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「私的悠久小説5」 熾天使Lv3


〜私的悠久幻想曲四章・澆季〜


 がきゅ!
 目の前に立ちふさがったミスリルゴーレムを一刀のもとに切り伏せ、イシェルはこの騒ぎの震源地に向かっていた。
 太陽は真上まで上り、地を照らしつづけるが、今のエンフィールドには、その光のような穏やかさはどこにもなかい。
 そこら中で怪我人がうめいており、それを運ぶもの、真っ先に逃げるもの、魔物と戦うもの、様々なものがいる。そして、一様に、その顔は恐怖や苛立ちが映っていた。
 極限状態における人の心理が、ことごとくの言葉を乱暴にし、そして、その行動を常識では考えられないほどに早くする。
「はぁっ!!」
 がしゅ!
 レッサーデーモンが放った炎の矢を、気合のみでかき消し、そのままの勢いで突進して、その首を切り飛ばす。
 黒い霧となって消えたその後を一瞥し、イシェルは地面を蹴って、再び走り始める。
 いままでに、二十体近い魔物を倒してはいるが、一向にその姿を減らす様子はない。
(きりがないですね…。まず間違いなく、正門が中心なんですが…)
「ぐをををををををを!!!!」
「っと」
 真横から突進してきたバグベアの棍棒を、後ろ跳びにかわし、右薙ぎでそいつの胴を二分する。
 その切り口から、一滴の血すら流れる前に、その屍骸が炎に包まれ、一秒と立たずに炭になった。
(こんな所に生息するような生き物ではなかったはず…?…。ともかくも、この数を何とかしないと…。よし…、彼らには申し訳がありませんが、死人を出す訳にはいきませんからね…)
 心の中で一人つぶやく。そして、地を蹴る足を止め、一つ大きくため息をつく。ゆっくりと息を吸いこみ、自分の感情を収めてから、必要な魔力を収集する。
「破壊を呼ぶ死への光条よ!降り注ぐ骸の剣となれ!」
 目を閉じ、うつむきながら呪文を唱えるイシェルの周りに、赤い光球が次々と浮かび上がる。
 それは、太陽の光よりも強く、周辺に、凄まじい熱を放っていた。
 そのあまりの強さに、魔物達が何事かと寄ってくる。
 わずか数秒の間に、光球は数十個にも及んでいた。
 イシェルは目を見開くと、その『力』を解き放つ。
「フレア・ブリッツ!!」
 キュゴガガガ!!
 数十個の光球が、竜巻のように広がりながらあたりに降り注ぐ。
 一個一個が、小さな木ほどの爆発を起こしながら、周りの建造物や地形、それから、街の人などには、一切影響を与えていない。
 街中に広がった光球が、全て爆発し終えたころ、あたりに、魔物達の気配は、一つもなくなっていた。
「…ふぅ…」
 とりあえず、自分の無事を安心し、イシェルに礼をしてから、再び自分の作業に戻る街の人に微笑みかけ、イシェルはエンフィールドの正門、祈りと灯火の門に向けて、風のように走り出した。

「大丈夫か!?ノイマン殿!」
「こちらは問題ない、それよりも…」
 こちらは当の祈りと灯火の門。
 魔物達が侵入しているここでは、当然、熾烈を極めた戦いが繰り広げられていた。
「おおおおらぁぁぁぁ!!!」
 アルベルトが、力任せにアイアンゴーレムを砕く。返す刃で、ヒルジャイアントの足を切り取り、さらにイビルノームを真っ二つに切り裂く。
「隊長!こんな所でぐずぐずしてる場合じゃありません!!」
 大量の魔物に囲まれ、それに指示を出しつづけている怪しい黒いローブの人影を見据える。
「うむ、早くここの敵を一掃して、敵のボスを狙わなければ…」
 リカルドが、自分の剣を構えなおす。
「守りは我々の役目だ、リカルド殿は早急に敵の大将に向かってくれ!」
 凄まじい早さでオーガー三匹を同時にしとめ、ノイマンがそう叫ぶ。
「了解した!行くぞ、アル!」
「はい!!」
 ノイマンの第三部隊の助けを借り、二人は一直線にその人影の前に迫る。
 激しい戦いにまきこまれ、荒れ果てた草地も、今はだれの目にも止まらなかった。
「邪魔だぁ!」
「ふんっ!」
 二人は凄まじい早さでその男に迫ろうとするが、大量の魔物に囲まれ、思うように近づけない。
「くそっ!」
 また一体、下級の魔族が黒い塵となって消える。
 実力の差が圧倒的なため、二人と刃をまともに合わせられるものすらいなかったが、とにかく数が多い。時たま現れる魔族や、高位のゴーレムが、その勢いを完全にそいでいた。

