中央改札 悠久鉄道 交響曲

「沿域少女幻想曲2番リミックス・クムナック版」 春河一穂  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー

沿域少女幻想曲第2番

〜ローズレイクの幻〜

Full Remix Edition for CMNAC Yukyu Railway

春河一穂

ローズレイクを見下ろす丘。そこは安息の場所・・・・・
ウィンザー教会の墓地がある。墓地と言っても陰気くさい場所ではなく、
緑や花などで綺麗にまとめられた公園のようになっているのだ。

丘の墓地に・・・出る・・・・・街の中にも・・・出る・・・・・

その噂が広がったのは、とある夏の日のことである。
エンフィールド学園は部活動と補習、オープンセミナーなどである程度の
生徒が出入りしていた。

「みゅうううううう・・・・・っと・・・」
あくびをしながら大きく伸びをする。

ぎし・・・・
無理な体勢に、いすが少しきしむ。

閑散とした図書室で、ゆんは作品を紡いでいた。
休暇に入ったために、通常では持ち込み禁止のサブノートを持ち込めるのである。
とはいえ、過酷な稼働により、ディスク関連に少しガタが来ていた。
セリーシャから新型機を贈られ、それを新たな愛機にしている。
ディスクにガタが来ているサブノートはセリーシャが責任もって修復してくれるということだ。
持つべきは、やはりお友達・・・である。

図書室に数名の生徒がやってくる。ミアとトリーシャ、マリアにセリーシャである。

「・・・えねえ・・・・知ってる?女性の幽霊の噂・・・・」
「ローズレイクの『翼の園』とか、学園周辺に出るんですのね?」
「あたしたちより少し上の学生のようだけど・・・」
「翼の園の、あの『ひとりの木』の側にいたらしいよ・・・・」
「あれって・・・確かゆんのお姉さんの眠っている場所ではない?」
「・・・・あ・・・ゆんちゃんですわ!!」
「ゆんお姉ちゃん・・・・・お約束過ぎ・・・・」

わいのわいのとおしゃべりしながら、少女達はゆんの周囲に陣取った。
なんだかんだと少女達は周囲でまくし立てるが、そんな状況にもお構いなしで、
ゆんは再び、サブノートのキーを軽快に繰り出した。

「へぇ・・・・・面白そうね・・・・」
ちゃかちゃかと、もう自動書記の領域に達したタイピングをしながら、ゆんが何気なしに言う。
「でも、幽霊騒ぎって、数年ぶりだね。ローラが蘇生して以来、こういうのって全然聞かなく
なったもの。」

「ま、夏だし、そういう話題が飛び交っていても別におかしくないしね・・・・でも、あたしだって
少しは興味がある。ま、逢ってみたいと言えば、逢ってみたいね・・・」

区切りのいいところで、書きかけの文章を保存して閉じる。
そしてゆんは親友の少女達に向き直り、
「詳しく教えてくれない?」
と言った。

                    ★   ★   ★

「・・・・・ったくもぉ・・・・おふくろも人使いが荒いなぁ・・・・・」

さくら通りをさくら亭に向かって歩く一穂の姿があった。さくら亭にデザート用のシロップ類を届ける
お使いを母から頼まれたのだ。一穂の家は、甘味専門の店『かえで亭』として、エンフィールドの
少女(女性)達の間では評判だ。ちなみにかえで亭のおかみこと一穂の母と、さくら亭のパティの
母は旧来の親友と言うことで、家族を超えた店ぐるみでの交友があった。じっさい、さくら亭で出される
デザートの味はすべてかえで亭が受け持っていると言っても過言でない状態だ。

おおきな缶に入ったシロップを3つ。これは肩にくる。ずっしりと両腕にかかる重さに耐えながら、一穂は
歩いていた。

耐えきれなくなり、一旦缶を石畳の上に置いて少し休息する。一穂の両手はじんじんとしびれかかっていた。

「大変そうね、一穂くん。」

不意に声をかけられて一穂が振り向くと、自分を見つめている女の子がいた。
初めてみる姿だった。しかし、一穂は不思議な親近感を覚えていた。
(この感じは・・・・僕の知る人物の誰かに・・・・・・似ている)

