「Raining Heart≪中編≫」
REIM
(MAIL)
翌朝…。
「あれ、シェリル? どーしたのよ、こんな朝早くから?」パティは日課のジョギングを終えて『さくら亭』に戻る途中、
ジョートショップの方に歩いているシェリルを見つけ、声をかけた。
「あ? パティさん、これからジョギングですか?」「いや、もう終わったとこ…シェリルは?」ともう一度尋ねる。
「ええ、これからジョートショップに行こうと思って」と答えるシェリル。
「なにしに?」「ええ、贈答本を何冊か貰ったから1冊、フィムさんに渡そうと思って」とシェリル。
「そ、そう…」とだけ答える…。
「それじゃあ、これで」と言い残してジョートショップの方に向かうシェリル…。
「…あいつにあの小説を読ませる気ね…」前にシェリルが書いた小説を読ませて貰った−但し、途中居眠りが数回あったが−が
自分自身とフィムがモデル−というよりも二人そのもの−である…ただ、それだけなら問題はないのだが…。
「…最後の部分だけは…許せないわよ…シェリル…」とパティ−ここでいう『最後の部分』を…一言でしかも分かり易い言葉で
言えば『Happy End』で事足りる…。
最初に読んだ時は何とも思わなかったが…フィムの事が気になり出してる今となっては…不安感を覚えてくる…。
ほんの少し前までは、ただのケンカ友達と思っていたが…ジョートショップで一緒に働いているうちに…彼に対して恋心を
抱いていたのだ…。
もともと『純愛的な恋愛』に憧れていただけに…その『想い』を押さえることが出来なくなっていた…。
「…なんとかしなきゃ…」「なにが、だ?」「きゃあっ!?」突然、背後から声をかけられてびっくりするパティ。
「あ、あんた、いつからそこにいたのよっ!?」振り返った彼女の前には…フィムが立っていた…。
「ついさっき、通りかかっただけだけど…」答えるフィム。
「あ、そう…その様子だと暇を持て余してるってとこね…」「暇で悪かったな…」半眼になるフィム…。
「だったら、ちょっとあたしに付き合いなさいよ、話があるから」と言って、パティは半ば強引に彼の手を引いた。
「お嬢様、おはよう御座います」「…おはよう、ジュディ…」元気のなさそうな声で挨拶する…。
「あの…どこか具合でも悪いのでしょうか?」とシーラの様子を見て心配そうな表情になるジュディ。
「え? ううん、私は大丈夫よ」無理矢理、笑顔を作る…。
「そうですか…あまり、ご無理をなさらない方がよろしいかと…」と気遣うジュディ…そして、話題を変えるかの様に。
「先程、お買い物に行きましたのですが…深刻なお顔をされてパティ様とフィム様が話されてるのを見掛けましたが…」
と後を続ける。
(まさか…パティちゃん…フィムくんに…告白するつもりなの…?)こう思うと…いてもたってもいられなくなる…。
「私、少し出掛けて来るわ…夕方までに戻るから…」とジュディに言い残して家を出た…。
「ところでパティ、なんの話だよ? いったい?」と陽のあたる丘公園まで引っ張れて来たフィムが彼女に問い掛けた。
「あ、あのさぁ…」言いずらそうに口を開く…。
「なに?」「…その…………………………の…」急に口ごもる…顔を赤くしながら…。
「え? 何だって? 聞こえないんだけど?」聞き返すフィム。
「だから……あたし……その……あんたのことを、ね………だから………の…」更に顔が赤くなるパティ…。
「肝心な部分が聞こえないんだが?」とフィム…お前なあ…パティの様子を見て何も気付かんのか?
