中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 前頁 次頁

「<悠久幻想曲> 〜六章〜」 hiro  (MAIL)
「こんにちはー」
マーシャル武器店に入った青髪の青年、ケイは、エルがカウンターの所でヒマそうにして
いるのを見つけた。
「ん?エル、相変わらずヒマそうだな」
「ほっといてよ。それに、「相変わらず」ってのはなんだよ?」
「そのまんまの意味だけど?間違ってるか?」
「……反論したいけど……できない……」
苦笑いするエルに、ケイは店内を軽く見回しながら寄っていく。
そんなケイを見ながらエルは、
「お前、何か買ってくのか?」
「……い〜や。別に〜」
間延びした口調で答えるケイに、エルは頬杖をつきつつあきれ顔で一笑し、
「なら何しにきたんだ?」
「ヒマだったから」
あっさり即答するケイ。
安気そうなケイがうらやましいな、などと思いつつもエルは、
「お前ね。そんなんでうちに来るなよ。どうせならジョート・ショップにでも遊びに行っ
たらどうなんだ?お前んちのとなりなんだろ?そっちの方がよっぽど近いじゃないか。
それに多分、ルシアがヒマしてるはずだから」
「……そうする。エルも来るだろ?もちろん」
「え!あ、あたしは店番があるし……」
「どうせヒマなんだろ?こんな雪の日に客なんて来ないって。な?行こうぜ。
ルシアもエルを待ってるだろうしさ」
「あ、え……で、でも……」
ドモッてあわてて返すエルを見て、ケイの唇が人の悪そうなそれに歪む。
ケイは、はじめからこれが目的だったのだ。エルをジョート・ショップに連れ出す事。
前々から、ルシアとエルの関係に進展がない事に、ヤキモキしていたのだ。はたから見て
てもうっとうしい。そのぎこちないふたりの態度が。
ケイに言わせれば、「とっとと告白でもなんでもしちまえー!」だそうだ。が、両人にし
てみれば、迷惑なコトこの上ない。
「さ!行くぞ!エル!」
まずは大声でその場を制し、次に相手に有無を言わせず強引に「はい」と返事させるのが、
ヤクザのテクニック。それをケイが実行したのだが……
相手はエルだった。
「うるさい!あ、あたしは行かないからな!」
怒鳴り散らし、ますます意固地に凝り固まってしまうエルに、ケイが内心しくじったと舌
打ちをする。やり方を間違えた。
なら作戦をかえて――
ケイは、ワザとらしい動作でクルリと後ろを向き、声をひそめてこう言った。
「実はな。ルシアが、カゼ引いちゃったんだよ。――やっぱこの寒さにやられたのかな
ぁ?
……見舞い、行かないか?」
「…………」
とりあえず、エルの返答を待ってみる。
きっちし十秒後。反応が返ってきた。エルの。
「ま、まあ、そういう理由なら行ってやらないコトもないかもね」
フッ、と笑みを浮かべる。ケイが。
「かかった」そういう笑みだった。
さっきの話し、ウソだというコトは、エルも気がついているはずなのだ。ようはキッカケ
みたいなもんだ、その話しは。行くための理由を作ってやっただけ。そしてエルもそれに
乗ってきた。
エルには、率直に「ルシアに会いに行く」なんて、プライドがジャマして絶対できない。
だからこそのウソ話しである。
自分ってなんて良い奴なんだ、とケイは自分自身をほめたたえつつ、
「ンじゃ、行きますか?」
「あ、ああ……」
何か納得のいかなさそうなエルだったが、素直に、誘ってくれたケイに感謝するコトにし
た。――だって、ルシアに会えるんだから。


