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「私的悠久小説15」 熾天使Lv4


〜〜〜私的悠久幻想曲一四章・焉絶〜〜〜


 倒れたアレフを前に…。
「さてさて、アレフが寝てしまったので…」
「イシェルさんが寝かしたんでしょ?」
 そういうトリーシャにも、罪悪感は感じられない。ちなみに、なぜ背中からチョップ棒が出てきたのかは謎のままである。
「どうも、お久しぶりです」
 イシェルにしては珍しく、きざっぽく一礼する。
「ひさしぶりね〜、イシェル君。もしかして、一年ぶり?」
 今起こったことなど目に入っていない口調で、剣士風の女性が再び片目を閉じる。
「そうですね」
「こんな所で会えるとはおもいませんでした」
「私も同じくです。まぁ、いずれ会うとは思っていましたが…」
「…相変わらず、先読みが早いですね」
「そんな事はありませんよ。…魔宝をお探しなんでしょう?だったら、こちらの方に一つそういう反応がありましたから…」
 完全に内輪の話に入ってしまったイシェルの服を、後ろからトリーシャが引っ張る。
「ねぇねぇ、イシェルさん…」
 くるりと振り向いた青年は、先を聞かずに話し始めた。
「紹介が遅れてしまいましたね、えっと、彼女達は…」
 その先を口にするよりも早く、
「うおりゃああああ!」
 これもアレフにしては珍しく、雄たけびを上げながら飛び起きる。執念というのか、なんともはや凄まじい気力である。
「…トリーシャちゃん!ひどいじゃないか!」
 イシェルにあたるとまた何をされるか分からないので、手近にいるいいあっても平気な少女にくってかかる。
「だってぇ、ボク女の子だもん。男の人には逆らえないの☆」
「だぁ〜!」
 だれが何処から見てもどつき漫才だ。
 十代前半にしてアレフのように人生経験がわりと豊富な男ですら手玉に取る…。トリーシャを止められるのは、だれもいないのかもしれない。
「はぁ」
 思わずため息をつくイシェル。あきれながらも、これからの事を思うとこの位の調子が一番良いのかもしれないとも思う。
「イシェル君…お取り込み中悪いんだけど…」
「あぁ、もう発つんですか」
「えぇ、おかげで魔宝の場所が確定できたからね」
 一緒にいたほかの二人は既に勘定を済ませている。
「なんのことでしょうね?まぁ、頑張ってください」
 剣士の女性は、何かを懐かしむように笑った。
「あなた、本当にロクサーヌに似てるわ。…それじゃ、また会いましょ」
「えぇ」
 イシェルは言われた名前の人間を知らないが、似ているという事は、色々と隠し事の多い人間なのだろう。
 女性が出て行くのを見送り、漫才がいつのまにか恋愛談義に発展しているアレフとトリーシャの方に向き直る。
「アレフ、彼女達は行ってしまいましたよ」
「なにぃ!?」
「あ、本当だ…。まだ名前聞いてなかったのに」
「良いじゃないですか、いつかまた会えますよ」
「一生の不覚だ〜」
 まるで世界の終わりのように、アレフが頭を抱え、うずくまってしまった。
「彼女達…というか、三人の内の一人はどうやってもダメですよ」
「なんでそんな事が言えるんだ?」
「彼女達が旅をする目的が、『そのため』だからですよ」
「なるほど…」
 悔しいが、なんとなく納得してしまう。
「それよりもアレフ、よくあんな短時間で回復しましたね」
「まぁ、鍛えてるからな、これでも」
「鍛える?そんな必要があるんですか?」
 心底訝しげなイシェル。アレフの普段の生活に、戦闘能力が必要だとは思わないだろう。
 内心を隠し、はぐらかすアレフ。
「まぁ、いろいろとな…。それより、店のほうの調子はどうなんだ?」
「あ、それボクも聞きたい」
 急に居座る事になって、普通は仕事など簡単には見つからない。もっとも、残ることについては、喜びを感じたトリーシャだったが。
 腕組みをし、思案顔のイシェル。いつもの雰囲気とあいまって、何処までが本気で何処までが演技なのか、よくわからない。
「う〜ん、まぁ良いんじゃないでしょうか?少なくとも、私の分の食費よりかは、潤っている事は確かですね」
「でも、お前ほどの力があるなら、もっと色々とひきうけられそうだけどな」
 アレフが言っているのは、物騒な事件のことだろう。
「私にどれほどのことが出きるかは分かりませんが…。自警団の第三部隊に、最近『そっち』方面でかなり優秀な力を持った人が入ったみたいでしてね、そう言った類の依頼はほぼそっちにまわっているみたいです」
「へぇ、まぁ危険な依頼がまわって来ないのも、アリサさんの人徳かもしれないな」
 しばらく他愛の無い話しで時間をつぶす。
「そういえば、トリーシャ。学校に行くんですって?」
「そうだよ〜。前からずっとお父さんに言われてたし、ボクも一度どんな所か行ってみたかったしね」
「ということは、マリアが先輩になるのか…?」
