中央改札 悠久鉄道 交響曲

「沿域夜想曲〜流星の降る夜REMIX〜」 春河一穂  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー

沿域夜想曲(エンフィールドセレナーデ)
〜流星の降る夜〜リミックスバージョン

春河一穂(作中では名字が違います。)

晩秋のエンフィールド。高原の都市のため、朝晩がかなり冷え込むようになり、
霧が立ちこめることもかなり多くなってきた。

僕はこの文章を書いている本人だ。名前は一穂。エンフィールド学園の物理魔法科
4期生だ。そう、同期の女の子の中でかなり騒々しいヤツがいたっけな。
確か、ゆんという名前だ。何でも、エインデベルンっていう王都に近い街の
お嬢様なんだっていうらしい。おまけにねこみみのメイドも連れているしな、四六時中。

僕の家はエンフィールドにあるけれど、僕のたっての希望で、寮に入っている。
僕の家は・・・エンフィールド唯一の甘味専門店「かえで亭」なんだ・・・。

ちりりりりん・・・・・・

扉に付けられた鈴が小さな音を立てる。
「いらっしゃ・・・・・なんだ、一穂じゃないかい。どうしたのさ。」
「ああ、少しはおふくろ手伝わないとな。」
週に何度かは家の手伝いをするために店に立つ。僕のおふくろは、何でもさくら亭の
おかみと親友らしい。ぼくもパティとは幼なじみといったとこだ。ただ、楓やカーフら
パティを慕う従業員から見ると、僕ははっきり言って邪魔者らしい。
「でさ、やっておくことはあるのか?」
「・・・・んじゃ、店任せるよ。ちょっとさくらさんとこ行って来るからさ。」
「あまり長居するなよ。パティんとこに迷惑だからよ。」
僕の声を聞かぬうちにおふくろはさくら亭へと出かけていった。
親父は学者で、王都マリエーナの大学で熱心に教鞭をふるっているらしい。そのためか
めったに家には帰ってこない。ぼくはおふくろが一人で切り盛りしているかえで亭を
毎日のように手伝っている。

ちりりりりりん・・・・・

「いらっしゃい・・・・ん?ミアじゃないか。ゆんは一緒じゃないのか?」
やってきたのは、バクスター家のお嬢さんミア。リオとは双子の関係にあり、
リオの方が年上らしい。
「今日は一人なの。一穂お兄ちゃん、いつものお願いできる?」
「ああ、おやすいご用だ。」
カウンターの後ろの戸棚に入れてあるシロップのボトルの中から一つを選び出す。
僕がそれぞれの常連客から味の好みを聞き出してそれを元に調整したベースシロップ。
これにメニューごとの調合を施して甘味を仕上げる。もちろん、常連の数だけシロップも
あるということだ。このシロップを一定量に保つのも日課のうちなのだけど。

ミアの希望は「ほんのり甘めであっさりしている」こと。
ミアブレンドのベースに少しみかんの果汁を加え、コクのある無味ヨーグルトでのばして、
それをフルーツの盛り合わせにあわせれば、特製のヨーグルトパフェだ。

「はい、おまたせ。」
ミアの前に純白のパフェを置く。
「いただきます〜・・・・やっぱり一穂お兄ちゃんのパフェが一番・・・。
おばさんのも美味しいんだけどね。甘酸っぱい、何か初恋みたいな味がするんだもん。」
頬をほんのりと染めてミアが照れる。その表情が凄く愛くるしい。そんなミアを見るのが
一番の僕の幸せだ。

「先日の学園祭のコンテスト、よかったな。優勝だって言うから驚いたよ。」
「うん、ゆんお姉ちゃんのサポートあっての結果だよ・・・何で一穂お兄ちゃんは
出なかったの?一穂お兄ちゃんって、物理魔法科の男の子の中ではかなりの腕前でしょ?」
「それは・・・かえで亭が忙しかったからな。講堂で出張茶店を開いていたんだ。」
「そうだったんだ・・・・・一穂お兄ちゃんと一緒に出たかったなぁ・・・・」

