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「私的悠久小説7」 熾天使Lv4



〜私的悠久幻想曲六章・榮徹〜

「…そう…ですか…あの方は、承諾してくれましたか…」
 質素ながらも、一目でわかる豪華な作り、人が十人ほど入っても、まったく窮屈にならなくてすむ、そんな部屋の片隅の、大きめの椅子。
 そこには、ある王家の血筋を持った人間が座っていた。それも、まだ若い女性だ。一般的に言われる、王女というものである。その前には、ひざまずいた五人の男女。
「はい…」
 黒装束を着た女性が、その瞳を見る。…悲しみの色はあったが、決して後悔はしていないようだ。その強い意志を確認し、床に視線を落とす。
「ご苦労様でした、如月さん…」
 まさしく鈴の鳴るような声は、響き渡る前に消え行くはかないものではなかった。道端に咲いていても、決して踏み潰される事なく、またつまれてしまう事もない。圧倒的な存在感と、踏み入れがたい聖域のごとき純正さが、そこで折り合わされている。
「ただ…やはり全て自分で背負いこんでしまいそうです…」
 あの時の言葉を思い出す。
「ええ、それがあの方のやり方でしょうから…」
 さも当然だというような口調で、それを受け流すあたりは、黒装束の女性よりも付き合いが長いのだろう。
「やはり…、全面戦争になりますか…、天魔との…」
「でしょうね、ならば、先にできる事をやっておいた方がいいでしょう」
 それは、全員に言い聞かせた言葉。
「言われるまでもありません」
 渋い、中年と呼ぶにはまだ早い、精悍な顔つきをした騎士が、板金鎧を着込んでいるにもかかわらず、まったく音を立てないほどの隙のなさで立ちあがる。
「私は、部下達に声をかけておきましょう」
 次に立ちあがったのは、まだ年端のいかない少女。
「私も、信用できる一部の魔術師に、呼びかけておきます。…精霊たちにも協力してくれるものがいるでしょうから」
 いかにも魔術師然とした格好で、傍らにおいてある杖に手を伸ばす。
「僕はいつも通りに、情報収集をしますよ、それしか脳がありませんからね」
 風のような印象を受ける、赤髪の青年。
「…私は、師匠のサポートに入ります、師匠が、無茶をしないように」
 対照的に、火を思わせるような雰囲気の、青髪の少年。その背丈は小さいながらも、背中に背負っている剣は、屈強な大人がようやっと使えそうなほどに大きなものだ。
「私は、我々とあの方との橋渡しになろうかと…、もう、どこへも行ってしまわれないように」
 最後に、黒装束の女性。
「皆さん、お願い致します。…私も、今回は動きますから…」
 それは、五人にとって意外な言葉だった。なにかを問いかけるような視線で王女を見る。
「王女様…」
「たまには体を動かさないと、不安で押しつぶされてしまいますわ…」
 苦い表情。窓の外を見つめる目は、誰が映っているのか。だれも、それをとがめようとするものはいなかった。全員の目的は一緒、ならばそれを止めたくはなかった。
「イシェル様…、これ以上悲しんで、どうなさるおつもりですか…?」
 青年の希望とは裏腹に、欠けた破片は確実に集まりつつあるようだ。



