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「<悠久幻想曲> 〜五章〜」 hiro  (MAIL)
「いいから行け!」
いちいち振り返り声をかけてきたアヤセに、リュウイが多少イラついた声で怒鳴り返す。
通りの向こうに消えるアヤセを確認したリュウイは、黒ローブの進路を防ぐべく、ひとっ
飛びでそこに移動し、構えた。
今武器はない。素手なのだ。剣術の得意なリュウイにとってこれは痛い。
「あんた……女か……?」
いくら時間稼ぎのためと言っても、我ながらバカバカしい質問をしているとリュウイは思
った、が、その答えが返ってきた。
「そうだな。人間でいうところの女という性別だ」
アヤセの攻撃で、その身を包んでいたローブがかなり破け、顔のほとんどさらけ出してい
たのだ。
キレイ……ではある。
しかし、その表情からは何も読めない。
『畏怖すべき美貌』とでも言おうか?死に直面する者が、最期に見せる表情。難しい言い
方だが、そんな驚怖(きょうふ)に似た何かがあった。
「この地には、強者ばかりがいるのか……?」
その表情が、少しだけけげんなものになった。
「汝もそうだが、先ほどのふたりも、強くはあった。そんな者たちがこの地にはまだまだ
いるのか?」
「ああ。いるよ。
俺なんかより強い奴がたくさんな」
「そうか……ならば楽しめそうだな」
愉快とでも言わんばかりに、口をつり上げ、前進してきた。リュウイの方に。
思わず後ろに引くリュウイ。
危険だ。この女と戦ってはいけない。戦士としての自分の勘が、そんなシグナルを鳴らし
告げているのだ。
アヤセたちは、かなりの距離を稼いだはずだ。もうこの場に用もない。逃げるのみ。
きびすを返し走り出そうとしたリュウイの背後に、いた。女が。距離は十数メートルあっ
たはずなのに。
瞬間移動ではない。まるでそこに最初からいたような、そんな感じだった。
「そんな!?」
悲鳴を上げるリュウイの背に、女が軽くふれた。
「ッ――!!」
激しい痛みを、無理矢理抑え込み、身をひねりつつ跳躍する。
かなりの距離を置き、着地を決めたリュウイだったが――
そのまま全身がシビレたような感覚に襲われ、うつ伏せに倒れてしまった。
動かない。身体が。
そこに、落胆の響きが混じった声が聞こえてきた。
「汝は――この程度なのか?
……すると、汝の言う強い人間というのも当てにはならんな」
悔しかった。
が。何も言い返せない。あるのは視覚だけ。それにしたって、首が動かせない以上、見え
る場所は限られてしまう。
こちらに近づいてくる、女の気配。このままでは……
絶望が、リュウイを支配する瞬間。心の奥から『何か』が現われはじめた。
(俺は…………、我は……)
今まで、追いつめられるたびに起こるこの現象。
これが起こっているあいだは、自分の意識はアヤフヤのもので、はっきり言ってリュウイ
自身、これには嫌悪に近いものまで持っているが――今のリュウイにとっては願ったりか
なったりだった。
これになった自分は――無敵だからだ。
「……我の名は――ティオス……!」
リュウイの身体から、強大な気があふれ出す。そして、自分の中の違う自分が目覚める。
跳ね起き、その手には輝くひと振りの剣が握られていた。
まわりの雪が急速に、リュウイ――いや、ティオスの近くから円状に溶けるその光景は、
実に幻想的なものだった。まるで、いきなり冬から春にでもなったかのような。
「呪縛の法を解いたのか……?しかも自力で」
その光景より、自分の技が破られた事の方に、女は驚いていた。
にしても、楽しむような口調ではあったが。負ける気はしないらしい。
「……神がこの地になんの用だ?」
「そこまで読んだのか?たいしたものだ。
だが、そこまでであろう?所詮は子供か……」
「なんの用かと聞いているんだが?」
「龍族の子にしては、口の聞き方がなっておらんな。少し教えてやろうか?」
「ぬかせ!」
超スピードで間合いを詰め、ティオスは一撃しようと振りかぶり――
女はしなやかにその身体を沈めつつ、ティオスのふところにもぐり込んでしまった。
こんなふうに間合いを侵(おか)されては、剣はなんの役にも立ちはしない。それが普通
の武器なら。
