中央改札 悠久鉄道 交響曲

「<悠久幻想曲> 〜第三章〜」 hiro


――『真の闇』とは……一体どのようなものなのであろうか……
見えない事?
希望が消える事?
神に見捨てられる事?
それとも――
『死』そのもの――
――そう。
人がもっとも恐れるこの『死』こそが、『真の闇』と言えるべきではなかろうか?
しかし――
これはあらたに誕生する、『真の光』のはじまりでもあるのだ。
『死』は決して恐怖の対象ではないのだ。
なら何故人は生きようとする?
――無知なだけ――
――何も知らないから――
ただ闇雲に『死』から逃れようと必死になる。ムダの努力をする。無意味な事をする。
我は――分からぬ――
そこまでして生きようとする意味が――
――そう言えば――
あの時も……
どのくらい昔の事であったのだろうか……
……あれは……たしか……
あらたな『世界』を創りたいと言い出した『あの子』……そう――十数万年前。
――そうか。
この地は、『あの子』が創り出した『世界』だったのだな。
『あの子』は――『あの』答えを見つけ出してはいないようだ。
この地の人々の心を読めば分かる。
欲望。
これが満ちている。
そして争う。
――それにつきまとうのが――『死』――
そう――我だ。
人に欲がある限り、我とのこの因果関係は消え去る事はない。
我を必要としなくなる事は決してないのだ。
――そう――
必要がなくなる事など……


我は、神を崇めているという場所をあとにし、特にあてもなく歩きはじめていた。
人のいう通りと呼ばれる道には、純白の粉が覆いつくしていた。
これが雪というものだ。
我はこれを見るのは久しぶりだった。
――と言うより、『マテリアル界(物質界)』に来る事じたいが数万年ぶりだ。ひさしく我
の仕事などなかったのだから。
だが。今回は『天』の命数が狂ってしまったという、大事件だ。
命数とは、……言うなれば、運命というやつだ。
人は生まれた時から、どれだけの寿命かを『天』によって定められている。もしこれが狂
えば、他の人々……いや、その『世界』……もしかすれば他の『世界』にまで悪影響を与
えかねない。
そして。その命数を狂わせたのが、ひとりの娘。
しかしだ。ただその娘を殺せば良いという訳でもない。
死を与えた瞬間、膨大な法の乱れが発生し、それが『天』にまで及ぶ危険性もゼロではな
いのだ。
その時、その乱れを抑え込み、沈静化させるのが我の本当の役目。
このような役目、下位の者にはさすがにできはしない。だからこその我なのだが……
ん?
あの者は……
我からまだ数十メートル離れて見えるが、その人間から立ち昇るその気の大きさは。
……我の血が騒ぐな。
この世界にこれほどの強者がいるとは。
さきほどの娘を守りにきた若者も、かなりの力だったが、この者もかなりのものだ。
挑発してみるか。
我はほんの少しだけ、自分の存在を表に出してやった。
ピタリ。
その人間の男。青年が動きを止めた。その細い、まるで閉じたような黒の瞳が、我を凝視
する。
普通の人間には我の姿は見えぬはず。見る事ができるのは、死期が近き者か、精神が強い
者。あとは我が見えるよう、そう望んだ相手だけ。
「あなた……一体……?」
「汝の名は、龍牙 総司……だな?」
我にとっては相手の名を知る事など造作もない事。
だが、別に心を読んでいる訳ではない。自然に分かってしまうだけだ。
「どこかへ用事でもあるのかな?」
「…………」
「人間の女の所へ、とかな」
「!」
ワザと声の感じを皮肉って告げてやる。
「この寒い日にご苦労な事だな。だがその娘は、汝の想いには応えてはくれんよ。
何故なら、すでに好きな男がいるのだからな。
その男の名は――」
「アヤセ」
「ほう。知っていて、それでもなお、か。人間の気持ちというものは複雑なものよな」
「あなた――さっきから何が言いたいんですか?」
「分かっているだろう?
挑発しているのだよ、汝を。戦ってみたいからな」
「それなら、最初から言ってくれれば…………いくらでも相手になって上げたのに。
この魔族が……!!」
どうやら我を、この世界の神の『召し使い』と勘違いしたらしい。
失礼な。あんな低レベルな存在と同一視するとは。
まあ、魔族に近い気配を放っていたから、しょうがないかもしれんが。
「いきますよ!!」
総司は、その細身の身体からは考えられないほどのスピードで、我に迫ってくる。
中々のものだ。多分、常人の目には霞(かす)むほどのものだろう。
背中に帯びていた長大な刀を抜き放ち、総司は、鋭すぎる突きを放ってくる。
キィ――ギャンッ!
我の胸をひと突きにするはずだったのだろうが――
その切っ先を、まるで豆でもつまむかのように受け、もう片方の指で刀身の腹を弾いてや
ったのだ。
ドォンッ!
雪山の中に盛大に身をうずめる総司。
……おかしい。かなり手加減はしたはずなのだが。弾いた衝撃だけで、あそこまで飛んで
いくとは。
もしや――死んでしまったのか?
「少しやりすぎたか……」
青年の傷を癒してやろうと――もちろん生きていればだが――近寄りはじめたその時。
消えた。総司の姿が。
瞬間移動とは、これまた面白い術を使うな。
――後ろか。
「奥義伍式・幻影刃っ!」
我が振り向くより早く――総司の漆黒のオーラ吹き上げるその刀が――
「な?」
これは一本取られた。
我は斬撃が背後からだと思っていたのだが……、まったく別の方向からとは。
なんと振り向く時に生まれる死角、その逆の側面からだったのだ。
我はたまたま右から振り向き、総司はその逆の左からの攻撃。
一種のカケのようなものか。もし我が左から向いていれば、あっさり受け止められていた
のだから。
数回の斬撃が、我の身体を切り裂き――
「!?」
目を見開き、驚愕をその顔に張りつかせたまま、総司は後ろにさがった。
我の身体に傷ひとつ『つかない』事にでも驚いたのかな?
「今のチャンスに、おのれの最大の技をぶつけていれば、多少のダメージもあったろうに。
出しおしみは、自(みずか)らの寿命を縮める事になるぞ?」
「……ば……化け物?」
驚愕の表情のままつぶやいたそのセリフに、我は笑った。
「我が化け物?
――我は――『死』――そのものだ」
さらに少し、存在を表面に出してやった。
「!?……う……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それを感じてだろう。総司は恐怖したような声を上げていた。
自分が何と対峙しているのかを、本能的に悟ったのかもしれないな。
バッッッッ!!!!
これは……面白い……!
総司の背中から、まわりの白景色とはまるで反対――漆黒の翼が四枚現れたのだ。
こやつ『天』の者か?
天使と呼ばれる者の末裔といったところか。しかも神に逆らい『堕(お)ちた』、堕天使。
先ほどよりずっと面白くなりそうだ……!
「汝の力、すべてを我にぶつけてみよ」