「ああ・・・・さくら亭にちょっと配達。」

一穂がそう返事すると、少女は微笑み、
「ふぅん・・・・結局いまもおばさんのお手伝いしているんだ・・・・・。この街もずいぶんと変わってしまったね・・・」
と言う。
「エインデベルンは変わっちゃっているのかなぁ・・・・・・この街、数年ぶりだから・・・・・」

と言いながら町並みを見渡す少女。どことなく寂しそうに見えたのは、一穂の気のせいだったのだろうか?
「また遊びに行くね・・・・」
一穂が缶を持ち上げて、少女の方を振り向くが、そう言い残した少女の姿はもうなかった。
不思議な気持ちと懐かしさが一穂の中にこみ上げる。

(あれは誰に似てるんだろう・・・・・・)

あれこれと考え込むうちに、脳をよぎった一人の少女の名前。昔、憧れていた・・・・・・慕っていた少女。
しかし彼女がこの街にいることはない。この世界にいることもない。
なぜなら・・・・・・彼女は数年前のあの事故で・・・・自らを犠牲にしてしまったのだから・・・・・・・。
・・・・・・もう・・・・・・過去の人物・・・・・なのだから・・・・・・・・。
エンフィールド学園一番の魔力の持ち主。そして、天才。
多くの男子生徒のあこがれだった少女・・・・・・。

「澪・・・・・・乃・・・・・・・」

なぜ思い出したんだろうか・・・・・。一穂は不思議に思いつつも、さくら亭へ急ぐことにした・・・・・。


                    ★   ★   ★

ゆんはその夜、不思議な夢を見た。
エンフィールドなのだろうが、自分が知る街ではないように感じた。
上空から見下ろしている構図で、それは進行している。
変に・・・リアルな夢であった。


(怪物!?)

最初の場面はエンフィールド学園らしかった。校舎の形状はゆんの知る学園とは大きく異なっている。

(浮いているの・・・・マリアだ!!)

マリアの身体が怪物の前に浮いている。

そこへ、校舎から二人の女子生徒が飛んでくる。一人はゆんのよく知っているシーラだ。
もうひとり・・・・どことなく自分に似ているとゆんは感じた。

(・・・・「どことなく似ている」んじゃなく、「全くのうり二つ」じゃない、あの人?!)

「よりによって・・・・相手がケルベロスだなんて・・・・」
「ねぇ、澪乃さん。あそこにいるの、マリアちゃんよ!!」

シーラが何かを見つけた。青白い光に捕らえられて硬直しているのは
間違いなく、マリアだった。

声もなくぐったりとしたマリアの身体が宙高く舞い上がっていく。

次第に大きな双頭の犬の形になっていく。そのしたでは、既に数名の
魔導師や学園でも高位のキャパをもつ生徒達が集まっていた。

(あの紫の髪の女性・・・・澪乃さんって言うんだ・・・)

ふたりはすっとその集まりへ降りていった。

「ああ、・・・・よかった。君が来てくれて。」
「先生、シーラさんを・・・・」
「わかった。彼女のことは任せなさい。マリアがこれを召喚してしまったらしい。
魔族だ。王国にどのような災厄が降りかかるかわからない。みんなで力を合わせて
異界へと送還する、いいね!!」
「澪乃くんは王国でも優れた魔術の使い手だ。彼女をみんな、援護するように。」

自分と同じ、薄紫の髪の色の澪乃と呼ばれた少女は、シーラを先生に預けると、一人、怪物の側へ向かう。
すっと身構えると、力強く、澄みきった高音の歌声で歌った。


戦巫女が来る 天空の彼方から
戦巫女が来る 金色の槍を手に

愛するものを守るため 槍はうち下ろされる
愛するものを護るため 翼は大きく開かれる

戦巫女の騎行 魔をうち払わん為に
戦巫女の騎行 神は御使いをよこさん

その翼 風を呼び、 その息吹 聖なるもの
その槍は 虹に輝き 刃により 魔をたち払う

戦巫女が護る この世界を
神は護る   この世界を


今まで聴いた歌とは全く違う。雄々しく、力強く・・・・
体の中から熱い力がみなぎってくるのを全てのものが感じていた。
戦いに赴く戦士達のための歌『戦巫女の騎行(ワルキューレのきこう)』である。
平和な世の中のためにすっかり忘れられていた歌であったが、澪乃は文献を研究し、
ついにこの歌を復活させたのだ。

