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「私的悠久小説3」 熾天使Lv3


〜〜〜私的悠久幻想曲二章・出逢〜〜〜

「ふぅ、良い天気ですねぇ…」
 明るい日が、延々と続く大地を、余すことなく照らしている。秋の穏やかな日に、イシェルは外に出ていた。自分が運びこまれた、エンフィールドの町を…。

 ドクターから、この町に対する大まかな知識は教えられていたが、まだ歩くのには不安がある。…しかし、背年の手に地図はない。なぜならば、青年のとなりに、道案内がいるからである。
「ぼくたちの初デートに、ふさわしいねっ!!」
 元気に答える少女が一人。
「デート…ですか…?トリーシャさん、それは…」
 困った様に返すイシェルに、トリーシャと呼ばれた少女は、ぴっと人差し指を立て、青年の口元へもっていった。茶色の髪に、大きな黄色のリボンがゆれる。おなじ茶色の目を細めて、晴れ晴れとした笑顔で笑いかけた。
「ぼくのことは、トリーシャ!さんもちゃんも要らないよ!」
 まだ幼さのぬけきらないくらいの年齢で、しかも一人称がぼくだから、少年に間違えられる事があったという。そのせいか、その格好は女の子っぽく、しかも似合うように着こなされていた。どうやらその辺のセンスは、イシェルよりも遥かに高いようである。…もっとも、青年の方も、ぱっとしない服装とはいえ、一度見れば忘れないくらいの美形だから、それほど気にはならない、というより、逆に地味な格好で、そのバランスが保たれているくらいだ。
「分かりました、トリーシャ、で良いんですね」
 イシェルも、今日のさわやかな日差しによく似合う笑顔で答える。
「うん!…えへへっ」
 無邪気な笑顔で、イシェルと腕を組んでくるあたりは、将来の恐ろしさを予見させるようである。ただ、年齢が年齢なのか、それともトリーシャと言う少女の性格からか、あまり恋人とか言う雰囲気はない。傍らを通り過ぎる人たちも、兄弟を見るようなまなざしで二人を見ていた。イシェルは、それについては頭の下がる思いだった。トリーシャと言う少女と一緒に要る事によって、よそ者であるというペナルティーがあるにも関わらず、街の人たちの視線は、暖かいものだったから。…もっとも、冒険者や旅人など見なれているのかもしれないが…。

 トリーシャは、町の人から愛されるキャラクターだった。噂好きのその性格から、迷惑をかける事も多々あるのだが、同年代からも、社交的な性格から、大人たちからも好かれている。青年に対する、疑惑や不信感が、一緒にいることでかなりぬぐわれているのも青年自身が納得できた。そしてイシェルも、その元気を少なからず分けてもらっている。
「まずは、どこに行くんですか?」
「う〜〜んっとねぇ…」
 今日一日の予定を、イシェルに聞かせるトリーシャ。それはよく計算されていて、そういった事に関してはかなりの能力を持っている事が分かった。
(リカルドさんも、いい子を育てましたね…)
 それが、イシェルの率直な感想だった。
 リカルドの娘、と紹介されたのだが、イシェルはトリーシャからそれを聞いた時、それが偽りである事を悟った。リカルドが結婚したと言う噂は聞いた事がない。恋人がいたという話はあったが、その恋人も、山賊の手にかかり、子はもうけなかったということらしい。
 おそらくは、どこかで拾ってきたのだろうが、トリーシャはその事を知らないようだし、なによりも、二人は本当の親子だったから、イシェルはその事を伝えるような事はしなかった。リカルドに、後でこっそりと、変な事はしないようにとささやかれたのは、かなり怖いものがあったが…。
 幸せそうに歩いているトリーシャは、まず最初に、イシェルを街の裏口につれて行った。
「ここが、街の裏口、西の門だよ、普段は使われてないんだけど、すぐそこにある西の山には、たまに薬草をつみに行ったりもするんだ」
「おや、トリーシャさん」
「あ、クラウスさん!おはよう!」
 門の前に立っていた、自警団の鎧を着た青年が、トリーシャに挨拶を送る。
「おや、あなたは…」
 クラウスは、イシェルの姿を見つけると、こちらにもさわやかな顔と声で一礼する。
「元気になられたようですね、安心しました」
 それで納得したイシェルは、迷惑をおかけしました、と謝罪する。
「いえ、気になさらずに、自警団の団員として、当然の事をしたまでです」
 互いに自己のしょうかいをすませ、イシェルはトリーシャがせかすままに、西の門から歩き去った。

 そんな風に始まったエンフィールド一周は、青年を退屈させる暇もなく、夕暮時まで続いた。
 そして、その紹介する場所の、最後の一つ。
「えへっ、ごめんね、なんだかはしゃぎすぎちゃって…、疲れなかった?」
 大衆食堂兼宿屋の、さくら亭。
 夕日の差し込む店内に、トリーシャとイシェルは、テーブルの向かいに座っていた。夕飯客もまだこないのか、割とすいている。
 昼食を食べた、ラ・ルナとは又雰囲気の異なった店だが、イシェルはどちらが好みかと聞かれれば、迷うことなくこちらを選ぶだろう。レストラン然とした感じのラ・ルナよりも、こちらの良い意味での庶民的なほうが、イシェルの気質にあっていた。

