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「私的悠久小説17」 熾天使Lv6



〜〜〜私的悠久小説十六章・布石〜〜〜


「へぇ〜〜〜!」
「イシェルさんの」
「お仲間…ですか」
 一見すると風変わりなその一団を見、そしてエンフィールドでいつもの面々が半ば茫然気味につぶやいたその言葉で、その日は幕を開けた。

 今まで影すら見せた事のなかったイシェルの昔馴染みは、全部で六人。全員が全員、数年ほども前からのイシェルを知っている仲間達。
 さくら亭に唐突に現れた集団にも、慣れと言う物なのだろうか、特に不信感は持たなかった。それだけ、青年が信頼されているという事なのだろうか。

 どうやら遠い国の王女らしい、気品のただよう清楚な女性。いや、外見だけで判断すると、少女、ともいえるかもしれない。その美しさは比類なきものなれど、冷淡ではなく、太陽のごとき暖かさを持っていた。黒い髪、黒い瞳で、その雰囲気はシーラと似る。しかし、何か年季のような物を感じさせるのは、やはり『彼』に昔から付合っているからなのだろうか。もっとも、それは他の五人にも言えることだが。ルメリス・イルフォーラ、それが彼女の名前だ。

 半森妖精と自分を紹介した、こちらは何処をどう見ても幼いの域を出ない魔術師風の少女。緑色の髪と、瞳、それからローブのおかげで、確かに森の雰囲気を持つが、どちらかといえば破天荒な明るさは、エルとはまた違っていた。それは、所謂ハーフだから、なのかもしれない。自らの名前を、シャルテ、そういった後、彼女は言いよどんだ。イシェルに、妹のように可愛がられ、その名も一緒にもらったらしいが、それは簡単に名乗るような物ではないと判断したのか、そこから先ははぐらかした。イシェルによってはぐらかされるのになれてしまった者は、大して気にもとめなかったようだが。

 口数の少ない如月という女性。落ちつきのある点ではルメリスと同様だが、どちらかといえば近寄りがたい美貌。ただ、笑うとみえる八重歯がそぐわず可愛さがある。極度に濃い青の髪を肩の所で切り揃え、全体的に黒い服を着ているため闇夜などには平気でまぎれてしまいそうだ。『影の民』と呼ばれる一族らしいのだが、エンフィールドにその名前を知る物はいない。

 壮年の騎士、というのが一番しっくりくるであろう。精悍な顔つきをした、初老の男性。名乗る声も、それに相応しい物だった。どちらかといえば俗世間には興味がなさそうでいて、実は以外とトリーシャの話について行けるほどに俗物らしい。ただ、堅い話し方でそういう話題を話されると、見ている方としては非常に面白い物がある。ゼクス・シャイアゴードという名前には、『不意なる栄光』という意味があるらしいが、それが何を指し示すのかを知る者は、本人と、イシェルのみだという。

 この中では一番若く見える少年。その髪は空のごとく青ながらも、漂うは火の闘気。デュラ・ラクレスという名を聞いて、リサは驚愕の為に自らが座っていた椅子から転げ落ちそうになった。二年ほど前に傭兵の中で強烈な噂として駆けぬけた、『剣皇』とまで呼ばれる黄金の鎧を身にまとう戦場の鬼神が、まさかこんな子供だとは思ってもみなかったのであろう。実際、年齢は十五だという。
 如月と同じく『影の民』であるらしい赤髪の青年。名前は、姓であるツェースのみ。目つきは悪いが、その体格はどうも頼りなく思える。ギャップに慣れてしまうと、実は悪いのは目つきだけだという事がわかる。六人の中では一番戦闘能力が低い為、情報収集が主な活動だ。戦災孤児だった為、自分の情報は一切ない。情報収集を進んでかってでるのも、もしかしたら自分を探したいのかもしれない。


 イシェルは席をはずしているためか、彼について聞きたがるものもいたが、あたり障りのない事以外口をつぐんだ。それに納得のいかないもの、なんとなく何かがわかりかけたもの、最初から全て知っているもの、それぞれの反応は多種多様だったが、総じて『やはりなにかある』という予測だけは確信を深めた。

