「私的悠久小説9」
熾天使Lv4
〜私的悠久幻想曲八章・責任〜
「わっ!?」
「なんだ…あれ…!」
外に出てみると、道の少し先に青白い炎が渦巻いている。壁のように対した厚さはないが、まるで何かを取り囲むように、円形に燃え上がり、さらに高さもあるため、その中は見とおせない。
『呪縛は解かれた…、我が主の血を以って、我はより高き存在になれる…』
「この声…」
頭の中に直接響くような声は、確かにあの無機質なゴーレムのものだった。
「どう言う事!?」
「ゴーレムへの精霊付加と言うのは、非常に重い制限があります。…それは本来あまり関わる事のない部分が多いのですが、一つだけもっとも注意しなければならないもの。…一周間内に、付加した精霊を支配下に収める事が出来なければ、その精霊はある魔力効果によって邪霊となり、今まで支配していた主を、その命を食らう、と言うのがあるんです」
「それを分かっていながらなぜ知らせなかった!!?」
かなり怒っているらしく、まさに殴りかからんばかりのリサである。…それも当然で、つまり命を狙われる事を知りながら、黙っていた事になるからだ。
「ゴーレムを作ろうとするものならだれもが持っていなければならない知識です」
それに対して、イシェルも態度を毅然とさせる。
「おそらくマリアさんは知らないだろうと思いました。…しかし、魔法を使う以上、年齢や経験にかかわらず、その魔法や技術に対する責任と言うものを持たなくてはなりません。それは、ある時には他人に教えられるものでもあるでしょう。しかし、命に関わるようなものこそ、人から教えられる事は少なく、自力で学び取らなければならないものが多いのです。…今回の事、マリアさんは浮かれすぎて、ちゃんと調査をすることを怠りました。いつもそうなのかもしれませんが、個人単位での力である魔法を使うには、それではあまりにも甘えすぎています」
いつもに比べると、果てしなく早口だ。
…その間、青い炎は決して揺らぐ事なく、その姿を保っていた。
「私もまだその精神的なショックを与えるには早いかと思いましたが、それでも今のうちに悟ってもらわなければ、いずれ…死に至ってしまいます。…今回の事、私にも責任がありますから、ちゃんとした決着はつけるつもりです」
「…」
リサが落ち着きを取り戻した。…言っていることは正しいのだろうが…、
「そこまで言うなら、マリアに傷をつけずに護れるんだろうね」
「その自信がなければ、その前に力ずくで止めていましたよ」
イシェルの微笑には、人を安心させるような魅力がある。どうにもならないようなことを、どうにかしてくれそうな。
「火水王よ!!」
炎に向かって呼びかける。
すると、今まで何かの周りを取り囲むように揺らめいていた炎が、ゆっくりと裂けていく。
「…それ以上、その子に危害を加えるな」
一瞬だけ、イシェルの周りの雰囲気が変化したように「見えて」、パティとリサは目を見開いた。
『まさか、汝がそのような事を言うとはな…』
腰を抜かして茫然としているマリアの目の前に、ゆっくりと青い炎が収束する。
現れたのは、ゴーレムでいたときのものとは比べ物にならないくらいの、美しい炎の鳥。…いや、神とすら、表現できる。
言葉は重みがあり、存在感は疑い様もなく一精霊のそれを超えていた。
『汝にも責任があるのだぞ…?』
「そんな事は百も承知です」
次第に集まってくる野次馬達をちらりと横目で見、ゆっくりとその「神」に近づく。
『わざわざこのような小娘の支配を受け、ようやく神の中に名を連ねようかという時に、それを汝は邪魔すると言うのか…?よかろう、まずは汝から食らい、我の地位をより高めてやるわ!』
「下がっていてください」
もはやなにも出来ないと悟った二人と、それから集まった人達を無理矢理下がらせて、かなり大きめのドーム状結界を張り巡らす。
『死ね!』
青い鳥が大きく口をあけた。
瞬間、いくつもの光球が放射状に降り注ぐ。
「刹那の異形を導く、幽玄たる風よ」
それらは全て、マリアやイシェルに当たる少し手前で方向を捻じ曲げられ、関係のないところで爆発を起こす。
