中央改札 悠久鉄道 交響曲

「沿域夜想曲〜流星の降る夜・前編〜」 春河一穂  (MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー

沿域夜想曲(エンフィールドセレナーデ)
〜流星の降る夜・前編〜

春河一穂(作中では名字が違います。)

晩秋のエンフィールド。高原の都市のため、朝晩がかなり冷え込むようになり、
霧が立ちこめることもかなり多くなってきた。

僕はこの文章を書いている本人だ。名前は一穂。エンフィールド学園の物理魔法科
4期生だ。そう、同期の女の子の中でかなり騒々しいヤツがいたっけな。
確か、ゆんという名前だ。何でも、エインデベルンっていう王都に近い街の
お嬢様なんだっていうらしい。おまけにねこみみのメイドも連れているしな、四六時中。

僕の家はエンフィールドにあるけれど、僕のたっての希望で、寮に入っている。
僕の家は・・・エンフィールド唯一の甘味専門店「かえで亭」なんだ・・・。

ちりりりりん・・・・・・

扉に付けられた鈴が小さな音を立てる。
「いらっしゃ・・・・・なんだ、一穂じゃないかい。どうしたのさ。」
「ああ、少しはおふくろ手伝わないとな。」
週に何度かは家の手伝いをするために店に立つ。僕のおふくろは、何でもさくら亭の
おかみと親友らしい。ぼくもパティとは幼なじみといったとこだ。ただ、楓やカーフら
パティを慕う従業員から見ると、僕ははっきり言って邪魔者らしい。
「でさ、やっておくことはあるのか?」
「・・・・んじゃ、店任せるよ。ちょっとさくらさんとこ行って来るからさ。」
「あまり長居するなよ。パティんとこに迷惑だからよ。」
僕の声を聞かぬうちにおふくろはさくら亭へと出かけていった。
親父は学者で、王都マリエーナの大学で熱心に教鞭をふるっているらしい。そのためか
めったに家には帰ってこない。ぼくはおふくろが一人で切り盛りしているかえで亭を
毎日のように手伝っている。

ちりりりりりん・・・・・

「いらっしゃい・・・・ん?ミアじゃないか。ゆんは一緒じゃないのか?」
やってきたのは、バクスター家のお嬢さんミア。リオとは双子の関係にあり、
リオの方が年上らしい。
「今日は一人なの。一穂お兄ちゃん、いつものお願いできる?」
「ああ、おやすいご用だ。」
カウンターの後ろの戸棚に入れてあるシロップのボトルの中から一つを選び出す。
僕がそれぞれの常連客から味の好みを聞き出してそれを元に調整したベースシロップ。
これにメニューごとの調合を施して甘味を仕上げる。もちろん、常連の数だけシロップも
あるということだ。

ミアの希望は「ほんのり甘めであっさりしている」こと。
ミアブレンドのベースに少しみかんの果汁を加え、コクのある無味ヨーグルトでのばして、
それをフルーツの盛り合わせにあわせれば、特製のヨーグルトパフェだ。

「はい、おまたせ。」
ミアの前に純白のパフェを置く。
「いただきます〜・・・・やっぱり一穂お兄ちゃんのパフェが一番・・・。
おばさんのも美味しいんだけどね。甘酸っぱい、何か初恋みたいな味がするんだもん。」

「先日の学園祭のコンテスト、よかったな。優勝だって言うから驚いたよ。」
「うん、ゆんお姉ちゃんのサポートあっての結果だよ・・・何で一穂お兄ちゃんは
出なかったの?一穂お兄ちゃんって、物理魔法科の男の子の中ではかなりの腕前でしょ?」
「それは・・・かえで亭が忙しかったからな。講堂で出張茶店を開いていたんだ。」
「そうだったんだ・・・・・」

ちりりりりり・・・・・・

再び鈴が鳴る。

「一穂、いるんでしょ?」
やってきたのはさくら亭の看板娘、パティだった。
「珍しいな、パティが来てくれるなんて。」
「勘違いしないでよ。あたしはお母さんに追い出されて、仕方なくここに来ただけ
なんだからね。」
「相変わらずだな、口が悪いのは・・・」
「そういう一穂もね・・・」
なんだかんだ言いながらも、ミアの隣に座るパティ。
「何か作ろうか?僕のおごりで。」
パティの希望を聞くと、嗜好を考慮した上で手際よく作る。