 そのイシェルは…。

「つけられてますね」
「…む?」
 雷鳴山の、エンフィールドとは反対にあるふもと。オーガやトロルなどという、力だけの低級魔物の遭遇率が異様に高く、戦えない者は元より、多少の腕では数時間と生き残る事が出来ない地帯。ここにしか生息しない貴重な薬草の補充の為、イシェルを護衛につけていたドクターは、この青年のトラブルの巻き込まれやすさを失念していた事を今更ながらに感じていた。
 特に森というわけでもないのだが、まばらに聳える節くれだった樹は姿を隠すのにはうってつけだった。
「…何者だかはわかるか?」
 冷静に薬草のしな定めをしている様は、落ちついているというより、肝が据わりきっている感じがした。まるで、長年強風にさらされてなお倒れなかった大木のように。
「…さぁ?気配から言って人間ではないみたいですね。…前に街を襲った人達でしょうか」
「ならば、街も危ないのではないか?」
 人外との言葉にさすがに危険を感じたのか、それでも少しも心配していなかった。
「大丈夫ですよ。街には仲間がいますし…、アリサさんにも、ちょっとした護衛をつけておきました」
「ふん、人の心配事を見ぬくのが上手いな」
「まぁ、仕事柄…ですかね」
 つけられているはずなのだが、この日常会話は収まる気配を見せない。
「っと」
 ずしゃあ!
 のんきな雰囲気を察知して、こいつらならいけるとでも思ったのか、地面の中からお得意の顎を突き出してきたサンドワームは、超人的な早さで抜かれたイシェルの剣であっさりと二つに分かれた。
 今だピクリと痙攣するその巨大な虫は、やがて風にとけるように風化した。
「…気味が悪いな」
「やぁ、切り裂いた時の魔力に耐えられなかったみたいですね」
「おい、なんだ、その魔力というのは」
 イシェルは体液のついた剣を振り払ってから、ドクターに見えるように持ち上げた。
「これ、極普通の鋼の剣なんですよ。…まぁ、多少のいわく…というか、幼い頃からずっと使いつづけているだけなんですが」
「それでミスリルを切り裂いたのか!?」
 作りの良い物なら、たとえミスリルであっても多少削る事くらいはできるが、それで致命的なダメージなど与えられる訳もなく、切り裂くなどとはもってのほかだ。されに、あのゴーレム達は強化されていたはずなのだが…。
「まぁ、だから魔力な訳で…。いってしまえば、自分の魔力と同調させて、つねにエンチャントがかかっている状態にしてるだけなんですけどね」
「お前に聞いた俺がばかだった…」
 エンチャントは、今はもう使える者が少ないといわれている、いわば魔法剣を生み出す為の術だ。切れ味はもとより、重さやバランスの調整、さらに、実体のない霊体や精神体、高等な物になると。純魔族、天使等にもダメージを与えられるようになる。それがたとえ、木でできたような鈍ら以下の剣であっても。
「とまぁ、漫才をしている場合じゃなさそうではあるんですけど…」
 今更気付いたのか、とでもいいたげ視線でイシェルをねめつけるドクター。普段のあの無表情のままなだけに、異様な圧力があった。
「とりあえず、目先の事をすませてしまいませんか?」
 真剣な表情であたりをうかがう。
「もうすんでいる」
 その辺に抜かりはなさそうである。
「では、ちょっと派手になりそうですけど、我慢してくださいね」
「ああ」
 言うが早いか詠唱を始める。
―死せる魂幻 たゆたう花葬 天と地の手向けの言葉 血に充る望香の螺旋―
「…をい」
 ドクターが茫然とつぶやいた。
―時の名 闇の星 光の呪よ…―
「待て」
 止めようと手を伸ばすが、とき既に遅し。
―集い 力の軌跡となれ―
「ヴァニシング・フレア」
 ずどおおおおおおおお!!!!
 青い閃光が、翳した手のひらから放射状に広がる。爆音は耳を裂き、爆風は嵐よりも激しかった。
「ずいぶんと失礼な挨拶だな」
 そして、聞こえてきた声に、彼はいつもの笑顔でこういった。
「あなた方には丁度良いでしょう?そろそろ出てくる頃と思って、お待ちしていたんですよ」
 とまぁ、いつもの日常を繰り広げていた。


