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「私的悠久小説11」 熾天使Lv4


〜私的悠久幻想曲十章・怪奇〜


「ふぅ、遅くなってしまったな」
 エレイン橋を、一人の男が走りぬけようとしていた。
 時間は既に丑三時、ただでさえ雰囲気のあまりよくない時間帯に、最近この橋に出てくると噂の幽霊騒ぎ。足も速くなって当然というものだろう。
「まったく、先生も人使いが荒いよな…」
 白い空気を肌に感じながら、寒そうに手をこすり合わせる。
 さくさくと進むその足が、ふと、とまった。
 橋の中央に来て、その異変に気がつく。
「…な、なんだ、これは?」
 塗りこめたような夜色の中、明らかに『違う』ものが漂っている。どこがどうとは言えないが、確かに違っている。言うなれば、黒よりもふかい黒、そんな煙のようなものが体にまとわりつくように漂い、神経の奥底までを冷水に浸した。
「…な、な、な」
 まともに言葉が出てこない。
 寒さのあまり歯が音をたて、脳まで侵略した闇が恐怖を呼び覚ます。腰が抜け、その場に座りこむが、それすらも別の人のを見ているかのようだった。
「う、うわ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
 本能が体を縛る呪縛を解き放った。
 命にすら関わるほどの狂気が、逃れられない足かせとなる。
 じりじりと引き下がり、後ろを向いて力の限り走り出した。
「あああああああああああああ!!!!!!」
 夢中で走る。足が折れようとも、体力がつきようとも、その足は止まらないだろう。何も考えてはいなかった、ただ今自分が感じてしまった恐怖から、一刻も早く逃げ出したかった。

 …しかし

「ああああああ!!」
 その足は、まったく進んでいなかった。…いや、足は動いている、それも、人間の限界を超えた速度で。…しかし、前には進んでいなかった、体が、宙に浮いていたのだから。
「あ、ああ?」
 もはや言葉になっていない音をのどから搾り出し、恐怖に引きつった目で後ろを見る。
『…ふふ』
「あ、あが…」
 みしっ
 冷たい、それ自体が凍結の魔力では無いかと思わせる冷酷な女の声を認識した刹那、男の頭に、異常な力がこめられた。
 骨がきしむ音がひどく遠くから聞こえた。痛みも、何も無く、ただ恐怖のみに支配された男が、ついに自分を失った。


 そして


 ぐしゃ

『ふふふふふ…、おやすみなさい…』

 幕を開けた赤い惨劇は、月明かりに照らされ、嘘のように静まり返った夜の中に、静かにひきこまれて行った。
 そこに残ったのは、魂まで凍りついたまま、体だけとなった男の骸のみ。