一発一発は、ルーンバレットの魔力球を十集めた程度の破壊力だ。
「お返ししますよ、ヴァニシングノヴァ!」
『甘いわぁ!』
互いの光球が、空中で交差し、思わず手をかざした周囲の人たちの期待を裏切ってあっさりと消滅する。
目線を「神」から一時もそらさずに
「…マリアさん、なぜこうなったかお分かりですか…?」
「…」
まだ茫然としているマリアは、それでも、ゆっくりと首を振る。
「貴方は、少し浮かれすぎたようですね…。だれもが知っていなければならない知識を、貴方は調べようとしなかった。…ゴーレムに宿った精霊は、一周間内に支配しなければ、邪霊となってしまうんですよ。…そして、今まで主だったものの命を狙う」
「…」
少しずつ、理解の光がその瞳に宿る。そして、戻ったのはいつものマリアだった。
「だって、でも、とっても優しかったんだよ!いろいろと手伝ってくれたり、友達になったんだよ!」
「それを、貴方が壊したんですよ」
「…!」
イシェルの口調は、その一言は、とてもいつものような雰囲気ではなかった。…凍てつくような雰囲気すらある、氷の言葉。
「貴方がちゃんとした知識を持ち、それを実行していれば、こんな事にはならなかった」
「本当…なの…」
『真実だ、主よ。…しかし、貴方には感謝すべきかもしれないな…、このように大きな力を授かったのだから…』
「違うよ…!違う!こんな奴じゃなかった!ねぇ、どうして変わっちゃったの!」
『言っただろう?…あなたの、せいなのだよ』
「マリア…の…?」
『ふふふ、まぁ今となってはどうでもいいがな…』
「なんで…」
「さて、こうなった以上、倒す事しか出来ません、あきらめてくださいますね」
「そんな!せっかく創ったのに!」
「その創った命を、むざむざと消す事になった理由を、よく考えてください」
「…それは…」
頭の中が真っ白で、考えが上手くまとまらない。…そういう時に出てくるのは、大体、心の奥にある普段の自分。
「なんで、いってくれなかったの!ちゃんとしてたら、こんなにならなかったんでしょう!?」
「どうして、他人に頼ろうとするんですか?貴方が望んだ事でしょう?」
「だってマリア知らなかったんだもん!!どうして何もいってくれなかったの!」
心の中でため息をつく。…できれば、こんな事をいいたくはなかったが、その次の言葉が発せられた瞬間、自分が汚れ役になることを覚悟した。
「イシェルのせいじゃない!!」
刹那の間もあかなかった。
「甘えるな」
怒気をはらんだ声。それは決して大きくは無かったが、絶対的な迫力を持っていた。
「…!?」
思わず、言葉を飲んでしまう。…あまりにショックが強すぎて、涙すら出てこない。体の器官の殆どを中止させ、どうにか意識を保つ。
それは周りにいた人達も同じで、たまたまそれを聞いてしまったものは、その一言で完全に体をすくませていた。
『…』
「神」ですら、その動きを止めている。
「自分で責任の取れない事に、手を出さないでください!貴方の知識が曖昧なせいで、自分の命は愚か、他人の命まで危機にさらしたのですよ!行動を起こすなとはいいません、でも、その行動に細心の注意をはらい、自己に責任が持てなければ、魔法を使う資格はありません!」
「…」
「魔法を使う資格がない」は、マリアにはかなりこたえたらしい。…再び茫然と、虚空を見つめる。
「…貴方には、非常に申し訳が立ちませんが…」
『もう何も語る事はない。…汝が立ち去るのならば、我はこの娘と、この街の者を皆殺しにするだろう』
(すいません)
イシェルがかぶるつもりだった罪を、「神」は肩代わりした。
それは、もとの彼の意思だったのだろうか。
「…我が内に眠る、四方の一族を担う「自由」と「死」の力よ…、再び我に集いて「風」とそして「炎」となれ!」
イシェルの周りに、ある種の力が集まり始める。
『…いくぞ!』
「神」が、その魂を力に還元し、まさに火の玉となる。
そのままイシェルに直撃し、大爆発を起こすが、中からはっきりと、青年の声が聞こえた。
「滅びを…風滅炎塵…」
大爆発と呼ぶのすら生ぬるい、圧縮された爆裂が起こる。
