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「私的悠久小説4」 熾天使Lv3


〜私的悠久幻想曲三章・流動〜


 ―――一番欲しいものが、どんなものでも、たった一つだけかなう―――
 そう聞かれて、即答できるものは限られている。
 迷えば迷うほど、くだらない答えしか出てこない。
 そして、迷いが出る程度の想いしかない願いをかなえたものが、幸せになったことは少ない。
 せいぜいが、大金をもらい、一生遊んで暮らすとか、永遠の命とか、絶対的な強さとかであろう。
 大抵、その裏にある苦しみを深く考えず、の答えだから、後悔の一途をたどる可能性も少なくない。
 しかし、自らの切実な願いをかなえてもらおうという人も、また少ない。なぜならば、簡単に手に入ってしまうことが、その後に後悔を呼び寄せる事になるのを、願いにたどりつこうと切実な努力を重ねる途中で、わかっている人が多いからだろう…。
 …それでも、中にはとてつもない方法で、なんのデメリットもなく、その機会を使い、自分の願いをかなえてしまうものもいる。
 ただ一つの願いを使い、より完璧に、より自分の望み通りに…。
 ある一人の、青年とかかわりを持つ人間も、自分自身の望みをかなえるために、そのたった一つの願いを使い、種をまき、その収穫の時期を待っていた。
 …そしてそれは、一人を除いて、だれも知らない。
 そう、望みをかなえ、その人間を陥れようとしている、その存在。
 …悪魔、でさえも…。


 その日、エンフィールドに新たな住人が加わった。
 住人の名は、イシェル。
 全ての歯車が噛み合う場所は、どうやらこの街になりそうだ…。

「しかし、本当によろしいんですか?」
 ジョートショップの店内で、アリサと向き合いに座る青年は、濁ったアリサの目を除きこむようにしてたずねた。
「えぇ、自分の家だと思ってくつろいでね」
 しかし、そう言われてもイシェルが落ち着ける訳もない。何しろ、昨日の今日で急に決まった事なので、多大な迷惑をかけてしまうことになる。
 なんとなくそわそわしていると、
「大丈夫っすよ、とって食ったりしないっす」
 どこか的を外れたテディの突っ込みが入る。
「あはは…、そう言う理由で落ちつかないんじゃないですけどね」
 それで少し落ちついた青年は、自分なりに考えたこれからの事を、アリサと話し合った。その顔に、この街に来たときのようなかげりはなかったが、それでも、どこか無理をしている印象があった。
「とにかく、急にこの街に滞在する事になってしまって、特別やる事が見つかっていないんです、それに、まさかただ飯くらいになるわけにもいきませんから…。ですから、この店を手伝わせてもらえませんか?」
 ある程度それを予想していたのだろうか、アリサはゆっくりと首を振る。その動作は、決して演技ではなく、今の本心から出た動作だった。
「そんなに気にする事はないのよ」
 イシェルは、しばらく考えこむそぶりを見せた。そして、やわらかい笑顔で微笑む。
「アリサさんは、私みたいなのをどうして家においてくれるといったんでしょう?」
 逆に問われて、自分の中でその理由を探してみる。…しかし、いくら考えても、アリサの心の中にはたった一つしか浮かんでこなかった。
「泊まれる所があれば、助かるかと思ったから…かしら?」
 青年は、それに深く頷いてから、
「それと同じ…です」
 と、きっぱり言う。打算も他意もない、純粋な思い。イシェルは、それほどまでに純粋なものではないが、それでも、その言葉は説得力があった。不思議な重み、不思議な強さ。
「………」
 アリサはじっと、青年の顔を見た。…そして、
「わかったわ、それじゃ、お願いできるかしら?」
 笑顔で答える。

 その日、イシェルは、どれほど自分が追いこまれても、この人達だけには迷惑をかけまいと誓った。


 翌日、ジョートショップの新しい店員のことは、既に街中に広まっていた。興味本位で、いろいろな人が店に顔を出したが、イシェルと会い、話したすえ、総じて納得しながら帰っていった。