総司の唇が滑る。
『圧縮言語』――呪文の高速化か。
「ホーリー!」
力ある言葉を解き放つと同時に、我の精神に、聖なる力が襲いかかってきた。
この魔法。よける方法はないようだ。
言わば、防ぐには精神力勝負と言ったところだが……
愚かな。
我は『アストラル界(精神界)』の者だぞ?
ゆえに、この魔法でダメージを当てるには、我よりさらに高位の存在でなければならない。
「どうした?これで終(しま)いか?」
何ごともなかったかのように言ってやった。
「くっ」
まったく効果がなかった事に舌打ちし、その両手から巨大な炎を解き放ってきた。
「ディメンション・ノヴァッ!」
こんなもの――防ぐ必要もない。
物理的な炎が我に通じるとでも思っているのか?
グワァァァァァァァァァァァァっ!!!!
炎の激流が通ったあとには、コゲてしまった地面がむき出しになり……ほう、たいした火
力だ。石が溶けているのだ。
それがおさまったと同時に、さっきとは比べものにならないスピードで、総司が突っ込ん
できていた。
ドンッ!!
刀の間合いぎりぎりの所で、総司が地面を割るほどの踏み込みを見せる。
「最終奥義・神威っ!!」
突きが――消えた。
あまりの速さに、三段突きが視界から消えてしまったのだ。
かわす事はできん――が、防ぐのはそう難しい事ではない。
ザガガガッ!!!
「なっ!?」
驚きの声を上げる総司に、我は『後ろ』から声をかけた。
「はじめての体験だったであろう?他の者に強制的に瞬間移動させられるのは?」
つまりはこういう事だ。
総司の方を、我の後方の空間に転移させてやったのだ。これなら『かわす』必要はない。
完全に空を突いた刀を、――だが総司は、笑みを浮かべながら放り捨てた。
「……?――なるほど……な」
笑みの意味が分かった。と同時に、この『結界型魔法陣』が張られていた事も。
総司は攻撃していると見せかけ、実は自分の翼の羽を使い、魔法陣を張り巡らせていたの
だ。
「さすがに……これならいけるはず」
さらには四枚の翼が魔法陣の要所要所に突き刺さる。
よほど強力なやつを使うつもりらしいな。結界で封印した空間でのみ使おうとするくらい
だ。
だが。この青年が使う前に告げておこう。
「言っておくが……その技でも無理だと思うぞ?
我は単に、汝の力が見てみたかっただけだ。命まで取るつもりはない」
「…………」
やはりムダか。
聞く耳は持たないらしい。
ヅゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………
天空にかざすように広げた総司の両手に、黒い何かが渦を巻きながら集まりはじめた。
あれが真の暗黒。
その暗黒の渦が、どんどん『小さく』なってゆく。
そして――
「ブラックホール・ブラスターっ!!!」
カッッッッッッ!!!!!!
我のいた魔法陣内の空間が、莫大な量のエネルギーに呑み込まれていた。



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