「少女達の日常〜情報の孤島にて」
春河一穂
(MAIL)
悠久幻想曲アンソロジー
Windy Tale
「少女達の日常」
〜情報の孤島・エンフィールドにて〜
その日は運が悪かった。
フィスター財閥の誇る情報通信網がダウンしてしまい、外部への有線情報網が停止してしまったのである。
ということで、シープクレストの「ブルーフェザー」とエンフィールド自警団第3部隊「グリーンフェザー」間の
ホットラインも沈黙した。電話は市外通話が一切利用できなくなった。
情報の孤島にエンフィールドはなってしまったのだ。
ゆんはマジギレの様相だった。
姉の澪乃でもこればっかりはどうにもならない・・・・・(笑)
「うきゅうううううううううううううううううう!!!!!!」
セリーシャが最終手段として、父親(総裁)とのホットラインで「SOS」を報告したのである。
『フィスター財閥・総裁室でございます』
「セリーシャです。お父様をお願いできませんか、緊急事態です。」
『セリーシャお嬢様、かしこまりました。お父上にお取り次ぎしますのでお待ち下さいませ』
『セリーシャ、私だ・・・・・・え?エンフィールドからの対外オンラインネットワークがダウンしている・・・・!!
・・・・・・ちょっと待ちなさい。確認する・・・・・・・・・確かにエンフィールドのノードが停止しているようだ。
セリーシャ、エンフィールドの支店だけで回復可能か?』
「・・・・・・お父様、専門的なスタッフが少なすぎます。復旧には早急な交換部品の調達及び、バロアの本社
からの情報インフラ部門の専門スタッフの派遣をお願いしますわね。」
『わかった。電話も使えないと有れば、事態は深刻だ。派遣を要請しよう・・・・・・・あと問題は・・・・』
「フェザー・ホットラインですわ・・・・シープクレストとの専用回線も障害に巻き込まれてますの。」
『・・・・・そうか。そちらには衛星回線を充当するしかないか。回線の繋ぎ換えを頼むよ、セリーシャ。』
「はいです。お父様もお体には気を付けて。」
インフラ整備で近代化を突き進んでいたエンフィールドを襲った突然のトラブル。
そんなエンフィールドが今回のお話の舞台である。
フィスター電子貿易商会の店舗裏の倉庫から自警団事務所に向けて大きなコンテナが
数個運び出されていくのを見送っていた少女達&男の子。
「・・・・・・・・うじゅぅ・・・・・・・・・・・」
まだまだご機嫌斜めなゆんの隣で、
「大丈夫ですわ。遅くても明日の朝までには復旧できますから、焦らずに待ちましょう。」
と、優しくさとすセリーシャ。
「ゆんお姉ちゃん・・・・大丈夫。ボクもいるからさ・・・・・・・。」
半分凹んでいるゆんのほっぺに・・・・
ちゅっ
として慰める。
「ネットワークダウンで、MMRも使えないから、基礎練習はダメだね。」
せっかくの休日がこんな有様なので、・・・・いつもやっている通信系ゲームもダメだ。
ランキング機能等で全国の集計をとっている以上、外部と繋げないんじゃどうにもならない。
「仕方ない。アリサさんの所に行こうか。」
抜けるような春の青空の下、鼻歌混じりでジョートショップに向かう少女達だった。
「悠久さん、いる?」
からんからん・・・・・・
扉のベルが涼しげな音をたてる。
ジョートショップは二人の子供がいるおかげでいつでもにぎやかである。
「あ、ゆんさんにセリーシャさん、リオくんっス!!」
「こんにちわ、テディ。」
「悠久さんなら今日はジョブで出かけてるっスよ。」
「なんだぁ・・・・・ジョブだったんだぁ・・・・・」
ジョブとは、ジョートショップの請け負った依頼の事である。
確かに、この日のジョブスケジュール表には悠久が当直である旨が
記載されていたのであった。
「あたしたちも・・・・・ぶらぶらしてたんだよ・・・・ひまつぶしにね。」
「ゆんさんなら、いつもMMRでトレーニング・・・・だったんじゃないっスか・・・いったい今日はどうしたっス?」
