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「<悠久幻想曲> 〜第四章〜」 hiro


「どうだ!この最強の手札は!?」
ヒロの勝ち誇った声が、店内に響く。
「ありゃりゃ。それじゃ勝てないなぁ……」
志狼が自分のカードをもてあそびながら言い、すぐ脇に置いてあったカップを手に取る。
「あたしなんかただのワンペアだからね。ホント、これこそ天と地の差ってやつよ」
パティがあきらめ口調でうめき、五枚のカードをテーブルに放り出した。
さくら亭。その店内の一角のテーブルで、四人が集まりポーカーなんぞをやっていた。客
なんてこないから、パティも混じっているのだ。
そろそろお昼どき。しかしこの雪の中では、その時間ですら客が来るかどうか。来るとし
たら常連か、ヒマ人くらいだろう。ちなみに、ヒロ、志狼、まるにゃんともに、どちらに
も当てはまる。
「さすがにみんな、この『ロイヤルストレートフラッシュ』には勝てないようだな」
三人を見回し、イバッたように言うヒロだが、実際のところ、自分も内心では一驚しまく
っていたりする。って言うか、はじめてだった。そんな組み合わせができたのは。
しかし――
その向かいの席についていたまるにゃんが、つとめて興味なさそうにしながら、自分の手
札をテーブルの上にならべてみせる。
しーん。
いきなり深夜の路地裏のように静まり返る一同。そのまるにゃんの手札に、全員が全員、
驚愕していたりした。
『ロイヤルストレートフラッシュ』
だったのだ。
「……な……そんな……俺と同じとは……」
ようやくヒロがうめくようにノドから声を絞り出し、――対してまるにゃんは、トランプ
のカード、そのある一点をちょんちょんと差す。
「……あ!ヒロ!あんたのちょっと見せて」
パティは、ヒロからカードを引ったくり、まるにゃんのカードも一枚取って、顔の前で見
くらべる。
そして、一言。
「あんたの負けよ、ヒロ」
「ンなバカな!俺のも同じくロイヤルストレートフラッシュだろうが!それなら互角じゃ
ないとおかしいだろう?」
「違うわよ。――これ、あんたのはハートとだけど、まるにゃんのはスペードなの。この
場合、強さが同じなら、スペードの方が勝つ、ってのがルールなのよ。
知らなかったの?」
「し、知らなかった……」
ガックリと肩を落とすヒロの顔が、青白く見えるのは決して自分の見間違いじゃないな、
と、志狼は思った。
ひと勝負で、はじめて出した最強の手札で喜び、それを上回る手札で泣きを見るとは……
今のヒロの心境はクシャクシャに複雑だろう。
「そんでまるにゃん。誰からおごってもらうんだ?」
答えなぞ、とーの昔に分かっていたが、志狼は一応尋ねてみた。
このポーカーに一番になった者は、負けた三人の内、好きな者から昼食をおごらせる事が
できるというそんなクソ恐ろしい決まりごとがあったのだ。
「決まってるでしょ。ね?ヒロちゃん?」
「うううう……」
指名されたヒロは、テーブルに突っ伏し、泣き出す。
対し、その分かりきった結末に苦笑いするふたり。
パティはそのまま席を立ち、それぞれの注文を聞いて、厨房に向かった。
いつもはパティの父親が料理を作るのだが、きょうは特別に自分が作ってくれるという事
だ。単に、両親が出かけてていないとも言う。
今の、陰鬱(いんうつ)なヒロは喋り相手にならない。同じく暗いまるにゃんも喋り相手
にはならない。ンなふうにひとりごちる志狼も暗いと言えば暗いのかも知れない。
厨房から流れてくる、料理を作る音が心地よい音色となり、三人をまどろみの世界に誘っ
た。
…………
どれくらいそうしていたのだろう。
志狼にとっては数時間の時であったのかもしれないが、本当はたかだか数分であった。
カウベルが鳴り、来客を告げてきた。
イスに寄りかかり眠りかけていた志狼は、その音で我に返り、入り口に視線を移した。
「シェリル……?」
あったかそうなコートを着た少女が、店内をキョロキョロと見渡す。誰かをさがしている
ようだった。
自分たち三人を認め、少し迷うふうだったが、意を決したようにこちらに歩いてきた。
「やあ、シェリル。どうしたの?お昼でも食べにきたのかい?」
「え……いえ。そうじゃなくて……」
気軽に声をかけてきた志狼に、シェリルは困ったように顔をひそめ、
「総司さん。来てません……よね?」
「……総司?いや、来てないけど。見てのとおり、ここにいる客は、俺たち三人だけだか
らね。なんか待ち合わせでもしてたのか?」
「はい。きょう、パティさんと一緒に、お菓子の作り方をここさくら亭で教えてもらう事
になってたんです」
「まだ来てないみたいだけど」
「そう……みたいですね」
ほおを押さえながら嘆息し、シェリルは『となり』のテーブルについた。
志狼はそんなシェリルを一見し、肩をすくめてみせた。まあ、男しかいないから、このシ
ェリルの反応は普通だが。
しばらくして。厨房からパティが現れた。手には熱々の料理をのせたおぼんが。
「は〜い。お待たせ〜」
いきなり、眠りこけていたふたり――ヒロとまるにゃんが静から動に転じ、ガバリッ、と
起き上がる。パティの声で起きた、というより、そこら中にただよう良いニオイで起きた、
って言った方が正しいかもしれない。
「あら?シェリル。
総司ならまだ来てないわよ?」
「あ、はい。知ってます。――少し待たせてもらっていいですよね?」
「それはもちろん」
人当たりの良い笑いを浮かべ、パティはうなずく。おぼんからひとりひとりに料理の皿を
受け渡し、自分も席についた。
――――
「遅い……ですよね……」
「そうね……」
シェリルのつぶやきに、パティが答える。
「たしかに遅いよな。いつもの総司さんなら、三十分くらい前には来てるはずだから。
しかも、シェリルとの待ち合わせだろ?二時間前から来てたって不思議じゃないかもね」
ヒロの言葉に、全員が同意するかのような相槌をうった。
約束の時間から一時間過ぎても総司がこないのだ。今までにこんな異例はなかった。あの
総司なら、火の雨が降っていたって絶対来るだろう。
「もしかして……この寒さで、どっかで倒れちゃったとか?」
「そんな事ないと……思いますけど……」
志狼の冗談とも言える言葉に、シェリルは否定しながらも、意中ではちょっとだけ肯定(
こうてい)していたりした。
総司の弱点のひとつ。寒さ。
もしかしたら……本当に……!
と、そんな結論にいたった彼女。いてもたってもいられなくなり。いきなり誰にも制しさ
せないくらいの速さで、さくら亭から飛び出していってしまった。
「シェリル……行ちゃったけど、どうする?」
パティに問われて、ため息をつくヒロと志狼。
どうするかはすでに決まっているのだ。
まるにゃんは首を鳴らしながら、席を立っていた。外に出るために。
そのまるにゃんを一瞥し、ふたりが苦笑する。のまま、立ち上がった。
「それじゃ、パティ。俺たちも行くから。――総司さん『救出』に」
おどけたように言ってみせ、ヒロは、先行するまるにゃんの背を追って、小走りで志狼と
さくら亭をあとにした。