「あ〜〜〜〜〜〜ヒマだぁ」
これでなん回目だろう、そんな事を考えてみる。
ルシアは、テーブルの上に足を組み、さらに頭の上にも手を組んで、つまらなそうになん
度もなん度もぼやいては、天井を見上げていた。
本当にヒマそうである。
「なんかする事ないのかな?このまんまじゃ、身体がなまりまくって、しまいには溶けて
消えちゃうかも。
…………あう〜〜」
志狼はどっか行っちゃうし、アリサさんもテディもいないし、今この家にいるのは自分ひ
とりだけ。
「……どっか遊びに行こう……」
数時間ほど思案した上での結論である。
あったかくなる上着を着て、外に出ようと一歩踏み出したところで、
ガスッ
「いひゃい……」
自動的に玄関のドアが開き、しこたま顔を打ちつけたルシアは、うずくまりながらも、顔
を上げた。来客を見るために。
「あ、あのぉ……大丈夫ですか?ルシアさん」
背の低い少年が自分を見下ろし、申し訳なさそうにしていた。メルクだ。
これでもルシアより年上である。
「大丈夫だよ、メルク……、それよりなんか用?」
「ええ。ちょっとルシアさんにお話が……」
「へ〜。何か知らないけど。ささ。上がって上がって。
お茶でも入れるからさ」
「いえ。お構いなく」
「遠慮しないで。さあさあ」
せっかくヒマつぶしの相手が来てくれたのだ。
ここで帰す訳にはいかん。そう思ったルシアは、メルクの襟をつかんで、ムリヤリにダイ
ニング・ルームに引っ張り込んでしまった。
「ちょっとそこで座って待ってて。すぐにお茶いれるから」
一方的に言い放ち、ルシアは鼻歌まで鳴らしながら、キッチンに立つ。
ルシアは少女にしか見えないから、その姿がすごく似合っていた。その風景に笑いたくな
るのをこらえ、メルクは黙って待つ事にする。
「それで?用って言うのは?」
メルクに菓子とお茶をすすめながら、ルシアは好奇心いっぱいの瞳で尋ねてくる。
普段のルシアは落ち着いた性格で、こんなふうに軽くないのだが、ヒマが彼をかえてしま
ったのかもしれない。
「このあいだ起こった、魔術師組合の事故。これは知ってますよね?」
「当然だろ?かなりヒドかったからね。
建物の三割が崩壊するほどの魔法事故だ。エンフィールドに住んでいる人なら、みんな知
ってると思うけど?」
「そう、ですね。表向きには……それで解決してます」
そのミョウな言い方に、ルシアの好奇心がさらに刺激を受けたのか、テーブルに身を乗り
出してくる。
「術者が召喚に失敗し、起こった事故。
たしかにその通りです。私もそうだと思います。が――」
「が――?」
「失敗したあと、何も『起こらなかった』というのは……はっきり言ってかなり変なんで
す」
「?だから、失敗したあと爆発起こしたんだろ?」
あっけらかんとしたルシアの言葉に、メルクはほおを押さえながら、
「いいえ。そうではなくて……
え〜とですね……、普通召喚に失敗する原因はいくつかあげられますが、その中でもより
上位のものを召喚しようとして制御不能になり――失敗してしまう、そんなケースが一番
多いと思われるんです。
その術者も、多分それで失敗したんだと思うんです。
でも、召喚の成否に関わらず、召喚をうけた『もの』はその場所に現れなければならない
んですよ。
しかし、魔術師組合はそれにふれた事を何も公表していないんです。
――おかしいとは思いませんか?」
「おかしい、って言えばおかしいけど……
勝手に始末しちゃったんじゃないのかな?魔術師組合の連中が」
「その召喚された『もの』をですか?」
「うん。あいつらってプライドが高いからね。街人に知られる前にカタずけちゃったとみ
た方がいいと思うけど?」
「……そうでしょうか?」
「そうだって。気にする事ないと思うけど?」
不安げなメルクをよそに、気楽に言いつつルシアは茶をひと口すすった。
「……思ったんだけど。なんでその話しを俺に?」
「いや、ルシアさんなら、何か分かるんじゃないかと思いまして」
そのメルクの言葉に、ルシアは軽く苦笑いに似た表情を見せた。
どう考えたって、メルクの方が魔法の腕前・知識ともに上。その彼が分からない事が自分
に分かるはずがない、そういう意味での笑いだった。
「俺、魔法に関してはたいしたコトないけど?」
「何言ってるんです。あそこまで魔法を操れるのに」
メルクに指摘を受けて、ルシアはポリポリとほおをかいた。
たまに見せるルシアの魔法のほとんどは、魔族のものなのだ。身体に眠るその力を起こし
使っているだけ。もともとの自分の力ではない。嫌悪を抱いたりはしていないが、ひんぱ
んに使ったりはしない。
そんな話しをしている時、ルシアは、そういえば、と思い出した。
「召喚っていえばさ」
「はい?」
「どこの国だったっけか……
とにかく大規模な召喚計画なんてものがなかったっけかな……?たしか一ヶ月ほど前に」
ああその事か、そういう顔をし、メルクは少々イヤそうに、
「魔法二大王国ですよ。
そこの片方の国が、何をトチ狂ったのか、『神』なんてものを召喚してみせる、って大ボ
ラ吹いてみせたんです。
たくさんの「客たち」も集まり、各国の重臣たちに、さらにはどこかの国の王までがその
"イベント"なるものを見に来たらしいですけど……」
そこで、ザマアミロと目で言って、メルクは肩をすくめる。
「結果は大失敗。ケムリひとつ立たなかったらしいですよ」
他人に聞いたような口ぶりだが、本当はメルクは、そのバカげたイベントを見にいってい
たのだ。その国までの道のりは徒歩で二ヶ月ほど。馬車でだって結構な時間がかかる。そ
れなのにここにメルクがいるのはおかしいではないか、とルシアに尋ねられるのが面倒だ
ったため、ウソをついたのだ。実際は超・長距離転移の魔法を使っただけ。ちなみに、ム
チャクチャハイレベルな魔法である。
「なんだ。失敗だったのか」
「なにかその言い方……成功でもしてほしかったみたいな言い方ですね」
「だってさ。神なんてもんが本当にいるかどうか分かるだろ?神官たちもバンバンザイだ
し。自分たちの祈る神は実在する、ってね」
「そうですね……いるかどうか……分かったかもしれません――」
だからといって、どうなるものでもない。神は何もしてくれないのだから……
メルクはそんなドライな言葉を心中でつぶやき、助けられなかった今は亡き親友に、思い
をはせた。
――と、その時。
突如、玄関で大きな物音が響いてきた。
次に志狼の声が。



中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 前頁 次頁