「しすたーず・ぱにっく≪後編≫」
REIM
(MAIL)
「クリスさん、大丈夫ですか?」芝生の上で横になっているクリスの顔を心配そうに覗き込む瑞穂…。
「ええ、まあ…ほんの一瞬だけ…綺麗なお花畑が見えただけですから…」「…それは…『死に掛けてた』と…言いません?」
呆れて呟く瑞穂…。
…その傍らには…次姉が頭にコブを作ってのびていた…。
彼らはまだ陽のあたる丘公園にいた。
次姉からのチョークスリーパーをくらっていたクリスだったが…6分後、瑞穂の蹴りの一撃によって解放された…。
「…瑞穂ちゃんって…結構強かったんだ…」次々姉が長姉に囁く…。
「そうね。でも、私から見ると…まだまだ、ね」「お、おねえちゃん…?」思わず幼児言葉になって…一歩後退りする次々姉…。
…もしかしたら…ひと波瀾ありそうな雰囲気かも…。
それは…すぐに向こうから…頼まれもせずに…やって来てたりする…。
「ちょぉっとぉっ! エル、待ちなさいよっ!」「言われて待つヤツなんているかぁいっ!」
と声が少しだけ…遠くの方から聞こえて来た…。
「はあ…いつものエルさんとマリアさんの喧嘩ですね…」と溜息まじりに呟く瑞穂…。
「でも、なんだか…いつもと違うような気がするんですけどぉ?」これはクリス。
「『いつもの』って…? お前の知合いって、いったい…?」呆然と呟く次々姉…。
「ははは…ところでマリアちゃん。今度はなにをやったの?」と乾いた笑いを浮かべつつ尋ねる…。
「ぶぅ〜っ! マリア悪くないもんっ、エルが悪いんだもんっ!」と拗ねる。
「エルさん? どういう事ですか?」「ま、まあ…間違って…マリアの魔術書を焚き付けに使っただけなんだが…」と瑞穂に
答えるエル…ところで…本当に間違えたのか…?。
「はあ…どういう題名ですか…?」と尋ねるクリス。
「デイル・マース著『召喚魔法基礎』よっ! これ、高かったのよっ!!」と代わりに答えるマリア。
「…その本、燃やして正解です…」と呆然として呟く瑞穂…。
「なぜだ?」「基礎と言いながら…一度に街7つくらい簡単に滅ぼすものばかり載ってますから…」これはクリス…。
それを聞いて…目が点になるエル…。
「なにしろ…デイル・マースって人は…『極悪気まぐれ無責任魔導師』って言われてますから…」と補足する瑞穂…。
「そうね…『歩く非常識』とか『天災魔術師』とか色々と言われてますね」これは長姉。
…好き勝手言ってるなぁ…こいつら…。
「…なあ…クリス、瑞穂。ふと思ったんだが…なんかマリアに似てないか…?」と呟くエル…。
「………そ、そうですね…た、確かに…」「………い、言われてみれば…そ、そうですよね…」堪えきれず吹きだす二人。
…マリアというと…お手々ぷるぷる…だったりするのだけど…。
「…みんな…マリアのこと、バカにしてるでしょ?」ぞっとする様な声で呟く…。
「まあな。いっつも自爆してるしな」火に油を注ぐではなく…爆弾を投げ込むエル。
ぶちっ!
「ぶぅぅぅぅぅっ!!! ”Carmine=Spread!”」「ま、マリアちゃんっ!?」
一斉に地面に伏せる面々−エルと長姉を除く−だが…爆発音は少し離れたところから聞こえ、
ばきぃぃぃっ!!
