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「私的悠久小説13」 熾天使Lv4


〜〜〜私的悠久幻想曲十二章・恒久〜〜〜


 結局の所、なにもできなかった。
 それは、イシェルの友人一同にはかなり大きなことだった。
 青年がなにか闘いを続けている事くらいはわかった。しかし、今回のことにしろマリアの一件にしろ、自分達はなにもやっていない。ただ首を突っ込んで、そして解決の場面を見ているだけである。
 事実は事実なのだが、それではあまりにも無責任になる可能性がある。少なくとも、あのレベルの闘いで、自分の身程度は護れる必要性を感じていた。
 そんな中で、一同にある決意がうまれた。



『護れなかった…』
―何を…?―
『…自分の身に起こったことで、自分以外の人間を死なせてしまった』
―今更そんな心配をしているの?―
『今更?』
―そう、今更よ、あなたがやろうとしているのは、決して一人ではできない事。それ以前 にも、あなたが逃げ出した時点で、多くの人が傷ついているの―
『…それは、そうですね…。もし私がいなくなれば、これは終わるでしょうか?』
―もう、遅いのよ。あなたが選んだ道なのだから、後悔せずに進むんでしょ?―
『後悔…ね。確かに、そう誓った事もありましたっけ…』
―あなたは、もうすこし他人を信じる事を覚えるべきだわ―
『他人を…信じる…ですか。…あなたを失った時に、そんな心は一緒に消えてしまいまし た…』
―…―
『…不幸にするのは、もう自分だけで良いんですよ…』
―…私はね、あなたと一緒にいれた時に、不幸だなどと思ったことはないわ。…真実を知 って、もうすぐ自分がなくなってしまいそうなこんな時でも、あなたには感謝こそす  れ、恨んだ事なんて一度もない―
『…私のやっていることは、間違っているのでしょうか?彼女にこれを知らせたら、多分 彼女は自分を責めるでしょう。…あのときの私のように。そして、彼女はその罪に耐え られるほど、強くはないんではないでしょうか?』
―だから、なにも知らさずに護る?―
『…』
―ねぇ、私に言ってくれた事、覚えてる?―
『…言った事…ですか?』
―人と人が、完全に理解する事はできない。でも、理解しようとする努力によって生まれ た絆が、信じる心となるのなら、それは互いを理解するよりもずっと、人を護り得る力 となる―
『…』
―話すのも手、信じるのも手…。自己犠牲の精神は、行きすぎると悲しみしかうまない―
『…』
―…。私は、もうすぐ消えるわ。自我は完全に残らない。あなたが再び明るく笑ってくれ るなら、きっと未練もなく、私が私のまま消える事ができると思う―
『…あなたは、私をいまでも信じていてくれているのですか…?』
―答える必要もないくらい、ネ―
『…ふっ、はははっ』
―…よかった。最後の最後に、あなたの笑顔が見れて―
『ようやく、過去との決着がつけられるかもしれません。やはり、貴方がいないとダメな 人間でしたね…私は』
―ちゃんと過去形で言えたね。でしたねって…―
『忘れる事はできません。忘れたくはありません。…でも、一歩だけ前には進めそうです よ…』
―…あなたがいったとおり、彼女はきっと耐えられない。罪に、押し潰されてしまうと思 う。…でもね、きっと彼女の周りの人間は、彼女を救う事ができる―
『…皆を信じる…』
―でも、でもね、最後に必要なのは、やっぱりあなたなんだよ…。受け止めてあげてね、 きっと、今のあなたならそれができる―
『…次に会うときは、貴方ではないあなた』
―だめよ、私にいつまでも未来をささげていては…―
『わかっています。…きっと、あなたの罪も償って見せます』
―…もう、行くネ―
『…さような…いえ、最後にはふさわしくありませんね。…ありがとうございました…』
―…ふふ、良くできました…―
『では…』
―…ごめんね…さようなら…―
『最後は笑顔で、でしょう?』
―うん!―
『…さようなら』



