中央改札 悠久鉄道 交響曲

「沿域少女幻想曲第2番〜ローズレイクの幻・2話」 春河一穂  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー

沿域少女幻想曲第2番

〜ローズレイクの幻〜

第2幕:月の雫

春河一穂


ゆんの見た夢・・・・・不思議な・・・・音のない夢。
数年前にエンフィールド学園で起きた一つの事件。
マリアがひょんな事から呼び出した魔物ケルベロス。
学園中を震撼させたその事件の終焉は、ひとりの生徒の命と引き替えにもたらされた。
その生徒は、学園でも最高の魔力と素質を持っていたのだった。

春河澪乃・・・ゆんの・・・・3つ上の姉であった・・・

夢の中で、ゆんは姉と数年ぶりに出会う・・・・
そう・・・澪乃は自分の肉体を残された魔力を振り絞って維持していたのであった。
4年という時をかけて澪乃は生命力を少しずつ回復させていた。
墓地にその身体はあったが、柩にも外気を取り入れ、微弱な生命活動に支障のない工夫が
こらされていた。つまりはかってのローラ同様に回復までの間眠っているだけである。

夢の中で澪乃は、ゆんに対し、あと少しで自分が蘇生できるだけの生命力を得られることを告げた。
本来の澪乃を取り戻すためにはさらに数ヶ月を必要とするだろう。

翌日、それはゆんから友人、友人(トリーシャとローラ)から学園中、そしてエンフィールドへと・・・・
広められていた・・・。

                     ☆  ☆  ☆


夢から3日が過ぎた昼下がり。
悠久、幻想、一穂、アルベルト、リオ、ミア、セリーシャ、トリーシャといった面々が翼の園に集まった。

「そこそこ・・・・オッケー。じゃぁ、そのフックを右側の取っ手にかけるように・・・・」
「左側、取付完了だ。」

一人の木の傍らに、滑車が設営されている。その滑車の下に、大理石の板状の墓碑が蓋のように横たわって
いる。

澪乃が埋葬されている墓を、蘇生のための準備等で開けようというのである。

「全く。医者の俺を墓地に呼び出すのは何か場違いだと思うけどな・・・・・
本当に、澪乃が蘇生するとでも言うのか?」
不機嫌そうにトーヤが言う。
「先生・・・・言い過ぎですよ。ゆんさんのお姉さんはエンフィールド・・・いや、マリエーナでも指折りの資質を
持った魔法使いだったらしいじゃないですかぁ・・・」
「確かにそうかも知れない。だがディアーナ、死亡してすぐならともかく、数年経過しているとなると、肉体の
腐敗も進行している。普通では有り得ない。」

トーヤとディアーナが言い合っている横で、着々と作業は進んでいた。滑車は電動式。携帯用蓄電池
(といってもかなり大きい)で動く。数年前まではエンフィールドに存在しなかったものだ。

「おし、巻き上げるよ!!」
悠久が滑車の起重機スイッチを倒す。甲高い音とともに滑車がゆっくりと回りだし、ぐっと鎖が張る。

ぎ・・・ぎぎ・・・・

二つの大理石に隙間が生まれる。

ご・・・・ごご・・・・

引きずるような音をたてて、隙間が広がっていく・・・・・・

「!?」

その場にいた者は、何かが隙間の中から吹き上げたのを感じた。
風ではない。でも、何か気の流れが墓の中なら出てきたような感じがする。

やがて隙間は5センチ・・・10センチ・・・30センチと大きくなり、空間が現れた。
地下へと向かう、人一人が通れるほどの幅の大理石の階段がそこにあった。
数年前に止まった時間が再び動き出そうとしていた。

