中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「私的悠久小説1」 熾天使Lv3
 漆黒にすら思える深い闇の中。
 本来は静寂が支配するはずのその闇で、今、ほんの一欠けらのざわめきが起こる。
 それは小さな歯車を、だれにもわからないほどの早さで、ゆっくりと、ゆっくりと、でも確実に…回し始める。

 悠久の時を止まっていた、『過去』という歯車を……。


〜〜〜私的悠久幻想曲序章・始動〜〜〜


(もう結構倒したはずなんですが…)
 月も、星もない夜。漆黒の帳は、当然森の中にも降りていた。
 目先すら包みこまれるような空間で、一人の青年が非日常な立場に立たされていた。
(後五十人…。せめて一つは解かないと大変な事になるかもしれませんね…)
 何者かに追われ、命を狙われているのだ。もうすでに数十人と倒しているのだが、まだその何者かがあきらめる気配はない。
「ふぅ…」
 大きな樹を背もたれにして、青年は大きく一つため息をついた。油断なく周囲に気を配りながら、持っていた剣の切っ先を地面に落とす。
 非日常の真っ只中にいるにしては、青年の格好はあまりにも不釣合いだった。殆ど、防具としては役に立たないような、厚めの布の服に、線の細い青年の身長ほどある長さの、細身の剣。美しい彫刻の入った剣は、これも実用性はなさそうである。
 青年自身も、こんな状況にいながら、なぜかふわりとした印象を与える。柔らかそうな髪の毛に、こちらもやわらかい顔立ち。
 その表情に、戦闘に対する高揚や緊張はなく、ただ、底の知れない悲しみだけが映っていた。

 少しの間の後、青年の周りは、すっかりと取り囲まれていた。
 ――――ッ!
「!」
 空気を切り裂くような音と共に、四方八方から、何かが飛んでくる。
「はぁ!」
 青年の放った気ににまかれて、全てはじき返されたようにはね飛び、力なく地面に落ちる。それは、毒塗りの短剣だった。
 暗殺者専用に作られた……。

「かかれ」
 全く響きのない、すぐに風に散ってしまいそうな声が、ほぼ真正面から聞こえたかと思うと、十数人の人影が青年に襲いかかる。
(出来る所までやりましょうか…)
 平然とした様子で剣を構えなおし、周囲に迫っていた人影の、真正面を抜けた。
「!!!」
 全く視覚に捉えることの出来ないほどの青年の動きに、はっきりと動きが鈍る。
 …とさっ
 青年が振り返ると同時に、通りぬけたときに切りつけられた十人近い人影が、自分の意思で地面に降り立つことなく、冷たい骸となって横たわった。
 間髪置かずに、両サイドから五人ずつ飛びかかるが、一振りした青年の剣のもとに、あっさりとその命を奪われる。
 上から時間差で降ってきた二人の剣を、指で白刃取りすると、その二人の中央で、なんの前触れも無しに火球を爆発させた。
 キュゴォ!!!
 膨れ上がる火の玉に、さらに近づいてきていた三人ほどが巻き込まれる。
 さらに次の標的に向かう青年に、前方からいきなり短剣が投げつけられてきた。
「…ッ!」
 すんでのところでそれを弾き飛ばすが、後ろから音もなく近づいていた人影の剣が、完璧な間合いで振り下ろされた。
 ―――とった!
 人影の、うっすらと見える口元が、残虐な喜びにゆがむ。
 …が、その剣は、何の抵抗もなく、青年を通りすぎた。
「!?」
「残像です」
 はたして、その人影に驚愕する時間が残されていたか、
 ザッ!
 半身を真っ二つに切り裂かれて、左右にわかれながら倒れる。
(いきなり、質が落ちましたね…)
 ちょうど残りの半数ほどを倒した時、再び膠着状態に陥った。
「………」
 永遠とも、数瞬とも取れる時間が、刻々と流れて行く。そのまま、延々と様子をうかがっているほど、その集団は気が長くはなかった。
「…ころ…」
「だれか!いるのか!!」
 しかし、急に入ってきた第三者の登場で、人影達は完全に虚をつかれる。
「…ち…引くぞ」
 すばやく気配を消し、どこへともなく散って行った。
 先ほどの人影と、そしてその人物が持っているのであろう光は、だんだんと近づいてきた。おそらく、先ほどの爆発音を不審に思ったのだろう。揺れながらあたりをてらす光を、青年はじっと見つめていた。