ちりりりりり・・・・・・

再び鈴が鳴る。

「一穂、いるんでしょ?」
やってきたのはさくら亭の看板娘、パティだった。
「珍しいな、パティが来てくれるなんて。」
「勘違いしないでよ。あたしはお母さんに追い出されて、仕方なくここに来ただけ
なんだからね。」
「相変わらずだな、口が悪いのは・・・」
「そういう一穂もね・・・」
なんだかんだ言いながらも、ミアの隣に座るパティ。
「何か作ろうか?僕のおごりで。」
パティの希望を聞くと、嗜好を考慮した上で手際よく作る。

「そういえばさ、知ってる?もうすぐ大規模な流星雨が見られるって言うらしいよ。
数百年に一度の天体ショーなんだってさ。一穂は知ってた?」
「ああ、マリアのヤツが学園内で言い回っていたから、誰でも知っているさ。」
「だからあそこの丘の上。かなり混雑しそうよ。」
「丘・・・ああ、教会の墓地のある丘か?」
エンフィールドでもっとも眺めがいい場所は、ローズレイクの東に位置する小高い丘。
エンフィールド唯一の墓地のある丘だ。
墓地というと陰気な感じがしそうだが、はっきり言うとその逆。墓石自体も芝生の地面に
埋め込まれているので、ぱっと見上は所々に墓所を囲む石垣のある原っぱだ。
当然、土葬。シェフィールド家、バクスター家、ショート家などは建物型の墓所を
景観を損ねないように建てている。
そんなわけだから、天気のいい日にはローズレイクと新旧エンフィールドを一望しようと
多くの人がやってくる。
特に空は遮るものがないため、快晴の夜ともなれば、地平線まで広がる空、美しい
エンフィールドの夜景、そして満天の星空を堪能できる。

「極の日にさ、みんなで見に行こうって考えてるんだけど、一穂も来る?」
「確か、極は、今度の土曜の夜から日曜の未明にかけてだな。んで、他に誰が来るんだ?」
「うちのカーフに楓、クリスにシェリルにトリーシャ、マリア、レミット、アイリス、
セリーヌにシーラ、由羅にメロディ、ウェンディに由那、ゆんとうぃんも来ると言ってた
わね。もちろん、リオも来るってさ。ミアちゃんはどう?」
スペシャルドリンクを飲み干すと、パティは隣のミアにたずねた。
「お兄ちゃんが来るなら、あたしも行っていいですか?・・・保護者として、さきさんに
付いてきてもらいますけど。」
「こなには注意しろよ。あいつ、ロリショタ執事を自負しているらしいからな。」
「もちろんです。こなにはしっかりとおるちゅばんをしていただきますから。」
「でも、リオの部屋に潜入して、洋服なんかにほおずりしたり、ベッドに潜り込んだり、
あげくにはトイレの(ピー)に抱擁したりするんじゃ・・・・うっ、気持ち悪ィ!!」
「そんなことはさせませんよ。さきは信頼のおける、あたし達兄妹専属のメイド長です。
しっかり部下を張り巡らせて、こなの陰謀からまもる計画です。」
「へぇ、ミアちゃんもやるもんだね。しっかりしてるよ、この子。」
少し感心したという表情で、パティがミアを見て言う。
「パティ、僕も行くつもりだ。丁度暇を持て余していたんだよ。」
そんなパティに僕が言うと、パティは
「一穂が暇なのは、いつものことじゃないの?」
と笑ってみせた。

その日の夜のバクスター邸。
ミアとリオが仲良く専用の書庫で、調べごとをしている。
「ねぇ、リオ、あった?」
「・・・・ミア、ちょっと待っててよ・・・まだ、探しているとこだから。」
「明日イヴお姉ちゃんとこに聞きに行った方がいいのかなぁ・・・?」
「その心配はないよ、ミア。ここにある本は、お父様がボク達のために買ってくれた
本でしょ。きっと探せばある・・・・・あった!!」
リオが見ていたのは天文に関する図鑑。今度来る流星雨について調べていたのだ。
「エリオン座流星群だって・・・・・。1時間に流れる流星の可視量は、辺境部で200
個。エンフィールドの場合は、かなり高いところに位置する都市だから、150は観測
できるらしいよ。丁度大出現の年だから、今年は。」
「150も見れるんだ。本当に光のシャワーなんだろうね、お兄ちゃん。」
「待ってて、今、星座早見を調べるから。」