「そういえばさ、知ってる?もうすぐ大規模な流星雨が見られるって言うらしいよ。
数百年に一度の天体ショーなんだってさ。一穂は知ってた?」
「ああ、マリアのヤツが学園内で言い回っていたから、誰でも知っているさ。」
「だからあそこの丘の上。かなり混雑しそうよ。」
「丘・・・ああ、教会の墓地のある丘か?」
エンフィールドでもっとも眺めがいい場所は、ローズレイクの東に位置する小高い丘。
エンフィールド唯一の墓地のある丘だ。
墓地というと陰気な感じがしそうだが、はっきり言うとその逆。墓石自体も芝生の地面に
埋め込まれているので、ぱっと見上は所々に墓所を囲む石垣のある原っぱだ。
当然、土葬。シェフィールド家、バクスター家、ショート家などは建物型の墓所を
景観を損ねないように建てている。
そんなわけだから、天気のいい日にはローズレイクと新旧エンフィールドを一望しようと
多くの人がやってくる。
特に空は遮るものがないため、快晴の夜ともなれば、地平線まで広がる空、美しい
エンフィールドの夜景、そして満天の星空を堪能できる。

「極の日にさ、みんなで見に行こうって考えてるんだけど、一穂も来る?」
「確か、極は、今度の土曜の夜から日曜の未明にかけてだな。んで、他に誰が来るんだ?」
「うちのカーフに楓、クリスにシェリルにトリーシャ、マリア、レミット、アイリス、
セリーヌにシーラ、由羅にメロディ、ウェンディに由那、ゆんとうぃんも来ると言ってた
わね。もちろん、リオも来るってさ。ミアちゃんはどう?」
スペシャルドリンクを飲み干すと、パティは隣のミアにたずねた。
「お兄ちゃんが来るなら、あたしも行っていいですか?・・・保護者として、さきさんに
付いてきてもらいますけど。」
「こなには注意しろよ。あいつ、ロリショタ執事を自負しているらしいからな。」
「もちろんです。こなにはしっかりとおるちゅばんをしていただきますから。」
「でも、リオの部屋に潜入して、洋服なんかにほおずりしたり、ベッドに潜り込んだり、
あげくにはトイレの(ピー)に抱擁したりするんじゃ・・・・うっ、気持ち悪ィ!!」
「そんなことはさせませんよ。さきは信頼のおける、あたし達兄妹専属のメイド長です。
しっかり部下を張り巡らせて、こなの陰謀からまもる計画です。」
「へぇ、ミアちゃんもやるもんだね。しっかりしてるよ、この子。」
少し感心したという表情で、パティがミアを見て言う。
「パティ、僕も行くつもりだ。丁度暇を持て余していたんだよ。」
そんなパティに僕が言うと、パティは
「一穂が暇なのは、いつものことじゃないの?」
と笑ってみせた。

その日の夜のバクスター邸。
ミアとリオが仲良く専用の書庫で、調べごとをしている。
「ねぇ、リオ、あった?」
「・・・・ミア、ちょっと待っててよ・・・まだ、探しているとこだから。」
「明日イヴお姉ちゃんとこに聞きに行った方がいいのかなぁ・・・?」
「その心配はないよ、ミア。ここにある本は、お父様がボク達のために買ってくれた
本でしょ。きっと探せばある・・・・・あった!!」
リオが見ていたのは天文に関する図鑑。今度来る流星雨について調べていたのだ。
「エリオン座流星群だって・・・・・。1時間に流れる流星の可視量は、辺境部で200
個。エンフィールドの場合は、かなり高いところに位置する都市だから、150は観測
できるらしいよ。丁度大出現の年だから、今年は。」
「150も見れるんだ。本当に光のシャワーなんだろうね、お兄ちゃん。」
「待ってて、今、星座早見を調べるから。」

慣れた手つきで、リオは部屋の隅に置いてあるコンピュータのキーを操る。
セリーシャの父、電子機械貿易会社総裁フィスター氏のおかげでエンフィールドに
情報インフラが少しづつ整備されつつあった。このコンピュータはミニデジフォート
プリンターに接続されていて、魔力を用いた特殊な方法で画像を専用紙に転写する
ことができる。リオは人数分の星図を印刷しようとしていたのである。
「これでよし。」

カタッ

エンターキーを押して、リオはマシンから離れる。
「ゆんお姉ちゃんやパティお姉ちゃんに一穂お兄ちゃん達用の星図の印刷を始めたよ。
刷り上がるまで、もうちょっと調べてみようか。」
「確かあの丘は西、北、南の3方しか視界が開けていなかったんじゃない?」
「北東から東にかけては雷鳴山だからね・・・だけど、この流星群は全天に散るように
流れて行くから、どの方角を向いていてもしっかり見えるよ。」