 場面戻って、さくら亭…。
 お嬢様+αな一団は、いきなり『らしい』会話をしていた。
「ルメリス様」
「呼び捨てで結構ですわ」
「でも…」
 なおも言いよどむシェリルに、柔らかい微笑みで受け流すルメリス。
「気になさらないでください。王女といっても、もうその地位は捨てましたから…」
 いっても聞いてくれない人もいるのですけどね、とため息をつく。
「でも、うらやましいなぁ。すっごく美人で…」
 まだ迷いのある人間は差し置いて、ローラが私も早く成長したいと嘆く。
「あなたはこれからじゃありませんか。まずは、身体を探す事が先決でしょうけど」
「え〜!なんで知ってるの〜!??」
「見ればわかります」
 その瞬間、周囲の人間は、その優しげな微笑みが油断のならないものに思えたという。
「ルメリス…さん」
 まだ抵抗があるのか、シーラがおずおずと話しかける。
「同年代、同姓の私から見ても、綺麗ですよ。努力でなれるものではないかと…思うんですけど」
「シーラ、それってもしかしてあたしは綺麗になれないといってるのかな〜?」
 ちょっと怖い顔で、ローラ。
「うううん、そうじゃないの。でも、系統が違うかな?」
「そうですよね。ローラちゃんは元気な可愛さ。ルメリスさんは、清楚な美しさって感じで」
「私もそうなりたい〜」
「でも、皆さん若いじゃないですか?」
 ほんわかと冷静の中間くらいの笑顔で、聞き捨てならない事を言う。
「え、…あの、失礼ですけど、お年は…?」
「…えっと、31…です、今年で」
 ぴしっ
 なにか、罅が入る音と共に、空気が凍りついた。
「イシェルさんの仲間って…」
「よく…分からないです…」

「純エルフって、私初めてみました」
「あたしもだよ。ハーフのことは、話には良くきくけど、実際に見るのはこれが初めてだ」
「エルフって、ハーフがいるのか?」
「ピート、お前ね…」
 実際、話には聞くが見る機会はとことん少ないというのが、ハーフエルフに対する一般的な見解だろう。絶対数が圧倒的に少ない、代わりに人間とエルフの長所とも言えるべき所を受け継いでいるため、個々の能力はかなり高い。
「シャルテ…って言ったっけ?あんた、ずいぶんと恵まれていたんだね」
「ええ…もっとも、物心ついてからの数年間はかなりひどい有様でしたけどね」
 いたずらっぽく、そして悲しげに舌を覗かせながら、完全に他人事、といった感じだ。
「あたしも、自分だけで生活できるようになる前は、いろんな目にあった」
 互いにその場面を想像できるのがなんとも…。
「なぁなぁ、二人でなに笑ってるんだよ」
「別に、何でもない」
 そして、また笑いあう。隣のピートは頭上にハテナマークを浮かべたまま、別のグループへうつって行った。
「それより、そのかたっ苦しいのはなんとかならないか?せっかく出来たお仲間なんだからな」
「へへっ、実は私もちょっとつかれるな〜とか思ってたの。でも嬉しい。半分だけでも、ちゃんと認めてくれて」
「あたりまえだ、同族の血とか、似たような境遇っていうのもあるけど、あたしも人の良し悪しくらいなら見分けられるようになったんでね」
「それは信頼してもらったと見て良いのかな?」
 さてね。と肩をすくめつつ、目の前のグラスに入った水を軽くあおった。