慣れた手つきで、リオは部屋の隅に置いてあるコンピュータのキーを操る。
セリーシャの父、電子機械貿易会社総裁フィスター氏のおかげでエンフィールドに
情報インフラが少しづつ整備されつつあった。このコンピュータはミニデジフォート
プリンターに接続されていて、魔力を用いた特殊な方法で画像を専用紙に転写する
ことができる。リオは人数分の星図を印刷しようとしていたのである。
「これでよし。」

カタッ

エンターキーを押して、リオはマシンから離れる。
「ゆんお姉ちゃんやパティお姉ちゃんに一穂お兄ちゃん達用の星図の印刷を始めたよ。
刷り上がるまで、もうちょっと調べてみようか。」
「確かあの丘は西、北、南の3方しか視界が開けていなかったんじゃない?」
「北東から東にかけては雷鳴山だからね・・・だけど、この流星群は全天に散るように
流れて行くから、どの方角を向いていてもしっかり見えるよ。」

打ち出された星座早見をミアに見せながら、リオが言う。
「特にこの時間は西にエリオン座があるから、場所的にも最高だよ。ま正面だし。」

少年、少女達はこの日を待っていた。
あるものは、弁当を用意し、ある者は、飲み物を。ある者は望遠鏡、そして、星図。
準備万端で心待ちにしていた、流星群の見える日。
だが、その日は朝から雨であった・・・・・

「今晩、晴れるんだろうか・・・・」
久々の平日休講で朝からかえで亭を手伝っている僕。
窓の外に広がる、一面の曇天を見ながら、ひとりつぶやく。
「大丈夫ですわ。今宵になれば瑠璃色の星空が見られますわ。きっと・・・・」
セリーシャが笑いながら言う。
「なんたって、マリエーナ王立気象局の発表する最新天気予報がそう予測しているの
ですから・・・・」
セリーシャの言葉には、絶対に見える、絶対に見るという意気込みが込められていた。
「セリーシャが言うなら見えるのかも知れないな・・・・・。今夜のデザートは、僕が
特製のヤツをみんなに振る舞うとするか!」
セリーシャが言うなら、きっと見えるだろう。僕はセリーシャの言葉に賭けてみることに
した。

ちりりりりりりりりん・・・・・・・

「一穂さん、いる?」
「一穂お兄ちゃ〜ん」
「こんにちわ!!」
「うにゃん・・・・来たですぅ・・・」
「やっほぉ!!一穂さん、来ちゃった!」

ゆん、リオ、ミア、ウィンディ、トリーシャと、次々に入ってきた。
「いらっしゃい。みんないつものでいいかい?」
手際よく、それぞれのベースシロップを元に好みのメニューを調整する。
「今日、晴れてくれるかなぁ・・・・・。」
心配そうに窓の外を見るミア。
「一穂お兄ちゃんに、これ。今日の流星群を見るための星図。」
リオから星図をもらう。晴れていればこれらの星々が空一面を覆い尽くすことだろう。
時計は午後3時半。空は依然として白く濁っている。

数時間後、次第に雲が流れだしてくることを僕達は願った・・・・。

「ついに夕方になってしまったか・・・」
午後5時、さくら亭に集まった面々は以下の通りだ。
リオ、ミア、ゆん、ウィンディ、メロディ、由羅、レミット、マリア、さき、
シェリル、トリーシャ、シーラ、クリス、セリーヌ、ローラ、魅緒、エミル
セリーシャ、まるにゃん妹、アレフ、悠久、幻想、クレア、アルベルト、
エル、そして・・・僕。
パティ、カーフ、楓達さくら亭の従業員一同も同行するらしい。