という音がすぐ近くから聞こえて来た…。
「こぉらっ、魔法は人に向けちゃダメでしょ?」とマリアの額にただのデコピン(ホントか?)を放つ長姉。
でも…額を押さえて−メチャメチャ痛かったらしい−うずくまっているマリアには聞こえてないらしい…。
「…なあ…クリス…お前の姉貴って…何者だ?」とぼーぜんとした口調で尋ねるエル…。
「え?」「いや、な…片手でな、いとも簡単に魔法を弾いたから…」と言うや否や…。
「……そうか…さっきの≪カーマイン・スプレッド≫は…お前らだったのか…?」という低い怒りの声が聞こえた…。
振り返ると…焼け焦げ状態のナッツが怒りの炎を瞳に浮かべながら…立っていた…。
「…あ、いや…それよりも…なんで、手に魔力を込めているんだ…ちょっと気になるんだが…?」恐る恐るエル…。
その一方で、
「ささ、二人とも危ないから、少し離れましょうね」と何時の間にかクリスと瑞穂を連れて−妹二人は無視−距離をとる長姉…。
「いや、なに…オレが使える魔法のうちで二番目に強力のヤツでお返ししようとしてるんだが…」とナッツ…。
「ちょっとぉっ!! あたしは無実よぉぉぉっ!!」と言う次々姉−姉に見捨てられた事に気付いてない−の抗議を無視し、
「”Ray=Blast!”」…『力ある言葉』とともに…幾数もの光の球が彼らに襲いかかった…。
「あの? 大丈夫ですか?」と次々姉に声をかける瑞穂。
まわりを見ると…エルとマリアが黒焦げになって転がっており…ナッツも頭にコブを作って倒れている…。
彼にコブを作った張本人はと言うと…芝生に座ってくつろいでいたりする…。
あと…次姉はと言うと…当りどこが悪かったのか…まだ復活していない…。
「…生きてるコトは生きてるけどね…」…さっきまで…虫の息だった次々姉…。
エルとマリアは…生命力の85%程度のダメージをくらっただけで済んだが…次々姉の場合は…生命力の99.99999%の
ダメージをくらってる感じがする…。
「クリスさん、どう考えてみても…おかしいのですけど?」今度はクリスに尋ねる。
「ええと、お姉さん、抗魔力がまったくなくて…ダメージがそのまま素通りしてしまうんですよ」と答える。
「そう……なの…」やっとのコトで呟く瑞穂…何しろ今までは『抗魔力ゼロ』という人間はいないと言われて来たのだから…。
「…ねえ…クリス? ひとぉつ、聞きたいんだけど…なぜ、お前は無事なの…?」「え〜とぉ…」ジト汗が流れる…。
「…拷問フルコース…決定…だね…」と宣告する次々姉…。
この後…クリスの悲鳴が…公園中に響き渡った…。
「…いてて…気付かれず背後を取るとは…相当な技量を持ってますね…」と復活したナッツが長姉に問い掛ける。
「あら、お褒めに頂き光栄ですわ。でも、あなたも結構高い魔法技量を持っていますわね」この問いに肩をすくめて答える。
「しかし、まあ…初めて見たな、抗魔力がない人ってのも…」と瑞穂に蹴られて再び気を失った次々姉を見る…。
「…どーでもいいが…さっきの魔法はなんだ…?」同じく復活したエルが聞いて来る…。
「それなら…マリア、知ってるよ…確か…≪レイ・ブラスト≫って言う上位の…」息を吹き返したマリアが思い出す様に呟く。
「ああ、間違いなく上位の攻撃呪文さ。威力は…≪ヴァニシング・ノヴァ≫より遥かに上とだけ言っておくよ」事なげに
あっさりと答えるナッツ。
「……そんな物騒な魔法、アタシらに使うなよ…」剣呑な目でエル…そりゃそーだ…。
「そうよそうよっ、すんっごく痛かったんだからぁっ!」これはマリア…でも…『すごく痛い』とか言えるような…レベルで
済まないんだけど? これって…。
「ふふ…さてと…そろそろ茶番劇を終わりにしましょうか…」と言って立ちあがる長姉…。
それを聞いて『???』と怪訝な顔をする3人である…。
「クリスさんも大変ですね…」心底、クリス−ぼろぼろになって芝生の上で横になっている−に同情する瑞穂…こぉんな姉達の
相手をしていたら…イヤでも女性恐怖症になるわな…。