「普通、こんな日に仕事させるか〜?」
黒髪・黒目の青年がそうぼやき、真下にあるたくさんの雪を蹴っ飛ばした。
バサっ
蹴られた雪が宙を舞い、ついでに青年までもが舞っていた。
軽すぎる雪を勢いをつけて蹴ったもんだから、その反動で後ろから雪に突っ込んでしまっ
たのだ。
「う〜〜〜〜〜〜やっぱきょうは仕事なんかする日じゃないんだよ。
だいたい夜鳴鳥雑貨店の店長も、こんな日は休業にしてしまえばいいのに」
あお向けに寝っ転がりながら――単に転んだままとも言う――、勝手な事を空に向かって
つぶやく。
「なんか……眠たくなってきた……
ああ……気持ちいい……」
流れる雲を眺めているうちに眠気がさしてきたその青年――アヤセは、かなりヤバイセリ
フを吐き、まぶたを閉じ――
ピク……
かすかではあったが、その耳がごく小さな音をとらえていた。
この音は。
「爆音……?」
おかしい、アヤセは瞬時にそんな疑問を持っていた。
今の音。決して遠くからのものではない。なのに、この小ささは。
すぐ近く。それもそこの通りを曲がった所から。
「!?」
それを見たとたん、アヤセは両腕に黒い炎を灯していた。これがアヤセの能力。超自然的
な炎を自由自在に操る事ができるのだ。
通りを曲がり、見たものは――
崩れ落ちている総司と、それを眺めている黒ローブの人影。
事情を知るまでもない。あの人影が敵であるという事は、直感が告げていたからだ。
黒ローブのまわりだけ、すっぽりと雪がなくなっていた。まるで、その男から遠ざかるか
のように。
(魔法陣……?)
総司が何か技を使ったあとだろう。そう判断し、同時にそれが爆音の正体である、と読ん
でいた。
「ほう。汝も中々の使い手のようだが……」
黒ローブが、総司にはもう興味がないというふうな感じで振り向き、自分に言ってくる。
「……そうか。汝が『アヤセ』なのだな?」
「…………どうして俺の名を?」
「説明した所で分かりはすまい。ただ――その総司という青年と汝が、ひとりの人間の少
女を愛している。だから分かった、とでも言っておこうか」
肩越しに総司を見、次に視線をアヤセに向けて言った。
そんな訳の分からない説明で納得のいく人間はいないだろうが――そんな事は今はどうで
も良かった、アヤセには。
問題は。
いかにしてこの場から総司を助け出し、逃げるか、だった。
分かったのだ。ひと目見て。
こいつには勝てない事を。
ならば――!
「飛龍弾!」
遠慮なしの本気の一撃。
黒い炎のカタマリが、黒ローブ目掛けて飛んでいく。同時に、ダッシュをかける。
――やはり。それをよけようともしない。
ゴウンッ!!
通りに、黒い爆発の華(はな)が咲き、その煙が消えるより早く。
「おおおおっ!!!」
拳が、黒ローブの身体に叩き込まれる。
異様に硬いものを殴りつけたような感触に襲われるが、アヤセは殴りつけるのをやめよと
しない。拳が決まるそのたびに、黒い花びらが空を舞い、ヒラヒラと大地に落ち行く。ロ
ーブの切れ端だ。
ドウッ!
胸にヒジを食らわし、
「吹き飛べ!炎穿!!(ほむらうがち)」
ふたりのあいだに、黒炎の爆発が起き、黒ローブが後方に飛ばされる。さらにもう一発、
炎のカタマリを追尾させるかのごとく放ってやる。
息をつくヒマもなく、アヤセは総司に駆け寄りその身体を抱き上げる。そして走る。
とにかく安全な所に。
その時――
ゴォンッ!!
背後で起きた爆発に、その背が前にのめりそうになる。
さっき放った炎弾が爆発した――?
違う。それならもっと前に爆発していなければ。なら――
「早く逃げろ、アヤセぇっ!!」
この声は――!
「リュウイ!」



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