雲行きは依然として好ましくなかった。所々から紫色の空がのぞいているものの、
東の空には厚い雨雲がどっしりとのしかかっていた。
「おいおい、大丈夫か?晴れてくれなきゃ、オレ、困るぜ・・・・」
アレフが心配そうに言う。
「おおかた、星を見ながら、『キミの瞳に乾杯』などとほざくんだろ?
無駄だ、無駄。おまえのナンパが成功した試しなどないだろ?」
アルベルトが皮肉っぽく言う。
「ぶぅ〜・・・こうなったらマリアの天才的な魔力でこの雲を吹き飛ばす・・・・」
とマリアがかまえたとたん、

ぱごぉぉぉぉぉぉぉん!!!

どこからか飛んできた中華鍋がマリアの頭部を直撃した。
「きゅう・・・・」
「・・・はぁ、はぁ・・・さくら亭を木っ端微塵にする気?あたしの目が黒いうちは
絶対に許さないから・・・・覚えておきなさい・・・」
肩で息をしている怒りモード一歩手前のパティが投げたらしいようだ。
「ねぇ〜ん、こっちに、大吟醸『美少年』一本追加ね〜」
テーブル席でぐびぐびとハイテンションで呑み続ける由羅が言う。
その隣には不幸かな捕まってしまった哀れなクリスとピートが抱きかかえられ、
じたばたもがいている。血の涙を流していることから、不幸度が伺われる。
で、リオくんは・・・ゆんがしっかりキープしていた。その傍らにはミア、
エミル、セリーシャ、魅緒の姿がある。
「今日、見えるかな。何お願いしようかな」
「ゆんちゃんは何をお願いになりますの?わたくしに教えてくださいませんか?」
「んーとね・・・・・・(ごにょごにょごにょごにょ・・・・)といったところ。
はにゃ〜〜〜ん・・・・恥ずかしいよぉ・・・・」
セリーシャに聞かれ、ゆんは小声で自分の希望をうち明ける。要は、
『リオくんのお嫁さんになりたい』といった内容だ。
「あらあら、まぁまぁ・・・そうでしたの。ゆんちゃんはリオくんのこと大切に
想っていらっしゃったのですね。」
セリーシャがうらやましそうに言う。
「セリーシャちゃんも、そんな人がいるのかなぁ・・・・」
ゆんが言うと、セリーシャはただ、
「さて・・・・どうでしょうね・・・・・」
そういって、ゆんに微笑むだけだった。

夜7時。パティ、そして僕、アリサさんの3人による特製ディナーが振る舞われた。

さらに3時間ほどが経過する。2階の宿の空き部屋をあてがった仮眠室で
子供達は仮眠中だ。起きているのは、クレア、アルベルト、悠久、幻想、
まるにゃん妹、さき、セリーシャ、トリーシャ、僕、そして、さくら亭の従業員達だ。

テーブルの上には香辛料をきかせたおつまみ的な料理とお酒が並んでいる。
「・・・・っ、ふぅ。」
エールを飲み干して僕は一息ついた。
「あらぁ・・・いい飲みっぷりね、一穂クン。」
ほろ酔い気分の由羅が僕に言う。
「これでも僕は飲めない方ですよ・・・ほとんどジュースですし、これ。
で、セリーシャちゃんは寝てなくて大丈夫?徹夜に近いから、寝ておかないときついよ。」
僕が言うと、セリーシャは
「大丈夫ですわ、一穂さん。こう見えても、わたくし夜型ですから・・・」
そう、笑ってこたえる。
「美少年、あったらもう一本持ってきて〜ん・・・」
由羅がパティにそう言った。その時・・・・
「おい・・・・何とかなりそうだ。星空が見える・・・」
窓付近で空を見上げていたアルベルトが言う。
慌てて僕とセリーシャがさくら亭前の路地に出て空を見上げる。
街灯の明かりの中、鯱座の三つ星を確認することが出来た。
これなら、かなり期待できそうだ。そう、僕は考えていた。
「よかったですわね・・・晴れてくれまして・・・」
笑顔でカムフォートのファインダーを覗くセリーシャ。
背後のさくら亭の中からは、思い思いに出発までの時間を楽しむ仲間達の声が
途切れることがなかった。