(こらぁーっ! しっかりしなさいよっ、パティ・ソールっ!)内心で自分にかつを入れる。
「あたしね、あんたのことが…す、好きなの…だから…だからね…つ、付き合ってほしいの…」やっとの事で言える…。
これを聞くや否や、目を白黒していたフィムだが…、
「…気持ちはうれしいけど…俺、好きな女の子がいるから…ごめんな…」ようやくの事でこう答える…。
この瞬間、パティは自分が奈落の底に落ちていく気分を感じていた…それでも…表向きは気丈な態度をする…。
「あははは、引っかかったわね、ふうん、あんたが好きなコねぇ、一度でもいいから顔を見てみたいわぁ」とやり返す。
「あーっ!? ハメやがったなっ!!」「素直に引っかかる方が悪いんだよーだ」とからかうパティ。
「くそ、話はそれだけかっ!?」「そーよ」パティの返事を聞くと肩を怒らせながら、その場から立ち去る…。
一方、残されたパティはというと…。
「…はあ…強がりもここまでくると…立派としか言いようがないわね…」彼の姿が見えなくなってから自嘲した口調で呟く…。
「…まったく…素直じゃないな…あたしも…でも…誰だろう…?」誰ともなく呟く…。
しばらくの間…そこで立ち尽くしていたパティだが…、
「…どこか人のいないところで泣いてこようっと…」と気落ちした様子でとぼとぼと歩きはじめた…。
それから1時間程過ぎた頃…。
「あ? フィムくん…」と背後から声を掛けられる。
「ん? シーラか…なにか用?」「うん…少しお話したくて…」とシーラ。
「なんの話?」少し警戒するフィム…。
そんな彼の態度に不安になりつつも…、
「あ、あの…先にエレイン橋の方に行かない?」「え? まあ、いいけど」
「…そっか、明日、発つのか…」「うん…」二人はエレイン橋にいた。
そこでシーラは明日、ローレンシュタインに旅立つ事をフィムに話していた…。
「今までほんとにありがとう、フィムくん…」と礼を言う。
「そんな、礼を言うのは俺の方だよ。色々と助けてもらってるし…シーラも含めてみんなに感謝してるよ」とフィム。
「………」じっと彼の横顔を寂しそうに見詰めるシーラ…。
「しかし…いきなり留学が決まっちまうなんてな…」話題を変える様に言葉をつむぐ。
「うん…向こうの学校の先生ができるだけ早く来なさいって言ってて…」「そうか、じゃあしょうがないな」
この台詞を聞いたシーラの顔が少しばかりくもる…。
「でもね…留学を決心できたのはフィムくんのおかげ…あなたがいなかったら、いつまでも悩んでいてせっかくの
チャンスを逃してたかもしれない…」と少し気を取り直して、こう言うシーラ。
「そうなのか…?」「うん、だからフィムくんには本当に感謝してる…」少し照れながらシーラ。
だが、内心は(私、私…本当はあなたのことが…)と彼女は『本当の気持ち』を伝えたいのだが…その勇気が出せなくて
心に焦りを生じていた…。
「…なんだ…じゃあ俺は自分で自分の首を締めたワケか…」と呟くフィム。
「え?」「だってそうだろ、自分のせいで好きな娘が遠くへ行く決心をしちゃったんだから…」自嘲気味に言う…。
「え…? す…好きって…」少し慌てた顔をする…それに気付かずに…。
「まあ、シーラが自分の道を見つけたのは嬉しいことだけど…ちょっと寂しいような…複雑な感じだな…」と続ける。
「え…あ…その…」と言ったきり黙ってしまう…。
「プロのピアニストになるまで、最低4年かかるんだっけ?」「………」答えが返って来なかった…。
「? どーしたんだ?」と彼女の方を振り返る…すると…シーラが涙ぐんでいるのが目に入る…。
「ど、どーしたんだよ? 俺、ヘンなコト言ったのか?」慌てるフィム。
「そんな…ことないの…ただ…」「ただ?」と聞き返す。
「…う、嬉しかったから…」この答えを聞いた瞬間、『?』と顔をするフィム…。
「…だって…私も…あなたのことが…好き…だから…」と涙声で『想い』を伝える…。
そして続けて…、
「…あのね…私…必ず帰ってくるから…だから…」ここで少し気を落ち着かせるとこう続けた。
「…だからね…私のこと…待ってくれない…かな…? 私…私、必ずプロのピアニストになって帰ってくるから…」
それまで黙ってシーラの告白を聞いていたフィムだが…彼女の瞳に浮かんだ涙を拭い取りながらこう答えた…。
「…シーラ……待つよ、待ってるよ」「フィムくん……」