中央改札 悠久鉄道 交響曲

「<悠久幻想曲> 〜第二章〜」 hiro  (MAIL)


サク・サク・サク・サク……
その男が、足を一歩踏みしめるごとに、雪が悲鳴のような声を上げ、くっきりとした足型
を作っていた。
歩くペースがいっこうにかわらないため、単調な音のリズムが耳に入ってくる。
まわりは白銀一色。
建物の屋根、それに通りには大量の雪が、のしかかるかのように積もっていたのだ。きの
うのお天気がどうだったのかを、あっさりと物語ってくれる。
男は、ひとつの建物の前で、止まっていた。
羽毛のように柔らかく軽い雪がその建物を、よりいっそう綺麗に見せてくれている。
セントウィンザー教会。
この名でこの街の人々に親しまれている。
「ここだな」
抑揚(よくよう)のない声が、男の口から流れ出た。
――いや。本当に男なのだろうか?もしかしたら、女かもしれない。
が。見分けはまったくつかなかった。
服装は、黒のローブのような物で身を包み込み、そこからのぞかしているのは足と手、そ
れに顔だけ。その顔にしても、黒い布のような物で、両目以外を隠していた。
こんな人間が街の通りを往来していれば、誰かが不審に思うのは当たり前だし、それ以前
に、この街の入ろうとした時点で、門を警護している自警団員あたりに捕まってもよさそ
うなものなのだが……


「次!フィールおにいちゃんが鬼だからねー!」
白い世界に、子供の元気な声が明るく響いた。
フィールは、自分の腰にすがりつく男の子を、笑いながら見下ろし、
「分かったよ。なら行くぞぉ!」
その合図と同時に、ピュンと冷たい風を切りながら、自分の腰にすがっていた男の子が、
それにまわりにいた子供たちも駆け出しはじめた。
フィールはクスリと笑いつつ、一本の木の幹にひたいを押し当て、数えはじめた。
「いーち!にぃ!さーん!しぃ!ごぉ!…………」
ってな具合に二十数え終わったフィールは、さっさく、隠れたはずの子供たちをさがしに
かかった。
「うぬぅ。みんな隠れるのがうまいなぁ」
などと、ワザと声を張り上げて、ワザと分からないフリをした。
これが子供と仲良くなるための秘訣である。
そんな簡単に見つけてしまっては、子供がしらけてしまうし、勝ち気な子なんかは怒り出
したり泣き出したり、なんて場合もあるからだ。
ここらへんはさすがと言うべきであろう。
それにフィールも楽しい方がいいみたいだし。やっぱかくれんぼはこうじゃないと。
しかし――
「!…………みんな!ちょっと出てきてくれないか?」
そんな事言って出てくる子はいない。
フィールの作戦とでも思ってしまうに決まっている。
だが、フィールの顔には、かすかなあせりに似た何かが張りついていた。
「頼むから!――そうだ。あとで何かお菓子でも買って来て上げるよ!
それならいいだろ?」
その言葉と同時に、みな一斉に歓声なんか上げながら飛び出してくる。キラキラと目が輝
いているあたりが……なんとも子供らしい反応ではある。
「とりあえずさ、みんなだけで遊んでてくれないかな?」
「えー、なんでさぁ?」
「ちょっと用事ができちゃってね。必ずあとでお菓子とともに参上してあげるからさ。
な?いいだろ、みんな?」
少しだけ不満そうな感じではあったが、一応納得してくれたらしい子供たちをその場に残
し、フィールは駆け足で――そして子供たちの視界から消えたところで、走りだしていた。
教会の玄関を多少乱暴に開け放ち、グルリと内部を見回す。
「……気のせいか……?」
誰もいない教会に入り、びくりと自分の身体が震えるのが、フィールには分かった。
(違う……!気のせいなんかじゃない……!)
何かが通ったアトなどがあった訳ではないのだが、フィールはそう確信していた。
この自然に震えてしまう自分の身体がその証拠。
ほんの少し前にここを通ったと思われる、何かがこぼした『存在』ともいうべきものが、
このへんに充満していたのだ。
その残りカスみたいな存在感だけで、身体が震えているのだ。
(……まさか……高位の魔族が……!?)
いや違う、と、その考えを否定するかのように激しくかぶりを振る。
いくら高位の魔族といえど、その程度で、自分がこれほどの『恐怖』に似た感覚を覚える
訳がないのだ。
何故なら、自分が本気になれば、高位の魔族であろうと敵ではないのだから。
それは――もっと別の――
「分からない……が。ほっとく訳にもいかないしな」
その存在を追うため、すくみかける両足を叩いて喝を入れ、歩き出した。