さらに2時間後・・・・午前0時。

エリオン座がエンフィールドの真上へとさしかかる。
そろそろ観測開始だ。

階段を次々に降りてくる子供達。
「ぁう・・・・リオくんったらお寝坊さんなんだから・・・・」
「そう言うゆんお姉ちゃんだってセリーシャお姉ちゃんが起こすまで
爆睡していたじゃない・・・・」
「まったく、ゆんお姉ちゃんらしいわね。」
「てへへ・・・・・・」
「おにいちゃ〜ん・・・・おっはよぉ〜〜〜〜〜〜」
「ローラさん、ハイテンションですね・・・」
「マリア・・・・・眠くないもん・・・・ホントだもん。」
「わらわも大丈夫・・・・・・ぞな。」

すでに降りてくる前に防寒対策をしっかりとっている様子だ。
「エミル、しっかり絞り出しておけよ。あの丘・・・混んでいるからな。
公衆トイレはあるが、数十分待ちだぞ!!」
「ふぇええええ・・・・・・」
悠久の言葉に慌てて子供用トイレに駆け込むエミル。
特に冬場は何かと頻繁にトイレに行きたくなる。エミルにとっては要注意
シーズンだ。
「みんなは大丈夫か?特に女の子、行くなら今のうちだぞ。」
アルベルトに急かされて、ゆん、ミア、セリーシャ、クレア、トリーシャ、魅緒が
エミルに次いで次々に入っていった。パティ曰く、女子用だけでも学園クラスの
個室数(当社比)だそうだ。子供達が一度に利用できるらしい。

さてここは、子供達うじゃうじゃの子供用トイレとそれに隣接した女子トイレ。
子供用は、実は男女別ではないのである。(これ、お約束)
「はふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜★」
「エミルちゃんがあっちの世界に旅立っている・・・・・ねぇ、ゆんお姉ちゃん。」
「え?そう・・・・なら、適当な頃合いに現実に引き戻してあげて、ね、魅緒ちゃん。」
ゆんははっきり言って幼稚園の先生と化していた。
「あっちゃぁ・・・・女性用、一般のお客さんでふさがってるよ?」
トリーシャが頭を抱える。
そう、この日さくら亭にいるのはゆん達だけではなかった。流星を見ようと集まった
周辺の街の人たち、お酒を飲みに来たお客もいるのである。さすがに子供連れはないので
子供用は全くの貸し切りであったのだが・・・一般用はそうはいかなかった。
「でしたら、エミルちゃん達の所を利用するしかないですわね・・・」
「そうですね・・・セリーシャさん。」
セリーシャとクレアの談話。ダブルキャストの醍醐味といったところだ。
「ま、悩むよりまず行動だよ。」
ゆんは腰までしかない小さな仕切りに囲まれた空間にしゃがみ込んだ。
セリーシャにトリーシャもそれに続いた。

その頃・・・・トイレの外では・・・

「さて・・・・何か暖がとれるものも用意しておいた方がいいな。」
アルベルトが言う。
「でも・・・火を使うわけにはいきませんし・・・」
クレアがつぶやく。
「でしたら、シェラフ、用意しておきますね。アリサさんから預かっているんです。」
ジュディが店の奥へとパティやさきと共に消えていった。

「カンテラ、用意しましたけど・・・?あ・・・一穂さん、何をやるんですか?」
シェリルが用意したカンテラに、赤いセロファンをガラス面に貼っていく。
「こうしておかないと、星が見にくくなってしまうんだよ。まわりへの配慮だね。」
シェリルに説明すると、
「なら、私も手伝います。こういう気配りが大切なのですね・・・」
と、用意したカンテラ全てにセロファンを貼り付けるのを手伝ってくれた。