「だれか!!いない…」
 叫び、存在の有無を確かめようとして近づいてきた者が、その光景を見て絶句する。
「む…これは……!!」
 中年期の、男の声だ。その男は、むせ返るほどの血と、何かが焦げたような匂い、おびただしい数の死体を見て、顔をしかめ、まだ近くにいた青年をみた。
「すいません、たすかりました…」
 この惨状と似合わない、柔らかい声で話しかける。
「私はこの近くにある街の自警団のリカルドというものだが…、これはいったい…?」
 妙齢の男は、青年に、とりあえず自警団まで来てくれるか?と、事情聴取のために、任意同行を求める。
「隊長ッ!」
 そして、後ろから追いかけてきた長身の青年に、
「アル、ここを片付けておいてくれ…」
 と命じる。
「うわっ!なんなんですか…これ…、それに…、そいつは…」
 アルと呼ばれた青年は、男のそばに立っている青年を見つけると、疑惑の視線で凝視した。
「とりあえず、この惨状の中での、貴重な生存者だ。これから、状況を聴こうと思っているのだが…」
 そこで青年の方を見、
「自分にわかる事だけでいいのなら」
 という賛同の返事を受け取ると、再びアルと呼ばれた青年のほうに向かい、
「頼めるな」
 と念押しをする。
「はい!まかせておいてください!」
 気合のこもった返事をすると、仲間を呼びに走りだそうとしたが、
「あ、まってください!…その必要はありません…」
 という青年の言葉に立ち止まる。
「なに?」
「それはどういう…」
 問いかける二人を無視して、青年はゆっくりとあの惨状の中心に立つと、小さな、そして良く通る、悲しげな声で歌い始めた。血の匂いをかき消すような、やわらかい光と共に。
「恨みを忘れ 孤独を忘れ 今はただ眠りなさい 廻る魂と 抱えきれないほどの罪と
 あまりにも遠い果てを目指し 揺れ動く時の中に 一時の安らぎを求めて…」
 心の底に響くような、静かな歌がしばらく流れる。二人は、今の状況も忘れて、その歌に聞き入っていた。
「隊長…これ…」
「ふるい、鎮魂歌の一つだ…」
 ゆらりとした光が、しだいにその数と強さを増して行く。
「眠りなさい 私の内に 悲しい暗闇をかきすてて…」
 そして、歌が終わるころには、あの惨状と不思議な光は、一欠けらも残っていなかった。
 それを見て、呆然としている二人に、
「さぁ、いきましょうか…」
 もう一度、惨状を振り返り、深く一礼すると、すでに明るくなり始めた空に背を向け、静かに歩き出した。

 暗闇から開放されつつある森の中を、三人は無言で歩き続けた。時折、後ろを歩く二人が何か話しかけようとするが、言葉が見つからず、思いとどまる。まるで、戦場に一人残ってしまった、孤独な勝者のようだった。そんな、悲しみがあった。

 明るい日差しが、見上げれば届くくらい、森の木々も少なくなってきた。もうすぐ街道につく時になって、青年が、いきなり膝をついた。苦しそうに額に手をやると、
「ごめんなさい…」
 というつぶやきと共に、その場に倒れこんだ。重く、乾いた空気が、周辺の草や土を躍らせる。慌てて駆けつけた二人の声も、もう届いていなかった。

 空けた夜の静かな風が、あたりを舞い、新しい時を運んでくる。しかしそれでも、森の中で起こった、ある一つの事件は、あまりにも生々しく、その記憶に入りこんでいた。
 あたかも、傷跡を洗い流すかのようにざわめく森は、一瞬ごとに生まれてくる日の光に、柔らかく、そして悲しく輝く。何かを、包みこむように…。


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