「片鱗」
久遠の月
(MAIL)
悠久幻想曲 龍の戦史 第5幕 片鱗
目の前にある唯一つの存在。
生物でも在り、無生物でも在り、またどちらでもない存在。
人によってその存在が知覚されるのはおそらく「概念」。
すべての存在を造った者であり、またすべての存在を破壊する者でもある。
その存在はすべての法則、事象を司る。
それはすべての者に恐怖、あるいは畏怖の念を潜在的に植え付けている。
本来ならこんなことは起こらないし、また起こるべきでもない。
自分に対峙し、武器をむける者など。
向けたところでなにも変わらないはずだ。
もし変わるならそれは絶望というものだ。
剣より閃光が走る。
自分の存在が薄れる。それをどうしようもなく感じていた。
消される者。
消す者。
前者を「神」。あるいはシステム。後者を「神威」。すでに「神殺し」といった・・・。
意識がどうしようもなく鋭くなっていた。目の前の相手に意識を向ける・・。
拳を構え、こちらの出方を覗っている。戦士として名の知れた人物・・。
自分の力量を見ようとしているのだろう。油断なくこちらに意識を向けている。
(手、抜くか?あとで楽できそーだし)
自分の考えに内心笑いそうになる。
(それじゃ訓練にならないな)
「いくよ!」
相手が手を出してきた。そちらに意識を向けながらも、まだ対処方法までは考え付いてはいなかった。
鋭い左フック!とりあえず後ろに跳びながらガードする。右のストレート。一般人なら何が起こってるか判らない代物を半身だけ動いて避けながらもまだ考えている。
(痛いのは極力避けたいなら、怪我しないように一撃で決めるか!)
右の中段蹴りを受けながら、一歩前へ出る。懐へ入り相手の腹筋あたりに拳を押し当てる。相手の左肘が落ちてくる。落ちてくる前に全身のばねを使って相手を拳で押した。
肘はあたらなかった・・。下りたときには相手は8メートルも吹き飛ばされ、空を眺めてるのだから当たるはずもなかった・・。
大の字になって空を眺めながら、傍らのヒビキに尋ねる。
「何だったんだい、今のは?」
「寸打。超近接戦での切り札ってところかな?」
リサはどんな技か気になっていた。
「どんな技なんだい?その寸打って技は」
「相手に拳を当てて、全身のばねを使って押すんだ。相手が身を引けばそれに拳をあわせてふっ飛ばして、押し返してきたときには肋骨の二本や三本軽くもってけるよ」
「へえ」
「もっともかなりタイミング難しい。そんなもんに頼るぐらいなら武器の鍛錬したほうがまし」
ヒビキは淡々と言う。普段ののほほんとした印象はかけらもない・・。リサはそのことに驚愕したが、人生経験豊富な彼女はそのことを口にはしなかった。
(坊やだって人に触れて欲しくないことの一つや二つあるだろ)
「じゃ、また今度付き合ってもらうからね」
「気が向いたらね」
そう苦笑した表情は彼女達がよく知ったものだった・・・。
〜その日のジョートショップ〜
「リサは正門で番兵。メロディとピートはペットの捕獲。雑貨店に行ってくれ。アレフ、エル、シーラ、シェリルは俺と一緒に薬草の採取。」
「マリアは?」
「おまえは学校の宿題が終わってるのか?情報が確かなら昨日宿題を忘れてお説教をされたそうだけど?」
「あうう〜」
「というわけで今日のところはお休み。お勉強しっかり頑張れな」
「ぶぅ〜。わかったわよ」
「いい機会だから言っとくけど、無理な状況なら休んだってかまわないんだ。もともとお手伝いなんだから、それで気に病むことはないよ。ま、そういうわけで今日も頑張っていきましょう」
マリアが出て行くの見届けると、奥からトリーシャが出てきた。
「ヒビキさん」
「ん?」
「マリアのこと気遣ってくれてありがとう」
「いや。手伝ってもらってるんだから俺にだって責任はあるさ。感謝する必要はないよ」
「あと、ボクも一緒に連れてってくれないかな、お仕事?」
そう上目使いに聞いてくる。
「暇なら別に構わないよ。さっきマリアに言った手前、宿題に問題はないんだろうな?」
「平気だよ」
「じゃ、行こうか」
「おまえらに採ってきて貰いたいのはメトークスと呼ばれる薬草だ。誰とは言わんが盛大に薬を台無しにしてくれたのでな、急遽必要となったわけだ」
「あうう〜。先生ごめんなさい〜」
後ろでうめくような声はディアーナの声だろうか?トーヤは半眼だし、右のこめかみに血管が浮き出てるし、言葉のとおり本当に盛大に失敗したのだろう。
「そ、それでどれだけ採ってくればいいんだ?」
一同を代表してエルが怯えながら聞く。シーラとトリーシャなどは固まっている・・。
「とりあえず採れるだけ採ってきてくれ。それとヒビキ」
「なんだ?」
「追加の依頼、いいか?」
「今日中にか?」
「ああ。終わったらでいい」
「内容は?」
「壁の修理だ」
クラウド医院の壁に人一人通れるかどうかの穴ができていた・・・。
トーヤの凶眼から抜け出した一行は山を登っていた。
「なあエル。メトークスってのはどこに生えてるんだ?」
