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「Windy Tale 〜更紗〜」 春河一穂  (MAIL)

悠久幻想曲 Perpetual Due Ensanble 3

Windy Tale 〜更紗の場合〜

春河一穂



いつもと変わらない街に新たなる住民がやってきた。
シープクレストに住んでいた、身寄りのないライシアンの少女、更紗だ。

由良のたっての希望により、エンフィールドの戸籍を取り、由良の妹として
引き取られることになった。
最初のうちはよそよそしかった更紗だったが、数週間もするとエンフィールドの
日常に慣れたのか、だいぶうち解けて会話も日常的にするまでになった。

由良は更紗をエンフィールド学園中等部に編入させることを決めたのだった。
更紗には少なからず魔力がある。それを人のために役立てて欲しいと願う
由良の願いであった。

更紗は神聖魔法科へ編入となった。

そしてその日の夕方・・・・・・・。

雷鳴山・・・・エンフィールド北方にそびえる休火山である。
その地熱を利用した発電所は、この高原の避暑地を近代的な都市へと変貌させたのだ。

さらに・・・・地下の水脈が熱せられ、その麓に湯の池をたたえている。
由良が最初に見つけたことから、街の人々は「橘温泉」とそれを呼んでいた。

ちゃぷちゃぷ・・・・・

純和風の建物から半分はみ出した湯の池。石積みの縁に竹囲い。
混浴の露天風呂に人影があった。

ちゃぷちゃぷ・・・・・

暖かい湯が波打つ。
檜の桶が浮いている。その中には徳利が数本とお猪口・・・・・

しなやかな手が伸び、お猪口をつかむ。

「更紗、お酌お願いね。」

更紗の細い腕が伸び、徳利をつかむ。

とくとくとくとく・・・・・・・

温泉のお湯でちょうど飲み頃に澗されたお酒が注がれる。

「おっとっと・・・・ありがとう。」

そのお猪口の酒をきゅっと一気にあおる由良。

「由良さん、機嫌良さそうだね。」

「だってゆんちゃん・・・・・リオちゃんを連れてきていますもの・・・・・」

あっちゃぁ・・・・・・
思わず頭を抱えるゆんだった。

ちなみに、リオに由良が手を伸ばさないよう、更紗がしっかりと目を光らせていた。
勿論、それはゆんが更紗に頼んだのである。

「ああん、リオくぅ〜ん・・・・」

とほろ酔いの由良が飛びかかろうとするが、

「はいはい。由良お姉ちゃんそこまでですよ。ゆんちゃんに、
リオ君の警護を頼まれてますからね。」

さっと更紗がリオをかばって移動する。

ふにぃ・・・・・・

わずかに膨らんだ胸と密着した、リオの顔がほんのりと赤くなる。

「・・・・もうりおくんったら・・・・・あたしという恋人がいながら
何でそんなにでれでれしてるのよっ!!!!」

ざばざばとお湯の中を更紗とリオの元に向けて進み行くゆん。

「ゆ・・・・ゆんちゃん・・・・!!」
「ゆ・・・・ゆんさん・・・・・・?」

セリーシャと更紗の二つの声が同時にハモる

「更紗ちゃんよりあたしのほうがいいでしょぉ!!!!」

むぎゅうっ!!!

リオを更紗から取り戻すと、全ての愛情を込めて抱きしめる。
ほんのりとした林檎の甘酸っぱい(石鹸の)香りと、
更紗以上の柔らかい感触がリオの思考を襲った。
純真無垢の男の子としてはこのような事態は耐えられないものだ。

