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「ただ彼女のために」 久遠の月  (MAIL)
   悠久幻想曲    龍の戦史   第9幕   ただ彼女のために

街中を走る少女がいた。エンフィールドの住民は彼女のそういった姿を何度も見ているせいか、さして驚きもせずにいた。一歩一歩進むごとに上下に揺れるリボンもどこか微笑ましく感じてしまう。目標の場所に着いたのかスピードを心なしか弛め、ドアに手をかけカウベルの音と供に室内に入る。
「大変大っ!」
不自然に言葉が途切れる・・・。それはそうだろう。走って入ってきた少女、トリーシャは外へ出ようとしていたヒビキの腕の中に飛び込み、さらに彼の胸に顔を埋めるようにしていたのだから・・・。
「ヒ、ヒビキさん・・・」
彼女の顔は完全に上気しているのであった。まあ当然といえば当然である。何しろ彼女の想い人にまるで抱きしめられるようにしているのだから。あいにくこの場には幸か不幸か彼ら二人をからかって楽しむような人物の姿はない。彼女自身は偶然手にした心地よい場所を手放すつもりはない。アリサは彼女の気持ちを知ってかしらずかにこやかに笑っていて止める気配はない。テディはもしからかったらどうなるかよく分っているようで沈黙している。いつもならたいてい誰かいるはずのジョートショップには他に誰もいなかった。
「トリーシャ。前方不注意は危ないよ?」
「う、うん・・・」
だが真っ赤になっている彼女と対照的に彼女の想い人は冷静にこちらを心配している。
この状況で!自身の腕で抱きとめた少女の柔らかい感触を感じても!接近し過ぎていても!彼の冷静さ、いやこの場合は鈍感さだがともかくそれもあいまってこちらの気持ちは汲み取れないようだった。もし心の機微というやつを感じられるようだったなら、自称エンフィールド一のナンパ師ことアレフ・コールソン以上の成果を上げていたことだろう・・。
 固まっているトリーシャと困った顔をしているヒビキを見てアリサが助け舟を出す。
「それで、何が大変なの?」
その声に弾かれたようにトリーシャがヒビキの腕の中から脱する。
「そそそそうだった!アリサさんの目が治るかもしれないんだ」
そのセリフは本日のイベントの始まりを意味していた・・・・。


〜同日さくら亭にて〜
「というわけで、これから天窓の洞窟と呼ばれる場所に行きましょう!ま、ちょっとした遠足みたいなもんかな?とりあえず希望者だけ手、上げて」
まるで多数決を取るような様子で言うヒビキにほぼ全員が手を上げた。
「パティ!今すぐ弁当の準備はできる?」
ヒビキに感化されたのか、エルもかなり乗り気である。
「そりゃ、できるけど・・・」
「じゃ、できるだけ多くね」
それにリサが続く。顔は完璧に笑っている。
「パティちゃんはこないの?」
そう聞くシーラの疑問はもっともである。パティはここにいるメンバーの中で唯一先ほど手を上げていなかった人物だからだ。
「うん。でもね〜」
彼女には珍しくはっきりしない。
「行ってきたらどうだ?そう働き詰ではよくないだろう・・」
「ナイスだ、マスター!」
アレフの歓声のとおり、パティを促したのはさくら亭の店主であり、彼女の実の父である人物のものであった。
「でも、あたし最近ただでさえお店休んじゃってるし。」
「偶の休日だ。好きなように過ごしなさい・・・」
その様子は普段無愛想な表情とは別に、包み込むような優しさを感じさせる父の表情であり、彼女に決断させるのに十分といえた・・。

パティの変わりに、いまださくら亭を住処とする暇人3人が手伝うことになったのは言うまでもない事だ・・・・。


「は〜。空気が美味しいね〜」
くつろぎきったヒビキの言葉が森の中に響く。
「街の外に出る機会は少ないからな」
そんなアレフの言葉が返ってくると、
「でも気持ちいいですね」
シェリルも相槌をうっている。ふとパティの方を見ると食べられる果物を持参の袋に詰めている。たくましい商魂に半ば畏敬の念が絶えない。ついでに余分な事を考えてしまう。
(こいつを嫁にするやつは尻にしかれるだろうな・・・・)と。鈍感なやつは気付かない・・。それを口にした瞬間に、確実に鉄拳による制裁が加えられるだろうことに・・。
「それにしても・・。おい。トリーシャ?」
「ナニ?」
エルとおしゃべりしていたトリーシャがこちらに顔を向けてきょとんとしている。
「俺たちのほかに誰か目的地に向かったのか?」
「もしかしたら、アルベルトさんが行ってるかも・・」
「あの、猪がか・・・」
ヒビキの一言にアレフとエルが同時にこめかみを押さえている。
大方、アリサさんのためであるだろうが。そしてそれは真実の的のど真ん中を射ている。
「ま、いーや。とりあえず俺らも行ってみれば。邪魔される事もないだろうし」
だがそれは甘い。彼の言う猪は、アリサが絡むと性格が豹変する事をいまだに知らない。
そこに色恋が関わっていることすら気付いていない彼に解かろうとすることを要求する事が過酷なのだろうか・・・。
 そしてこの先に待ち構えている、困難の兆候に気づいているものはいまだにいない・・・。その証拠にいまだにヒビキは遠足気分を持続させているのだから。