 しかし…。

「ぬああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 鬼のような形相をした一人の人間が、小さな嵐になっていた。
「おちつけっ!アルっ!!」
 その後ろから、リカルドが、これもまた人間ばなれした速度で、その小さな嵐を追いかけていた。道の真中を通っているので、まだ周囲に対した被害は無いが、目の前に家でもあろうものなら、簡単に吹き飛ばせそうな勢いである。
「アリサさん!!!!今助けに行きます!!!!!!」
 …全くの勘違いをしているようだ。
 もともとこのアルベルトと言う青年、アリサを慕っていたのだが、あの性格ゆえ、亡くなった夫意外になびくわけも無く、思いを募らせるのみだったのだが、逆に、だれかにとられる(?)心配も無く、今まで来たのだが…。
(ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!男が一つ屋根の下で暮らすなど!!アリサさんはだまされているに違いないぃ!!!)
 イシェルが『住みこみ』の店員になったことは、他の街人にとっては、今までより頼めることが増えてうれしいくらいなのが、アルベルトにとっては、これがまた一世一代の大問題。
「おちつけといっているだろう!!!」
 というリカルドの制止の声も何のその、愛用のハルバードをチャージの構えに持ち、人間の限界をはるかに超えた速度で、ジョートショップまで『一直線に』走っていたのだった。


 そのころ、イシェルの方は…。

「ありがとうございました〜」
 青年の試しに、いくつかの簡単な依頼をしに来た人々を見送り、その依頼の整理をしている所だった。
 のほほんとした雰囲気は、今そこに向かっている『嵐』など、予感すらさせないようなものだった。うららかな日差しをうけ、のんびりとお茶を飲んでいたいりする。
「今日のお昼は、ご主人様特製のぴざっす〜〜!」
 テディが嬉しそうに叫ぶ。
「そんなにおいしいんですか?」
「美味いなんてもんじゃないッす!まさしく頬がおちるっすよ!!」
 宙に向かって力説するテディ。その様子がなんだかおかしくて、イシェルは含み笑いをしてしまった。
「なんでわらうっすか〜!」
「ごめんなさい…、別に変な意味じゃないんです」
 これで、テディが人の姿をしていたら、仲の良い兄弟と言ってもおかしくないような雰囲気だ。いや、この状況でも、それに近い雰囲気はある。
「あらあら、仲が良いのね」
 アリサが、丁度話題になっているピザを持って、台所から姿を現した。
「やった〜〜〜っす!できたっす〜〜!」
「すいません、頂きます」
 二人が、それに手をつけようとした瞬間。

 ぐわた〜〜〜〜〜ん!!!

「ななな、なんすか〜〜!!???」
「!?」
 ジョートショプの扉が、壊れそうな勢いで開いた。
「あら、アルベルトさん」
 そこには、先ほどまで嵐と化していた、アルベルトの姿があった。
肩で息をしているその後ろには、死屍累々とした街の人々が転がっていたりする。
「いらっしゃい、アルベルトさん」
 アリサが、何事も無かったように微笑みかけると、アルベルトはいきなり直立不動の姿勢になって、アリサに向かって敬礼をする。
「こんにちは、アリサさん!いまから、ここにいる詐欺師を連行します!!!」
「はぁ…」
 訳がわからずに、アルベルトを見つめるアリサ。
「詐欺師とはご挨拶ですね、私が何かしましたか?」
 身に覚えの無い罪で、連行される趣味は無い。
「なにかしました、だとぉ!!!」
 アリサの時とはうってかわって、鬼神のような顔で振り返るアルベルト。
「一人暮しの婦人の家に、一つ屋根の下をするとは!!それだけで、犯罪に等しい!!どうやってアリサさんをだましたかは知らないが、この俺はだまされんぞ!!!」
「アルベルトさん、それは…」
「いいえ!アリサさんは何もおっしゃらないでください!さぁ、この詐欺しが!覚悟しろ!!」
 既にいってしまっているアルベルトは、アリサの言葉を聞き流し、アルベルトはイシェルに向かってハルバードをつきつける。
「…要するに嫉妬ですか…」
 独り言のようにつぶやいたイシェルの言葉は、予想外に大きな結果をもたらした。
「なにがしっとだ!そんなことあるわけもなかろう!!はははは!」
 思いきり声が裏返るアルベルト。大きくゆれている切っ先を軽くつかむと、イシェルはゆっくりと立ちあがった。
「む!うごくな!詐欺師!」
 アルベルトは、本気で、イシェルに向かって槍を突き出そうとした。自警団のなかでも、一、二を争うほどの怪力の持ち主であるから、本来なら、それで青年は串刺しになるはずであった。
 しかし、幸運な事に(アルベルトにとっても)、
「…くっ!?動かない!」
 その切っ先は、びくともしなかった。青年が、軽く、押さえているだけなのに、どんなに力をこめても、ぴくりとすら動かなかった。
「私は、アリサさんのご好意で、ここに置かせてもらっています。…文句があるのならば、アリサさん本人に確認したらどうですか?」
 静かな、そして今までとは違う青年の雰囲気に、アルベルトは、一気に気勢をそがれてしまった。
「し、しかし、アリサさんがだまされていたとすれば…」
「私はだまされてなどいませんわ。間違いなく私自身が、イシェルクンにここに泊まるように言ったんです」
 アリサがきっぱりと言ったその一言に、はっきりと1歩下がるアルベルト。
「しかし…」
 もともと感情論で突っ走ってしまったので、何か言い返せる訳もない。
「本来なら手荒な真似はしたくないんですけど、ピザが冷めてしまうので、今日はちょっと手荒に行きます」
 にっこりと笑いながら、かなりあくどい事を口にするイシェル。
 そして、
「ふっ!」
 どうっ
 手のひらを、腹部にたたきつける。
「くはっ!?」
 アルベルトは、そのまま崩れ落ち、青年の腕に寄りかかった。
「イシェルさん、すごいっす〜〜!!」
 無邪気に喜ぶテディに、イシェルは軽く微笑みかけた。