「わたくしの父の会社が整備したネットワークに障害が起きて、エンフィールドが物理的に切断された状況に
なってしまいましたの。MMRはその機能上、通信回線が生きていないと動作しませんの。ですから・・・・。
急いで会社の技術者の方がこちらに来て、復旧に当たって下さるのですが、明日いっぱいまでは復旧は
見込めない状況なのですわ。」
セリーシャがテディに説明する。
「なるほど・・・・・それは困ったことになりましたわね・・・・・セリーシャちゃん。」
カウンターの奥からアリサがやってきた。
「うちにもその件で臨時のジョブが入ってきて・・・・・クリスくんとシェリルちゃんに行ってもらっているのよ。」
「お手数かけてます・・・・」
「まぁ、これはある意味突発的な事故だから仕方はない事よ・・・・・・セリーシャちゃんが悪いと言うことではないから。」
アリサは笑いながらセリーシャに言った。
「今ね、魅緒ちゃんにえみるちゃんが居るから、一緒に遊んではどうかしら?」
アリサの提案に乗ってみることにしたゆん達。さっそく魅緒とエミルを連れて外へと飛び出した。
やはり部屋の中でじっとするよりは、広い空の下で春風に吹かれながら思いっきり走り回る方がいい。
途中、図書館で用件を済ませた澪乃が加わる。
ウィンサー教会前では、暇を持て余していたローラが、エレイン橋ではお散歩中の更紗がこれに合流。
8人という大集団となって、わいわいとローズレイクへやってきた。
ちゃぷちゃぷ・・・・・・・
春風に湖面が揺れて波音が聞こえてくる。
澄んだ水と春の若草の臭いが風に乗ってにおってくる。
程良く暖かく・・・・そして涼しく・・・・・まぶしい日差し溢れる湖畔の草原。
カッセルじいさんの小屋周辺を除いて、ローズレイク湖畔は芝生公園として整備されている。
「んっ・・・・んんんんっ・・・・・・・・・・・・・」
ゆんが思いっきり伸びをする。
「ま、勉強を忘れ、ぼうっと過ごす休日もいいんじゃない?」
その背後の木陰に、本を膝の上に広げ、木にもたれている澪乃が言う。
「MMRに夢中になるのもいいのですが、リラックスも必要ですわ、ゆんちゃん。」
ゆんの隣で日傘を広げて座っているセリーシャ。
湖畔の手すりにもたれて、湖を見つめるローラ。
その向こうでは、リオと更紗、そして魅緒にエミルがボール遊びに夢中になっていた。
ぽうん・・・・・・・
サッカーボールが宙に舞い上がる
ぽんっ!!
魅緒がおでこでボールを弾く。
とん!!!
そのボールをつま先で受け、転がしたのはエミルであった。
「更紗お姉ちゃん、いくよっ!!」
転がったボールを一旦止めて、勢いよく更紗に向けて蹴り込んだものの、エミルのコントロールは
イマイチだった・・・・・・
「あっ・・・・危ないっ!!」
声がしたと同時に
めきょり・・・・・
うたた寝に入った直後のゆんの顔面にサッカーボールがめり込んだのだった。
「ゆんお姉ちゃん・・・・本当に・・・ごめんね。」
湖のまだ冷たい水でハンカチを湿らしてきたリオが、ゆんの顔を拭きながら謝った。
「エミルちゃんはサッカーボールのコントロールを練習しないとダメだねっ」
おどおどするエミルの隣で魅緒が言う。
「サッカーなら悠久さんに指導してもらった方がいいかもね」
「悠久さんなら問題ない筈ですけど・・・・」
「ゆんちゃん・・・・・・災難ねぇ〜」
まだ真っ赤なボール痕の残るゆんの顔を見下ろす3人。
セリーシャが悠久に教わることを提案する。
「ん・・・・おーい、おまえ達、どうしたんだい!?」
その時、近寄ってくる足音。
やってきたのは噂にあがっていた悠久だった。
「ジョブが終わったからジョートショップに戻ったんだけど、そうしたらおまえ達が出かけているって聞いたから、
慌てて追いかけてきたんだ。夜になったらクリス達と交代しなきゃならないしね。」
「ゆんちゃんもいかがですか?」
ニッコリ微笑むセリーシャに誘われて、6人でサッカーを楽しむこととなった。
澪乃とセリーシャが応援役である。
「いっけぇ!!!!!」
ザシュッ!!