「で、何のようですか?」
襲撃者に対する尋問としては軽すぎる。それは誰もが思ったことだろう。特に10人からなる襲撃者たちを魔法の一撃で無力化した者ならなおのことだ。パティとリサは凍りついたように動かない。リサは武術の腕は知っていたが魔法をここまでの使い手だと知らなかったし、パティはそもそも英雄と呼ばれるくらいだから武術に優れているのだろうとの先入観が有った故にだ。
「わ、私達はただ単に宝探しをしに来ただけでございます!」
必死になって意図をこちらに伝えている。当然である。自分達の命に関わることであるからだ。ここにきてようやく自分達が襲った相手が何なのか悟ったようだ。
「宝探し、ね。まあいいけど、何で襲ってきた?」
幾分殺気を交えて聞くと、簡単にしゃべってくれた。怯えて、というのが正しいかもしれない・・・・。
「さ、先を越されないため・・・」
後半はほとんど聞き取れない・・・。ともかく納得した。
「そ。俺達は茸狩りにきたんだ。だから邪魔さえしなければどうもしない。好きに探してくれ・・・。」
そう言うとあっさり解放した。


洞窟は意外に広かった。といっても大柄の成人男性が三人ぐらい同時に通れるといったぐらいであったが。壁には苔やらなにやらがいろいろ付着している・・。
「気をつけて歩かないとこけるぞ」
言ったとたん悲鳴と一緒に倒れこむシェリルを支える。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい」
その口調はいささか無愛想に感じる。
「さ、行こうか」
リサを先頭に一行は奥を目指す・・・・。


そのころ最深部では一体の魔物に苦戦する自警団の団員達の姿があった。
「くらえ!」
もう何度この手に持つハルバートがヤツを貫いただろうか。動き自体は鈍重といって良い。それでも目の前の敵は確かに血を流してはいるがいまだ倒れる様子はない。
(すべてアリサさんのためだ!)
絶望が彼を覆い始める中、アリサの笑顔だけがアルベルトの中の希望といって良い。あの笑顔のためなら自分の命も惜しくはない・・。そしてもう一度突進する。実に不器用な人間である・・・。


一方ヒビキ達一行は死闘を繰り広げている自警団員を他所にいまだに遠足気分であった。
エル、リサを除く女性達は洞窟内の湖のところで水を汲んでいる。先ほどまで、
「綺麗ねー」
「気持ち良さそー」
「料理が美味しくできそう」
などと好き放題言っていたのだ。
アレフなどは微笑ましそうに遠くから彼女達を眺めていたのだ。普段見られない一面が見られて良かったらしい。
「酒、美味いかな?」
未成年のヒビキの爆弾発言にリサとエルは固まっていた・・。

「よっと」
飛ぶようなというのが正しいだろう。あっさり段差のある湖の淵に着地を決めると滑る地面にも構わずに走って行く。
「さ、そろそろ行こうか?」
促されるとアレフ達のところに戻って行く。当然、全員水筒の中にここの湖の水を詰めている。一応ヒビキは飲んでみて毒性がないか確かめる。周りには得ている花や苔などからとっくに危険性がない事は判りきっていたのだが、万が一である。味を確認すると自身も水筒に水を詰めて仲間たちのところに戻った。


しばらく歩くと戦闘のものらしき音が聞こえる。
「戦闘だね〜。アルベルト達かな?」
この後に及んでヒビキはいまだ遠足気分である。
「と、とりあえず援護に行くよ!」
「ま、しゃーないな」
などと言いながら全員自警団員を助けるべく奥に向かって走り出した。若干1名がたどり着くまでに転んだが誰とは言うまい・・・。


そこはかなり広かった。劇場のホールくらいではないだろうか?そこには主役級のアルベルトが血を流して唯一人立ち、他の自警団員は地面に突っ伏している。対する怪物は体に二本の剣が刺さったままアルベルトと相対している。二人には天窓の洞窟の由来たる天窓からの光を存分に浴び、舞台さながらの情景だった。
 目の前の怪物の意識がこちら側に向けられたのを感じた。
「お、おでは洞窟の番人・・・」
「あっそ。それにしても綺麗だなー。フォート持ってくるべきだったか?」
自称番人のセリフをあっさり切り捨て、光に見入るヒビキ。リサやエルまでそうしているのだからアレフ、シーラ、シェリル、パティについては言うまでもない・・・。
ヒビキの暢気さはうつるらしい・・・。
「た、頼むから聞いてくれ・・・」
番人らしきものの言葉も先ほどまでの妙な言葉づかいから標準的なものに代わっている。
「や」
一言・・。一言である。
アルベルトはバカらしくなったのか、端により甲冑をはずして傷の手当てを始めている。
ヒビキたちは相変わらず光りを。見ている
事態は硬化した。