 その後、アルベルトを回収に来たリカルドに、気絶したままのそれを渡し、そのまま、まだ冷めていなかったピザを食べ始めた。
 イシェルにとって、幸せな一時。

 しかし、青年はやはり厄介事に好かれる体質なのだろうか、ゆっくりとした昼食が終わり、一息ついていた時に…、

 ズドーーーーーン!
 わぁぁぁぁぁぁ!

 地面を揺るがすような振動があったかと思うと、いきなり、外が騒がしくなった。どこからか剣戟の音も聞こえてくる。
 そして、人ならざるものの気配も…。
 イシェルが窓から外を見る。
 そこには、かなりの数の魔物が居た。
(ばかな!?気配をまったく感じなかった!!召還されたか、くそっ!不覚だった!)
「イシェルクン!?なにがあったの!?」
 アリサが心配そうに問うが、それに答えている暇はなさそうだった。
 剣を取りに、自室へ向かおうとした時。
 ばたん!!
 扉が勢いよく開けられた。青年が立ち止まり、そちらの方を振り返る
「シーラさん!?」
 そこには、傷ついた街の人を抱え、血とほこりで汚れ、泣きながら立っているシーラが居た。
「大変です、おばさま!」
「どうしたの?落ちついて話して」
 すばやく傷ついている街の人をソファーに寝かせると、シーラに事情を問う。イシェルに目配せをすると、すぐさま頷いて、自分にあてがわれた部屋へかけこんで行った。
「魔物が!魔物が街のなかに!!」
「大丈夫よ、おちついて…大丈夫だから…」
 安心させるように微笑むと、上から降りてきたイシェルに、その目を向ける。
「かなりの数です、街中に入りこんでいて、自警団員だけではまかないきれていないようですね」
 剣を片手に持ち、部屋に入る前とは違って、落ちついた様子で話す。ソファーに寝かせてある人のところに近づくと、響くような声で呪文を唱える。
「輝き揺らぐ癒しの聖霊よ わが声と そのささやかなるねがいを聞き届けよ…」
 簡単に魔法をかけると、その人の傷は、一瞬にして回復していた。
「あなたも…」
 シーラが、軽く怪我をしているのを見ると、そばにより、先きほどよりも簡単な魔法をかける。それと同時に、体中についてい血やほこりも、一緒に綺麗になっていった。
「大丈夫です、ここにいれば、襲われることはありませんから…」
 にっこりと微笑む。それに安心したのか、その場に座りこんでしまうシーラ。箱入りのお嬢様である彼女が、今まで意識を失わなかったのは、奇跡といえるかもしれない。
「これから街に出ますが、怪我をしている人を運んでくる可能性もありますので簡単な応急処置の準備はしておいてください。…ここと同じように、病院の方にも結界を張っておきましたから、壊れている事はないと思いますが、おそらく、すぐにいっぱいになってしまうでしょう」
「わかったわ」
 人が変わったような青年にも、アリサはまったく動じなかった。テディも、心配そうにイシェルを見つめる。
「むりはしちゃだめよ…」
「わかっています。…それでは、よろしくおねがいします」


 すばやく外に出たイシェルは、早速、だれかに襲いかかろうとしていたオーガーのような魔物に切りつける。どうを二分されたその魔物は、そのまま、黒い霧となってかききえた。

 確実に、人為的であろうこの様子を見ながら、イシェルは、死人を一人も出さぬように、全速でかけ始めた。



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