「…ふあぁぁぁぁ」
 珍しく大あくびをしたイシェルを、今日が休みなのをいい事にあそびに(もしくは成り行きで)来ていた友人一同は自らの動きを止めてみつめた。
「…あ、はい?皆さんどうしました?」
 全員から見据えられて、何やら気まずそうに頭をかく。
「いや、お前でもあくびをする事があるんだなーと」
「私は何か化け物とでも見られているみたいですね」
 事実、化け物並の事をいくつかしてきたから、あまり強い事は言えない。
「イシェルクン、今良いかしら?」
「あ、はい」
 全員の分の昼食を何も言わずに作っているアリサが、厨房からイシェルに呼び出しをかけた。料理もかなりできるらしく、ラ・ルナ辺りからそういった依頼がくる事も珍しくない。アリサが手伝いを申し入れるのも、今では日常となっている。
「…う〜〜ん」
「どうしたの、アレフ君」
「いやなに、あいつの素性を考えていただけだが…」
 それを気に、一斉に皆考えこむ。だれもイシェルの過去や素性を知らないので、その疑問に解答が与えられるのは魔だしばらく先の事になるだろう。
「結構のりは良いんだけどな、ナンパとかにも付き合ってくれるし」
「ええ!!?イシェルさん、ナンパとかするの!!??」
 その考えは皆も同じらしく、多種多様な視線がアレフを捕らえる。
「ああ、最も俺が言わなきゃやらないけどな、それに気をきかして、結局は俺一人に任せてくれるし」
「でも、イシェルさんて結構人気があるよ」
「それは学校内での話しか?」
「そうだよ、ねぇ、シェリルやクリスも結構噂とかきいてるでしょ」
 それに頷く二人。…この二人ですら知っているという事は、かなり大きな噂になっているのだろう。
「でも、なんか聞き辛い雰囲気なんだよな、昔の事とか…」
「そうだね〜、なんか話したくなさそうだしね〜」
「…そういえば、私のパパやママとも知りあいだったみたい…」
「ドクターとかもしってるらしいけど」
「リカルドも知ってるみたいだし…」
 それこそ、そういったことには口が固そうなメンバーだけである。きこうにも、真っ向から拒否されるのが落ちだろう。
「結局あいつの事は何も知らないんだよな、ただただいろんな事ができて、滅茶苦茶強くて…」
「話したくない事に首を突っ込むんじゃないよ」
 そういったことにはかなり敏感なリサが、全員を軽くにらむ。
「いやぁ、別に話したくないわけではないんですけどねぇ…」
『うわぁ!』
 複数人数の悲鳴が、見事なまでに調和した。
「…いつもながら、急に後ろに立つのが上手いわね、イシェル…」
 リサが、冷や汗をかきつつナイフに手をかけていたりする。
「なんというか、タイミングが無くなってしまったみたいで…」
 それを完全に無視して、どことなく寂しそうな顔でつぶやいた。
「…う〜ん、そういうもんなのかなぁ」
 かこにこだわっていない人間は、一様に首を傾げるが、リサやエルは、深く頷いていたりする。元より、イシェルにそういった話を持ちかけた人間はいない。雰囲気で気おされてしまうのだ。
「…まぁ、機会があればお話ししますよ」
 それからしばらく、団欒とした昼食風景が繰り広げられた。


「ふぃ〜〜、食った食った〜〜〜!」
「いつも思うんだけど、アレフよく太らないわね」
 あきれ気味にパティが突っ込む。どちらかといえば小食なシーラやイシェル、シェリルなどと比べると、倍は食べている。ちなみに、リサは三倍近い。
「まぁいい男には秘密がいろいろとあるものさ…って、イシェル、お前何してるんだ?」
「へ?あぁ、依頼ですよ、ある少女の肖像画を頼まれましてね」
 そういって、白い紙面にさらさらと筆を走らせる。少し目はきついが、どちらかといえばおとなしそうな、お嬢様系の少女だった。椅子に座り、こちらに微笑みかけている絵だが、これがかなりよくできていた。
「上手いな」
「シュミなもので」
 その答えに、思わず心の中にメモるアレフ。趣味が一つわかっただけでも、かなりの進歩だ。
 …ちなみに余談だが、その少女がアルベルトの妹で、依頼人がアルベルト本人である事は、まだだれも知らない。

「それよりさ、今日の殺人事件の事聞いた?」
 ふと、ローラが街の噂話をし始めた。なんでも今日の明朝に、頭がそっくり無くなった男の死体が、エレイン橋に放置されていたのだという。
 犯人も、目的もまったく謎で、自警団が頭を抱えているという話だった。
「ずいぶんと奇妙ですね」
「でしょ、私も怖くなって…」
 話の途中で、既に耳をふさぎそうな表情が数人ほどいたりする。
「たぶん幽霊かなにかの類じゃないんですか?普通の人間がそんな殺し方をするとはおもえません」
「お父さんも、なんか物の怪であることを前提に調査してるみたい」
 いつまでも頭を抱えていられなくなったのだろう。最近の幽霊騒ぎから、犯人が幽霊であると言う噂が広まりすぎている。なによりも、自警団にいうには的外れな苦情があとを立たないのだ、幽霊ではないとしても、万事に備える必要がある。
「それにしても、もし幽霊かなにかだったら、ちゃんとした対応が自警団だけでできるんでしょうかね?」
「だったら、イシェルクンが調べてみたら?」
 うなりつづけるイシェルに、アリサさんが何気なく言う。それは信頼している事の証しなのだろう。
「はぁ、そうですねぇ…」
 しばらくうなってはいたものの、心当たりがあるのか、イシェルは独自に調査することにした。
 それには、余計なのか心強いのかわからない、いつもの面子も付き合う事になった。





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