一頻り堪能したのか、視線を番人に戻すと完璧に硬化していた。実に人間臭い魔物だ。一通りの冗談には反応できるようだとヒビキは判断した。まったくの誤解だが。
「何のようですか?」
不憫に思ったのかシーラが声をかけた。実際不憫だ。
「ふふふ。痛い目を見たくなければ直ちにこの洞窟より立ち去れ!」
声をかけられたのが嬉しかったのか、必要以上に凄んで見せた。だがヒビキの一言により再び時は凍る。
「や」
今度の沈黙は簡単に壊せそうになかった・・・・。


今度の沈黙を崩したのは他でもないヒビキ自身であった。単におなかが減った時に鳴る生理的な音によるものだが。鳴った瞬間は更に沈黙が深くなった。が、昼飯持参という事もあり、この後の行動は速かった。自称番人を渾身の右ストレートで撃退するまでの時間は
静寂を破ってからわずか3秒の事だった・・・。

「さ、お昼にしようか」
アルベルトにとって自称番人とは死闘を繰り広げた仲である。彼が哀れでならなかった。その事に着眼していたためヒビキの強さには気付かなかったようだ。
洞窟を抜けて草木の生えたところににつくと早速シートを轢きはじめた。彼の楽しみはパティ、トリーシャ共同作成のお弁当らしい。そんなところに先ほどの番人が近づいてくる。歩みを進めるたびだんだんと姿が変わり、割と大柄の身長に青の混ざった銀髪に浅黒い肌、黒色革らしき拘束衣、妙な眼帯をした青年に変化する。
「さすがにやるな・・・」
先ほどまでの情けなさは吹き飛び、落ち着いた声音だ。だが誰も聞いていなかった。目の前のおかず争奪戦に比べれば大した問題ではないからだ。ヒビキとアレフとリサ、なぜかアルベルトも混ざっている。他はそれを見て唖然としている。あまり機会がないのだから当然といえば当然だが、どことなく嬉しそうな二人に、今度練習してみようと思っている二人。気付かなくて当然である。
「おい、無視するんじゃねー」
障害とその青年を見たのか、ヒビキはおにぎりを二つ掴むと必死に気付いてもらおうとしている青年の口に二つを強引に押し込み、再び争いに加わる。
「ッ!」
かなり危険な荒業である。よいこはまねしないように。


すべて食い終わったヒビキ達が見たのは顔色を悪くした青年であった。
「あんた誰?」
先ほど殺しかけた人物にあんまりといえばあんまりな言葉をかけるヒビキ。怒りもせず答える青年も大した人物である。
「俺はシャドウ・ダークネス」
「で、食後の気持ち良い時間に声かけてくる用事は何?」
食後のひとときを邪魔されたパティの声は辛辣である。
「顔見せだ」
「じゃ今すぐ帰ってくれ」
更にひどいアレフの言葉・・・。
「しょうがねーな」
素直に踵を返すところを見ると素直なのだろうか?
「神龍のないお前と戦ってもつまらん」
そう言い残し消え去った。
「なんだったんだろ?」
そう呟くトリーシャに答えるものは無かった。
ヒビキは神龍の名が出た瞬間に表情を引き締めたままだった。



「とうちゃーく!」
「ただいま帰りました」
あの後に目薬茸を採ってきた一行の帰還である。
「あったか?」
トーヤの質問に品を出す事で答える。
「それと天窓の洞窟にあった水は汲んできたか?」
「水?確か皆汲んでたような・・・」
アレフが答える。
「トリーシャは最後まで聞かずに飛び出してしまったので少々心配だったのだが流石だな」
「あ、あはははは・・・」
トーヤの一言に乾いた笑いを浮かべるトリーシャ。
「薬は?」
「直にできる。さてできた。さ、どうぞアリサさん」
「はい・・」
正直アリサは少し怖かったのだが、期待と彼らの努力がそれを後押ししていた。
薬に口をつけ少しずつ飲み干していく。
「どうッスか?」
「残念。何も変わらないわ」
といつもの調子で答える。実際は安堵と失望が胸に残っているのだがそれを表に出さなかったのだ。
「他に何か方法を考えてみましょう」
ヒビキの前向きな意見。
「いつかよくなると良いッスね」
テディの気遣い。
アリサはこんなに思ってくれているだけで嬉しかった。だからいうのだ。
「ありがとう、二人とも。でも私は目が不自由と思ったこともないし、不幸と思ったことも無いわ。こんなに私のこと思ってくれている子達がいるんですもの」
その際浮かべた微笑には慈愛の色がはっきり見て取れた。そんな笑顔を守って行こうと誓いを新たにするヒビキがいた。自分はこれからもヒビキでいられるかという疑問を胸に抱えながら・・・・。






〜あとがき〜
イヤーお待たせしました。久遠の月です。実名で無いのであしからず。ようやく書きました。まとまった時間が無くてね。時間かけて書くとテンションが違うから違ったノリになったりして、文がまるっきり変わっちゃうんだよな〜。ともかく良かった(何が?)
いや〜また謎の単語が出てきます。何だろ神龍って?

じゃ、次回まで。書いて欲しい人はメール下さいね・・・


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