数十分が経過して、ゆっくりと、大理石の蓋は階段の傍らの芝生へと降ろされた。

「まず、第一関門クリアだな。」
一穂が自慢げに言う。

「で、一穂。おまえは埋葬に立ち会ったんだろ?このしたの墓所の広さはどれぐらいあるんだ?」

「たしか・・・・・・普通の墓よりも深めに作ってあって・・・4メートル四方はあった・・・と思う。」

「なら、4人ぐらいは大丈夫だな。」

入口を確保したなら、次は肉体の状況確認。トーヤは絶対に離せない。もちろん、ゆんも。
残る2名の人選はどうするか・・・。悠久は悩んでいた。

「水晶で出来た柩のかんぬきは簡単に外せるんだな?蓋の開閉には力は必要か?」

悠久が、さらに一穂に対し問いかける。

「わからない。僕に行かせて欲しい。あとは、悠久さんだ。」

一穂が、そう答えた。心なしか、その人身はいつになく真剣である。

「わかった。あとの面々はここで待機していて欲しい。では、トーヤ先生。お願いします。」

ゆんを先頭に、4人がゆっくりと地下へと降りていった。

階段を降りる度に、ゆんの心に夢で見た姉の言葉が繰り返される。

「わたしはいつもゆんと一緒にいたわ。ゆんがエンフィールドに向かう前からね・・・・・。
神さまはね、頑張る人には手助けしてくれるのよ。だから、わたしにチャンスをくれたの・・・
でも、ずいぶん立派になったね・・・・。お友達もたくさん出来たみたいね・・・・。わたしは嬉しいわ。
だってゆんがわたしがいなくてもここまで成長したのだから・・・・・。」

「これからは・・・・もう少ししたら・・・・一緒になれるんだよね・・・・・」

少し涙ぐんだのを、服の袖でぬぐい、ゆんは階段を降りていった。


地下の墓室は広く、空気も新鮮であった。
その中央に、白い布に覆われた柩がしつらえてあった。
シーラが手向けた花はすでに枯れ果てていた・・・・それが年月を物語っている・・・。

「澪乃ちゃんだ・・・・・・」

ゆっくりと白い布を取り去る一穂。その時、墓室内を驚きの声が満たす。

透明な柩の中に横たわる少女は腐敗すらしていなかった。それどころか、かすかに肌色がかっている。
まるで寝ているかのように・・・・・・錯覚する面々。

一穂に教えられてゆんが姉の柩のかんぬきを外す。一穂と悠久によってゆっくりと蓋が開けられた。

「奇跡的だ。肉体の状況が死亡直後から変わっていない。と言うよりは、まだ生きていると言った方が妥当だろう。」
と言い、トーヤはチェックを開始した。採血のあと、栄養剤と生命維持に関わる薬剤を投与し、さらにデータを取る。

「わずかではあるが、心臓が鼓動しているし呼吸もある。確かに蘇生していることを認めよう。
予定を早め、とりあえず俺の病院で預かり、月食の日を待つことにする。」

澪乃の身体は4年前のままである。一穂の心に複雑なものが入り乱れる。

「一穂、澪乃をおぶって出ろ。ゆんは姉の着替えと蘇生後の居住場所を確保するんだ。」

トーヤに言われ、ゆっくりと柩から澪乃を起こし、背中に背負う。不思議なことに一穂は澪乃を背負うのになにも
重さを感じなかった。むしろ、何か一体感を感じる。

「気を付けろよ。」

慎重に階段を登り、地上へと澪乃は戻ってきた。
一穂の背中に背負われて、トーヤ、ゆん、ディアーナ、リオ、ミア、一穂はクラウド医院へ。
悠久、幻想、アルベルトは後かたづけに、トリーシャとローラはふたりでエンフィールド市街へ、
セリーシャは後からビデオ片手にクラウド医院へと向かった。

「あの時のままだ・・・・・・・・」

あこがれだった澪乃を背負っている一穂。当時、一穂と澪乃は仲が良く、学園公認カップルかとも言われていた。
もちろん、それをねたむ男子生徒がゴマンといたが・・・・。
澪乃がいなくなって、一穂から恋愛感情が消えた。友達以上、恋人未満。それが、それからの女の子に対する
一穂の接し方だ。澪乃が生きている・・・・わずかだけど・・・・。失いかけていた物を思い出させる。それが背中の
澪乃なのだ。

