中央改札 悠久鉄道 交響曲

「沿域少女幻想曲第2番〜ローズレイクの幻・1話」 春河一穂  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー

沿域少女幻想曲第2番

〜ローズレイクの幻〜

第1幕:魂の帰還

春河一穂

ローズレイクを見下ろす丘。そこは安息の場所・・・・・
ウィンザー教会の墓地がある。墓地と言っても陰気くさい場所ではなく、
緑や花などで綺麗にまとめられた公園のようになっているのだ。

丘の墓地に・・・出る・・・・・街の中にも・・・出る・・・・・

その噂が広がったのは、とある夏の日のことである。
エンフィールド学園は部活動と補習、オープンセミナーなどである程度の
生徒が出入りしていた。

「みゅうううううう・・・・・っと・・・」
あくびをしながら大きく伸びをする。

ぎし・・・・
無理な体勢に、いすが少しきしむ。

閑散とした図書室で、ゆんは作品を紡いでいた。
休暇に入ったために、通常では持ち込み禁止のサブノートを持ち込めるのである。
とはいえ、過酷な稼働により、ディスク関連に少しガタが来ていた。
セリーシャから新型機を贈られ、それを新たな愛機にしている。
ディスクにガタが来ているサブノートはセリーシャが責任もって修復してくれるということだ。
持つべきは、やはりお友達・・・である。

図書室に数名の生徒がやってくる。ミアとトリーシャ、マリアにセリーシャである。

「・・・えねえ・・・・知ってる?女性の幽霊の噂・・・・」
「ローズレイクの『翼の園』とか、学園周辺に出るんですのね?」
「あたしたちより少し上の学生のようだけど・・・」
「翼の園の、あの『ひとりの木』の側にいたらしいよ・・・・」
「あれって・・・確かゆんのお姉さんの眠っている場所ではない?」
「・・・・あ・・・ゆんちゃんですわ!!」
「ゆんお姉ちゃん・・・・・お約束過ぎ・・・・」

わいのわいのとおしゃべりしながら、少女達はゆんの周囲に陣取った。
なんだかんだと少女達は周囲でまくし立てるが、そんな状況にもお構いなしで、
ゆんは再び、サブノートのキーを軽快に繰り出した。

「へぇ・・・・・面白そうね・・・・」
ちゃかちゃかと、もう自動書記の領域に達したタイピングをしながら、ゆんが何気なしに言う。
「でも、幽霊騒ぎって、数年ぶりだね。ローラが蘇生して以来、こういうのって全然聞かなく
なったもの。」

「ま、夏だし、そういう話題が飛び交っていても別におかしくないしね・・・・でも、あたしだって
少しは興味がある。ま、逢ってみたいと言えば、逢ってみたいね・・・」

区切りのいいところで、書きかけの文章を保存して閉じる。
そしてゆんは親友の少女達に向き直り、
「詳しく教えてくれない?」
と言った。

                    ★   ★   ★

「・・・・・ったくもぉ・・・・おふくろも人使いが荒いなぁ・・・・・」

さくら通りをさくら亭に向かって歩く一穂の姿があった。さくら亭にデザート用のシロップ類を届ける
お使いを母から頼まれたのだ。一穂の家は、甘味専門の店『かえで亭』として、エンフィールドの
少女(女性)達の間では評判だ。ちなみにかえで亭のおかみこと一穂の母と、さくら亭のパティの
母は旧来の親友と言うことで、家族を超えた店ぐるみでの交友があった。じっさい、さくら亭で出される
デザートの味はすべてかえで亭が受け持っていると言っても過言でない状態だ。

おおきな缶に入ったシロップを3つ。これは肩にくる。ずっしりと両腕にかかる重さに耐えながら、一穂は
歩いていた。

耐えきれなくなり、一旦缶を石畳の上に置いて少し休息する。一穂の両手はじんじんとしびれかかっていた。

「大変そうね、一穂くん。」

不意に声をかけられて一穂が振り向くと、自分を見つめている女の子がいた。
初めてみる姿だった。しかし、一穂は不思議な親近感を覚えていた。
(この感じは・・・・僕の知る人物の誰かに・・・・・・似ている)

