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「私的悠久小説16」 熾天使Lv4


〜〜〜私的悠久幻想曲十五章・深炎〜〜〜



「…、だれも…いませんね」
 既にほぼ闇に包まれた周囲を見まわし、イシェルは小さくなにかを唱えた。
 瞬時にしてその場から消えた青年。今まで人が立っていた乾いた地面を、刺すような風がたたいた。
「…っと」
 瞬時にしてジョートショップの前まで転移したイシェル。
「あれ、イシェルさん?」
「!」
 後ろからかけられた聞き覚えのある控えめな声に、妙にぎこちない動作で振り向く。眼鏡をかけた小柄な少年が、心底不思議そうな表情で真後ろに立っていた。
「…クリスさん」
「??」
 妙に汗をかいた言葉を聞き、思い立ったように手をたたいた。
「あぁ、もしかして、急に僕の目の前に現れた事を気にしてるんですか?」
「あ、あはは…」
「大丈夫ですよ、イシェルさんが今更テレポートを使えたところで、皆驚きません」
 妙にきっぱりと言い放つクリスを、イシェルは少し複雑な表情で見た。
(…多少、力を見せすぎたかもしれませんね…。封印を解くのは、なるべく控えておきましょうか…)
「イシェルさん?」
 気でも悪くしたのかと心配したのだろうか、クリスが覗きこんでくる。大丈夫ですと小さく応え、それから何でここにいたのかを尋ねてみた。
「あ、僕イシェルさんにお礼を言いに来たんです」
「お礼?」
「僕の中に残っていた、あの人の怨念を、全部肩代わりしてもらっちゃったみたいだから」
「?」
 それは普段隠している事で、クリスには話していないはずだった。
 いくら防護していたといえ、他人に体を支配されるのはとてつもなく負担がかかる。罪悪感とも似た、その負の感情は、時として人を狂気にまで陥れる。
 ドクターの話を聞いていたシーラとアリサも、その事を知っているが、青年はまだ気がついていないらしい。
「だれに聞いたわけでもないですよ、ただ、なんとなくそう言う気がしたんです」
 その割には、間違い無いと思っているようだ。
「…なんのことでしょうか?」
 ごまかしになっていない言い逃れではぐらかすイシェル。クリスは一つ笑い、なにも言わずに頭を下げ、走り去って行った。
「…どうやら、知らない間に信頼されてしまったみたいですね」
 それが迷惑な事であるかのように、顔を思いきりしかめる。しかし、一瞬後にはいつもの表情を取り戻し、ジョートショップの扉を開けた。
 からんからん
「あ、お帰りなさいっす」
「テディ?もう暗くなりますよ、どこへ行くんですか?」
 入ってすぐに、出ようとしているテディとはちあわせた。中の人間は、複数人数の談笑の声でイシェルの帰還には気付いていないらしい。
「さくら亭で、何かおつまみをもらってくるっす。お客さんが来てるっす」
「…。ついて行きましょうか?」
 お客、の正体については大体予想がつくため、あえて質問はしない。テディ一人では大変だろうと、ついていくことを申し出たが、
「一人で大丈夫っす。それよりも、お客さんはイシェルさんにっすから、早くあってあげるっす」
 と笑顔で断られた。
「気をつけてくださいね?」
「うぃっす!」
 とてとてと歩いて行くテディ。
「…」
 複雑な表情のイシェルは、小さくなにかをつぶやいた。