ゆんの気合いの入ったシュートが木々の間に張り渡した、簡易ゴールネットを揺らす。
「うわぁ・・・・ゆんお姉ちゃん、凄いよっ!!」
リオが興奮気味に言う。
「ま、魔法がダメでもこれくらいは出来るって!!小柄だからと言ってバカにすると痛い目見るよっ!!
さぁ、来るならおいでよっ!!!」
ボールを悠久の側へと軽く蹴ってよこした。
「なるほど・・・・・んじゃ、僕も本気を出そうかな?」
受け取ったボールを止めて、狙いを付けて一気に蹴る。
悠久の蹴ったボールはとっさのゆんの反応すらものともせずにもう一方のゴールネットを揺らした。
「シュートはこれぐらいのコントロールとパワーがないとダメだね。こんな距離からでもゴールできるんだよ。」
ボールを取りに行った悠久が、戻ってきてから少女達にわかりやすく指導する
とその時、小さな電子音が悠久のズボンのポケットから鳴り始める。
悠久が取り出したものは、連絡用の携帯電話であった。
電話の相手はジョートショップのアリサ。件のネットワーク回線故障復旧ジョブについての応援要請の電話だった。
シェリルとクリスはあくまでも技術屋としてジョブを受けている。体力仕事での応援が要請されたのだ。
「・・・・・・ごめん。ジョブが前倒しで入ったから、僕はもう行くよ。行き先はセリーシャちゃんのお父さんとこの会社かな・・・・」
陽もかなり傾いて、少しずつ空が黄昏色に変わってきていた。
悠久はフィスター商会エンフィールド通信所の復旧作業に行ってしまった。
「ジョートショップに行く前に、衛星回線の繋ぎ換えやったけど、案外簡単だったね。」
結局、悠久を見送ってから再びジョートショップに向かう。
ジョートショップで1時間ほど過ごしてから、再び街へくり出す。
「この時期の温泉は桜がきれいですよ・・・・」
夕暮れの橘温泉で花見としゃれ込むことに決めたゆん達だった。
ちゃぷちゃぷ・・・・・・・
湯煙の中に黄昏色の空、そして可憐な薄桃色の花が溢れる。
疲れ切った体と心に、それは心地よかった。
5人の少女に囲まれたリオは慣れたとはいえ、顔を真っ赤にしている。
「ここは本当に桜が綺麗だし、眼下にエンフィールドを眺めることが出来るいい場所だね・・・・・。」
露天風呂の縁によりかかってゆんが言う。
「そうですわね。こういったのんびりとした休日が本来のエンフィールドの楽しみ方なのかも知れませんね。」
セリーシャがそれに答える。
エンフィールドは、ここ数年で一気に近代化を遂げた。
しかし、ゆったりとした日常が近代化によって失われようとしていたのだ。
近代化の象徴である情報インフラの故障によって、それに初めて気が付いたゆん。
それからはゆん達はゲームもネットワークも程々に控え、街の散策に休日を費やすようになったのだった。
のんびりとした、悠久の時を過ごすために・・・・。
<おしまい>