クラウド医院に着くと、個室のベッドに澪乃をやさしく横たえる。
ゆんとディアーナ、セリーシャが体を拭いた後、着替えさせる。
腕に点滴が施され、心電図計のセンサが胸に取り付けられた。
まだ波は微々たる物。だけど、それは確かに心臓が動いていることを表していた。


                     ☆  ☆  ☆


その頃、街では澪乃の思念体が広く目撃されるようになっていた。
特に学園の図書室では昼夜問わずにほぼ終日現れている。
それは、4年間のブランクを必死に補おうとする澪乃のがんばりの現れかもしれない・・・・。

「・・・・なんとか思念体のままでも、一部を実体化させることが出来るようになったわ・・・・・。
・・・・予定より早くクラウド先生のとこに身体が行ってしまったのは誤算だったけれどね。
でも、4年間何もできなかった。このままではランクが落ちてしまうかも知れない。」

4年前に勉強していた資料を、実体化させたその腕で漁り、そして読みふける。
要所要所でノートにまとめていくことも忘れなかった。

「あれが・・・・学園でかって天才と呼ばれた伝説の生徒・・・・・・。」
「当時マリエーナ王国共通魔導試験で1位の実力だったらしいぜ。」
「その実力はゆんちゃんの数倍だって・・・・・。マリアちゃん以上らしいよ・・・・。」
「ファランクスを4基まとめて一人で制御できるらしいぜ。」
「ミッキー君を素手であしらえるらしいってな・・・・」

学園は、思念体にも関わらず、澪乃の復学を受理。高等部2期・・・本来なら澪乃が在籍する
であろう学年・・・への飛び編入を許可したのだ。(あくまでも、澪乃は15歳のままだ。)
当時の教師達による特別講座が何度となく行われた。次第に澪乃は自分らしさとそのあふれんばかりの
魔力を取り戻していたのだ。

                     ☆  ☆  ☆

月食の日を翌日に控えたこの日も、澪乃はお勉強に、学園生活に、ブランク埋めに必死だった。
今日までは幽霊。明日の夜には魔力の使える身体に戻れるのだ。妹のゆんをめいっぱい抱きしめて
あげることもできる。魔法だって実践で教えてあげることが出来るようになるのだ。

そんな澪乃を支えるのが一穂だった。一穂は澪乃より本来なら年下だったが、4年という時間を澪乃が
留めていたため同い年になっていた。(学年こそちがえど)アネさんカップルだった4年前とは違い、
数日後はフツーの公認カップルとなることだろう。

思念体の澪乃は放課後決まってかえで亭で過ごし、夜遅くにクラウド医院へと帰っていくのである。

「澪乃さん、どう?調子は。」
「何とか昔のことをおもいださせたわ。一穂くんがいて、私は本当にたすかった。ありがとう。」
「元気そうじゃない。これなら、数日したら、実践授業に出席しても大丈夫だね。」

ノートを広げる澪乃の隣に一穂が座って言う。

「おかげさまで、ね。ゆんが物理魔法科だって言うのには驚いたけど。ゆんはね、ルーン・バレットすら
使いこなせなかったのにね・・・・・。それが今では、かっての私のように学園トップクラスだというじゃない。」

