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「私的悠久小説14」 熾天使Lv4


〜〜〜私的悠久幻想曲一三章・無常〜〜〜


「…これで、全てですかね…」
 イシェルの話を聞き終わった時、二人はそこに立つのがやっとだというようによろめいた。特にシーラは、ショックのあまり声も出ないようである。
 完全に感情が死に絶え、もろく崩れ去っていくガラス細工のように、あまりにも虚ろに見えた。
「…そう、イシェルクンがこの街に残ったのは…」
「決着をつけるため、そして…」
 いまだに、世界に戻ってこれないシーラに視線を向ける。慈しむように。しかし、同情や哀れみは一切なかった。そこにあるのはただ運命を享受したものの、その凄惨たる過去すべてを内包し、なおかつ失わなかった最後の純粋な心…。
 『優しさ』だけだった。
「傷つかないように、護るため…」
 だれが、とは言わない。それは聞くまでも無く、イシェルが大切に想うものであるから。
「…わ…」
 ようやく、何か言葉を紡ぎ出そうとしている。それは誰に向けられたものでもなく、言い聞かせるでもなく、何も持たない、爆発し霧散した感情の欠片が引き起こした、悲しい決意。
「…私が…、いなくなれば…」
「どうして、そう思うんですか?」
 そんな時の青年の口調は、剥き出しにされた想いを享け止められるだけの包容力を持っていた。逆にそれが鋭さをもつならば、決して逆らうことのできないであろう、説得力すら含んでいる。
「…私が、いなくなれば!傷つく人が減るわ!」
 大きくはないが、強い声。青年の言葉は、それほどまでに大きな影響を及ぼすものだったのだろうか。
「だめですよ」
「…!」
 アリサは、完全に傍観を決め込んでいた。イシェルの手におえなくなったならば、自分がその代わりを勤めようと。しかし、実際の所そんな心配は一欠けらたりともしていなかったが。
「貴方がいなくなって、どれだけの人が悲しむでしょう?大切な人を悲しませたくないのならば、まず今を生きることをお考えなさい」
「でも!大切だから!だから、…傷つけたくない…」
「信じてあげましょう。あなたが大切だと想う人を。あなたは巻き込まれただけ。あなたを護る事に疑問を抱くような人ならば、あなたは決して大切だと想わなかったはずです」
「…私には、何もできないの…?巻き込まれたからといって、護られているだけ…?無くなってしまえば、傷つく人が減るのに…」
「そしてその分だけ、他の人が傷つくでしょうね。根本の解決にはなり得ません」
 容赦は無かったが、冷たくも無かった。知らずの内に生気を取り戻し、そういう事じゃないと反論しかけた時、
「あなたは何もできないといいましたね?本当にそうでしょうか?どんなに小さなことでも、最初から逃げようとせずに、自分を見つめる事も、出きる事、の内にはいるような気がしますけれどね?」
「私は、そんなに強くない…」
 その場に、崩れおちる。涙は出てこなかった。温室で育てられてきたシーラが、ここまでの感情を持ったのはほぼ奇跡にも近いのだが、さすがに自分自身の許容範囲を超えていたらしい。
「さて、ここであなたには一つ選択があります」
「…」
「この場での記憶を完全になくし、今まで通りに生活して行く事」
「!?…忘れる…?」
 ふわりと、暖かいものがシーラをつつんだ。
「…イシェルさん?」
 異性に、抱きしめられたのは父親以外では初めてだった。でも、不思議と拒絶感はない。イシェルの中から今は完全にその影を潜めた、あの心の葛藤が、今度は目の前の少女にうつっている。
「ごめんなさい。本当はお話するべきではなかったと、昔の私なら考えていました。わざわざつく必要のない傷で、心を痛めることはないと。…それは、私のエゴなのですけどね。貴方が、選んでも良い事でしょうから。貴方が自分で選んだ道を、私も一緒に護ります。何もしらないままでいるのなら、決して貴方に関わりの無いように、貴方が自らで望むのなら、たとえ何があろうとも、護り通します。これも私のエゴですが、それでもかまいません。もう、どんな後悔であれしたくないんです。…選ぶのは時として辛い事になるでしょう。でも、選ぶからこそ自分として生きられるのだと、そう私は思います。時間の制限はありません。貴方が思うような選択をしてください。それが一人では困難な事であるのなら、私でよろしければいくらでも力をお貸ししますから…」
 そして、手を離す。
「…」
 選ぶ。
 本当に自分は選ぼうとしているのだろうか?彼の意見に追随しているだけではないのか?自分で出きる事、そしてそれの意味。
 いままででは考えなかったような事まで、今ここで一気に答えを求められている。辛い事だが、誰も自分を苦しめ様とそうしている訳ではない。一瞬ほど短くはない時間、シーラは全てまかせてしまおうとも考えた。辛い思いをしなくても、と彼は言ってくれたし…。きっと青年なら、選ぶのが辛ければまかせてしまえば良い、というだろう。
 …本当にそういうだろうか?しばらく考えて、それは違うと判断された、今までの青年を見て、それはないだろうと。だとすれば、なんというのだろうか…?
 そして、頭の中に一つの答えが生まれた、全てがつながった、自分なりの答え。
「…私にできることは…、たぶん…」
 他人に対してこれだけ爆発したのは、これが初めてだった。