 ――数日前――


『…お久しぶりです…』
『…如月…』
 闇の中から現れた人物に会うのは、何年振りだっただろうか。
『…数年の間、探しておりました…』
『…なぜ、おってきた…?私はもう既に、君たちが知るイシェルではない…』
 口調が、変わっている。…それは昔の自分、捨て去った過去のもの。
『…いいえ、貴方がどんな場所にいようとも、どんな人間になっていようとも、我々が忠誠を誓うのは、貴方様のみです…』
 「忠誠」、まだ若い女性から聞くには、あまりにも思い言葉。
『ただそれだけか?…君がここにきたのは、種の守護、もしくは…私への協力要請だな?』
 どこか揶揄するような、上目使いで黒装束の女性を見る。
『……。さすがに、嘘はつけませんね…。今更こんな事を言っても、断られるだけかもしれませんが…』
 二人の間では、言葉だけでなく精神的なやりとりもおこなわれていた。自己で否定しながらも、期待があることは隠しきれない。
『…いや、言うな。私は既に、自身で彼女を護る事を決めた、君達が気にすることではない…』
 分かっているというように、片手を振る。
『しかし!彼女が種であるならば、必ず奴らとも戦わねばなりません!』
 口調が、強くなる。このまま引き下がる訳にはいかない。もう一つの目的が果たせなくなる。
『…今君が仕えるべき人を奴呼ばわりは、あまり感心しないな…。そういえば…、その「陛下」の婚約者である、ルメリスはどうしている…?』
 自然と呼ぶにはあまりにもぎこちなく、話題を変える。…闇に助けられて、表情を読み取る事は困難になっていた。
『…ルメリス姫は、悲しんでいます…あなたが行ってしまったことに、それを止められなかった事に…。…本来ならば、貴方と結ばれるべき人なのに…。姫は、今でも貴方を慕っておりました』
『…そうか、悪い事を…。…しかし、私には戻るつもりはない。…この事も、自分のまいてしまった種である以上、君達の手を借りるつもりはない』
 決着はつけてきたつもりだった。…ただ、本当につもりだったらしい。
『私達にも、何かお手伝いをさせてください!…確かに私が今つかえるべきは、皇帝陛下なのでしょう、しかし、いずれイシェル様と敵として戦わねばならないのなら、私は今の地位も、そしてこの命でさえおしくありません!…イシェル様に、弟を殺させてしまっては、貴方に誓った事が、果たせなくなってしまいます…』
 震える声を耳にして、罪悪感が心の中に沸きあがってくる。たとえ苦いものであっても、泉のように清んだ、はっきりとした感情。
『私も、あのままでいるならば、たとえ私を窮地に追いこんだ張本人だとしても、自分の弟を手にかけるなどということをしたくはない。…しかし、もう彼は、私の敵なのだ。…もう、後戻りは出来ない…』
『イシェル様…』
 悲しみよりも、寂しさの方が強かった。自分ではその心が救えない事が、自然と涙に変わる。
『…泣かないでくれ。…そうだ…な…わかった、…君達と協力することは、喜んで受諾しよう、しかし、その後のこと、どうなるかわからないぞ…、それから、私をもとの人間だとは思わぬことだ…』
 それは、警告。後悔はするなと、そう言っている。
『はい、今はそれで充分です。…私はそれをみなに伝えてきます』
『頼む』
『…ご無事で』
『ああ』



「ふぅ…」
 最後に見せた嬉しそうな顔が、今でも鮮明に思い出される。
「…そこまで、悲しませてしまっていたとは…ね。…私のことなど忘れろと、言ったはずなんですけどね…」

 独白を聞くものはいない。…部屋の椅子に座り、憂鬱気にため息をつく。
「私には、貴方達から慕われる理由などないのに…。もっと、楽な生き方を選べばいい…と、そう思うのは、私だけなんでしょうか?」

 一つの絵を手に取る。…そこには、かわいらしいといった容姿の、少女の横顔が描かれていた。
(後、数ヶ月から一年で、全てが動き出す。…それまでに、答えを見つけなければ…」
 無意識の中で、昔に戻りつつある自分が怖かった。

「止められない…でしょうね…」
 誰かに聞かせるでもないが、こうしていないと自分の渦の中にのみこまれてしまう。
「…レフィナ…、私は、どうするべきでしょうか?…また貴女の時のように、過ちを繰り返してしまいそうです…。…貴女が…死んでしまった直接の原因と、間接的に原因を作った男…。どちらも、恨まれるべきものなのでしょうか…」
 イシェルの心は、ほんの少しのバランスの上に成り立っていた。…あまりにももろく、簡単に崩れてしまう。
 …しかし、他人には、完璧な支えに見えてしまう。
「…貴女の兄にも、もう一度誰かを愛せといわれましたよ…、そんな事、できるはずもないのに…」
 存分にしゃべって、ある程度気が楽になったのか、イシェルは絵をまた机のふちに立てかけ、傍らの剣をつかみ、部屋から出ていった。


『レフィナ・クラウド』

 きれいに書かれたサインに、なにかでにじんだ後が無数にあった。


 横顔の少女は、絵の中ですら映える不思議な瞳を、ここではない時から、今へと向けていた。…青年に、自分の幸せを伝えるために。





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