「それじゃ、イシェルクンって…」
「はい、ああ見えて…」
 アリサと、エンフィールドでは見たことのない男女が二人ずつ、アリサと向かい合わせに座り、なにか会話しているようだ。その雰囲気は和やかである。
「でも、一見しただけだと全く分かりませんよね、どう見たって二十歳前後ですからね…」
 風の雰囲気を持つ赤髪の青年が、慇懃な口調で肩をすくめる。今ははずしているが、先ほどまではかなり物騒なものを身につけていた。
 隣で、アレフが声をかけた少女が笑った。無邪気に体を揺らし、翠の髪がゆれた。その隙間から見えた耳が、少しとがっている。一目で魔術師だとわかるようなローブの色と合わせて、迷彩色にも見える。
「それを兄様にいったら、きっと怒られるわよ」
「それを言ったら、私もそうですわ」
 気品を感じさせる、上品な女性。外見的には、二十歳、イシェルと大体同じ位である。
「すいません、王女様。…でも、絶対に三十三には見えませんよ?イシェル様も、王女様も…」
「それは、誉められているとうけとってよろしいのでしょうか?」
『!!』
 噂をすればなんとやら。しかしイシェルと言う男は、人を驚かせる事がとことん得意のようだ。今まで気配すら感じさせなかったのだが…。
「あら、おかりなさい」
「ただいま帰りました、アリサさん。…それから、お久しぶりです、皆さん…」
 前半はにこやかに、後半は何処か悲しそうに。
『イシェル様!!』
「あらあら」
 感情を爆発させた新しい友人四人と、その中心で笑っている『息子のような』青年をみて、アリサは昔を思い出した。
(見ていますか?あなた…。あなたはきっと最初から、恨んでなどいなかったのでしょうね…。今ここにいるイシェルクンを見て、今まで抱えた黒いものが、全て流れたように感じました。たとえ、貴方の仇であっても…)
 イシェルはまだ知らない。自分が奪ってきた数多くの命の中に、アリサの夫が含まれている事を。ただ、なんとなくは気付いているのではないだろうか、と、時々思う事がある。だからこそ、あんなに申し訳なさそうな表情で、こちらを見るのだろう。


「…さて、と」
 一騒動終わって夜中、イシェルと、合流した仲間四人は、残りの二人が待っている、雷鳴山のふもとへと来ていた。これからの行動と、あらゆる場合を考えての対応を話し合うためだ。
「ゼクス、如月…」
 月明かりのみに頼らねばならない暗闇の中で、強い風に揺られる木々の合間から、二人の影が出てくる。
「お久しぶりでございます。イシェル様」
 暗がりの中でもはっきりと判る純白の鎧に見を包んだ壮年の男性が、イシェルの少し前で跪く。
「さてさて、これでそろってしまいましたね」
 後ろの四人も対象に含め、何処か咎めるように嘆息する。数年前まで、イシェルのその全てに惹かれ、仕えていた仲間達。

「協力を承諾してくれたものは、既に天使の一個師団とともに、魔族と交戦中です」
 如月が、現状の報告をする。
「…一個師団、ね…。なるほど、さすがに低級魔王さん程度が相手では、そうそう天使達も動かせませんか」
「司令官は、権天使が勤めています。数は、大天使三十、天使百五十です」
「まぁまぁ、ですかね。…ラファエルさんも、ずいぶんと人に染まったようですね」
 軽口をたたきながらも、その頭の中では大体の顛末の予想がついている。
「アーククラスからの魔族が、殆ど『こちら用』にまわされるみたいです」
 そこで始めて、イシェルの表情が曇った。
「…まずいですね」
 街の人達に被害が出るのは、イシェルが一番警戒している事だった。
 ゼクスと呼ばれた男性が、考えをまとめつつ意見を口にする。後ろの四人は黙ったままだ。こういったことに関しては、この三人は飛びぬけて頭が回る。意見があれば口にするが、基本的にはこの三人が決定するようだ。
「やはり、シーラ殿とともに、戦場を移したほうが良いのでは」
 この六人は、何が起ころうとしているかの把握が完全にできているようだ。
「…いいえ、限界まで、周囲に感づかれないように行きましょう。…我々がどうこうよりも、まず優先的に『その後』を考えます」
「しかし、そこまで甘くは…」
「ないでしょうね」
 いたずらっぽい笑顔を浮かべて、指をピッと立てる。
「『その後』のためには、限界での逆転も必要ではないかと…」



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