「『大変』ってどういう意味なのかしら?」「きゃあっ!?」いきなり声を掛けられて悲鳴を上げる瑞穂。
何時の間にか彼女の隣には…長姉がにこやかに微笑んで座っていたりする…その微笑みを見て…何やら言い知れぬ恐怖を
じわりと感じる瑞穂…。
「まあ、それは置いておきましょう…そろそろ、本当の事をおっしゃたらどうかしら?」と長姉。
「…本当のこと? 何のことですか?」ほんの…ほんの少しだけ慌てて答える瑞穂。
「そうね…あなたが弟の恋人のふりをしているとか?」と爆弾を叩きつけて来た。
(ば、ばれてたのぉっ!?)途端に心臓をわし掴みされた様な恐怖を味わう瑞穂…更に…この姉の真の恐ろしさを一瞬にして
悟ってしまう…。
「クリスはこんな状態だから許してあげることにして…その代りに…ね、瑞穂ちゃん、いいでしょ?」…顔は微笑んでいるが…
その瞳の色は…違っていたりする…。
(み、美穂姉…た、助けて下さい…)…文句なく絶対絶命の瑞穂…しかも恐怖のあまり逃げ出す事すら出来ない…。
「お、お姉さん…『芝居』なんかじゃありませんよ…」と身を起こして瑞穂を助けようとするクリス。
「そお? その割には瑞穂ちゃん、あなたに敬語で話し掛けていたけどぉ?」この指摘にぐっと詰まる二人…。
「そ、それは…僕が年上だから…」と必死に説得する…。
その間…何も出来ずに…ただ怯えている瑞穂…普段の彼女からは考えられない事だ…それだけ、長姉との『格』の違いを
見せ付けられたという事か…。
「そこまで言うんでしたら…証拠見せて下さいな」止めをさすかの様にこう言葉をつむぐ長姉。
「し、証拠って…」言葉に詰まるクリス…。
(…もう…だめ…)…諦めの境地に達してしまった瑞穂…しかし…運命は…まだ彼女を見捨ててはいなかった…。
「あら、クリス? どうしたの?」と言う長姉の声とともに…急に誰かに抱きしめられ、
「!!?」…瑞穂の唇に何か温かく柔らかいものが…押し当てられた…。
「…お姉さん…これでも…『芝居』だと言いますか…?」顔を真っ赤にしてクリス…。
「そうね、言えないわね。疑ってごめんなさいね」あっさり矛先を納める。
一方の瑞穂−まだクリスの腕の中にいる−は…いきなり唇を奪われた為か…何が何だか分からずに…ぼぉ〜っとした表情を
している…。
「それじゃあ、お姉さんはもう帰るけど、瑞穂ちゃんを泣かせちゃだめよ」と言い残すと…まだ気絶している妹二人を片手で
抱えて、祈りと灯火の門の方に向かって行った…何か…非常識な光景があったような気がするが…気のせいだろう…。
「…お姉さん方…なにしに…来たんでしょうね…?」と呟きつつ後ろ姿を見送るクリス…。
「…クリスさん…ひどいですぅ…」と彼の腕の中から…半泣き声が聞こえて来る…。
「わっ!? ご、ごめんなさいっ!! 頭に血が上ってっ!!」突き飛ばす様にして、慌てて瑞穂から離れた…やっぱり、
いつものクリスくんであった…(笑)。
「やれやれ…いったいなにやってんだか、あいつらは…」と苦笑しながら呟くナッツ。
その傍らには…頭に真新しいコブを作って…エルとマリアが再び気絶していた…。
(どうでもいいですけど…私を鈍器がわりにしないでほしいのですけど?)という非難の声がナッツの頭の中に響く。
「まあ、怒るなって。これも人助けだよ」小声で杖に向かって囁く…決定的瞬間を見る前に殴り倒したらしい…。
(…久しぶりに私を召喚したと思ったら…結構痛かったんですけど? 特にエルフの娘さんの頭…)…間違いなくエルが
怒り狂う事をさらりと言う…どうやら、ナッツの持っている杖は…意思を持っているようだが…。
「…今のは聞かなかったことにしとくか…悪かったな、エイザード。ま、ゆっくり休んでくれ」と囁き、杖を魔法空間に戻す。
(今度は鈍器以外で呼んで下さいよ…)という声を残し、空間にとけ込む様に杖が消える…。
そして、視線を二人の方に戻すと…必死になって、涙ぐむ瑞穂をなだめるクリスの姿が目に写った…。