打ち出された星座早見をミアに見せながら、リオが言う。
「特にこの時間は西にエリオン座があるから、場所的にも最高だよ。ま正面だし。」

少年、少女達はこの日を待っていた。
あるものは、弁当を用意し、ある者は、飲み物を。ある者は望遠鏡、そして、星図。
準備万端で心待ちにしていた、流星群の見える日。
だが、その日は朝から雨であった・・・・・

「今晩、晴れるんだろうか・・・・」
久々の平日休講で朝からかえで亭を手伝っている僕。
窓の外に広がる、一面の曇天を見ながら、ひとりつぶやく。
「大丈夫ですわ。今宵になれば瑠璃色の星空が見られますわ。きっと・・・・」
セリーシャが笑いながら言う。
「なんたって、マリエーナ王立気象局の発表する最新天気予報がそう予測しているの
ですから・・・・」
セリーシャの言葉には、絶対に見える、絶対に見るという意気込みが込められていた。
「セリーシャが言うなら見えるのかも知れないな・・・・・。今夜のデザートは、僕が
特製のヤツをみんなに振る舞うとするか!」
セリーシャが言うなら、きっと見えるだろう。僕はセリーシャの言葉に賭けてみることに
した。

ちりりりりりりりりん・・・・・・・

「一穂さん、いる?」
「一穂お兄ちゃ〜ん」
「こんにちわ!!」
「うにゃん・・・・来たですぅ・・・」
「やっほぉ!!一穂さん、来ちゃった!」

ゆん、リオ、ミア、ウィンディ、トリーシャと、次々に入ってきた。
「いらっしゃい。みんないつものでいいかい?」
手際よく、それぞれのベースシロップを元に好みのメニューを調整する。
「今日、晴れてくれるかなぁ・・・・・。」
心配そうに窓の外を見るミア。
「一穂お兄ちゃんに、これ。今日の流星群を見るための星図。」
リオから星図をもらう。晴れていればこれらの星々が空一面を覆い尽くすことだろう。
時計は午後3時半。空は依然として白く濁っている。

数時間後、次第に雲が流れだしてくることを僕達は願った・・・・。

<続く>

***** 予告 *****

そして黄昏が高原の街を包み込む。
赤と青のグラデーションから一気に紺へと変わっていく空。
不安を胸に「天使と翼の丘」へ出発した一行。
果たして流星は頭上に輝くのか。

次回、沿域夜想曲〜流星の降る夜・後編〜
文章量を今回より少し少な目でお送りします。

***** 悠久のあとがき・発行履歴 *****

ひあずかむあ〜以来になりますか?
お久しぶり。エンフィールドでの春河ゆんこと春河一穂です。
エンフィールド解体後に、妹にペンネームごとアカウントを取られてしまい、
4ヶ月近くを裏方さんで活動していましたが、このたび、再び
日の目を見ることが出来ました。

妹に続き、僕もオリキャラとしてエンフィールドに存在させることにしました。
かえで亭の看板息子で、物理魔法科の学生。パティと同い年の17歳です。
パティとは家族(店)ぐるみのおつきあい(母親が親友同士)なので、
幼なじみ状態。だけどそれ以上でもそれ以下でもない、そんな存在です。

今回の題材は、もちろん、しし座流星群で、ちょうど今日、17日夜からが
ピークだということです。天候類の表記は、実際に僕自身の部屋の窓から空を
見上げながら書きました。現在、分厚い鈍銀色の重い雲が空を覆っているので、
残念な結果になりそうです。せめてエンフィールドだけでも快晴にしてみたい
ですね。

作中のイメージ曲というものがあります。図書館のAVコーナーで見つけ、借り
てきた、苫米地義久さんというソプラノサックス奏者の方が作曲した、
リラクゼーションアルバム『北アルプス〜星降る夜に歌う〜』です。
執筆中はこれをまるまる録音したMDをかけていました。いかにも、高原の都市
エンフィールドといったイメージの曲です。96年の発売ということで、
レコード店では廃盤扱いで見かけることもないでしょうから、図書館のAV架を
じっくり探してみてくださいね。SSのサントラにでっち上げるだけの価値、感動が
そこにありますから。静かなストリング、シンセサイザーに澄み渡るサックス。
全てがエンフィールドのイメージです。

次回は実際に見に行くお話です。3ページに収まってしまうでしょう、たぶん。
実際に空を見上げてからの執筆ですから、少し時間がかかりそうですので、
気長に待っていてください。

1998年11月17日 初版発行

春河 一穂


中央改札 悠久鉄道 交響曲