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「<悠久幻想曲> 〜第七章〜」 hiro


「おい。あれ……トリーシャじゃないか……?」
雪の通りを歩いていたエルが、前方に目を凝らしながらささやいた。
たしかに……
こちらに駆け寄ってくるのはトリーシャ・フォスターだ。
「…………」
ケイは、何も言わずに、立ち止まる。
「お〜い!エル〜、ケイさ〜ん!」
息を切らせながら自分たちを呼び、トリーシャ。
「やあトリーシャ。どうしてこんなトコに?」
「エルのとこに遊びに行こうとしてたんだ。そっちはドコ行くの?ふたりして」
「ああ、ジョート・ショップにちょっとな……」
「ふぅん……そうなんだぁ。あ!ルシアさんとこに行くならやめといた方がいいよ?
ルシアさん出かけてていないから」
「だ、誰がルシアに会いに行くっていったんだ、トリーシャ!!」
「さーねー」
顔を横にして、トリーシャはとぼけたように言った。
どっちにしろ、エルがジョート・ショップに行く理由って言ったらルシアに会うくらいし
かない。志狼だとかアリサ、それにテディに会うためとはとても思えない。
「どこか違う所に遊びに行かない?ねー」
エルの腕を取り、トリーシャが甘えたような口調で言ってくる。
「ルシア、いないんだってさ。アタシはこれからトリーシャとどっか行こうと思ってるけ
ど。ケイはどうする?」
エルが問いかけてくるが、ケイは凝然(ぎょうぜん)としたように立ち尽くしている。そ
の瞳はトリーシャに。
エルははじめ、その瞳が愛情をいだいているように思った。が。
違った。それは疑惑をいだいているそれだったのだ。
エルがそんなケイをたしなめようと口を開きかけた矢先、
「トリーシャ……ひとつ尋ねたいんだが……」
「なに?ケイさん」
ケイは、すっ、と指先を地面の方にやり、
「なぜ、『足跡』がついていないんだ……?」
「な……!」
この驚倒(きょうとう)の声を上げたのはエルである。
それはどう考えてもおかしな場景だった。地面に足がついている限り、この通りに敷かれ
ている雪に、跡をつけずに歩く事は不可能。
浮遊の魔法で、ってのも考えられなくもないが、そんな魔法を使っていれば、足の動かし
方がかなり不自然なものになるはずなのだ。しかし、トリーシャの走り方はあくまで自然
だった。まあ、その前に、そんなコトをワザワザする必要もないが。
しばしの静かな沈黙のあと――
「あはっ。あははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
いきなり腹を抱えてトリーシャが、狂ったように笑いはじめたのだ。
ぞっ。そんな悪寒がエルの背中に走る。
気配はトリーシャのはずなのだ。それは確証など必要なく分かる。
なのに、このトリーシャは……
まさか……!
「魔族に寄生された……!?」
「違う。この感じはそんなんじゃない。だが……何か分からない……」
エルの言葉を、ケイがかぶりを振りつつ否定した。
過去にも一度、トリーシャは魔族に寄生された事があり、その時もケイが救っているのだ
だが……(龍威さん、著作。訪問者6を参照の事)
笑うのをやめて、トリーシャは、鋭利な瞳をこちらに向けてくる。
「ちょっとしくじっちゃったね。まさかこんなおバカなミスでバレちゃうなんてさ。
ま、間違い探しみたいなもんかな?これはこれで結構楽しめたかもしれないし」
余裕の物腰で肩をすくめて見せ、笑みを浮かべた。
「本当はエルを連れ出して、とっとと「こっち」にムリヤリにでも引きずってやろうかと
思ったんだけど……
いいか。ここで先にケイさんを始末するのも。そっちの方があとあと良い結果につながり
そうだし。それに、このマテリアル界でも戦闘能力なら五本の指に入るケイさんに、これ
からのボクの行動を邪魔なんかされたくないしね。
うん!やっちゃおう!」
ひとり勝手に納得・うなずきをするトリーシャに、ケイは右手をかざし、
「何者かは知らんが、トリーシャから出てきたらどうだ?……それに俺を始末するだと?
寝言は寝て言え」
「ごめ〜ん。ボクこの娘の身体から出るつもりは毛頭ないんだ。って言うか、もう融合し
かけてるし」
(融合……?……こいつ、トリーシャに憑依したのか?とすると……!)
信じられない、信じがたい答えが胸裏(きょうり)に浮かび、ケイは、思わず右手に込め
ていた力を放っていた。
ガゴォっっ!!
覇王滅殺拳。
ふれたものを爆破するその技が、胸のあたりにヒットしたはず。
いくらなんでもやりすぎだ。そう非難の声を上げようとしたエルだったが、矛先であるケ
イの青ざめたその表情が、エルの口をつぐませていた。
「マズイぞ……最悪の事態だ。前のまるにゃんの件での『地獄の番犬』なんざーメじゃな
いようなヤツが、こんなヘンピな世界に降臨するなんて……!」
ケイは、ガタガタと身体中を震わせ、恐怖を隠しもせず、ひとり言のようにツラツラと喋
っている。
トリーシャの姿を、視界からさえぎっていた白煙が、風で流され上空に去っていき――
……半ば予想の内ではあったが、無傷のトリーシャが立っていた。
まったく効いてない。
「いきなりなんて、ケイさんヒドいよ。いくらボクでも、直撃だったらダメージがあった
よ!?」
そんな言葉で反撃しつつも、トリーシャの口元はゆるんでいた。
「まあ、こっちとしても陽陰さまが戦闘に夢中になってるわずかな時間しかないから……
早くカタをつけたいんだけど。でもさ、ボクも戦闘なんて久しぶりだし。まだ馴染んでな
いこの身体の扱い方も少しは覚えないといけないし。
ンなワケでぇ、楽に死ねるとは思わないでね?ケイさん」
クスクスと微笑んで、トリーシャは、後ろ髪を一度かき上げた。
ブンッ!