「ああ・・・・さくら亭にちょっと配達。」

一穂がそう返事すると、少女は微笑み、
「ふぅん・・・・結局いまもおばさんのお手伝いしているんだ・・・・・。この街もずいぶんと変わってしまったね・・・」
と言う。
「エインデベルンは変わっちゃっているのかなぁ・・・・・・この街、数年ぶりだから・・・・・」

と言いながら町並みを見渡す少女。どことなく寂しそうに見えたのは、一穂の気のせいだったのだろうか?
「また遊びに行くね・・・・」
一穂が缶を持ち上げて、少女の方を振り向くが、そう言い残した少女の姿はもうなかった。
不思議な気持ちと懐かしさが一穂の中にこみ上げる。

(あれは誰に似てるんだろう・・・・・・)

あれこれと考え込むうちに、脳をよぎった一人の少女の名前。昔、憧れていた・・・・・・慕っていた少女。
しかし彼女がこの街にいることはない。この世界にいることもない。
なぜなら・・・・・・彼女は数年前のあの事故で・・・・自らを犠牲にしてしまったのだから・・・・・・・。
・・・・・・もう・・・・・・過去の人物・・・・・なのだから・・・・・・・・。
エンフィールド学園一番の魔力の持ち主。そして、天才。
多くの男子生徒のあこがれだった少女・・・・・・。

「澪・・・・・・乃・・・・・・・」

なぜ思い出したんだろうか・・・・・。一穂は不思議に思いつつも、さくら亭へ急ぐことにした・・・・・。


                    ★   ★   ★

ゆんはその夜、不思議な夢を見た。
エンフィールドなのだろうが、自分が知る街ではないように感じた。

全く・・・・音はない・・・・・。上空から見下ろしている構図で、それは進行している。

(怪物!?)

最初の場面はエンフィールド学園らしかった。校舎の形状はゆんの知る学園とは大きく異なっている。

(浮いているの・・・・マリアだ!!)

マリアの身体が怪物の前に浮いている。地面では、数名の生徒と教師が何かをしているようだった。
そこへ、校舎から二人の女子生徒が飛んでくる。一人はゆんのよく知っているシーラだ。
もうひとり・・・・どことなく自分に似ているとゆんは感じた。

(・・・・「どことなく似ている」んじゃなく、「全くのうり二つ」じゃない、あの人?!)

自分と同じ、薄紫の髪の色の少女は、シーラを先生に預けると、一人、怪物の側へ向かう。
何かを歌っている様子だが、傍観者のゆんにはそれを聞き取ることが出来ない。

(言霊魔法のよう・・・・・だけど・・・・)

少女が歌い終わるのと同時に、後衛の生徒達の魔法の一斉掃射が行われるが、効果はない。
強大な竜巻、そして浄化の光が激しく怪物に襲うがそれすらも効かない。
生徒が教師に対し、何かを訴えている様がゆんには見えた。

少女が教師に何かを告げる。まわりの生徒は少女を止めるが、その静止を振り切って、少女は
怪物と再び向き合う。

(この感じ・・・・なんだろう・・・・・自分の身体が・・・・次第に熱くなる・・・・夢なのに・・・・・・)

少女を包む魔力が次第に金色のオーラに・・・さらにひとつの空間へと変わっていく・・・・
ゆんはこの時はじめてあることに気がついた。エインデベルンにいたときに聞かされた、
姉の存在。しかし、姉は留学中に事故で亡くなったと聞いている・・・・・・。

(・・・・・・!!)

ゆんの心に何かがこみ上げると同時に、頬に熱いものが伝わっていくのを感じた。

(涙・・・・あたし・・・・泣いているの・・・・・?)