「…」
結界と、「神」を跡形もなく吹き飛ばし、一つの衝撃波もなく、ゆっくりと静寂が戻る。
ようやく自警団がかけつけたころには、既にその場にはなにも残っていなかった。
「…いいのかい?」
「なにがです?」
翌日のさくら亭で、珍しく友人のみが集まっているなかで、リサが物憂げにたずねる。
「あんな汚れ役やってさ」
「別に汚れ役ではないですよ、ただ私が思ったことを少し言っただけです」
「それを汚れ役っていうのよ…」
前日と同じように、パティが飲み物を配る。
ただ前日と少し違うのは、多少人数が多い事。
「…ふん、あのお嬢様にはあれくらいが丁度いいのさ。イシェルが言わなきゃ、私が言っていたよ」
同じく物憂げな調子で、エルがぼやく。イシェルは、苦笑しただけで、なにも言わなかった。確かにあそこまで言わないと理解はしないだろうが、あれが丁度いいとは欠片も思わない。
「それにしても、騒ぎの割にはあまり大事にはなりませんでしたね」
その場にいなかったクリスやシェリル、トリーシャなど学園のメンバーは、なぜなんの後遺症も無くそれが収まったのかしきりと不思議がっていた。
「…あれで騒げるような奴がいたら、見てみたいぜ…」
アレフが机に突っ伏して、思い出したくないと手を振る。たまたまそこにいたメンツは、それに同意するように一斉に頷く。
「…そんなにきつかったですか?」
これがあの怒気を放ったものとは信じられないくらい、のほほんとしている。
「きついなんてもんじゃないよ…」
一応雰囲気だけで飲み物を飲んでいるローラが、ボそりとつぶやく。…その割に嫌われてはいないらしく、相変わらず青年の隣に腰掛けているが。
「これであの悪い癖が、少しでも治ってくれると良いんだけどな…」
「以外と、シーラみたいに清楚になったりな」
アレフがいきなり顔を上げて、冗談めかして言う。…こんな場面でも、さりげない点数稼ぎを忘れないあたりは、さすがである。
「わ、私…?」
当のシーラは、目を白黒させているが…。
と、そのとき
「あ…マリア」
うつむいたままはいってきたアリアをみんなで見つめる。…その視線は、様々であるが、最も多いのは、心配するものだった。
「…」
迷う事なくイシェルの前に来て、しばらく黙ったまま、頭をたれる。
「…ごめんなさい!」
一気に息を吸いこみ、なるべく顔を会わせないようにして、大きな声で謝罪した。
「…私は別に怒っていませんよ…、それより、ちゃんと街の人に謝ってきましたか…?」
「うん…」
「そうですか」
にこりと、首を傾ける。…アレフが隣で、それをいつか使おうと考え、似合いそうも無いのでやめた。
「…これからは、気をつけてくださいね」
…気をつけるとかのレベルではないような気もするが、こういう場合は、安直な方が分かりやすい。
「ごめん…なさい」
全員に謝ってから、ようやく顔を上げる。
泣いていたのだろうか、目の当たりが少しはれていた。それを、おぼつかない化粧で隠している。
「一つだけ、罰を与えましょうか」
「?」
それを拒む様子は無かった。
「もう二度と同じ過ちを繰り返さないために、あるものの面倒を見てもらいたいのです」
「うん…」
気乗りしない調子で頷き、…そして、その瞳が驚愕に見開かれる。
『またよろしくな、主よ。…今度こそ、頼むぞ』
「うそ…フェトリス…?どうして…」
『この御方に修復してもらった。…もう支配の契約は済んでいるが、だからといって気を抜くなよ』
「……ありがとう!」
そして、ようやくいつもの笑いを取り戻す。性格まで元に戻っていそうな調子で、さくら亭から出て行く一人と一体を、優しい目で見送った。
「甘すぎるよ…」
「いいじゃないですか、…まだ、命を背負うには早すぎますよ」
まだぶつぶついっているエルはともかくとして、その場にいた殆どの人間が、よくできた人だと感心していた。
…確かに甘いが、少しは責任感と言うものがつくだろう。
「ま、ああやって笑っているあいつを見てるのも、暇つぶしにはなるかな…」
そのつぶやきは、青年にはとても心地の良いものに聞こえた。