そしてリオはへなへなとお湯の中へと轟沈していった。真っ赤になって・・・・・

「ゆんちゃん・・・・・・・・・・・・・」

呆然とするセリーシャと更紗だった。

あわててゆんがリオを建物の中へと運び込む。
誰もいない男子脱衣室の縁台にそっと寝かせた。

「ご・・・・・ごめん・・・・・・・・」


                       ★   ★   ★

ばっしゃぁつ・・・・・

お湯が勢いよく頭上から注がれる。
泡がさっとお湯に溶けて消えていく。
ほんのりと甘酸っぱい青りんごの香りが漂う。

「ゆんちゃんの髪ってさらさらしていらっしゃるんですね。」

「そんなことないよ?」

故郷エインデベルの有名な化粧品メーカー、
フローラル・ファーム社の人気シリーズ、『ピュアフルーティ』。
ゆんが使っているのはそれの個人特注品「スプラッシュ・ユーン」である。
ゆんが個人的に好きなりんご系をメインに、ラベンダーをほのかにブレンドした
ものだ。色は澄んだ黄緑色である。

「成る程ね、ゆんちゃんもピュアフルーティ愛用者だったんですね・・・・
あ・・・ゆんちゃん、タオルドライ済ませたら、お湯お願いしますね。」

セリーシャが手に取ったのは、ゆん同様ピュア・フルーティの小瓶。
ラベルには「シェリッシュ・チェル」と記されている澄んだピンクのシャンプーである。

しゅわしゅわしゅわ・・・・・
しなやかなセリーシャの髪が淡いピンクの泡に包まれる。

ちなみにセリーシャをイメージしてブレンドされた「シェリッシュ・チェル」は、桃の香りをメインに、
ちょっぴりミントを加えた、甘くてすっとした香りが特徴的だ。

「セリーシャのも結構いい香りだよ?甘い中にもすっきりする香りだよ・・・・」

桶になみなみと温泉の湯を汲んでゆんが戻ってくる。
その後ろから更紗がやってきた。
メロディはと言うと、お湯の中、由良の周りをばしゃばしゃと泳ぎ回っていた。

「あ、更紗ちゃんっ・・・・」

「ゆんさんの・・・・髪。甘くていい匂いですね。」

ゆんは更紗の視線が、自分のシャンプー類に向いているのに気が付く。

「寮に戻ればまだたくさんあるからさ、更紗ちゃんも使ってみたら?
ま、気に入ったらあたしがお願いしてあげるよ?」

スプラッシュ・ユーンのシャンプーボトルを更紗に差し出しながらゆんが微笑んだ。


                       ★   ★   ★


甘いフルーツの香りと色とりどりの泡が、春の露天風呂にたちこめる。

「へぇ・・・・・更紗ちゃんってシープクレストに向かう途中に、ブルーフェザーに助けられたんだ。」

「ええ。そして由良お姉さまに引き取られるまでは、酒場のおかみさんにお世話になりました・・・。」

ざばぁ・・・・・・・・

お湯が注がれて、更紗の金色の髪が泡の下から現れた。
甘い青りんごの香りが再び洗い場にたちこめる。

「へぇ・・・・・・・・」

「でも、ブルーフェザーの皆さんと一緒にこの街に来れてよかったなって、そう思います。
だって・・・・・由良お姉さまに出会えたのだから。同じ種族の・・・・・・。」

「だけど、ライシアン狩りにはさらに狙われやすくなってしまいましたわね。二人も同じ場所にいるのですからね。」

エンフィールド・・・・マリエーナ王国ではライシアンは希少種族であり、絶滅危惧種に指定されている。
それゆえ、その美しい毛は珍重され、ライシアン狩りが横行するのである。
由良でさえ、過去ライシアン狩りに襲われた経験を持つ。幻想のとっさの活躍によってそれは防がれたのだ。
 そんな事もあり、由良の家及び橘温泉には防犯警備装置が取り付けられ、自警団第3部隊・・・・幻想ら・・・によって
四六時中護られているのである。