 しばらくのあいだ、そんな膠着状態が続いていたが、いきなり、二人の後方から、自警団員の悲鳴が上がった。
「くくっ…、もろいな…」
 何事かと、一瞬振り向いたリカルドは、そこにいるものにかなりの衝撃を受けた。

 …アークデーモン…

 魔族の中でもかなりの上位に位置するそれは、街単位の自警団程度がかなう相手ではなかい。魔法のかかった武器でしか傷を負わないし、魔法防御に優れているため、並大抵の攻撃では、衝撃すら与えられない。自身の力や魔力も、人間のそれからは比べ物にならないほど高く、まさに、一騎当千の魔物である。
 牛の角をはやし、人間の二倍近い体躯を誇る、黒い魔物は、近くで真っ青になっていた自警団員の頭を、無造作につかむ。
「ぐぎゃあぁぁぁ!!」
 力任せに首をねじ切られ、一瞬にして絶命した。
「くくく…」
 全身にかかった血を、恍惚の表情でながめ、今だその首から滴る血を嬉しそうに吸いこむ。
 死体を踏みつけ、ゆっくりと迫ってくるその異形のものに、立ち向かう事のできるものは、極わずかだった。
 たまりかねたリカルドが、その応援に駆けつけようとする前に、すばやく回りこんだノイマンが、魔族の行く手をさえぎる。
「くくっ…、また一人、食料が来たか…」
 にやりと笑うその顔に、ノイマンの頬から、一筋の汗が流れ落ちた…。

 それより少し前。

 真っ直ぐに正門に向かおうとしていたイシェルは、思わぬ足止めを食っていた。
「…が…ぐ…こ…こ…とお…さ…ない…」
 不気味なうめきのような声を立てながら、ドラゴンゴーレム(ドラゴンのうろこでできたゴーレム)が十体近く、周りを取り囲んだのだ。
 アークデーモンにすら匹敵するような戦闘能力の持ち主は、ぎこちない動作で、イシェルに近寄ってくる。
「厄介な…」
 イシェルはつぶやき、そして、一つの事をひらめく。
(…?先ほどから、妙にゴーレムが多いですね…、戦力になるのはわかりますが、この編成はかなり不自然…)
「ぐおあぁっ!!」
 まるで本物のドラゴンのように叫び、今までの緩慢とした動作と一転して、かなりのスピードで跳びかかる。
「……まだ、おそい…」
 まったく避けようとしないイシェルに、ゴーレムの腕が思いきりたたきつけられる。
 …が、
 …っぎしゅ!
 凄まじく耳障りな音とともに、殴りつけたゴーレムの腕の方が砕けていた。
 欠片となったうろこは、スローモーションのように飛び散り、その威力の凄絶さをものがたっていた。
 イシェルは、何気なく片手をあげた体制のまま、少し、疲れた顔をする。そして、ひくく、怒っているようにつぶやく。
「我が内に眠る、四方の一属を担う『自由』の力よ…再び我に集いて、『風』となれ!」
 刹那、イシェルを中心として、極々狭い範囲に、とてつもない風が巻き起こる。
「…ぐ…ご…が…?」
 それに引き寄せられ、残りのゴーレム達が渦を巻くように引っ張られる。地をめくりあげ、必死に自分を止めようとするが、まったく無駄だった。
 そして、
「舞え、崩神の風!ルインズ・ヴィント!!」
 グヲッ!
 体制を崩したゴーレム達を、半月状の真空破が無数に切り裂く。
 ガガガガガガガ!
 堅いものを砕くような音が、立続けに響き渡る。余波で起こった風が、木々を揺らし、砂を巻き上げ、青年を中心に円形に吹き荒れる。
「ぐご…がぁぁ…ぁぁ…ぁ……ぁ…」
 こなごなに砕かれたゴーレム達が、力なく地面に舞い落ちる。
 まさしく一瞬の出来事に、もし誰か他に人がいたら、まったくついて行けなかっただろう。