 街を紹介している間、トリーシャはほぼ話しつづけていた。聞き手を退屈させない巧みな話術は、その年齢からは想像もつかないものだった。しかし、いま目の前で、今日一日の事を、嬉しそうに話す様は、歳相応の、可愛いものだったが…。
 青年の方も、決して寡黙ということはなく、むしろ聞き上手の話し上手なので、二人の会話が途切れる事は殆どなかった。

「む〜〜〜、でもなぁ…」
「…?、どうしました?」
 なにやらいぶかしげな表情のトリーシャに、イシェルは心配そうな顔でたずねる。
「ううん、ただ、今日は殆どだれにも会わなかったな〜って…」
「結構いろんな人に会った気がしますけど?」
「ぼくの友達とか、もっと紹介したかった人が、今日に限って会わなかったの…」
 残念そうな顔でため息をつく。トリーシャによれば、それこそ毎日退屈しなくていいようなトラブルの火元が、今日は街に出ていなかったらしい。
「む〜〜、ま、いいか!いつか会うでしょ!」
 吹っ切るように言うトリーシャに、心の中で謝った。
(すぐに出発するつもりなんて、言えませんねぇ…)
 リカルドから何かを聞いたのか、イシェルが長く滞在すると思いこんでいるらしい。イシェル自身も、それは悩んでいる所なのだが、だからこそ、悩みが大きくなる前にこの街を出ようと思っている。トリーシャの方は、青年を気に入ったのか、思いきりなついてしまったのだ。何か後ろめたいような気がして、イシェルはまだそれを言わずにいる。
「そういえばさ、アリサさんのお誘いはどうするの?」
「そうですね…」
 言われて、イシェルは先ほど会った不思議な女性の事を思い出していた。

 アリサ・アスティア。ジョートショップという、何でも屋を開いている女性だ。数年前に夫をなくし、今は一人で店をきりもっているらしい。他人を第一に考えてしまう優しい性格や、うまれつき悪い目のせいで、経営が芳しくないのがすぐに分かった。日常生活のサポートに、テディという犬がたの魔法生物もいるのだが、日常生活はともかく、仕事に役立っているとは思えなかった。
 自分の現状を簡単に説明すると、アリサは、とまる所がなかったら家にいらっしゃい。と、そう言ったのだ。イシェルは、正直、驚愕で固まりそうだった。いきなりたずねて行った怪しい風来坊の身の上を聞いて、それに同情するような人間は、今までに会った事がなかった。店を手伝って欲しいとか、そう言った他意は微塵も感じられない。それゆえ、イシェルの混乱はより深くなっていた。
 その後に、トリーシャから、ああいう人なんだ、という一言を受け、イシェルは心底感心していた。
 もとより、退院したら去る予定なので、泊まる場所もなにもないのだが、アリサの不思議な光を宿した目に見つめられて、思わず曖昧な変事をしてしまっていた。
「どうするか分かりませんね…あまり長居はしませんし…」
「えぇ〜?そうなの?」
 目を丸くして身を乗り出す。少し寂しそうな笑顔で、イシェルはうつむいた。
「う〜ん、まぁ、しょうがないかぁ…」
 自分なりに納得してくれたらしい。思ったよりもあっさりとして、青年も内心ほっとしていた。…残念そうな顔は、見ない事にした。

 それから、二人とも適当に夕食を済ませ(本当はパティという看板娘がいるのだが、例によって今日はいないらしい…)、すっかりと暗くなった道を、並んで歩いていた。
「今日はありがとうございました」
「うん!どういたしまして…」
 何か言いたそうな雰囲気のトリーシャは、それを口にするか迷っている風に、なんとなく居心地が悪そうにしている。
「どうか、しましたか?」
 月の明かりが、青年を染め上げる。その真顔が、今日見てきた青年のどの表情よりも綺麗で、トリーシャは思わず目をひきつけられていた。青く、深い色の目に、吸いこまれそうになる。自分たちの進んでいる、おぼろげな道の先に視線を戻し、なんでもない、とつぶやいた。
 イシェルも、しばらく首を傾げて、視線を何気なく巡らせる。
 …と、人影のようなものが、視界に入った。自分たちの渡ろうとしている、エレイン橋に、白い影がゆれるようにたたずんでいた。トリーシャもそれを見つけたらしく、
「あれ?シーラ…?」
 と、驚いたように口の中で声を出し、イシェルと顔を見合わせ、その影に近づいて行った。

 近づいてみて分かったが、それは少女だった。トリーシャが口にした、シーラというのがその名前だろう。まだ夜中ではないものの、暗くなった橋の、その暗い雰囲気の中に一人でたたずんでいるのは、多少違和感がある。