(言霊魔法のよう・・・・・だけど・・・・)

「スパルティクス!!!」
誰かが叫ぶ。大きく赤と青のマナが渦巻き巨大な竜巻を発生させた。稲妻も頻繁に
はじけるほど強力なものだ。
「ダメだ、被害が出る!!」

ケルベロスに竜巻が直撃した。轟音と突風があたりを包み込む。
校舎が、寮がその突風に耐えられずに悲鳴をあげる。

「今度は僕が援護する・・・聖なる息吹よ、聖なる波動よ、巡り巡る輪廻の輪よ。
この災い深き業をいまいちど浄化せん事を願わん・・・・
『リーイン・カーネーション』!!」

浄化系の既知最高位呪文が発動した。澪乃の歌で効果は倍増していると思われた。
銀色のシャフトがケルベロスを包み眩しく輝く・・・・・・浄化は成功したか
の様に思われた。しかし、ケルベロスは魔族系でも高位の存在。この程度のコンビ
ネーションでホイホイ封印されるほどヤワではない。

ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・・・

咆吼と共に魔力が一瞬で消し飛ぶ。リーイン・カーネーションもケルベロスの前では
無力だった。

「駄目・・・・・この程度ではどうにも出来ない。」
澪乃はきっと瞳を見開いて言う。
「おいおい、澪乃くん、リーインでも太刀打ちできないんだぞ・・・?」
「解っています、先生。私は最後の賭けに出ます。これでうまく封じられればいい
ですがね・・・。」
「ちょっと・・・・澪乃さん、いったい・・・・・?」
シーラが叫ぶ。シーラは知っていた。言霊魔法の最上位浄化呪文。それは・・・・・
術者のあるものをマナとして発動することを。
「私一人なら、代償として安いものでしょう・・・・・。」
「ちょっと・・・・澪乃、禁呪を使うのか?!」

「みんな・・・・・ありがとう。故郷のゆんを残して逝くのが心残りだけど・・・
運が良ければ・・・・・済むかも・・・・・」

この魔法は術者の命と引き替えに発動する超弩級の浄化系魔法である。通常なら
術者の肉体も精神も完全に消え去ってしまう。まれに仮死状態で肉体および精神が
残ることもあると言われているが、それは数千億分の一の確率だった・・・。
それでも澪乃は自分にしかできない事でみんなを護ろうとしたのだった。

「ゆんも私と同等の魔力を持っている・・・・はず。シーラちゃん・・・妹・・・・
よろしくね・・・・・・」

それを言い残し、澪乃はくるりとケルベロスへと向き直る。
澪乃の魔力が次第に高まっていくのを、その場にいた全ての面々が感じていた。
さらに魔力が高まり、ついには金色のオーラが澪乃の身体を包み込むようになっていた。
それでも魔力は高まり続ける。

(この感じ・・・・なんだろう・・・・・自分の身体が・・・・次第に熱くなる・・・・夢なのに・・・・・・)

澪乃の身体が宙に舞い始める。次第に高度を増す・・・・・
「離れて!!ここにいたら私たちも消滅しかねないわ!!」
シーラの言葉に、何とか全速力で逃げ出す一同。
「マリアは・・・・?!」
「大丈夫。澪乃さんを信じましょう。」
シーラがそっと言う。

そして、周囲に誰もいなくなったのを確認してから、閉じていた瞳をかっと開く。
「さぁ、私の最大の力であるべき世界に還りなさい・・・・・」

閉じられていた口が声無き歌を紡ぐ。その歌に、歌詞はなかった。

ゆんはこの時はじめてあることに気がついた。エインデベルンにいたときに聞かされた、
姉の存在。しかし、姉は留学中に事故で亡くなったと聞いている・・・・・・。

(・・・・・・事故って・・・・この事だったんだ!!)

ゆんの心に何かがこみ上げると同時に、頬に熱いものが伝わっていくのを感じた。

(涙・・・・あたし・・・・泣いているの・・・・・?)