そして金色の光がゆんの目の前で、音もなくはじけた。
眩しい光の洪水が押し寄せる・・・・・・

ゆんが目を開けると、ローズレイクを見下ろす丘・・・・翼の園に場面が変わっていた。

(あれは・・・・『ひとりの木』・・・・・・)

そのすぐ傍らに、大勢の生徒、そしてアリサさん達の姿。みんな黒服を身につけていることから、
誰かの葬儀であることはゆんにも理解できた。

(ひとりの木のそばのお墓は・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・)

それは学園の場面の数日後だということをゆんは気付いた。
化粧石で綺麗にしつらえられた墓所に、透き通った水晶らしき柩が今まさに納められようとしている
所だった。もちろん、音はないが、その模様は至って鮮明だった。

柩が降ろされたのを確かめると、ゆっくりと墓碑の彫られた大理石の蓋が閉じられた。その様子を
ゆんは見ていた。

「ゆん・・・・どうしたの?そんな悲しい顔をして・・・・」

声が聞こえた。夢の中ではじめて声が聞こえた。聞こえたと言うよりはそのように心に感じたと言う方が
適切な表現かも知れない。

ひとりの木の傍らに、先程の紫色の髪の少女が笑っていた。

(お姉ちゃん?!でも・・・お姉ちゃんは今見ていたように死んじゃったんじゃ・・・・・?)

ゆんはいつのまにか、紫の髪の少女とふたりきりになっていた。

「わたしはいつもゆんと一緒にいたわ。ゆんがエンフィールドに向かう前からね・・・・・。
神さまはね、頑張る人には手助けしてくれるのよ。だから、わたしにチャンスをくれたの・・・」

すっと紫の髪の少女=澪乃に抱き上げられるゆん。

「ずいぶん立派になったね・・・・。お友達もたくさん出来たみたいね・・・・。わたしは嬉しいわ。
だってゆんがわたしがいなくてもここまで成長したのだから・・・・・。」

(お姉ちゃん・・・・・・あたし・・・・・・あたし・・・・・)

ゆんの瞳から涙が溢れる。澪乃はそんなゆんを何度も何度も抱擁しながら言う。

「神さまが・・・・わたしに、こんなに心優しい子を眠らせるのはまだまだ早すぎる。だから・・・・・
と言って、わたしに再び命を与えてくれたの・・・・。私の身体は未だ衰弱しきっているものの、
心臓が鼓動をはじめているわ・・・・・。だから・・・・・・ゆんとお友達にお願いよ。
皆既月食が・・・・1週間後にあるわ。その夜にわたしを迎えに来てほしいの。トーヤ先生も
呼んできてもらえると嬉しいけれどね。それまでは・・・・・かってのローラちゃんみたいに
思念体で街を散策しながらも現在の状況を把握することにするわ。
頼むわよ・・・・・ゆん・・・・・・・」

(お・・・・お姉ちゃん!?)

澪乃はゆんをゆっくり降ろすと、頬に口づけをし、ゆっくりと自分の墓碑へと向かっていった。
そしてその姿が次第に消え、ゆんの意識もまた深淵へと落ちていったのである。


                    ★   ★   ★

翌日、ゆんはこの不思議な夢をセリーシャ達に話した。

「ってことは、あの幽霊・・・澪乃さんだったわけ?」
「でも臨死体験・・・・というか、一旦死んじゃったわけでしょ?凄いや・・・・」
「何でも、最後の魔力で自分の肉体を完全に保持させたって話だよ。死んだときのままに・・・」

「でもさ・・・今度の月食の時に蘇生するんでしょ?」
「うん・・・・そう言っていた・・・・」
トリーシャの問いに答えるゆん。だけどいまいち実感がない。
「澪乃さんを街ぐるみで迎えてあげようよ!!奇跡の生還ってね・・・・」
トリーシャによって、ふたたびお祭り騒ぎの予感がしたゆんだった・・・・・。

澪乃の蘇生まであと10日・・・・・・ライフ・サルベージ計画の始まりである。

<続く>

******** あとがきと発行履歴 ********

ついに澪乃がやってきます。ゆんの姉が生き帰ります。
消耗しきった魔力も次第に回復し、何とか生命維持の最低レベルにまで
維持できるようになっています。
次回から蘇生に入っていきます。
エンフィールド有数の才能を持つ少女の登場です・・・・・

はぁ・・・・・疲れた(爆)

1999年1月21日 13:22 発行

春河一穂


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