 橋のへりに手で頬杖を突いて、腰よりも長い黒い髪を風に流しながら、大きくため息をついている。二人が近づいている事にはきがついていないようだ。横顔を見る限り、おとなしそうな感じで、青を基調にした服を着ているトリーシャと対象に、赤いケープに赤いロングスカートという格好をしている。その服の生地や、雰囲気的な上品さを含め、ある意味、トリーシャと反対に位置するだろう。

「ねぇ、シーラ?」
 呼びかけてみても、全く反応しない。再び青年と顔を見合わせると、もう一度大きな声で呼びかける。
「シーラってば!!」
「きゃぁぁ!!」
「うわぁっ!」
 大声で呼びかけると、その声に反応して、シーラはその数倍はあろうかという大声で飛びあがらんばかりに驚いた。実際に、体が跳ねあがったりもしている。
「も、もう!おどろくじゃないかぁ!」
 それを聞いたトリーシャの方が驚いてしまい、そのあげた大声が、先ほどのシーラの声と共鳴して、イシェルの耳を貫かんばかりに響き渡った。
「え、あ、トリーシャちゃん?」
 いくらか呆然としながら、呆然とした目でトリーシャを見る。
「『トリーシャちゃん?』じゃないよぉ!もう!」
 そのまましばらくの間、トリーシャを凝視していたが、落ちついてくると、周りを見る余裕が出てくるのか、すぐに青年に気がついた。
「えっと、その人は…?」
 あまり男に免疫がないらしく、怯えと警戒と不信の現れた目でイシェルを凝視した。青年の方は、あまりそれを気にした様子もなく、首を傾げて軽く微笑み、丁寧に一礼して自分の名前を言った。
「はじめまして、イシュアウェル・リチェラです。冒険者をやっていますが、ちょっとしたトラブルのため、この街に滞在しています」
 夜の色をした漆黒の髪が、お辞儀と同時に垂れ下がる。警戒のアンテナには引っかからなかったのだろうか、幾分か自分を取り戻した表情で、シーラも一礼する。
「あ、あの、私はシーラ、シーラ・シェフィールドです…」
 まだ声に怯えのようなものが残っているが、イシェルはそれをまったく気にせずに、シェフィールドという名前について、トリーシャに確認を求める。
「シェフィールドって確か…」
「うん、シーラは、有名な音楽一家の令嬢なの。さっき家の前を通ったでしょ?」
 なるほど、と頷いてから、イシェルは何気なくシーラに話しかけた。
「ミレナさんとヴィックさんはお元気でしょうか?」
『え!?』
 トリーシャとシーラが、同時に驚く。にこやかに微笑んでいイシェルを見て、そして顔を見合わせる。
「なぜ、私の親の名前を!?」
「そうだよ!僕教えてなかったよね!?」
 シーラの両親は、コンサートなどで世界中を飛びまわっているから、知っていても不思議ではないのだが、結婚以来、殆ど全ての所では『シェフィールド夫妻』と紹介されているうえ、そのほとんどが貴族や王族など、上流階級の人間か、音楽の評論家や著名な音楽化など、そんな人でなければ入れすらしないような物が殆どなのだ。
「まぁ、少しお話した事がありまして…」
 困った様に言うイシェル。どうやら個人的に知り合いのようだ。素性も経歴も全く謎の会ったばかりの怪しい人物が両親と知り合いだとは思わなかったのか、何か珍しいものでも見るような目で青年を見る。
「イシェルの名前を、ご両親に伝えておいてください」
 青年の言葉に、反射的に、はい、と頷いてしまうシーラ。それから思い出したようにはっとなって、青年の目を気にしながらトリーシャに、
「ちょっと、相談があるんだけど…」
 とささやく。シーラのその表情から、相談の内容にあてをつけると、同じく小声で分かったと返す。それから、闇の下で、所在無さげに立っているイシェルの方を向き、
「ごめんね、ちょっと用事が出来ちゃった…」
「いえ、気になさらずに…、それでは、私は行きます。…さようなら」
 イシェルは、もう一度丁寧にお辞儀をすると、既に何か相談事をしている二人に背を向けて、月明かりのなかを歩き出した。

 ゆっくりと、一歩一歩歩く青年が、ふとその足取りを止める。夜闇の一番濃い場所に、何かが潜んでいる気配があった。月の光で、陰影の濃くなった青年の顔は、今までの優男のような生易しい表情ではなかった。
 闘いに燃える闘士の、もしくは、冷酷な死神の表情のまま、目を鋭く細めて、慎重に歩みを進める。敵意は感じないが、自分の知っている気配だ。それも、長いこと感じなかった。昔の敵である可能性が、非常に高い。
 …しかし、青年のそんな予想は、見事に外れた。


 闇から出てきたのは…。


「…お久しぶりです…」


「…如月…」




 青年すら気付かないうちに回り始めてしまった過去は、青年を、確実にその中心に誘う。


 青年の周りに組みこまれた歯車は、青年にとって希望となるのか、それともさらなる傷跡となるのか…。


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