そして・・・・・・金色の光・・・少女・・・は一気に弾け飛んだ・・・・・・・。

真っ白の閃光にエンフィールド中が包まれる。
ケルベロスの身体が崩れて・・・・光と共に消し飛んでいく・・・・
学園上空に現れた大きな大きな光の柱・・・・・それは数分間続いた・・・・



                    ★   ★   ★


「・・・・・・大丈夫か?」
誰かが言った。

「澪乃さんが・・・・やってくれましたわ。ご自分の命と引き替えに・・・・」
「おい、あれは?」

声が聞こえたので、夢の中のゆんが目を開けると、それは先程の光景の続きだった。

光の粉と共に、何かが上空から降りてくる。
物理魔法科に赴任してきたばかりの教師ヴィクセンが駆け寄る。
同時に、シーラも・・・・
もしかしたら・・・・数千億分の一の賭けに勝てたのかも・・・・・
そうシーラは感じていた。

二つの物体を抱えた何かが降りてくる・・・・
ヴィクセンの腕の中に、気を失ったままのマリアが収まった。
シーラの前に・・・・・・一人の少女の身体が浮いていた。
薄紫のロングヘア、そして・・・・童顔・・・・。
間違いなくそれは澪乃の肉体だった。
しかし・・・・その身体からは命は感じられなかった。


                    ★   ★   ★


気がつくと、ローズレイクを見下ろす丘・・・・翼の園に場面が変わっていた。

(あれは・・・・『ひとりの木』・・・・・・)

そのすぐ傍らに、大勢の生徒、そしてアリサさん達の姿。みんな黒服を身につけていることから、
誰かの葬儀であることはゆんにも理解できた。

(ひとりの木のそばのお墓は・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・)

それは学園の場面の翌日だということをゆんは気付いた。

ちなみに澪乃はローラちゃん状態なのだが、それは一部の関係者のみに知らされた。
肉体の保存に最適になるよう設計・調整された水晶の棺。その中に横たわる
澪乃は今にも目覚めそうなほどである。

化粧石で綺麗にしつらえられた墓所に、透き通った水晶らしき柩が今まさに納められようとしている
所だった。

柩が降ろされたのを確かめると、ゆっくりと墓碑の彫られた大理石の蓋が閉じられた。その様子を
ゆんは見ていた。

『エインデベルンの天才魔法少女、春河澪乃(みおの)、ここに眠る。
享年16歳。しかし・・・享年かどうかは定かではない。』

そう墓碑には彫られている。

その上には、シーラの手向けた大きな花束が置かれていた・・・・・・


「ゆん・・・・どうしたの?そんな悲しい顔をして・・・・」

声が聞こえた。聞こえたと言うよりはそのように心に感じたと言う方が適切な表現かも知れない。

ひとりの木の傍らに、先程の紫色の髪の少女が笑っていた。

(お姉ちゃん?!でも・・・お姉ちゃんは今見ていたように死んじゃったんじゃ・・・・・?)

ゆんはいつのまにか、紫の髪の少女とふたりきりになっていた。

「わたしはいつもゆんと一緒にいたわ。ゆんがエンフィールドに向かう前からね・・・・・。
神さまはね、頑張る人には手助けしてくれるのよ。だから、わたしにチャンスをくれたの・・・」

すっと紫の髪の少女=澪乃に抱き上げられるゆん。

「ずいぶん立派になったね・・・・。お友達もたくさん出来たみたいね・・・・。わたしは嬉しいわ。
だってゆんがわたしがいなくてもここまで成長したのだから・・・・・。」

(お姉ちゃん・・・・・・あたし・・・・・・あたし・・・・・)

ゆんの瞳から涙が溢れる。澪乃はそんなゆんを何度も何度も抱擁しながら言う。

「神さまが・・・・わたしに、こんなに心優しい子を眠らせるのはまだまだ早すぎる。だから・・・・・
と言って、わたしに再び命を与えてくれたの・・・・。私の身体は未だ衰弱しきっているものの、
心臓が鼓動をはじめているわ・・・・・。だから・・・・・・ゆんとお友達にお願いよ。
皆既月食が・・・・1週間後にあるわ。その夜にわたしを迎えに来てほしいの。トーヤ先生も
呼んできてもらえると嬉しいけれどね。それまでは・・・・・かってのローラちゃんみたいに
思念体で街を散策しながらも現在の状況を把握することにするわ。
頼むわよ・・・・・ゆん・・・・・・・」

(お・・・・お姉ちゃん!?)