「さ〜てぇ!今日も頑張るぞ〜!」
 アレフが、いつも通りの感じでさわやか青年モードに移行していた。軽く伸びをした様は、この寒い気候にはまったくそぐわない、というよりも、寒さをまったく感じていないのではないかとすら思えた。
 そして、何故か隣にはイシェルがいる。
「アレフ、なんで私までつき合わせるんですか?」
「ちょうど良い二人組がいたんだよ〜」
「はぁ、別にクリスさんでも…」
「いいから、いいから!」
「ふぅ、まったく…」
 程無くして、アレフの目的地であろう、桜亭が見えてきた。リカルドからの全面協力がこの街では得られるので、イシェルの情報網はかなりの速度と正確性を持っている。そして、
、その女性達の正体を、イシェルは知っていた。
「いらっしゃ〜い!って、アレフとイシェル?また付合わされてるの?」
 パティが、なかにはいるなり客用から友人用へと変化した接客モードで出迎える。その様子を見るに、今はまだ朝早い事も合って、客がいないのだろうと推測された。
「ご挨拶だな〜、そんことばかり…」
「はいはい、どうせ昨日泊まりに来た女の子達の事でしょ?あそこにいるわよ」
 珍しく協力的(?)なパティが指し示した場所には、なるほどたしかにアレフが目をつけそうであるいずれ劣らぬ女性達だ。
 一人は長い黒髪に異国の民族風の服、そして翳りの有る表情が印象的な少女。
 もう一人は、少し年上の、頭にバンダナをまいた良いお姉さんタイプであろう女性。腰に下げた帯剣は、かなりの業物である。
 そして、アレフの予想外に、もう一人いた。茶色の長い髪を首にマフラーのように巻きつけ、どことなく儚げな印象を受ける少女。
 三人は何かを相談しているらしく、はいって来て、なおかつ近付いてくる怪しい男の影には気づいていなかった。
「…だから、ここに…」
「でも、それだととおまわ…」
「てっとりばやくいくには…」
 小声の相談事が、だんだんとはっきりと聞こえてくる。
「あ、アレフ、その人達はダメで…」
 イシェルの制止など耳に入らないようだ。そのままつかつかと近付き、そして次の瞬間
「やゃやぁそこの可愛いお嬢さん達!そんな暗い顔してないで、俺と一緒に楽しい時を過ごさないか?」
 参院は、当然のごとく驚いた。流れ出てくるような台詞に、反応できないほど。ただ剣士風の女性だけは、すぐに事情を察知して、きれいに片目を閉じて見せた。
「ごめんね、これでも今は忙しかったりするの。お姉さん達なんかじゃなくて、もっとかたぎの子にしなさいな」
 しかし、その程度でひるむアレフではない。すぐに次の標的を魔だ茫然としている二人に変えた。
 だからこそ、気がつかなかった。女性がアレフの後ろを見て、軽くウィンクした事を。たまたま後を追うようにトリーシャが入ってきたことを、そしてトリーシャが、背中からチョップ棒を出してイシェルに渡した事を。
 いまだこまっている少女二人は、事態についていけていない。そして、アレフも状況確認をし忘れていた。
 だから、背中から軽い殺気が漂ってきた時には、もう遅い。
「人の忠告は聞くものですよ?だめだといったのに聞かない人には…」
 二人の少女も、ようやくアレフの後ろに人がいるのに気がついた。そして、その二人が驚きで声をあげるよりも早く、イシェルはチョップ棒を振りかざした。
「覇王剣、奥義!『魂刻み』!」
 空気が切れたような感覚。
 たまたまパティが見ていなかったのと、客が他にいなかったのが幸いした。チョップ棒とは言えども、土着の神を葬れるほどの大技は、アレフをあっさりと(危険性のない)眠りにつかせた。
「おまえ…、最近突っ込みが激しいぞ…」
 最後の言葉は、その場にいる全員の胸に等しく刻み込まれてしまった。


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