視した。
「ミーリア……?ミーリア!?」
うれしさの感情がいっぱい詰まった声で、ヒロが呼びかけた。もしかしたら助かる。そん
な都合のいい考えまでもがあった。
「あ……ヒロだ……良かった……最期に会えて……」
そのミーリアの言葉は、すでに自分の死期が目の前まで迫っているのを分かっているそれ
だった。そしておそらく、それを前々から知っていたのではないだろうか?だから、ヒロ
と外に出たいとか、記念の写真を撮っておきたいとか……
しかし、それは自分を悲愴しているそれではなく、むしろ満足しているような顔だった。
「バカやろー……こんな時までそんな顔するなよ……」
「……だって」
「大丈夫だ。お前は死になんかしないから……俺がずっといてやるんだから……」
「……うん。――『次』はずっとわたしのそばにいてね……」
それは……その言葉は……
「生まれかわったらまた……
お兄ちゃんも、また、わたしのお兄ちゃんになってね……約束だから」
「ミーリア……」
こちらを見上げてくるミーリアの言葉を受けて、トーヤはどうしようもない悲しみに包ま
れる。
「そんなこと言うなよ……!次なんて言うなよ!今!今しあわせになんなくて何が次なん
だよ!!」
「……ごめんね……」
「謝らなくていい!だから……だから……お願いだから……!!」
ミーリアのか細い手をにぎりしめるその両手に力がこもる。しかし、ミーリアは痛そうに
眉をしかめたりもしない。――すでに感覚がないのだ。
その目もうつろになってきていた。
「ねえ……」
「…………」
「わたしの分まで……ふたりとも……しっかり生きてよ。途中で人生投げ出したりしたら
ダメだよ…………
懸命に生きていさえすれば…………必ず……必ず、むくわれる時がくるんだから、ね?」
ならミーリア、お前はなんなんだよ。
懸命に生きてたはずなのに……なんでこんなことになるんだよ……!!
そんなことをトーヤ、ヒロともに思ったが。
「わたしは充分、むくわれたから……
だって、トーヤお兄ちゃんの妹だったもん。それにヒロにも会えたから……充分すぎるほ
どだよ……」
とたん、せきを切ったようにトーヤが訴えかけてきた。
「違う!俺は……俺は何もしちゃいない!!お前を救うことすらできない……」
「お兄ちゃん、そんなこと言わないで……
お兄ちゃんは頑張ったじゃない……それで充分でしょ……?わたしを救えなかったからっ
て、お医者さんの道を捨てないでよ?
お兄ちゃんを待っている人はたくさんいるんだから……」
トーヤの性格を読み尽くしてでの言葉だろう。おそらく自分が死ねば、やる気をなくした
ように茫然自失し、医師を辞めてしまう。そう見越しての言葉。
こんな時まで兄のことを思うその少女を眺めていた長は、感服する思いだった。
「ドクター・クラウド。妹の言葉、素直に受けとってやらねばな」
「……分かっている」
ミーリアの光を失いつつあるその目が、ヒロに移される。
その時ヒロは分かった。すでにミーリアに視覚がないことを。
「……ヒロも……だよ。わたしがいなくなっても…………」
「ああ。大丈夫だよ」
「そう……良かったぁ…………」
その目が、真上の白い天井に――いや、もっともっと上……天の国だろうか……
ミーリアには見えているのかもしれない。舞い降りてくる天の使いを。
「……わたし、今……すごく……すごくしあわせだなぁ……………………」
コトリ……
ミーリアのその身体から、力が抜けていた……


――きょうも、ローズレイクの湖面は、静かな波を打ち、揺れている。
その全景が見渡せるほとりに、少年と青年がいた。
ふたりの前には、小さいながらもお墓が――真っ白な石版があった。
ここは、別に墓地といったわけではない。しかし、この墓に眠る少女には、この場所が一
番いいだろう、そんな少年の推薦が認められ、ここに決まったのだ。
少年が石版の前に片ヒザをつき、持ってきていた両手いっぱいにある花束をかざった。そ
の白い花たちが、弱い寒風にさらせれかすかに上下する。
季節は、そろそろ冬だ。
十二月のキミの誕生日には、医院にみんなを呼んで、ささやかながらもパーティーを開こ
うと思ってたんだ。キミの十五の誕生日に……
だけど……もうできないんだね。
――それに、自分の思いもうちあけることもできなかったし……、これはこのまま、次に
会う時まであたためておくね。
「ヒロ、お前、大丈夫なのか?」
片ヒザをついたまま微動だにしないヒロが心配になってきたのか、まだ少しうずく、胸に
刻まれた刻印を服の上からさすりながらトーヤが声をかけた。
魔術師組合の規定を破った罰として、魔法を行使しようとするだけで、その刻印から激痛
がほどばしる。そんな罰だ。二度と魔法治療はできないだろう。そしてそんな医者は役立
たずの烙印(らくいん)を押されたも同じこと。
しかし、だからといって、医師の道を諦めたりはしない。そんな事をすれば、妹の気持ち
を無に帰すことになってしまう。
精一杯生きて、精一杯患者のために尽くす。それが妹――ミーリアの遺言にもそった自分
の最良の生き方だとトーヤは思ったのだ。
「…………ああ。心配してくれてありがとう、ドクター」
ヒロはゆったりとした動作で立ちあがり、しかし、こちらを振り返ることなく感謝の言葉
をささやいた。
「――さ、帰ろうか、ドクター」
「そうだな……」
耳と鼻のあたりにかかるメガネのミョウな重量感覚にまだ慣れていないのか、縁(ふち)
を上に持ち上げたトーヤは、もう一度だけ石版を見下ろした。
「また来るよ……ミーリア……」
そんな言葉を告げ、背を向けるトーヤの横を、紅髪を風になびかせながらヒロがつづく。
空を振り仰げば、白く濁った空が、空漠(くうばく)としたつかみどころのない、そんな
情緒感を生み出していた。そのもっと上……そこで、彼女は見守ってくれているだろう。
大切な兄と大切な友達を……
(……友達か……)
現世では大切な友達。
でも――来世では、一緒になろうな――ミーリア…………




<あとがき>

うう……(泣き)
自分で言うのもなんですが……スゲーいい話しです、これ。
今まで書いてきたSSの中で、一、二を争うほどの出来です。
ンで、今回の話しは、知っている人は知っているでしょうが、「悠久幻想曲・アンサンブル
2」のサイドストーリー、「秘められた記憶」の昔話しです。
これやってて、トーヤさんの妹ってどんな娘かなぁ、とか、結構いい話しじゃん、とか思
いまして。そんで気になったら書いてみる。それが僕です。
でもまさか、こんなに長くなるとは計算外もいいところ。でもでも。心あたたまる話しが
かけて良かった、そう思ってます。……心あたたまる話しなのか?
またこんな話しを書きたいなぁ……、ただの自己満足かもしれないけど。
それでは。

――追伸(^^)
……ヒロちゃん、ここにも出張ってきてるね。

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