澪乃はゆんをゆっくり降ろすと、頬に口づけをし、ゆっくりと自分の墓碑へと向かっていった。
そしてその姿が次第に消え、ゆんの意識もまた深淵へと落ちていったのである。


                    ★   ★   ★

翌日、ゆんはこの不思議な夢をセリーシャ達に話した。

「ってことは、あの幽霊・・・澪乃さんだったわけ?」
「でも臨死体験・・・・というか、一旦死んじゃったわけでしょ?凄いや・・・・」
「何でも、最後の魔力で自分の肉体を完全に保持させたって話だよ。死んだときのままに・・・」

「でもさ・・・今度の月食の時に蘇生するんでしょ?」
「うん・・・・そう言っていた・・・・」
トリーシャの問いに答えるゆん。だけどいまいち実感がない。
「澪乃さんを迎えてあげようよ!!」
トリーシャによって、ふたたびお祭り騒ぎの予感がしたゆんだった・・・・・。

澪乃の蘇生まであと10日・・・・・・ライフ・サルベージ計画の始まりである。
それは友人(トリーシャとローラ)から学園中、そしてエンフィールドへと広められていた・・・。


                    ★   ★   ★

夢から3日が過ぎた昼下がり。
悠久、幻想、一穂、アルベルト、リオ、ミア、セリーシャ、トリーシャといった面々が翼の園に集まった。

「そこそこ・・・・オッケー。じゃぁ、そのフックを右側の取っ手にかけるように・・・・」
「左側、取付完了だ。」

一人の木の傍らに、滑車が設営されている。その滑車の下に、大理石の板状の墓碑が蓋のように横たわって
いる。

澪乃が埋葬されている墓を、蘇生のための準備等で開けようというのである。

「全く。医者の俺を墓地に呼び出すのは何か場違いだと思うけどな・・・・・
本当に、澪乃が蘇生するとでも言うのか?」
不機嫌そうにトーヤが言う。
「先生・・・・言い過ぎですよ。ゆんさんのお姉さんはエンフィールド・・・いや、マリエーナでも指折りの資質を
持った魔法使いだったらしいじゃないですかぁ・・・」
「確かにそうかも知れない。だがディアーナ、死亡してすぐならともかく、数年経過しているとなると、肉体の
腐敗も進行している。普通では有り得ない。」

トーヤとディアーナが言い合っている横で、着々と作業は進んでいた。滑車は電動式。携帯用蓄電池
(といってもかなり大きい)で動く。数年前まではエンフィールドに存在しなかったものだ。

「おし、巻き上げるよ!!」
悠久が滑車の起重機スイッチを倒す。甲高い音とともに滑車がゆっくりと回りだし、ぐっと鎖が張る。

ぎ・・・ぎぎ・・・・

二つの大理石に隙間が生まれる。

ご・・・・ごご・・・・

引きずるような音をたてて、隙間が広がっていく・・・・・・

「!?」

その場にいた者は、何かが隙間の中から吹き上げたのを感じた。
風ではない。でも、何か気の流れが墓の中なら出てきたような感じがする。

やがて隙間は5センチ・・・10センチ・・・30センチと大きくなり、空間が現れた。
地下へと向かう、人一人が通れるほどの幅の大理石の階段がそこにあった。
数年前に止まった時間が再び動き出そうとしていた。