 もうすぐ見えるはずの正門の方に目を向け、青年は、強くなった風に髪をなびかせた。


 がしゅっ!
「くっ…」
「くふふ…」
 一騎打ちに持ちこんだはいいが、完全に押されているノイマンは、どうにかして隙をうかがおうとするが、まったく歯が立たなかった。
 体中についた傷は、一つ一つこそ浅いものの、そこから流れる血が、確実に体力を奪って行った。
「…はぁ…はぁ…」
「ふふふ…遊ぶのも飽きたな…そろそろ死ね…」
「くっ…」
(どうにかしなければ…)
 暗い笑いを見せながら、ゆっくりと近づいてくる。どうにか剣を構えなおし、あたりをちらりと見渡す。相変わらずリカルド達は前衛の魔物と剣を交えている。今はまだもっているが、体力がなくなれば、一気にその均衡は崩れ去るだろう。
「くくくく…。…むぅ?」
 ふと、その足取りを止め、まったく反対方向を見る。
「?」
 何事かと、ノイマンもそれと同じ方向を見る。
 ヒュゴゥ!
「ぬおっ!?」
「くっ!?」
 唐突に、強力な風が吹き、本来、アストラルに影響のないものに対しては、ほぼ無敵であるはずのアークデーモンすら、倒れないように自身の体を支えねばならなかった。
「貴様、何者だ…?」
 アークデーモンが、畏怖すらこめた口調で問いかける。
 そこには、何気なくたち、強い風をまとった、イシェルがいた。風が、彼を中心に渦巻いている。まるで意思あるもののように、怯えのあまり跳びかかっていった魔物を一瞬で切り裂き、こなごなにする。イシェルは、そこに物のように転がっていた首のない死体を目にとめ、すこしだけ、苦い顔をした。アリサならば、それが怒りである事がわかったかもしれないが、今ここでイシェルの顔を見ているのは、魔族のみだった。ノイマンは、状況が一転したと見ると、すぐさま、リカルドの方に応援に行っている。

 風が少しおさまり、イシェルがようやく口を開いた。
「何者…か、私自身にもわからない。…ただ、あなた方と敵対するものである事は確かだよ」
 アークデーモンは、しばらくイシェルを見ていたが、やがてポツリと、
「魔力の波長から、われらの目標のいる場所に、あの結界を張ったのはお前だな…?」
 と、問いかける。
(ねらいが私ではない…?)
 それは、青年にとって、意外な言葉だった。しかし、動揺はおくびにも出さない。
「まぁ、一応は…、と、その前に…」
 イシェルは、もうそろそろ体力のつきかけているアルベルトや、思うように攻められないリカルドとノイマンを見、今度は自分からたずねる。
「かれ…、と言って良いのかどうか知りませんが、あの魔物の召還を、ネットスペル(他者の魔力を完全に受理し、タイミングや場所等を合わせて、普段より遥かに強力な魔術を使用するための、魔法技術)でやっている黒いローブの人と、近くに隠れている二人の魔術師は、人間ですよね。…なぜ高位の魔族が、ああ言ったのと協力しているんですか?」
 魔族は、その、間の抜けた口調に、なんとなく気勢がそがれてしまった。
「貴様に言う必要はないな。…ただ、別の目的が同じ街にあったから、とだけ言っておこうか…」
「そうですか…」
 それだけでは、何の事だかわからないリドルのような言葉。しかし、それだけも充分に情報をえているのだろうか、イシェルはにっこりと微笑むと、
「では、お引取り願うとします」
 と、まるで、隣の家にでもあそびにいくかのような調子で言った。
「…風よ」
 イシェルの周りの魔力が、いきなり強くなった。十歩近く離れていても、その影響は、魔族の体を、強く打ちつける。
「ぬあぁ!」
 いきなりの強い圧力に、一瞬遅れで障壁を張る。しかし、その一瞬の間に、魔力や存在力が、根こそぎ奪われていた。
「ガイム!レグシャ!タンタレス!よけろぉっ!!」
 大声で、後ろに叫ぶ。一瞬、その動作を止めた黒いローブの男は、その魔力を感知し、自身の全魔力を使って、転移の術を発動させる。おそらく、他の二人(?)も、そうしているだろう。
「!?」
 なにか、不穏な空気を感じ、振り向いたリカルド達を、白い障壁が覆う。それがイシェルだと見て取ると、リカルドは驚きを、アルベルトは軽い憎しみを、ノイマンは無表情を、顔に浮かべた。
 あたりの地面が少しずつではあるが、はがれてきていた。石礫が舞い、ちぎれとんだ草が上空に巻き上げられる。
 立っているのもやっとの風が吹いた、その瞬間。
「滅びよ、風崩陣!!」
 ……シュン!!!
 光が、いや、もしくは白いなにかが、あたり一面を染めた。
 …一瞬の出来事であったはずなのだが、それを見ていたものには、長く感じられただろう。
 既に街の残党を倒しに行った自警団員達がいたら、さらに恐慌状態に陥る事はまず間違いない。
 イイイイイイィィィィィィ………ン…
 それが収まった時、全ての魔物は死滅していた。

 死体すら、残されずに…。

 おそらく、アークデーモンや三人の魔術師は逃げ延びたであろう。
 しかし、当面の危険はとりあえず去った事になる。

「…私では…ない…?」
 問いにならない問いを自問しながら、緩やかに戻った風をうけ、イシェルは、どことは知れない遠方を、じっと見つめていた…。



「かっこつけてないで、助けろよ…」
 疲れきって地にふしているアルベルトの言葉は、イシェルの耳には入らなかった…。


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