「さあ、如月さん。その美しい顔を花のような笑顔で満たしてください。その為ならこのアレフ・コールソン、どんな協力も惜しみません」
 良く聞くとずいぶんと恩着せがましいのだが、それを嫌味に取らせないのは、おそらくこの青年の人徳なのだろう。
「あ、あの…?」
 近寄りがたい美貌…なはずなのだが、少し喋ってみると途端にその雰囲気は崩れる。何処か幼さすら感じさせ、強くみえても守ってあげたくなる。特に、この呆けたような表情はある種の男心をくすぐるのに絶大な威力を発揮するだろう。口数が少ないのが、今はその雰囲気に拍車をかけていた。ただ、影があるのはかわらない。
「ああ、気にしないで」
「はぁ…」
 何をどう気にしなければいいのかよく解らなかったが、とりあえずフォローしてくれたパティの言葉に頷き、今だ『口上』を述べているアレフはとりあえず無視することにした。
「ねぇねぇ、影の民って霊的な能力に優れてるって聞いた事があるんだけど」
 先ほど、名前を知る者はいないと書いたがそれは謝りだったようだ。マリアのその輝いている瞳の裏には、意外と冷静かつ高度なな情報収集能力があるのかもしれない。
「はい。とは言っても…気味の悪い物ばかりですが…」
「え〜、なんで〜?いいじゃん」
「人の死期を感じ取ったり、霊体と頻繁に接触することがですか?」
 虐げられつづけている所以。
「べつに、もうすぐ死ぬってわかった所で、あなたのせいじゃないでしょ?」
 パティが軽い口調で言う。マリアも頷きつつ、少し前に自分がイシェルから言われた事を思い出す。
「ちゃんと責任を持って使えば、どんな力であっても無駄な事はないと思う」
「…イシェル様と、似たような事を言うのですね」
「へへへ」
 何とはなしに嬉しそうなマリア。
「ま、そう簡単には行かないけどな」
 水を差すように冷静な声。今まで黙っていたもう一人の影の民は、なるべく目を合わせないようにしてつぶやいた。
「どーゆー意味よ?」
 自分が単純だと言われたと解釈したのか、パティが半眼でにらみつける。
「全員が、お前達みたいにりっぱな考えをしている訳じゃないってこった。この街はまぁかなり特殊な方だな。普通影の民だと言うだけで石を投げられたりする、まだそれはましな方で、切り付けられたりする事もあった」
 ことも、ではなく、戦災孤児であることも手伝ってその方が遥かに多かったのだが、それは黙っておくことにした。
「…そうなの?」
「なんで?」
 基本的に平和の中で暮らしていると、そう行った事に実感は沸かない。どころか、想像さえつかない。なっとくのいかない顔で互いを見る二人を、凄絶な厳しさの中で生きてきた二人が笑った。
「まぁ、お前達が気にする事じゃないわな。多分一生関わらないだろうし」
「あまり、深く考えないでください。少なくとも、今幸せならば良いと思っているので…」
 歴史の中に埋もれてしまうような、陰の部分は多かれ少なかれこの町にも存在する。自分達のせいでそれが明るみに出る事も予想されたが、イシェルがいる以上、それは無いと思っていた。
 なによりも、目の前の普通の女の子を関わらせようなどとは欠片も思わない問題だ。普通に生活していれば、気にすら留めないようなことなのだから。
 ただ、イシェルはあまり遠ざけるのもよくないと苦笑するかもしれない。あの青年は、全てを知った上で自分の光を見つめる事を望んでいるから。
「あ、話がそれた」
「え?あ、私達の能力の事でしたね」
「うん」
 再び輝く目に星を散らせながら(要するに少女漫画モード)、耳をいつもの二倍近くまで増徴させている。
「能力の事は、うちの集落にいた楊雲に聞くのが一番手っ取り早いんだけどな」
「そうですね…。えっと、まずは霊能力について…」
 自分と関係なさそうな話題に突入したと見て、パティはそっと席を立った。
「お、パティ!俺腹減った〜!なんか食うもんない?」
「あ〜はいはい、今なんか作ってあげるわよ」
 ツェースはそれを見て、心の中で微笑んだ。
(ま、俺達が心配する事じゃないか…。イシェル様…)