数十分が経過して、ゆっくりと、大理石の蓋は階段の傍らの芝生へと降ろされた。

「まず、第一関門クリアだな。」
一穂が自慢げに言う。

「で、一穂。おまえは埋葬に立ち会ったんだろ?このしたの墓所の広さはどれぐらいあるんだ?」

「たしか・・・・・・普通の墓よりも深めに作ってあって・・・4メートル四方はあった・・・と思う。」

「なら、4人ぐらいは大丈夫だな。」

入口を確保したなら、次は肉体の状況確認。トーヤは絶対に離せない。もちろん、ゆんも。
残る2名の人選はどうするか・・・。悠久は悩んでいた。

「水晶で出来た柩のかんぬきは簡単に外せるんだな?蓋の開閉には力は必要か?」

悠久が、さらに一穂に対し問いかける。

「わからない。僕に行かせて欲しい。あとは、悠久さんだ。」

一穂が、そう答えた。心なしか、その人身はいつになく真剣である。

「わかった。あとの面々はここで待機していて欲しい。では、トーヤ先生。お願いします。」

ゆんを先頭に、4人がゆっくりと地下へと降りていった。

階段を降りる度に、ゆんの心に夢で見た姉の言葉が繰り返される。

「わたしはいつもゆんと一緒にいたわ。ゆんがエンフィールドに向かう前からね・・・・・。
神さまはね、頑張る人には手助けしてくれるのよ。だから、わたしにチャンスをくれたの・・・
でも、ずいぶん立派になったね・・・・。お友達もたくさん出来たみたいね・・・・。わたしは嬉しいわ。
だってゆんがわたしがいなくてもここまで成長したのだから・・・・・。」

「これからは・・・・もう少ししたら・・・・一緒になれるんだよね・・・・・」

少し涙ぐんだのを、服の袖でぬぐい、ゆんは階段を降りていった。


地下の墓室は広く、空気も新鮮であった。
その中央に、白い布に覆われた柩がしつらえてあった。
シーラが手向けた花はすでに枯れ果てていた・・・・それが年月を物語っている・・・。

「澪乃ちゃんだ・・・・・・」

ゆっくりと白い布を取り去る一穂。その時、墓室内を驚きの声が満たす。

透明な柩の中に横たわる少女は腐敗すらしていなかった。それどころか、かすかに肌色がかっている。
まるで寝ているかのように・・・・・・錯覚する面々。

一穂に教えられてゆんが姉の柩のかんぬきを外す。一穂と悠久によってゆっくりと蓋が開けられた。

「奇跡的だ。肉体の状況が死亡直後から変わっていない。と言うよりは、まだ生きていると言った方が妥当だろう。」
と言い、トーヤはチェックを開始した。採血のあと、栄養剤と生命維持に関わる薬剤を投与し、さらにデータを取る。

「わずかではあるが、心臓が鼓動しているし呼吸もある。確かに蘇生していることを認めよう。
予定を早め、とりあえず俺の病院で預かり、月食の日を待つことにする。」

澪乃の身体は4年前のままである。一穂の心に複雑なものが入り乱れる。

「一穂、澪乃をおぶって出ろ。ゆんは姉の着替えと蘇生後の居住場所を確保するんだ。」

トーヤに言われ、ゆっくりと柩から澪乃を起こし、背中に背負う。不思議なことに一穂は澪乃を背負うのになにも
重さを感じなかった。むしろ、何か一体感を感じる。

「気を付けろよ。」

慎重に階段を登り、地上へと澪乃は戻ってきた。
一穂の背中に背負われて、トーヤ、ゆん、ディアーナ、リオ、ミア、一穂はクラウド医院へ。
悠久、幻想、アルベルトは後かたづけに、トリーシャとローラはふたりでエンフィールド市街へ、
セリーシャは後からビデオ片手にクラウド医院へと向かった。

「あの時のままだ・・・・・・・・」

あこがれだった澪乃を背負っている一穂。当時、一穂と澪乃は仲が良く、学園公認カップルかとも言われていた。
もちろん、それをねたむ男子生徒がゴマンといたが・・・・。
澪乃がいなくなって、一穂から恋愛感情が消えた。友達以上、恋人未満。それが、それからの女の子に対する
一穂の接し方だ。澪乃が生きている・・・・わずかだけど・・・・。失いかけていた物を思い出させる。それが背中の
澪乃なのだ。

クラウド医院に着くと、個室のベッドに澪乃をやさしく横たえる。
ゆんとディアーナ、セリーシャが体を拭いた後、着替えさせる。
腕に点滴が施され、心電図計のセンサが胸に取り付けられた。
まだ波は微々たる物。だけど、それは確かに心臓が動いていることを表していた。


