中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「出会いと始まり1」 なぎ
(はあ・・・・はあ・・・・はあ・・・・。)
やれやれ、あのオッサンたち、まだ追ってくるのか。こんないたいけな子供をよってたか
って苛めて何が楽しいんだろ?
僕は何度も後ろを振り返る。姿こそ見えないが複数の人間が追ってくる気配がある。全く
殺気を隠そうとしない。おそらく追われている事を僕に強く認識させ、不安を増大させる
つもりなのだろうが。
「わあっ!?」
 不意に僕は何かに足を取られて無様に倒れこんだ。
「いたたたた…。」
抜き身のまま左手に握っていた剣を支えにして、僕はなんとか立ちあがった。だけど、直
ぐに身体のバランスを失い、傍にあった大木によりかかってしまう。
傷が熱を持ってじくじくと疼く。連中、やっぱり武器に毒を仕込んでいたみたいだ。身体
が言う事を利かない。やれやれ…。これは本格的にまずいなぁ…。
僕は荒い息をつきながら空を見上げる。生い茂る木の枝に隠されて空は殆ど見ない。どう
やら既に陽は落ち始めているようだ。ヤツらの時間が来てしまっている。
「これ以上逃げるのはムリかな。覚悟を決めるしかない、か…。」
僕は立ちあがり、背後の空間に向かって剣を構えた。



一人の少年が荒い息をつきながら、黄昏時の薄暗い森をさ迷い歩いていた。
年のころは、見た目だけで判断するなら、14、5。まだほんの子供だ。
一目見ただけでは性別の判断に困るような整った―綺麗というより可愛い―顔立ちをして
いる。
だが、それよりも驚くべきは、色の違う瞳だった。
燃えるような炎を思わせる紅い左の瞳と、深海の底を思わせる深い蒼い右の瞳。
整った容姿と、その神秘的な双眸に、街角ですれ違えば男も女も思わず振りかえってしま
うだろう。
旅人か冒険者らしく、鞣革と麻布で作られた、素だが耐久性に優れた服を身に着けている
が、衣服は所々が破れ身体中のあちこちに血がにじみ出ていた。
おそらく左利きなのだろう。淡い青白い光を放つ不思議な剣を左手に持っている。
その剣で自分の進路に邪魔な草や蔦を切り払い、歩きつづける。
手足の感覚はすでに無く、自分が本当に歩いているのかどうかも分からない程に、少年は
疲労していた。
「わあっ!?」
木の根にでも足を取られたのか、少年は不意に倒れこんだ。
「いたたたた…。」
少年は抜き身のまま握っていた剣を支えにして立ちあがると、近くの大木によりかかり、
荒い呼吸を整えながら、自分の歩いてきた方向を見やった。
(やれやれ…これは本格的にまずいなぁ…。)
自分の歩いてきた方向から、何者かの気配が迫ってくる。1人や2人ではない。
10人は超えるだろう。そのどの気配も少年に対する殺意に満ちていた。
(これ以上逃げるのはムリかな…。)
ぼんやりとそんなことを考えながら、のろのろと立ちあがる。
何度か深呼吸をし、呼吸の乱れを落ち着ける。
そうしている間にも少年に迫る殺気は数と濃度を増していき、数刻後には、少年は追跡者
と思われる黒装束の男たちに完全に包囲されていた。
彼らの姿は、夜の闇にまぎれ、その出で立ちのせいもあって、視覚で確認することは出来
ない。
気配で包囲されていることを認識した少年は、頭をかきつつ静かに口を開いた。
「ねぇ。オジサンたち。いい加減にしたら?コイツを手に入れたところで使いこなす事な
 んか出来ないよ?」
少年の、何処となく人を食ったような問いかけに対する答えはなかった。だが、少年に突
き刺さる殺気がより濃密なものになった。一般人なら恐怖のあまり、気絶してしまいそう
な程である。だが、少年の色の違う双眸には怯えや焦燥の影は微塵もない。むしろ、この
危機的状況を楽しむ余裕すらあるようにすら見える。
「じゃ、じゃあさ、この剣、あげるから僕の事は見逃してくれないかな…?ね、お願い!!」
少年は両手を合わせて、男達を上目遣いで見る。
無言で包囲の輪を縮める男たち。少年は慌てて言い募った。
「ね、ねぇ。こ、こんないたいけな子供を…まさか、殺すなんて言わないよね…?」
少年はあとずさろうとしたが、背後にある巨木に退路を塞がれる。
「あ…ひょっとして、おじさんたちの仲間を30人くらい殺しちゃったコトを怒ってる
 の?」
どうやらこの少年はすでに30人前後の敵を倒しているらしい。少なくとも、『いたいけな
子供』にできる所業ではない。
もっとも、その少年自身、さすがに無傷というわけにはいかなかったようで、致命傷はな
いが、無数の裂傷・打撲傷・疲労からくる心身の喪失感、加えて傷口から受けた毒のため、
少年の体力は時間とともに失われていく。とてもこれ以上戦える状態ではない。本来なら
意識を保ち、こうして減らず口を叩いていることすら信じ難いほどだ。
「で、でも、あれは正当防衛だよ?先に仕掛けてきたのはそっちなんだしさ…。あ!!