同時にケイの青髪が、銀色に塗り変わる。自分の身に宿っている幻獣神ネガリオの力を、
微力ながらも借りた状態になったのだ。
「俺を殺すことはできないさ!死ねないんだからな!」
「できるよ」
あっさり言って、トリーシャは、顔の横で人差し指をチョンチョンともてあそびつつ、
「不老不死だって言っても、それはマテリアル界(物質界)での話しでしょ?
結局ンところ不老不死っていうのは、生命体の持っている本質的な永遠の魂と、精神をつ
なげて、ひとつにする。そういう状態のコトをいうんだ。
なら、それを解くのは至って簡単。魂と精神のつながりを断っちゃえばいいんだよ」
簡単なんて言ってはいるが、実際それを断つには、この世界を二回は消滅させるほどの威
力がある、精神系の攻撃がなければできはしない。
つまり。マテリアル界の住人には絶対不可能ってコトだ。
いやいや。アストラル界の住人にだって、そうそうできる芸当じゃない。それを軽く口に
できるという事は……
その実力やどれほどのモノなのか……
「やってみせようか?」
言った瞬間!トリーシャの姿がゆらいで消えた。
右!
瞬時にケイの側面に移動していたトリーシャは、ひねりたっぷりの一撃を放ってきていた。
かわすことはもとより、防ぐことすらできない。
が。
バチンッ!!
当たるはずだったその拳を、エルが下から上に叩き上げるかのごとく弾いていた。その両
腕・両足が闇色の炎に包まれている。邪竜の能力だ。
「ちぃぃ!」
弾いたその衝撃に舌打ちし、エルは、トリーシャの横顔目掛けて蹴りを飛ばしていた。
シュンっ!!
しかし、打ったのは虚空だけ。
弾かれた瞬間、トリーシャは一歩分だけ、後ろに引いていたのだ。
そして。エルが足を引き戻すより早く――
トリーシャの掌(しょう)より生まれた力の波紋が、エルの身体を数十メートルほど吹っ
とばしていた。
と――
ギュルリッ、と身体をひねるトリーシャ。
そのそばをかすめ過ぎて行く、青いエネルギー波!
ドウンっ!!
そのエネルギー波が通りを爆破・破壊し、それと同じくして、ケイが建物の壁に背中から
激突していた。トリーシャはかわしつつ、不可視の力をケイに向かって解き放っていたの
だ。
「あぶな〜〜い!さすがに幻獣神の力を持つケイさんと、カオス(邪竜王)のカケラであ
るエルだね。
いくらボクの今の力が本来の五十分の一。神霊力(存在)にいたっては万分の一って言っ
ても、そのボクとそこそこいい勝負するなんて」
ナニが楽しいのやら、ニコニコと笑いながらトリーシャは、
「さあ!もっと戦闘しよー!立って立って!」
「くそ……ナメやがって……!」
たとえ相手が『アストラル界の神』なんだとしても、今のセリフにはムカついたのか、ケ
イの頭の中から恐怖の「ふ」の文字すら消えさっていた。
「キサマには地獄を見てもらうっ!!」
叫んで突っ込んでくるケイに、トリーシャは一瞬表情が歪み、次に吹き出した。
「地獄を見てもらう?ケイさん『地獄』を見たことないくせに、そんな事よく言えるね」
エネルギーを全身にまとったケイは、拳を放つが――
それをトリーシャは無造作につかんだのだ。素手で。
そして言葉をつづける。
「ボクはね。あそこで十万年近くも閉じ込められていたんだよ?あそこは真の闇。人間た
ちの想像するような苦痛は味あわない。けど――
あるのは孤独感……それだけ……。そしてそれが『すべて』なんだよ、『地獄』では」
その瞳に、危険な色が走った。
つかんでいた拳を自分の方に引き、ケイがこちらへバランスを崩し流れてきたところに、
もう片方の自由な手の方を、その腹に叩きこんでいたのだ。
「がっ――!」
肺から空気が全部吐き出されたのか、それだけうめいたケイの身体が宙に浮き、次にはハ
ンマーのごとき重い一撃により、地面に叩きつけられていた。
「話しにならないね……その程度じゃ。
ボクに地獄ってやつを見せるんじゃなかったの?ケイさん」
トリーシャは挑発していた。自分とやり合いたかったら隠している力をすべて出せ。そう
言っているのだ。
だが――
「……あ……これは……ヒロくん……」
自分たちのすぐ近くまで来ているその気配に動揺するトリーシャ。
もの悲しげに表情を曇らせて、トリーシャはその場を退こうと空に身を躍(おど)らせた。
その時、エルは見た。
トリーシャの背中に現れた十二枚の黒き翼を――
その時、ケイは知った。
それは自分の最悪の予想をはるかに上回る、絶望的な事態だという事を――
神に逆らった聖魔(堕天使)たちの王。十二枚の翼を持ち、その神霊力は大神に匹敵する
という。
――聖魔王ルシフェル――
トリーシャに憑依していたルシフェルは、天空へと昇り、肉眼では見えない距離へと消え
ていった。



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