黒の人影が、なんの飾り気もない木のドアの前で、その足を止めていた。
しばらく動きを見せなかったが、突然、片手をゆるりと差し出し――
その手がドアにふれ、溶けていた。
――いや、そうではない。
その身体が、物理法則を無視し、まるで透過するかのごとく、すり抜けているのだ。
数秒で、その全身がドアの向こう――つまり部屋に入り込んでいた。
「な、何?なんなの……?」
その部屋の住居人である少女が、それを見て声を引きつらせ、言った。
何故かは分からなかったが、少女は、その男にたいしてもっとも離れた位置に移動してい
た。
男が、顔だけ少女に向けた。
「汝(なんじ)が――死すべき者なのだな?」
「……し……知らない!で、出てってよ!
ここはレディの部屋なのよ!それをまあ、よくもそんなカッコウで入って来れるわよ!」
強気の発言をする少女だが、その男の目に見られている、ただそれだけで動けなかった。
逃げ出したかった。悲鳴を上げたかった。助けを呼びたかった。
しかし。
それをしたら――自分がこの世から消えてしまうような気がして……
事実そうだった。
もしそんな行動を少女が起こした場合、すみやかに命令を遂行するつもりだった。その男
は。
男は言った。
「何故……何故生きようとする?
汝は百年前に死んでいた人間なのだぞ?生き残るべきではなかったのだ」
少女には、その言葉が疑問を帯びていないように感じた。
ただ言ってみた。そんなふうだ。
だけど、それに答えてやった。
「生きたいから!もっと遊びたいから!オシャレがしたいから!
――そして、燃えるような恋がしたいから!」
少女――ローラ・ニューフィールドの言葉。
「……どこの『世界』の人間も……かわらぬものなのだな……
我には理解できぬ」
それで話しは終わりとばかりに、ローラに手をかざしながら、歩を進めた。
壁に背中を精一杯押しつけながら、ローラは瞳に涙をため、イヤイヤするかのように頭を
振る。
あの手にふれられたら自分は消えてしまうのだ。
「怖がる事はない。
苦しむ事なく死ねるのだからな」
男にそう告げられ、ついにローラの我慢が切れ――
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴を上げていた。
と――
バタンッ!!
ほぼ同時に外側からドアが蹴り破られ、黒髪の青年が飛び込んできた!
その手には、魔力を帯びた剣が。
魔力の光が残像になり、剣の軌跡を追うように走る!
「フィールさん!」
歓喜の声を上げるローラ。そのすぐ目の前にいた男は、別段気にする様子もなく、黙って
その闖入者(ちんにゅうしゃ)を見た。
「ローラから離れろ!」
フィールの言葉に、なんと、男は素直に身を引いていた。
素早くローラをかばう形で背中に隠すフィールに、男が尋ねた。
「何故その者を守る?
その者は死すべき者なのだぞ?守ってなんの意味がある?」
「大事な妹だからだ」
フィールにとってはローラは妹同然なのである。守るのになんの理由が必要だろう。
「フィールさぁん……」
後ろでローラが鳴咽を漏らし、ついに泣き出してしまった。
それを見る男の目には、それが不思議な光景に見えたのだろう。
「やはり……分からぬ。
が。その娘が汝に好かれている事は分かった」
男は背を向け、破られたドアから廊下に出ていく。
「三日……それだけの時間の猶予を与えよう。
それまでに、みなとの別れをすましておくのだ。分かったな……娘よ」
その言葉を残して――
男は黒い影となり、消えていった。


「――は・はぁはぁはぁはぁ…………」
その気配が完全に消えたところで、ようやくフィールは息をついた。
ほとんど何もしていないのに、肩で息をするほどの脱力感があった。あの男と相対しただ
けで、これほどのものだったのだ。もし戦っていれば……
全身から大量の汗が噴き出す。
見れば、ローラの方も相当の汗をかいていた。顔は蒼白だったが。
「……どうしよう……フィールさん……」
「……分からない。
ローラは何も知らないのか?あの男を」
「うん……
あたしの事を…………ころ……そうとしてた……みたい……」
その言葉を口にし、先ほどの恐怖を思い出したのか、ローラはまた泣き出した。
(ローラを殺す?)
なんのために?
しかし、分かっていた。
あの男をなんとかしない限り、あの告げた言葉どおり、ローラを殺すだろう、と。
そして――分かっていた。
あの男には、絶対勝てない事も――



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