「ゆんも頑張っているんだ・・・・。昔の澪乃さんのように・・・。」

一穂の何気ない一言に、空白の4年前の自分を思いだし、ちょっと涙ぐむ澪乃だった。
自分が自分になるまでは、妹ゆんには直接会わないと決めていた。



                     ☆  ☆  ☆

 ついに・・・・約束の日が訪れた。
夕方になると、ゆんの周囲の人たちがクラウド医院を訪れた。

「ゆん・・・・良かったな。おまえの夢が一つ叶うんだ。頑張っているゆんへの神さまのご褒美かな?」
「ありがとう・・・・・幻想さん・・・」

病室で一人一人にお礼を言うゆん。
大勢の人の協力があったから、お姉ちゃんが再び無事に生き返れるんだ・・・・・。
そう思うと、少し瞳が潤んでくる。

「ゆんお姉ちゃん・・・・月が・・・・欠けはじめたよ。」

リオが言う。

「始まった・・・・のね。みんな、最後の仕上げ。神聖魔法の使える人は協力お願いね。」

ゆんの声と同時に、セリーシャ、ミア、シェリル、リオ、クリス、メロディの6人がベッドを囲む。ゆんを含めると
7人。ヘキサグラムを描くように配置につく。

「ホーリーヒール・・・・・・」

6人が一斉にホーリーヒールを澪乃に施す。銀色の光がベッドを覆う。
月が欠けていく様はゆんにもしっかりと見てとれた。食の進行にあわせて、魔力は大きくなっていく。
銀色だった光を少しづつ、金色の光が覆い始めた。食の月と同じように金色の光は大きくなっていく。
その光は窓から、街の人たちが見守る外へと漏れる。街の人たちも蘇生の成功を願っていた。

「ご主人様、大丈夫っスか?」
「ええ、大丈夫よ、テディ。ゆんちゃん達なら絶対に出来るはずよ。」
「そうっスか?」
「祈りましょう・・・・・、ね。」

7割がかけたところで、ゆんがベッドの真横につく。澪乃の右手を握りながら、詠唱をはじめる。
神聖魔法の最高位呪文を・・・・・ディヴァイアン・シャフトを凌駕する、その魔法を。

「9割方欠けました。もうあと数分です!!」

ディアーナが言う。金の光がほぼ全てを覆い尽くしている。

「天井!!」

トリーシャが叫ぶ。天井からゆっくりと半透明の澪乃が現れて降りてきた。これがどうやら思念体らしい。
ゆんの詠唱の声も大きくなっている。6人の魔法もしかり・・・・・
半透明の澪乃は金の光球のなかにそのまま消える。ゆんの詠唱がそこで止まる。

「月が・・・・・消えた!!」

ディアーナの声と共にゆんが叫ぶ。

「リリシアン・シャフト!!」

その瞬間、光球が消える。それと同時に光が全て消え、部屋は漆黒の闇に覆われた。
次の瞬間・・・・純白の光の濁流が一気に天から降り注いだ。

赤銅色に鈍く輝く月から真っ白な光がひとすじクラウド医院に降り注いでいた。
エンフィールド全ての人の祈り・・・・ゆんの魔力・・・それが複雑に絡み合って一つの大きな力に変わった。

月からの光は数分間降り注ぎ、そして何事もないように消えていった。

再び部屋を暗黒が支配し、月が再び満ち始めると光球が金から銀へと戻っていった。
月が完全に元通りに満ちたとき・・・・、光球は銀色となり、ゆっくりと消えていった。ベッドに座る人影を
そこで全員が確認した・・・。

「待たせたね・・・・・みなさん・・・・・ただいま。」

澪乃が微笑んでいた。すでに医療器材は儀式前に外しているため、もう病人とは思えない状態だ。

「おかえり・・・・・・澪乃お姉ちゃん・・・・・」

ゆんが目に一杯の涙を浮かべて澪乃に飛びつく。そしてそのまま泣き出した。

「これからは・・・どんな時も・・・ゆんと一緒にいてあげる・・・もう、辛い思いはさせないからね。」

仲間達が見守る中、姉妹はずっと抱き合っていた・・・・・。

こうして、悠久の1ページに新しい物語が書き加えられたのである。
もう、ゆんは一人でない。一番身近な人、お姉さんがすぐ側にいるのだから・・・。


<おわり>

******** あとがきと発行履歴 ********

こうして、みんなが見守る中、無事に蘇生は終了し、澪乃は
悠久幻想曲に合流することになりました。

澪乃とゆんの姉妹を中心としたストーリーを書ければいいな
と思っています。

次は今まで書きかけだったシリーズを進めていく予定です。

1999年1月26日 00:59 発行

春河一穂


中央改札 悠久鉄道 交響曲