「はい、どうぞ。みんなの分、ちゃんと用意しているから、慌てないでね。」
リオは参加者に星図を配っている。
「・・・・と、こういった状態で見えるはずだからね。」
「さすがはリオくん、博識よねぇ〜ん・・・・」
由羅に抱きつかれ、逃れようとじたばたもがくリオ。
いつの間にかお手洗いから戻ったゆんの回りから怒りのオーラが立ち上っていた。
「わたしのリオくんに変なことしないでよ、ショタ狐!」

ぼっくぅぅぅぅっ☆

由羅の脳天にお玉が炸裂した。ゆんの攻撃、さくら亭陸軍・3式攻撃鈍器である。
トリーシャチョップの要領で用いるらしい。
「ふみぃ?!」
一瞬の隙をついてリオを解放する。素早くリオはゆんの後ろに隠れる。
当然、やられてそのままで済ますほど、由羅は心優しくはない。
「しっぽむっかぁ!!あたしのリオくんをどうする気よぉ!!!」
「由羅と一緒にいたら、リオはさらに陰気になっちゃうよ!!」
けっきょく、ゆんと由羅のにらみ合いから、大喧嘩になってしまった。

「ほらほら、あんた達。喧嘩は外でやってよね。」
それを見かねたパティが呆れながら言った。ブチキレなかっただけでも安全だった。

夜風は思ったよりも寒い。防寒対策をしっかりしているとはいえ、
冷気を肌で感じる。身震いしながらも丘の上へとやってきた。

「寒いね・・・・」
吐く息が白く夜空へと吸い込まれている。墓所の合間をぬうように大勢の
人たちがすでに集まっていた。
「先行しているシェリルにリカルドさん・・・いるかなぁ・・・」
辺りを見回すゆん。
「おお、こっちだ・・・」
かすかに赤い光に照らされたリカルドさんが手を振っている。
「とにかく行ってみよう。」
ローズレイクを見下ろす一本の木の回りに場所を確保していた。
「・・・・ここ、お姉ちゃんの眠っている場所だ・・・・」
カンテラの赤い光に浮かび上がった文字・・・・・
『エインデベルンの少女、春河澪乃(みおの)、ここに眠る。享年17歳』
そう、4年前、エンフィールドで起きた魔法の暴発に巻き込まれて、
ゆんの姉は帰らぬ人になった。けっこう可愛く、結構おしとやか。
学園中のアイドルの死はそれはもう一大事だった。
生前の彼女の希望通り、ガラスで出来た棺の中、この丘で眠っている。
それから2年後・・・。学園に彼女の妹がやってきた。それがゆん。
彼女の夢は、魔法を極めて、もう一度姉と逢うことだと言っていたっけ。
その暴発のきっかけは実はマリアだったというのはゆんには言えない事実である。

「ねえねえ。・・・・そろそろ観測開始だよ。」
リオが僕の横で言った。
深く墓碑に頭を下げて、僕はみんなの元へ戻った。

午前3時。3時間たったが、いっこうに流星を見ることが出来ない状況だった。
「お兄ちゃん、つまらないよぉ・・・・」
「おい、本当に今日見れるのか?」
アルベルトに魅緒が愚痴るようになってきた。
確かに、この時間に見えるはずだ。なのに紺碧の空は星が瞬くのみだった。

「ねぇ・・・マリアにいい考えあるんだよ☆」
自慢げにマリアが言う。
「まさか・・・・・・・・」
おおかた・・・・想像がつく結末が待っているだろう。
「え?マリアはお星様にお願いするだけだもん、魔法の呪文で!」
ほらきた。マリアの魔法は、ろくな事がないからな・・・・
成功した試しもないし。
「おいおい・・・ちょっとそれはまずいんじゃないか?」
アレフが不安そうに言うが・・・・
「魔術バイエルクラス2の教本に載っていた呪文だよ。大丈夫だから・・・」
といって両手をかまえると、お構いなしに詠唱を始める。
慌てたのは僕達だけではない。
マリアの声はしっかり周囲へと聞こえていたのだ。
お約束の展開。がやがやと夜空を見上げていた街の人たちが、急に静まりかえる。
数秒後・・・・・パニックとなったのだ!!!
そりゃそうだ。マリアの魔法に巻き込まれて無事であった事など無いのだから。
あわてふためき丘を駆け下りる人の群れ・・・それがおさまると、丘の上には
僕達だけが取り残されていた。