だが。ティオスの武器は形状が一定ではなく、自分の意志で好きな形にできるのだ。
この場合は――間合いの小さなナイフ。
女の腕を斬り飛ばそうと振り下ろすが。
「ダメだな。それでは」
女の反応はそれだった。光のナイフは、腕の表面部分で完全に止まっていたのだ。
トンッ
構わず、女はその腕をティオスの脇腹に押し当てた。
少しだけその身体が虚空に浮き――
次に衝撃がきた。身体がバラバラになるほどの。
「がぁぁぁぁぁっ!!!」
苦鳴を上げつつも、ティオスはなんとか立っていた。
しかし、その精神に受けた衝撃は、身体に受けたものとは比べ物にならないほど強力なも
のだった。
失念していた。
相手が神なら、本当に恐ろしい攻撃は、この『精神』系の攻撃だと。
アストラル界(精神界)に住む神ならば、そんな攻撃がくる事くらい予想しておくべきだ
ったのだ。
龍族の肉体の強靭さにうぬぼれていた自分を悔やんだが、もう遅い。
「眠れ。龍の子よ」
「……あ……ああぁぁぁぁぁぁぁ……」
女がこちらに向かって手をかざした瞬間気づいたのだ。ティオスは。
この女の持つ存在力の大きさに。
一般的に、天使クラスでも人間に神として崇められている事がある。ティオスも、そのレ
ベルの相手だと踏んでいたのだが。
これは――すでに『天の使い』などという生易しいレベルの相手ではない。
『神』
勝てる訳がないのだ。いくら自分でも。
この世界にいる、神族や魔族などという次元の相手ではないのだから。
そして――
神に手を出すという事は、絶対の『死』を意味する。
龍族の王である自分も――『死』を覚悟した。


「ちっくしょう!誰かいないのか……!?」
総司を背負い走りながら、アヤセはあせっていた。
リュウイの事が気がかりなのだ。
とにかく、誰か、知り合いが通りを歩いててくれれば。総司をあずけ、さっきの場所に戻
る事ができるのに。
役所の前を通りすぎる所で……
「シェリル!」
こちらに向かって駆け足で寄ってくる少女に、声を上げていた。
「あ、アヤセさん……総司さんが……!?」
言いかけて、シェリルは、アヤセに背負われている人物に気づき、絶句していた。
それが、さがしていたはずの総司だったからだ。
何故か身長が低くなり、あまつさえ女っぽく――っていうか、はかなげな少女にしか見え
ないが、総司であった。天使化した反動で、しばらくのあいだ、女性化してしまうのだ。
「一体、何があったんですか!?」
悲鳴のように尋ねてくるシェリルに、アヤセはかぶりを振り、
「今はそんな事説明している場合じゃないんだ。とにかく総司をクラウド医院にでも連れ
て行って……!
あぁ!どっかに誰かいないのかよ……!!」
アヤセはイライラと声をあらげ、通りを前、後ろと見渡す。
――いた!
「お前らぁ!」
シェリルの来た方から、三人の人影を見つけ、再度声をあらげ、叫んでいた。
ヒロ、まるにゃん、志狼である。シェリルを追ってきたのだ。
「何が……」
「いい!今はそういう説明は!」
問いかけてきそうだったヒロを一喝で制し、アヤセは、頭をフル回転させて、もっとも最
良な行動を弾きだす。
そして、ものの数秒で決まっていた。
「ヒロ!お前は、総司をクラウド医院へ連れて行け!」
戸惑うヒロに、総司をあずけ、次に、
「志狼はルシアさんだ!連れてきてくれ!場所は教会のすぐ近く!」
「あ、え?」
こちらも――志狼も戸惑っているが、そんな事おかまいなしで、つづけた。
「まるにゃんは俺と一緒に……!」
言うやいなや、アヤセは、まるにゃんの手首を引っつかみ、もと来た場所に走り出す。
ついていけない速い事態に、それでもシェリルはうわずった声で、アヤセの背に向かって
尋ねていた。
「あ、あの!私は!私はどうすれば!」
「シェリルはヒロと一緒にクラウド医院に行ってくれ!」
「わ、分かりました!」
シェリルは、そのアヤセの言葉を聞いて、安堵していた。
自分にも何かできる事がある。アヤセの役にたてる。それだけで嬉しかったのだ。
そのシェリルの横では、ヒロと志狼が今だ戸惑いつつも、それぞれの行動に移るため、動
きはじめていた。



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