中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「桜花幻想曲6:哀花」 心伝
「ヴァイパーを継いだ?」
「ええ、貴方がヴァイパーを継いだなら…できるはずよ」
リーンは微笑むと自分の胸に手をやり祈るようなしぐさをした。
「私はね、元は人間だったの」
「お前が?なるほどな…そういうわけでか」
ケイが納得言ったようにうなづく。
「どういうわけですか、ケイさん?」
ゆーきがケイの尋ねるとケイはリーンに親指をさした。
「こいつの気がやたら多かったんだよ、普通植物の精霊の気ってのは
その植物に関係ある気しかねえんだがな、
こいつの場合、元が人間だったせいか3つもあったんだ」
「3つ?」
「ああ。一つはコイツ、つまりリリアの気。あと2つは植物に宿る特有な気に『人間の気』が混じってやがった。しかも、リリアと別のがな」
「それが、リーンさんの気だったんですか?」
「ま、そういうこったな」
「ケイさんの言うとおりね。そう、私は元は人間…とはいっても
もう、50年も前の話になるけどね」
リーンは顔に笑顔を作ったがどこか、寂しげのある笑顔だった。

私は50年前…と、いっても40年ちょっと前だったかもしれない。
私はね、あの大戦で死んだの。でも、その時、私は好きな人がいた。
その人はこのエンフィールドの守備隊でね。のろけみたいだけど
結構かっこいい人でね。ヴァイパーを構えた所がすごくかっこ良かった。
結婚したら一番お似合いだって言われたの。

あの人はここを守る守備兵で私はただのパン屋の娘だった。
いつも、あの人に昼にはお弁当を持っていってあげたの。
そして、いつもあの人は言っていたわ
「この戦争が終わったら結婚しよう」ってね。



でも…あの日…エンフィールドが包囲された日…

私は彼と一緒に教会に逃げていた。でも、私は逃げ切れなかった。
包囲していた敵の魔法弾が街に発射され多くの人が死んだ。

…あの人も、私をかばって死んだ…
そして、私も…

その時、思ったの。なぜ私たちだけがってね…。
正直怨んだわ、戦争を、敵を、武器を、そして仲間さえも…

そして、私の周りにどす黒い念がこもるようだった。
悪寒がしたの。このままじゃ、危ないって。
でも、私はもう死んでいるし、あの人もいない。
しかし、恨みだけはつのっていく…
叫んでも誰にも届きはしない…
このままでは悪霊になりかけた…
でも、その時私の声を一人聞いてくれた人がいた。


リーンは志狼を指差し
「志狼クンの祖父−天羽翔雷よ」
「あいつが!?」
ケイは顔に驚きの表情を浮かべる。
「そう、大戦中最強と呼ばれた英雄−『天翔ける刃』。彼が私の前に来たの」

そして、彼は言った。
「すまねえな…」
って、なんでこの人があやまるのか分からなかった。
正直今でも何であの人があやまったかわからない。
でも、あの人はね泣いていた。
「すまねえな…」
正直不思議だった。なんでこの人は見ず知らずの人間に泣けるのか。
同情には見えなかった。なぜかはわからないけどね。
「いつか、お前の」
その人は言ったの、力強く。
「お前の恨みは、晴らす。だから、怨霊になるような事はやめてくれ
ねえか?」
(…でも、私はどうすればいいの?)
そう言うと、彼は何かつぶやいた。すると、私の体が消え何かの苗木になっていた。
「お前の念を浄化するために『気』を『木』に変えた。
もしも、いつかお前があきらめずにこの木にとどまり自分の念が消える日が来ると信じるならいつか−」
(いつか?)
「お前を、助けてくれる奴が現れる。来ないかもしれねぇ、
だが、悪霊なんかになるより数万倍マシだと思うがどうよ?
俺を信じてみねえか?」
答えは一つだった。むろん、私は−



「今、ここに待っている。そして、来てくれたの」
「ゆーきくんが」
ゆーきは戸惑いながら言う。
「で、でも何で俺が関係するんですか?」
リーンは微笑みながら
「それは、さっきも言ったようにあなたが、あの人の剣、
ヴァイパーを持っているから」
「この剣、リーンさんの…好きな人が?」
ゆーきは黒光りするヴァイパーをじっと見つめた。今は亡き『父』から受け継いだ剣。父はどこでこれをもらったかは言わなかった。
知らなかったし、言いたくなかったのかもしれない。
「…」


「もう一つ聞きてぇんだが」
ケイはうつむいているリリアを見ると言った。
「こいつがなんでお前と同化していたのが気になるんだよな…」
「それは…」
リリアがつぶやく。
「私の意志でそうしたんです」