「お願いっ☆」
ついにマリアの呪文が完成した。僕達は自分の運命を呪ったりもした。
無事で済むはずはなかったから・・・・・・・・・・。
しかし・・・・何も起きなかった。
「ふぅ、不発だったようだな。」
アルベルトがひとこと言いかけた瞬間・・・
!!!!!!
夜空をひときわ大きな流れ星が一つ流れた。
「やった!マリア、ナンバーワン!!!」
「奇跡だ・・・・・・無事だなんて・・・・・・」
「ミア、良かったね・・・・」
「そうだね、りーくん」
和気藹々と喜び合う僕達だったが・・・・・流星がいつまでたっても消えないという
疑問にぶち当たった。それどころか、どんどんこっちに接近しているような気がする
んだけど。
ついに目の前まで流星がやってきて、そして止まった。

『・・・・久しぶりです〜、皆さん!』
『わん!!!』
聞き慣れた声と鳴き声。
「ひょっとして、お星様とポチ?」
パティが信じられないといった表情で言う。
『はい。私はこの間お世話になったあの流星ですよ。マリアちゃんに呼ばれて
来たんですよ。』
以前、流れ星の尾(ポチ)を探すためにジョートショップ手伝い組が街中を捜索した
と言うことは聞いているが、これがその流れ星だったなんて。
「今日ね、流星群が見れるって言うから見に来たの・・・でも・・・・」
エミルがしゅんとして言う。
『なるほど・・・・仲間の到着が少し遅れていたみたいですか・・・』
流れ星はしばらく考え込んだ。そして、
『この間のお礼に、仲間を呼んできてあげますね。楽しみにしていたでしょうからね』
と言い残して、再び空高く駆け登っていった。

それから十数秒後の後。

光のシャワーがエンフィールドに降り注いだ。最初はちらほら。それが次第に、
雨のように・・・・。
七色の光が丘の上、そしてエンフィールドの上空を舞った。
丘の上に整然と並ぶ墓碑が光を受け、七色に輝いた。

『どうです、みなさん。私の仲間の姿は・・・・・』
「すごく綺麗だ・・・・・流れ星とは仲良くしておくものだな、悠久?」
「ああ・・・・。今日は僕にとっても、みんなにとっても忘れられない夜になりそう
だね・・・・」
「文句無し。ただデジフォートが用意できなかったのが非常に残念だよ。」
星の言葉に、アルベルト、悠久、幻想らが口々に言う。

「大丈夫ですわ。わたくしがこのようにカムフォート(ビデオ)撮影していますから。」
三脚の天体望遠鏡の接眼アダプターに、セリーシャの愛用の小型カムフォートカメラ
(ハンディ○ムともいう)が固定されていた。周囲に配慮し、光が漏れないように
厳重に覆いがしてあるモニター装置には、この幻想的な光景が余すところなく
映し出されていた。
録画ランプの赤が明滅するこのカムフォートは業務用の高感度カメラ。
主に暗視撮影に使うものだと、セリーシャが教えてくれた。