                    ★   ★   ★


その頃、街では澪乃の思念体が広く目撃されるようになっていた。
特に学園の図書室では昼夜問わずにほぼ終日現れている。
それは、4年間のブランクを必死に補おうとする澪乃のがんばりの現れかもしれない・・・・。

「・・・・なんとか思念体のままでも、一部を実体化させることが出来るようになったわ・・・・・。
・・・・予定より早くクラウド先生のとこに身体が行ってしまったのは誤算だったけれどね。
でも、4年間何もできなかった。このままではランクが落ちてしまうかも知れない。」

4年前に勉強していた資料を、実体化させたその腕で漁り、そして読みふける。
要所要所でノートにまとめていくことも忘れなかった。

「あれが・・・・学園でかって天才と呼ばれた伝説の生徒・・・・・・。」
「当時マリエーナ王国共通魔導試験で1位の実力だったらしいぜ。」
「その実力はゆんちゃんの数倍だって・・・・・。マリアちゃん以上らしいよ・・・・。」
「ファランクスを4基まとめて一人で制御できるらしいぜ。」
「ミッキー君を素手であしらえるらしいってな・・・・」

学園は、思念体にも関わらず、澪乃の復学を受理。高等部2期・・・本来なら澪乃が在籍する
であろう学年・・・への飛び編入を許可したのだ。(あくまでも、澪乃は15歳のままだ。)
当時の教師達による特別講座が何度となく行われた。次第に澪乃は自分らしさとそのあふれんばかりの
魔力を取り戻していたのだ。

                    ★   ★   ★

月食の日を翌日に控えたこの日も、澪乃はお勉強に、学園生活に、ブランク埋めに必死だった。
今日までは幽霊。明日の夜には魔力の使える身体に戻れるのだ。妹のゆんをめいっぱい抱きしめて
あげることもできる。魔法だって実践で教えてあげることが出来るようになるのだ。

そんな澪乃を支えるのが一穂だった。一穂は澪乃より本来なら年下だったが、4年という時間を澪乃が
留めていたため同い年になっていた。(学年こそちがえど)アネさんカップルだった4年前とは違い、
数日後はフツーの公認カップルとなることだろう。

思念体の澪乃は放課後決まってかえで亭で過ごし、夜遅くにクラウド医院へと帰っていくのである。

「澪乃さん、どう?調子は。」
「何とか昔のことをおもいださせたわ。一穂くんがいて、私は本当にたすかった。ありがとう。」
「元気そうじゃない。これなら、数日したら、実践授業に出席しても大丈夫だね。」

ノートを広げる澪乃の隣に一穂が座って言う。

「おかげさまで、ね。ゆんが物理魔法科だって言うのには驚いたけど。ゆんはね、ルーン・バレットすら
使いこなせなかったのにね・・・・・。それが今では、かっての私のように学園トップクラスだというじゃない。」

「ゆんも頑張っているんだ・・・・。昔の澪乃さんのように・・・。」

一穂の何気ない一言に、空白の4年前の自分を思いだし、ちょっと涙ぐむ澪乃だった。
自分が自分になるまでは、妹ゆんには直接会わないと決めていた。



                    ★   ★   ★

 ついに・・・・約束の日が訪れた。
夕方になると、ゆんの周囲の人たちがクラウド医院を訪れた。

「ゆん・・・・良かったな。おまえの夢が一つ叶うんだ。頑張っているゆんへの神さまのご褒美かな?」
「ありがとう・・・・・幻想さん・・・」

病室で一人一人にお礼を言うゆん。
大勢の人の協力があったから、お姉ちゃんが再び無事に生き返れるんだ・・・・・。
そう思うと、少し瞳が潤んでくる。

「ゆんお姉ちゃん・・・・月が・・・・欠けはじめたよ。」

リオが言う。

「始まった・・・・のね。みんな、最後の仕上げ。神聖魔法の使える人は協力お願いね。」

ゆんの声と同時に、セリーシャ、ミア、シェリル、リオ、クリス、メロディの6人がベッドを囲む。ゆんを含めると
7人。ヘキサグラムを描くように配置につく。

「ホーリーヒール・・・・・・」

6人が一斉にホーリーヒールを澪乃に施す。銀色の光がベッドを覆う。
月が欠けていく様はゆんにもしっかりと見てとれた。食の進行にあわせて、魔力は大きくなっていく。
銀色だった光を少しづつ、金色の光が覆い始めた。食の月と同じように金色の光は大きくなっていく。
その光は窓から、街の人たちが見守る外へと漏れる。街の人たちも蘇生の成功を願っていた。