 そうか!!きっと面子の問題なんだね!僕みたいなか弱い子供に半数以上も仲間を倒さ
 れて引き下がれるわけないよね。そりゃあ、恥ずかしいよね。超一流の暗殺者集団が、
 『たかが子供一人』にしてやられるなんて。そんな事、依頼主サンにバレちゃったら見
 限られちゃうもんね『たかが子供一人』に。」
嘲るように言葉を続ける少年に黒装束たちは激発した。
黒塗りの手裏剣の雨が少年の居る場所に音もなく殺到する。
「わあああああ〜〜〜〜〜。」
緊張感の欠片もないわざとらしい悲鳴を上げつつ、慌てて横に飛ぶ少年。
少年が半瞬ほどいた地点に黒塗りの手裏剣が大量に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待って!!暴力反対!!」
泣きそうな表情で哀願する少年。だが、黒装束たちは攻撃の手を緩めようとしない。
再び無数の手裏剣が少年に襲いかかる。今度は一方からではなく、前後左右全ての方向か
らだ。
逃げ道は上、ジャンプして回避する以外に方法はない。
「うひゃああああああ…・。」
またしても間抜けな悲鳴をあげながら、少年は軽く地面を蹴り跳躍した。馬鹿馬鹿しい
ほどに間の抜けた口調とは裏腹に、少年の動作は機敏だ。
(…かかった!!)
少年が跳躍したのを見、男達はほくそ笑んだ。素早く懐から新たな投具を取り出す。
空中に飛び上がった少年めがけて、三度無数の手裏剣が殺到する。今度は何処へも逃げ場
はない。男たちは少年が蜂の巣になり、絶命するであろう事を確信した…が。
信じられない事が起こった。空中で無防備な態勢のまま、手裏剣の餌食となるはずだった
少年が、突然姿を消したのだ。まるで、最初からそこに居なかったかのように。
黒装束たちの放った手裏剣が、虚しく何もない空間を通りぬけていった。
「な、なんだと…!?」
「ばかな!一体何処に消えた!?」
驚愕し、周囲を見まわす黒装束の男たち。
「こっちだよ。」
突然黒装束の一人の背後から少年の声が聞こえた。
「―――――!!」
背後から聞こえた声に、その男は慌てて振りかえろうとしたが出来なかった。男が背後に
少年の存在を感じた時、既に背中から剣を突き立てられ、絶命していたからだ。男の目に
最後に映ったのは、自分の胸から生えた青白い刀身だった。
少年は無言で男の背中から剣を引き抜く。男の死体は、驚愕の表情のままがっくりと膝を
つき、そのままうつ伏せに倒れ伏した。
「…ねえ、もうやめにしない?お互い、これ以上痛い思いをする事はないと思うんだけ
 ど。」
相変わらずのとぼけた口調で少年は言う。顔には笑みすら浮かんでいる。
「…貴様、今一体なにをした。」
リーダーと思われるボウガンを持った男が油断無く得物を構え言った。
「内緒。」
「…ふん、それも剣の能力か?」
「あのね…。さっきのはコイツの力じゃなくて、僕自身の実力なの。おじさんたちが思っ
 てるほどこの剣は大した能力なんて無いんだよ?」
「信じられんな。貴様のその、我らを遥かに凌駕する戦闘能力はその剣の能力ではないの
 か?」
「だーかーらー!スゴイのは剣じゃなくて、僕自身なの!!そんなに欲しいならあげるか
 らさー、もう帰ってくれない?」
少年は投げやりな口調で妥協案を提案した。
「残念だがそれは出来んな。お前自身が先程口にしたように面子の問題がある。」
「どうしても?」
少年の問いかけには答えず、黒装束たちは話はこれまでとばかりに一斉に得物を構える。
「やれやれ…しょうがないな…。」
少年が改めて剣を構える。黒装束たちが再び攻勢に転じる。
最も少年の近くにいた男3人が、小太刀を構え接近戦を挑んで来た。
「ヒュウウッ!!」
対する少年は、鋭い呼気と共に裂帛の気合を込めて剣を横薙ぎに振り抜く。
「破ァッ!!!」
鋭い剣圧によって生み出された鎌鼬が仕掛けてきた3人の男たちに向けて打ち出される。
それに気付いた男たちは、寸前で思い思いの方向に跳び、回避しようとする。
だが、3人の中で少年に最も接近していた、先頭の男は一瞬遅かった。