「幻想さんやジョートショップの皆さんが頻繁に出入りしてくれているので大丈夫ですよ・・・・」

「そうだよね・・・・・・あれでも由良さんはエンフィールドの顔のような存在だもんね。」

タオルを更紗に差し出してゆんが言う。

「この街には・・・・シープクレストにない、ぐっとくる暖かさがいっぱい、いっぱいありますから・・・・」

ぴんと立った耳を拭きあげて更紗が笑った。


                       ★   ★   ★


「んもぉ・・・・・ゆんお姉ちゃんったらぁ・・・・・」

顔を真っ赤にしたリオが気づいたのはその後だった。

「好きよ好きよもここまで過激では・・・・・ねぇ」

ふくれっ面でゆんに突っかかるリオを見て、セリーシャが思わず笑う。

「でも、由良お姉さまにべったりとくっつかれるよりはマシだと思いますよ。」

更紗も笑う。

「そ・・・・・そう?」

慌ててリオが振り上げた手を降ろす。

「んん〜・・・・・誰か呼んだぁ?」

その後ろでべろべろに酔った由良がぐったりと縁石に腕を伸ばして、片手はお銚子を振り上げながら叫ぶ。

そんな由良を見てくすくす笑い出す少女3人とリオだった。


                       ★   ★   ★

翌日。
更紗とセリーシャがゆんの部屋にやってきた。
更紗のために特注のピュア・フルーティを贈ろうということでセリーシャと同意した為である。

「にしても便利になったよね。パソコンネットワークで受注できるなんて。」

かたかたとキーを叩くゆん。

「今までは、お父様にお願いしていたのに。」

「マリエーナにもインターネットワーク網が徐々に広がっていると言うことですわね。」

ちなみにシープクレストのある南方の大陸では高度な情報インフラ網が既に整備されていて、
情報サービスもかなりの量、提供されているのだ。

「テレビ電話システムですからね・・・・・担当の人に直接お願いが可能ですもの。」

液晶モニタの上に、クリップ式の小型カメラを取り付けるセリーシャ。

ゆんの指がキーボードの上を軽快に舞う。

クリックすると、液晶の窓に、上お得意様専用ホットラインの窓がさらに開いた。

『フローラルファーム社、営業部でございます。』

「フィスター商会会長のセリーシャです。」
「春河財閥のゆんです。いつもお世話になっています。」

『春河様のゆんお嬢様に・・・・・フィスター様のセリーシャお嬢様ですね。
いつもお引き立ていただき、ありがとうございます。
ゆんお嬢様は・・・・エインデベルを離れてもう2年でございますか・・・・
最後にお会いした時より随分可愛くなられましたね・・・・・』

「ロインさんが応対してくれて嬉しいです。実は、友達に、ピュアフルーティを贈りたいんです。
彼女の為の特注で何とかならないかとお願いしたいのですが・・・・可能かなぁ・・・・?」

「わたくしからもお願い申し上げます。代金はフィスター商会がお支払いいたしますから・・・・」

セリーシャの財力とゆんのコネによってそれは実現する。

ゆんの家はエインデベル有数の名門であり、マリエーナ北部の総合商社である。
その規模は、マリエーナ南部の総合商社、フィスター商会並であった。

エインデベルの企業にとって、春河家は最上位のお得意様なのである。

『ゆんお嬢様のお願いと有れば、ロイン責任の元、喜んでお作りさせてもらいます。
そのかわり・・・・・一度当社にいらしてもらえませんか、お友達と。』

そして3人は営業最高主任のロイン氏と数々の簡単な打ち合わせをした。
小瓶に詰められたオーダーメイドの石けんは、ゆんとセリーシャからの歓迎の証として、
更紗の心に刻まれる事になるだろう。

ゆんは今度の休日に訪れることを約束し、テレビ電話を切った。


更紗はエンフィールドに来て間もないけれど、街にしっかりととけ込んでいる。
明るくて、きさくな性格は、街の人気者と言ってもおかしくない。

数週間後・・・・・。

ゆんたちと橘温泉にやってきた更紗。
入浴道具の詰まったバスケットの中に、新しく3つの小瓶が加わっていた。
オレンジの甘酸っぱい香りに、ほのかに広がる白檀というブレンドの香りは
そんな更紗の性格に合ったものだった。

透明なオレンジ色の石けんが詰められた小瓶に貼られたラベル。
それには、

「Windy Tale Sara」

と記されていた。

それは甘い香りで結ばれた、少女達の友情のかたちであった。

<おわり>


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