「ご主人様、大丈夫っスか?」
「ええ、大丈夫よ、テディ。ゆんちゃん達なら絶対に出来るはずよ。」
「そうっスか?」
「祈りましょう・・・・・、ね。」

7割がかけたところで、ゆんがベッドの真横につく。澪乃の右手を握りながら、詠唱をはじめる。
神聖魔法の最高位呪文を・・・・・ディヴァイアン・シャフトを凌駕する、その魔法を。

「9割方欠けました。もうあと数分です!!」

ディアーナが言う。金の光がほぼ全てを覆い尽くしている。

「天井!!」

トリーシャが叫ぶ。天井からゆっくりと半透明の澪乃が現れて降りてきた。これがどうやら思念体らしい。
ゆんの詠唱の声も大きくなっている。6人の魔法もしかり・・・・・
半透明の澪乃は金の光球のなかにそのまま消える。ゆんの詠唱がそこで止まる。

「月が・・・・・消えた!!」

ディアーナの声と共にゆんが叫ぶ。

「リリシアン・シャフト!!」

その瞬間、光球が消える。それと同時に光が全て消え、部屋は漆黒の闇に覆われた。
次の瞬間・・・・純白の光の濁流が一気に天から降り注いだ。

赤銅色に鈍く輝く月から真っ白な光がひとすじクラウド医院に降り注いでいた。
エンフィールド全ての人の祈り・・・・ゆんの魔力・・・それが複雑に絡み合って一つの大きな力に変わった。

月からの光は数分間降り注ぎ、そして何事もないように消えていった。

再び部屋を暗黒が支配し、月が再び満ち始めると光球が金から銀へと戻っていった。
月が完全に元通りに満ちたとき・・・・、光球は銀色となり、ゆっくりと消えていった。ベッドに座る人影を
そこで全員が確認した・・・。

「待たせたね・・・・・みなさん・・・・・ただいま。」

澪乃が微笑んでいた。すでに医療器材は儀式前に外しているため、もう病人とは思えない状態だ。

「おかえり・・・・・・澪乃お姉ちゃん・・・・・」

ゆんが目に一杯の涙を浮かべて澪乃に飛びつく。そしてそのまま泣き出した。

「これからは・・・どんな時も・・・ゆんと一緒にいてあげる・・・もう、辛い思いはさせないからね。」

仲間達が見守る中、姉妹はずっと抱き合っていた・・・・・。

こうして、悠久の1ページに新しい物語が書き加えられたのである。
もう、ゆんは一人でない。一番身近な人、お姉さんがすぐ側にいるのだから・・・。


<おわり>

******** あとがきと発行履歴 ********

前・後編と沿域少女伝(一部)をまとめたフル・リミックスバージョン
として、沿域少女幻想曲第2番をお送りします。

じ・つ・は、このバージョン、夢の部分を沿域少女伝からそのまま
持ってきているという特別版です。澪乃が仮死状態にまで追い込まれた
その理由が細かく描写されています。このお話には不可欠なファクターです。
そのために、ここの部分の内容がごたごたになっています。
沿域少女伝に、少女幻想曲の文を切り張り合成している都合で読みにくいかも
しれません。実際、僕も修正作業に泣きました。ただでさえ風邪ひいているのに・・・

沿域少女幻想曲第2番バージョン群で、これがいちばんボリューム大です。
編集作業に数時間を要しましたけれども・・・・。

クムナック専用版と言うことで・・・・・。

(悠久書店バージョンもあるけれど、あっちは通常のリミックスです。)


次は今まで書きかけだったシリーズを進めていく予定です。

1999年1月26日 01:47 発行

春河一穂


中央改札 悠久鉄道 交響曲