3日後…『さくら亭』では…。
「…あのさぁ…なぁんで…こぉんなにケガ人がいるのかなぁ?」…店内を見てぼやくパティ…。
見ると…頭に包帯を巻いているエルとマリアとクレアに…鼻の頭にバンソウコウを貼っているトリーシャ…。
そして、腕を吊っているティルトと松葉杖をついているアレフ…。
「…パティ様…とうとう呆けてしまわれましたね…?」非難する目で睨むクレア…。
「あ、あはは…そ、そうだったわね…忘れてたわ…で、アレフは?」「俺か?…トリーシャにやられたんだよ…」
と彼女に答えるアレフ…。
…補足すると…トリーシャの新技のトリーシャチョップ水平打ちバージョンを足にくらったのだ…見捨てた『お礼』として…。
「…そ、そう…エルとマリアは…?」冷や汗を流しつつ問い掛けるパティ…。
『コイツ(この人)の旦那(さん)にやられた』…揃ってミュンを指差す二人…。
「…ははは…」…ジト汗を流しつつ…笑ってゴマかそうとするミュン…3日前にあった事は…全てナッツから聞いている…。
「…で…残りの二人は…?」もはや…呆れて呟く様に尋ねるパティ…。
「…セリーヌの…突き飛ばしで…ね」「…セリーヌさんの…裏拳で…ね」とほぼ同時に答えるティルトとトリーシャ…。
「はぁ〜」盛大に溜息をつくパティ…そうするしかないだろう…誰だって…。
「…あの…どうしたんですか、みなさん?」とクリス−瑞穂も一緒である−が尋ねて来る…が。
『………』じとぉ〜っとした視線で睨むエル,マリア,アレフ,ティルト,トリーシャ,クレアの6人…。
「あ、あの、僕、なにか悪いことしたんでしょうか…?」…おずおずと問い掛ける…。
「…なんなんだろう…?」「さ、さあ…?」と呟くパティに…あくまでもシラを切り通そうとするミュン…。
カララン…♪
「あら、いらっしゃい〜って、美穂じゃないの?…ど、どーしたのよ? そんなコワい顔して?」というパティの台詞を
無視し…店内を見まわす美穂…。
ある一点に目を向けると…そこにツカツカと歩いて行き…。
「…どういうことかしら…クリスくん?」…絶対零度なみの声色で聞いて来る美穂…。
「…え〜と…なにがでしょうか…?」…恐る恐る尋ねるクリス…。
「トボけないでっ!!」美穂に一喝され、首をすくめるクリス。
「このところ、瑞穂が急にそわそわしだして、話し掛けても上の空。ワケを聞いたら、あなたと付き合ってる言うじゃないの」
と一気に言う美穂。
「つ、付き合ってるだなんて…いくらなんでも、飛躍しすぎじゃないですよ…」 慌てて弁解する…しかし…。
「誰と付き合おうと私の勝手ですっ! 美穂姉は口をはさまないで下さいっ!」とクリスの腕にしがみついて口を尖らせる瑞穂。
「え、えと…あ、あの…」…瑞穂にしがみつかれて顔を赤くしながら…恐々と美穂の顔色をうかがう…。
一方…。
「へぇ〜、クリスもやるもんだねぇ〜」「やっぱりスミに置けないな、クリスも」と茶化すパティとアレフ。
他の面々をクチバシを挟もうとするが。
「………」無言でジロリと美穂に睨まれ…押し黙ってしまった…。
「それに…クリスさん、私のこと、必ず幸せにしてくれると言ってくれました」と舌を出しながら、こう姉に叩きつけた。
(…ははは…確かにそう言ってますね…)内心で呟くミュン…最もナッツからの又聞きではあるが…。
「…クリスくん…大胆…ボクもティルトさんに言われてみたい…」「…私も…ですわ…」ぽつりと呟くトリーシャとクレア…。
「…悪いが…セリーヌにしか言わないぞ…」これはティルト…このあと…怒ったトリーシャとクレアの連係プレイにより瞬時に
撃沈されたが…。
さっきの瑞穂の台詞を聞いた美穂は…拳をわなわなと震わせながらも…クリスに向かって、こう宣告した…。
「クリスくん…うちの妹を傷物にしてみなさいよ…あなたの首と胴体…永遠に生き別れだからね…」
…クリスくんの女性がらみの『試練』(と書いて『不幸』あるいは『災難』とルビをふる)は…当分、続きそうである…。
≪Fin≫