背後からがやがやと話し声が近づいてきたので振り返ると、大勢の
人たちが、僕達のまわりへと集まってきていた。
一旦はマリアの呪文に逃げていった街の人々も、丘へと戻ってきたのだ・・・。
「シスターがね、許してくれたから、志狼さんとアリサおばさんに連れてきてもらったの。」
孤児院の子供達と一緒に、アリサさんと志狼が来ていた。
「ここは本当に眺めがいいなぁ、ねぇ、シーラ。」
いつの間にか、志狼とシーラは仲良く並んで夜空を眺めている。
「けっ、お熱いね、お二人さん!」
ヘキサが嫌みを言う。
「子供達のシュラフを用意しておいたわ。これに入って空を見上げなさいね。」
さきとジュディが用意してくれたシェラフが全員に行き渡る。
「ふぅ・・・暖かいねぇ・・・・」
「ホント。こうして真上を見ているだけで見えるものね・・・ほら、大きいの!!」
「あっ・・・・お願いごとするの、忘れちゃった・・・」
エミル、魅緒、ミアの3人が仲良くおしゃべりしながら見ている。
その傍らで、下半身をシェラフに埋めたゆんが上半身を起こして3人を見守っていた。
「春河さん、私もいいですか?」
隣にやってきたのは、ゆん達物理魔法科の主任教授、ヴィクセンだった。
「あ、先生。流星を見に来たんですか?」
「ま、そんなところだ。さっき街の人に話を聞いたのだが、マリアの魔法が成功した
んだそうだな、奇跡的にも」
「ええ、結果的に・・・・」

街では、街灯が消され、起きている人たちが窓から空を見上げた。
「・・・・行きたかったなぁ・・・・リオ様と一緒に・・・・・・」
バクスター邸から空を見上げるのは、外出禁止令を発せられた、ロリショタ執事の
こなであった。リオにミアと一緒に甘美な時間を過ごすはずだったのだが、ゆん、
そしてさきの策略によってみごとにそのたくらみは崩れたのだった。

ローズレイクの水面にも光の雨が映し出されていた。
その日は夜明けで空が白むまで、流れ星と共に光の贈り物を楽しんだのだった。
エンフィールドの住民達にとって、この夜のことは忘れられない出来事になるだろう。

なお、セリーシャが撮影した映像は、エンフィールド放送で紹介された後、
フィスター商会で売り出されたが、爆発的に売れまくっていることをここに
追記しておく。恐るべし、セリーシャ(爆)

<おわり>

***** 悠久のあとがき・発行履歴(統合版) *****

ひあずかむあ〜以来になりますか?
お久しぶり。エンフィールドでの春河ゆんこと春河一穂です。
エンフィールド解体後に、妹にペンネームごとアカウントを取られてしまい、
4ヶ月近くを裏方さんで活動していましたが、このたび、再び
日の目を見ることが出来ました。

こういうオチだなんてちっとも気付かなかったでしょ?

妹に続き、僕もオリキャラとしてエンフィールドに存在させることにしました。
かえで亭の看板息子で、物理魔法科の学生。パティと同い年の17歳です。
パティとは家族(店)ぐるみのおつきあい(母親が親友同士)なので、
幼なじみ状態。だけどそれ以上でもそれ以下でもない、そんな存在です。

今回の題材は、もちろん、しし座流星群で、ちょうど17日夜からが
ピークだということです。天候類の表記は、実際に僕自身の部屋の窓から空を
見上げながら書きました。現在、分厚い鈍銀色の重い雲が空を覆っているので、
残念な結果になりそうです。せめてエンフィールドだけでも快晴にしてみたい
ですね。皆さんは見ることが出来ましたか?

作中のイメージ曲というものがあります。図書館のAVコーナーで見つけ、借り
てきた、苫米地義久さんというソプラノサックス奏者の方が作曲した、
リラクゼーションアルバム『北アルプス〜星降る夜に歌う〜』です。
執筆中はこれをまるまる録音したMDをかけていました。いかにも、高原の都市
エンフィールドといったイメージの曲です。96年の発売ということで、
レコード店では廃盤扱いで見かけることもないでしょうから、図書館のAV架を
じっくり探してみてくださいね。SSのサントラにでっち上げるだけの価値、感動が
そこにありますから。静かなストリング、シンセサイザーに澄み渡るサックス。
全てがエンフィールドのイメージです。

次回は2つほど企画が上がっているので、気長に書いていきます。
でもスランプ気味なので大丈夫なのだろうか、とっても不安です。
では次回作でお会いしましょうね。
春河一穂でした。
今回は後編部を重点的に加筆しました。

特報:沿域夜想曲2〜スターダスト・ラヴァース〜製作開始!!

98年12月8日 改訂版発行

春河 一穂


中央改札 悠久鉄道 交響曲