「驚いたよ。まさかリカルドと肩を並べたほどの傭兵が、あんたみたいなのだったとはね…」
 リサが見つめるのは、一人の少年。
「ずいぶんとご挨拶ですね。それに、僕はこれでもしたから三番目ですよ」
 返ってきたのは、憎まれ口とも言える物だった。
「は?」
 デュラの、下から三番目というのは、おそらくイシェル含め七人ののことであろう。
「魔法や特殊な技術等、全てをくるめて戦闘能力に換算すると、下からツェースさん、シャルテ、僕、如月さん、ゼクスさん、ルメリス様の順番なんです」
「ちょ、ちょっとまって」
 目の前の少年が本当にデュラならば、確か百単位の精鋭傭兵隊と一人で張り合える筈だ。
「もっといっちゃいますと、ツェースさんとシャルテは七対三くらいです。で、僕とシャルテは八対ニ、僕と如月さんが九対一、如月さんとゼクスさんが六対四、で、ゼクスさんとルメリス様が十対零。これは十試合中の平均勝数です」
「…」
 もはやぐうの音も出ない。
「ああ、ちなみにこれはイシェル様をぬかしてありますからね。イシェル様がはいっちゃうと皆十把ひとからげになっちゃいますから」
 あの人の強さは異常ですよと苦い笑いを漏らす。
「はぁ、何から何まで次元の違う話だね」
「そうでしょうかね?師匠といつもいると、慣れちゃいますよ」
「そんな事に慣れるのはごめん蒙りたい」
「まぁ、そりゃそうでしょうけど」
 リサはこの少年が傭兵である事をいまだに信じたくない思いだった。純粋過ぎる。第一印象の先入観なのかもしれないが、噂を聞いて予想していたのとずいぶん違ってくる。
「それにしても、あのルメリスってのはそんなに強いのかい?」
 一見しただけでは、一番弱そうに見えるのは彼女なのだが。
「尋常じゃありませんって。まぁイシェル様と比べてしまうと一般人化してしまうんですが、それでもまともに戦ったら足止めすら出来ません」
「へぇ…」
 一世代下の女性と会話している(周りの会話はそれぞれ聞こえるくらいに近い)のをみると、どう見ても隙だらけだ。目の前の少年は、信じたくない思いがあるとはいえ、確かに歴戦の勇士である事に納得できるたたずまいをしている。
「まず、近付くので精一杯です。ん〜と、手を翳すだけでヴァニシングノヴァクラスなら連打できますから…それに、反射神経とか動体視力とか、身体能力だけ考えても、多分一番です」
 当然イシェルを除いて、と言外に肩をすくめた。

「じゃあさ、グローウェルって知ってる?」
「当然だ。最近流行り出した装身具専門メーカーだな。腕輪に関しては一見の価値がある」
 いきなり息投合し、他者を寄せつけないフィールドを展開しているシュールなくみ合わせ二人。美少女と壮年の騎士との会話にしては、ある意味凄まじい。
 厳つい顔で、トリーシャと対等に会話をしているゼクス。
 これについていけるのは、他にはローラくらいだろうが、トリーシャの情報はローラのそれよりも遥かに多岐にわたる為、おそらく半分口を出せて良い方だろう。
 よく眠れるハーブやら、やせる健康法やら、最新の化粧品の原料の原産地やら、話題は尽きない。
 が、怪しい。
 とことん怪しい。
 半径三メートル以内には立ち入らない事をお薦めする。
「ふふふ、やるね。ボクにここまでついてこられたのはゼクスさんが初めてだよ」
「伊達に年をくっておらん」
 互いににやりと笑う。
 そして一瞬の間の後、再び異世界への扉が開こうとした瞬間。
「おい、ゼクスのおっさん」
「む?なんだツェース」
「ちょっと…」
 目でトリーシャに謝り、少し離れた場所で、殆ど聞き取れないような小さなこえで話し始めた。

「ちょっと厄介な気配があった」
「イシェル様…か?」
「ああ。どうやらやっこさん、まだ懲りてないらしい」
「マテリアルプレーンで大した影響力のない者が、イシェル様にかなうとは思わんが…」
「問題はそこじゃない。そろそろ、本格的に『やばい』」
「なるほど…『布石』が動く時がきたのか…」
「俺達の見解としては、まだ早いというのが正直な所だ。…天使の奴等も信用ならねぇしな」
「シーラ殿の安全がとりあえず際優先か…」
「ああ。イシェル様も、まじで『あれ』をやるらしいしな」
「わかった。とりあえず気をつけてみよう…他の者は…」
「見てみろよ…」
「ふっ、久々の安息…か。悪くはない。…わかった、私だけで今はどうにかしよう」
「すまねぇ。…レフィナさんの気配が…俺の気のせいであってくれれば良いんだがな…」
「?」
「あ、いや、なんでもねぇ…」