「たぶん沢の近くに生えてたはずだ」
アレフの質問にエルが言葉を返す。
「・・あのヒビキさん。メトークスっていうのはどんな薬草なんですか?」
「そうだな。皆にはあんまり馴染みないなー。もしかしたら知らない間にトリーシャあたりは使ってるかもしれないよ?」
「え?ボク?」
「そ。リカルドさんの食事に入れたりしない?夜鳴鳥雑貨店で売ってる、体力増強の粉末」
「あっ。あれがそうなんだー」
「よく知ってるじゃないか」
「エルに誉められるほどじゃないよ」
「それでどんな外見なの?」
「いいところに目をつけたな、シーラ。それ知らなきゃ探しようがないもんな。メトークスはこの時期小さな紫色の花をつけてるはずだ。沢の近くには他にそんな植物はないはずだからすぐ見つかるよ」
言い終わったところでヒビキが急に立ち止まる。真後ろにいたシーラは当然ヒビキの急停止に対処できるはずがなく、180センチ程度の彼の背中に顔を埋めることになる。
「ど、どうしたのヒビキ君?」
「なんかあったのか?ヒビキ」
シーラとアレフはさすがに聞いてくる。
「この中で魔物に恨み買ったような奴、いる?」
そう見回しながら聞く。
シェリルとトリーシャは首をぶんぶんと振って否定し、他の3人は視線で否定している。
「となると、俺か?」
「魔物がいるんですか?」
「気配でわかる。」
「テリトリーに入っちまったんじゃないか?」
「多分違うぞアレフ。にしちゃ、ちょっと数が多すぎ。三十匹もいやがるしな」
「「「「30!?」」」」
5人が半ば絶望的にいう。ヒビキはまだ平然としているが。
「囲まれてるから闘うのも疲れるし、説得してみるか。シェリル、トリーシャ全体にかかる防御魔法使っといて」
そういうとすたすたと先に行く。しばらく行くと魔物達が姿を現し始めた。ひときわ大きなオーガーの前に行くと知人に話すように軽くヒビキは話し始めた。
「この先に行きたいんだけど通してもらえないか?お前さんのテリトリーを侵しに来たんじゃないし、危害も加えない」
「「どうゆう神経してんだアイツ!?」」
アレフとエルの声が重なった。シェリルとシーラは今にも倒れそうだ。トリーシャはおろおろとしてる。四人の共通の思いはヒビキの正気の沙汰とは思えない行動と、彼に対する心配だった・・・。
オーガーの巨大な手が振り下ろされる前にヒビキは後方に飛びのいた。一瞬遅れてさっきまで自分のいた位置を腕が通過する。
「交渉決裂・・。」
とりあえず連れを守るために彼らのところに舞い戻る。
「どうするんだ、ヒビキ!?」
「とりあえずエルは平気だよな?トリーシャに援護してもらって近づく奴相手にしてくれ。シェリルは結界維持。アレフとシーラは結界の中心にいてくれ。へたに前に出ると危ない」
「いくらなんでもそれだけじゃ持ちこたえるだけで精一杯だぞ!?」
「持ち堪えるだけでいいんだ。俺が片付けるから」
そういうと単身魔物の中に飛び込んでいった。
「「「「「ヒビキ(君)(さん)!」」」」」
一閃の光が走り、魔物の半数ぐらいを吹き飛ばした。
「なっ!!」
エルは思わず目を疑った。彼は殺さない程度に、ただし戦闘不能になるほどのダメージを
見極めて威力を押さえたのを本能的に感じたからだ。他の四人は目の前で起こった事態に呆然としている。
その間にもヒビキの行動は続いていた。風のような速さで目の前にいる大ぐもを蹴り飛ばし、野犬を殴りつけている。彼を捉えることができるものはいなかった。そして二分後には最初のオーガーしか立っていなかった・・。
「どうする?逃げるか、闘うかだ」
5人はこの一方的な状況に唖然としている。それに加えてもう一匹・・。
ヒビキの言葉に触発されたのか、オーガーが突っ込んできた。
右の爪が走り、ヒビキの頭部に向かって振り下ろされる。が、ヒビキの姿はそこにはない。一瞬で懐に入り拳を腹部に当てている。朝のリサとの訓練のようだ。決定的に違うのは、彼の腕には「気」と呼ばれる力がこめられていたこと・・。彼は衝撃に変えず、ただの方向性だけを示し、力を解放した・・。
「虎撃!」
オーガーが木々を薙ぎ倒しながら見えなくなるまで吹き飛ぶのにさして時間はかからなかった。
魔物との戦闘の後は特に問題なく仕事ができ、現在はクラウド医院にいる。
「すまなかったな。壁の修理まで頼んで」
「依頼でしょ?やりますよ」
「危険だったそうじゃないか」
「そうですね。危ないのが判ってたら皆を連れてきませんよ」
そういって嘆息する。壁の向こうに見える空の色は茜いろになっていた・・・。
その日もエンフィールドはおおよそ平和だった。
追記 実力のなさを痛感したアレフとシーラがヒビキに武術の訓練を頼んだのだった。
〜あとがき〜
戦闘シーンがもっと派手にしたいよーー。大規模破壊起こしての市街戦とか。
次回は多分、オリキャラが出てきます。果たしてその人物の目的とは?そしてヒビキの過去が語られる!?
次回〜望まれぬ再会〜を皆で見よう(笑)