 想像がつかずに、首をひねるアレフ。あまり、尊敬できるような先輩でないのも確かではあるが。
「想像つきませんね、ちょっと」
「う〜ん、そんなに堅苦しく考えないと思うよ…と、ごめん、ボクそろそろ帰るね」
 気づけば、外は紅に染まっている。
「む、俺の方もそろそろ時間だな」
「はい?」
「決まっているだろう。新しい恋を探すためのだよ」
 どこぞの教授ぶって、偉そうに胸を張る。その言葉を借りると、そろそろ人が帰り始める時間帯は、色々と声がかけやすいのだそうだ。
 で、当然のごとくイシェルも付合わされる。
 どうやらイシェルは、周囲の人間がいっているようには、アレフの所業に対して反感を持っていないようだった。
「それにしても、もう一通りは声をかけたんじゃないでしょうか?」
 アレフの『恋人』が何人いるのか正確な数は知らないが、こう声をかけつづけているのを見ると、もう全員にたいして一通りは声をかけているのではないかと思えてくる。
「まだまだ甘いな…。こう見えてもエンフィールドは広いんだぜ、まだまだ見た事のない娘だっていっぱいいるのさ」
 なんだかんだいっても、女性を悲しませる事はしないアレフだから、イシェルも咎めはしない。
「それじゃ、また明日ね〜」
「ああ、じゃあな」
「それではまた」
 簡単な挨拶で別れ、これからの行動目標をアレフに聞いてみる。
「ま、そこらへんを歩いていればいいんじゃないか?」
「…以外と適当なんですね」
 何処かで聞いたような台詞をつぶやきつつ、歩き出したアレフについていく。
「おっ!おおおっ!!」
 少し歩いた所で、どうやらアレフが目標を視覚内に捕らえたようだ。
「見つかりましたか?」
 イシェルも同じ方向を見てみる。なるほど、確かに見なれぬ女性がきょろきょろとあたりを見まわしながら歩いていた。少し年齢的に幼いようだが、アレフの許容範囲内であるらしい。
「ああ!おそらくこの街の女性じゃないけどな…よし、イシェル、行くぞ!」
「って、向こうは一人じゃないですか」
「いいんだよ、とりあえず一緒にこい」
 そして、自然を装い目標の人物に近付く。相変わらずきょろきょろと、何かを探しているそぶりの少女に、まさしく声をかけようとしたとき、少女の方から逆に声をかけてきた。
「…き」
「あの!ジョートショップって何処ですか?」
「あ、え、あ、ジョートショップ、かな?」
 いきなり相手のペースに巻き込まれるアレフ。実は、意外と押しは弱いのかもしれない。
「はい!ちょっと用事があるんです」
 とことん無邪気な笑顔を浮かべ、アレフから完全に毒気を抜いてしまった。
「ジョートショップなら、ここを真っ直ぐ行けば分かるよ…」
 疲労の濃い顔で、指をそちらに指し示す。なぜか、目の前の少女をナンパしようという気は失せていた。
(…今日のところは)
 …という注釈がついたが。
「あ、そうなんですか!ありがとうございました!」
 手を振りつつ、去って行く少女。
「…はぁ、なんかトリーシャちゃんのせいで、ああいう子に弱くなってる気がするなぁ」
 そうつぶやいた時。
「いつかお礼させてくださいね〜!」
 そんな大声が聞こえた。最初、誰に言っているのか分からなかったが、どうやらアレフにいっているらしい。乾燥した海藻が水につけられたときのように、急激に元気を取り戻し、傍らの青年に向かって笑いかける。
「聞いたかイシェル、お礼がしたいだって…って、あれ?どこ行った?」
 いつの間にやら、青年の姿は消えていた。いつもの事なのであまり気にはしないが、そのまま立ち去るのもなにか悪い気がして、既に暗くなり始めた周囲に向かって一応呼びかけてみる。そこにあまり現れるのを期待したものはなく、独り言にも似たものだった。
「お〜〜い、イシェル!?」
「はい、なんでしょう?」
「うおあ!!?」
 ただ誤算は、何時もとちがって青年が実際にいたことだろうか。心臓に悪い謎多き友人に、アレフは剣呑な視線を向ける。
「イシェル〜〜、現れるなら現れるといってくれよ…」
「それは無茶な相談ですよ〜、隠れてたんですから」
「かくれ…て、なんで隠れる必要があるんだよ?」
「いえ、ちょっと…」
 苦笑いして、あたりに手を振る。その仕草は、何処かごまかしているようにも見える。
「もう遅くなりますし、私はこれで失礼させてもらいますよ」
「あぁ、すまなかったな、色々引っ張りまわして」
「いえいえ、退屈しませんでしたから」
 …去って行くイシェルを見ながら、アレフは一つ思い出す事があった。
「あ、あの子ジョートショップにいったっていうの忘れてた」
 そして、もう一つ、先程よりもはるかに重要な事を思い出した。
「あああ〜〜!!そう言えばあの子、名前すら聞いてない!!」
 アレフのナンパ人生において、今日は最も大きな汚点のついた日であった…。



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