どさり。という音と共に、何かが地面に落ちる。
人間の腕だった。
その腕の持ち主は、肘から先のなくなった自分の腕を見、驚愕のためか、あるいは苦痛の
ためか、目を限界まで見開く。
「き、き、き、貴様ぁぁぁぁ!!」
狂ったように絶叫する男に、少年は瞬く間に肉薄すると一刀のもとに切り伏せ、返す刃で
先程回避した男たちに向け、再び鎌鼬を放った。
「あがっ!!」「ぐおっ!!」
初太刀の攻撃をかわすことに精一杯で、態勢を立て直す余裕のなかった2人の男は、なす
術もなく真空の刃に薙ぎ倒された。
「…これで、人数が一ケタになっちゃったね。まだ続ける気?ランディのおじさん。」
少年がこの場にそぐわない人懐こい笑みを浮かべる。
更に3人の仲間を倒された黒装束たちは、判断に窮し、指揮官たるボウガンの男−少年が
ランディと呼んだ−に救いを求めるように視線を向ける。
「ちっ…どいつもこいつも役に立たん奴らめ。」
すがるような部下たちの視線を受けたランディは苦虫を噛潰したような表情で舌を鳴ら
す。
だが、大勢の部下を失った割には比較的落ち着いて見える。
「だが小僧、減らず口もそれまでだ。そろそろ限界なのではないか?」
ランディの言葉と同時に少年の身体が傾いだ。
「うっ…!?」
慌てて地面に剣をつき、それを支えにして何とか膝をつくのを避ける。
(そ、そうだ…毒を受けてたんだっけ…忘れてた。)
何とか身体を立て直そうとするが、身体にまったく力が入らない。滝のような冷や汗が流
れ落ち、絶えがたい頭痛と吐き気が襲ってくる。
「さて…こんどはこちらの番だな。…ここまでやったのだ。楽に死ねると思うなよ。」
ランディ以下、生き残りの男たちが武器を構えた。
「くう…。」
少年は渾身の力をこめて立ち上がる。
「ほう…まだ動けるか。なかなかの体力だな。だが、さっきのような減らず口はもう叩け
 んようだな?」
今度はランディがあざけるように言いつつ、少年との間合いを少しずつ詰める。迂闊に近
づくような愚かな真似はしない。
少年はよろめき、気おされるように後ろに下がる。
しかし、後ろにあるべき地面は無かった。
(崖…!!!やば…。)
瞬間、天地が逆転した。少年は受身も取れず、ボールのように崖を転がり落ちていく。
そして、10メートルほど下の地面に達し、動かなくなる。
動かなくなった少年の身体に地盤が弱くなっていたのだろうか、少年の転落する衝撃で崩
れた大量の土砂が降りそそいだ。
「…死んだか?」
「いや。この程度で死にはせんだろう。止めを刺すぞ。剣の回収を急げ!!」
手下の言葉にランディが応じ、崖下で土砂に埋もれかかっている少年を見下ろした。



(やれやれ…。)
崖下から自分を見下ろす黒ずくめ達を見上げながら少年は嘆息した。
少年の身体は半ば以上が完全に土砂に埋まり、放っておいてもこのままでは死んでしまう
だろう。
(まさか、真後ろに崖があるなんて…。間抜けすぎる…。)
少年は、僅かに顔を傾け、利き腕に握り締めている剣を見やった。
剣は少年の視線を無表情に受け止め、夕闇の中でぼんやりと青白く輝いている。
(あーあ。それもこれもこいつのせいだ。何もかも全て。)
少年は、死を覚悟したのか、静かに目を閉じた。…しかし一瞬後、
(イヤだあああっ!!!死にたくないっ!!こんな何もない森の中で、怪しげな連中に襲
 われて死ぬなんて絶っっ対にイヤだっ!!なんで…僕みたいな前途ある善良な青少年が
 こんな非道い死に方をしなくちゃならないんだ…。)
善良な青少年なら、得体の知れない輩に命を狙われたりはしないと思うのだが、どうだろ
うか。
(い、いけない…意識が遠のいてきた…このままじゃ…。)
少年の身体から急速に力が失われていく。もはや指一本動かす事も出来ない。
(う、恨みますよ、師母。…死んだら化けて出てやる…。)
少年が今度こそ動かなくなる。それと同時に、更に大量の土砂が降りそそいだ。






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