「おや、ちょっと厄介ですねぇ」
「厄介なら厄介らしく、もうちょっと緊張感のある顔をしたらどうだ?」
 数十の魔族に取り囲まれている二人。アーククラスの、イシェルにとっては雑魚以外の何者でもない奴等でも、数がいるとそれなりに苦労する。
 二人がたっているのは、先ほどまでの景色ではなかった。
 歪んだ、見ていると頭がおかしくなりそうな螺旋。常に流動する『何か』が、抵抗なくそこにいるもの立ちの間を通り抜けて行く。
 アストラル・プレーン。
 精神世界とも呼ばれるその場所では、純魔族や天使等、精神体が本領を発揮できる場所だ。
 天使なら神界、魔族なら魔界のほうが強くはなるのだが、それはそれぞれ特殊なエネルギー波によるもので、基本的な能力は、ここで初めてわかる。
「まぁ、切り抜けられない事はないんですが…ドクターには目の毒なものがいるんですよねぇ…困った困った」
「目の毒…?」
 この二人が普通に会話をしているのは、イシェルの張った結界による物だった。そうでもなければ、これだけの魔族に囲まれて平気でいられるはずがない。
 しかし、その結界をこえてすらわかる、強力な気配が一つ。
「きましたね…偽者さん」
『ご挨拶ね』
「なっ!!」
『あら、ずいぶんといい男が一緒じゃない?』
(違う!)
 ドクターは一瞬だけ感じたあらん限りの驚愕が、一斉に吹き飛んで行くのを感じた。
 これは、違う。
 違わなければ、
 もし本人ならば、
 自分の事をそんな風に呼ぶはずがないから。
 この、兄の事を…。
「イシェル、こいつは…」
「前にあった『本体』とは別人ですね。おそらく、付け焼刃の知識で作った…サイコドールです」
「魔の人形…」
『くすくす…、ねぇ、何を話しているの…?私にも教えてよぉ』
 妙な猫なで声をだす、『幻影』。いや、この空間ではイシェルとドクター以外が、声を出せるはずはない。それは、思念。作り物の、しかし存在感だけはあって、どろりとした。
「喋るな。虫唾が走る」
 滅多に聞く事のできない、ドクターの嘲りの声。
「貴方にはもう決別を告げたずなんですけどねぇ?困った人だ…」
―我が内に眠りし、四方を担う『絆』『自由』『死』『安寧』の力よ…再び我に集いて『四元』となれ―
 たおやかに、流れるような旋律。ゆっくりと、変わる『気』。
 遥かな昔に神々台地を作り上げたとき、まず始めに存在したといわれる四つの元素。本来存在しないこの精神世界に、それが満ちて行くのが、魔力とは縁遠いはずのドクターでさえ手に取るようにわかった。
 赤と、蒼と、翠と、茶…。四色の光の玉が、無数に惑う。
「…」
 なにも言わず、ただそれを眺める。
 心地のいい強大な力が、自分にも流れこんでくるかのようだ。
「もう、お終いにしませんか?こんな事で私にかてると思ったら、大間違いです」
 そして、更に連なる。
―怒れる天空の神々よ 裁きの剣を 我にあらゆる力と成せ 集 『四間』 『雷』―
 光の玉が五色になる。
―根源に導かれ 我の元に降りしは 守護を可とする真実の欠片 集 『四間』 『然』―
 更に一つ増える。
 赤、蒼、翠、茶、黄、そして。
 強すぎるその力を封じる為に作られた、封印。三つの『四源』。四元、四間、四原にわかれたその封印。
 イシェル自身、『間』まで封印を解いたのはずいぶんと久方ぶりの事である。
 一つ封印を解くごとに、かなりの魔力と身体能力が復活する。
「あまり、長く見ていたくないもので…すいませんが、終わらせてもらいます」
 手を、翳した。それだけで。
 全てが、元通りになっていた。

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