 だれよりも一番、愛しかった人…



「レフィナ…」
 急に青年の口から漏れた声に、クラウド医院までその様子を見に来ていたアリサは少し痛ましそうな、そしてなにかを納得したような表情で、傍らで同じく様子を見ていたシーラに視線を傾けた。彼女もアリサを見、その清楚な顔をある種の女性特有の表情を持って、視線を返す。
 二人申し合わせたように同じタイミングで、イシェルの先程までとは正反対に穏やかになった雰囲気を見て取った。
「どうした?二人とも…」
 ほんの少しの間だったのだが、ちょうどそこに、ドクターがやってきた。
「…ふむ、ずいぶんと楽になったみたいだな」
「あの、イシェルくん、なんで倒れちゃったんでしょう?」
 シーラが、その時の情景を思い出しながらたずねる。正気を失っていたクリスに、何か歌のようなものを歌っていたと思ったら、まぶしいくらいの光が辺りに広がり、そしてクリスが元に戻ると同時、青年は地に倒れふしていた。
「…イシェルは、寝言で何か言っていたか?」
 再び、アリサとシーラが顔を見合わせる。
「どうして分かったんですか?」
「おそらく、イシェルがやっていたのはこいつが考え出した呪歌の一種だ」
「…?」
 話しの関連性が見えない。
 静かに情報分析をするアリサが、イシェルが以前言っていた言葉を一つ思い出し、そしてそれを口に紡ぐ。
「歌には、人の心を動かすほどの思いが込められている。だから、それを逆流させる事で、負の感情を吸い出す事もできる」
「アリサさんは、どうやらイシェル本人から聞いたことがあるみたいですね」
「えぇ」
「つまり、その人が持っている嫌な感情を、全部肩代わりする…?」
 まとめるような意見に、ドクターははっきりと頷いた。
「その通り。…この街にくる直前にも、一度やったことがあるみたいだ」
「でも、だからと言って倒れてしまうほどの…」
「昔のこいつだったら、きっと大丈夫だろう。…しかし…」
 そこで言いよどむ。直接それに関して治療に当たれる訳ではないのだが、患者のプライバシーにも関わることである。
「…イシェルクンは、『さようなら、レフィナ』と…。確かレフィナさんと言うのは、何年も前に亡くなったクラウド先生の…」
「妹だ」
 ドクターの表情は、驚くほどに穏やかだった。
「!?」
 シーラはその目をいっぱいに見開いた。
「そして、イシェル…こいつの…」

「好きだった人です…」

「!?」
 これには全員が驚いた。いつのまにか目を覚ましたイシェルが、こちらを見ていた。
「…何時から目を覚ましていた?」
「妹だ、のあたりからですが」
 まだふらつくのだろうか、軽く額に手を当てて、一つ息をつく。
「…俺よりも、お前の方が立ち直りが遅いとはな」
「まぁ、あんな分かれ方ではね…」
「…」
「あ、勘違いはしないでください。…前にも言いましたが、もうあなたを恨んではいませんから」
 苦笑しながら、身体をベッドから這い出させる。
「…そう信じたいものだ」
 ドクターはそう言い残し、軽い微笑とともに病室を出た。
「…大丈夫なの?」
 重苦しい沈黙に先んじて、アリサがたずねる。シーラも、表情で似たような事を言っていた。
「特に問題はありません。今までは多少心が不安定だったために、人を享け入れるには少し許容範囲が狭すぎただけみたいですから…」
 …そこで、青年は剣を手に取る。病室内にはそんなものはなかった。イシェルが、ここに呼び寄せたのだろう。十年以上も前から自分の愚行を見つめつづけてきた相棒とも呼べる長剣。
「お二人に、少しお話があります。…今、時間ありますか?」
 珍しく、イシェルが相手の目を見ないで話しかけた。
 二人がここにいるのは、たまたま今日は暇だったからで、その申し出は、当然のごとく承諾した。なにより、拒否などできるような雰囲気に無かった。
「特にシーラさん。…あなたにはかなりショックなお話になるかもしれません。…でも、自分を責めるような事は決してなさらないように」
 途端、非常に不安そうな顔になるシーラ。
 こうまで言われて、不安にならないほうがおかしい。
「まず、謝らなければいけない事があります」
 そこではじめて、二人を見る。距離にして数歩にありながらも、青年のその姿は何処か遠くにいるような錯覚を覚えた。
「謝る…?」
「私の本当の名前は…、イシュアウェル・ウェイド・カタトリア…」
「ウェイド!?」
 その名前は、シーラには聞き覚えがあった。小さいながらも今だ帝国として、その権力を維持している魔法国家である。
「名前に国名…?」
 そこから思い当たる事は、一つしかなかった。
「ウェイド帝国、第三十代目皇位継承者…。それが、私です…」





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