「は?」
ケイがあっけに取られた顔を浮かべる。
「なんでだよ?お前がこいつにしてやる義理なんてねえし
それに、志狼達は関係ない事だろ?」
「私…もうすぐエンフィールドを離れるんです」
「え…」
ゆーきは言葉を失う。
「私、子どもの頃から持病があったの、何回かはクラウド先生に
診てもらったりしたの。でも、難しい所に病気の所があるから
クラウド先生が完全に治すには魔法治療しかないって…」
「そっか、あのドクター魔法使えないからな
…だからと言ってこいつや俺をまきこむ必要があるのか?」
ケイはゆーきを親指で指すとわずかに怒気を込めて言った。
「それは」
「今更、何を言い訳してもいいわけねーだろが。もし、今回の事が
もっと、大事になってみろ!アリサさんだけじゃねえぞ!ゆーきの父親だって心配するんだぞ!!」
わずかな沈黙の後リリアの声に鳴咽がまじり出す。
そっとリーンの手がリリアの肩に触れた。
「分かってます…分かってるつもりです…」
リリアの足元に雫が落ちた。
「私っ…初め…分からなかった…ゆーきくんと…なんでこんなに、話しがしたいのか…トリーシャに…ゆーきくんはメロディちゃんが好きって聞いて何で腹が立つのか…」
「リリア」
「でも…2人の仲を壊すなんてできるはずがないじゃない!!ゆーきくんが無性に憎かった!!なんで私にメロディちゃんと一緒にしてくれるようにしてくれないのか!!だから…だから…」
リリアのすすり泣きが草原に広がる。誰もが言葉につまっていた。
沈黙を破ったのはリーンだった。
「…ゆーきくん。初めてリリアときたよね?ここに」
「え?は、はい」
「あの時ね、この子の心が見えたの。ああ、この子好きなんだなって」
「それは…」
「ゆーきくん。リリアはね、あなたの事が好きだったのよ」

ゆーきに微妙な表情が浮かぶ。少年の、未だあまり経験しない顔が。
「いつも、ゆーきくんと来た時は違っていた。
声も、表情も、中の気持ちさえも…」
「…」
「でも、この子が引越しするのが決まった時もここに現れたの。
もの凄く落ち込んだ顔で、泣き崩れていた。
−このままじゃ、何も言えないまま消える−
そんな気持ちが伝わってきた。
私もそういう思いがあったから。だから、私は手助けする事にしたの。少し、リリアの体を借りてね」
リーンの瞳がわずかに揺れる。
「志狼さんには悪いと思ったけど…私はリリアに話しをもちかけて
志狼さんをだましてあなたを呼び出したの
リリアは自分の事を言うためにそして、私も或る事で…ね」
「リーン…さん」
ゆーきはリリアに一歩−半歩近づいた。なぜか無性に脚が重く感じた。
そして、ゆっくりとリリアの近くに座る。
「リリア…」
ゆっくりとリリアは顔を上げる。
「ゆーきくん…」
「…」
ゆーきはリリアの肩に手を置いた。
「正直、僕は…何を言ったら分からない」
ゆーきの右腕に力がこもる。リリアの肩が軽い悲鳴をあげた。
「僕は…まだ、答えを出せない。僕は…怒りたいようで、慰めたいようで…なんだか、分からない…」
「ゆーきくん」
「…」
うつむいたゆーきの足元に雫が一つ、落ちた。小さな乾いた笑いが
ゆーきの口から発せられた
「情けないよね、ここで僕が君かメロディを選べば…
答えを出せばいいのに…ケイさんのように怒ればいいのに…
これだから、僕はまだお師匠様に
かなわないんだろうね…」
ゆーきは顔を上げた瞳には何かが流れていた跡があったが、顔は
−笑っていた。
「ゆーきくん、私…私」
「僕は君を怒ってるわけじゃない。
でも、君の想いには答えられない。
僕は、まだ誰か一人を好きになるって事はできない。
でもね、もし、君が何かあったら」
ゆーきは一呼吸開けると、

「僕は君を守ります。『友達』として、
そして、まだ出せぬ答え−いつか出します。
それまで、待ってくれませんか?」


「ゆーき…!」
ゆーきは驚いた表情をしているケイに向かって微笑んだ
そして、リリアにも微笑む。
「僕の今出せる答えはまだ、こんなものだけど…
数年たったら答えは変える。だから…」
「…」
リリアはうつむいたまま目をぬぐうと
「正直、納得いかないよ」
「リリア…」
ゆーきの顔に曇りがさす。
「でもね、でも…やっぱり素直だね。ゆーきくん、あんな事した
私にそんな言葉をくれるなんて」
リリアは顔をあげると笑顔を見せた。
「私、2、3年したら…帰ってくるわよ。それまでに出せる?」
「ああ、僕は必ず出すよ。どちらかが傷つくかもしれないけど…
僕は傷つけないように努力する」
「ふふっ、それじゃ、私はメロディちゃんに負けないように頑張るから
だから…待っててね…そして、ごめん」
「もう、いいよ。誰かが傷ついたわけでもないし、それに、僕はこれで
やらなきゃいけない事が出来たから」
ゆーきは剣をしまうと右手を差し出した。リリアはやや照れるように
その右手をつかんで、立った。

「ケイさん、すみません…お手数かけました」
「やっと、終わったか。ま、お前がそういうだったら…許してやるよ」
肩をすくめるとケイはリリアに笑いかけた。
「すみません。私のせいで…」
ケイは軽くリリアの額を弾いた。
「さっきのはちょっとした脅しさ。俺はハッキリ言わないは
嫌いだけど、ま、いろんな事情があるし。
それに、アストラルドラゴンも本気じゃねえって分かってたからな」
「気づいていたの?」
リーンが驚いたように言うとケイは苦みばしった笑みを浮かべた。
「当たり前だ。こっちはお前より数万年生きてんだ」
ケイはめんどくさそうに手を振るとリーンは口元に微笑みを浮かべた。
「まぁ、障害があったほうがいいでしょ?リリア姫を助けるには」
苦笑を浮かべるとケイはまた肩をすくめた。リリアは少し顔を赤く染めている。
「障害があったほうが燃えるってけどなぁ…俺にとっては苦労でしか
ねーんだからな。ま、いい暇つぶしにはなったよ」
「そういわれるとありがたいわね。でも、もう一つ、私の願いを聞いてもらえるわよね」
「まぁな、そのためにゆーきと俺を呼んだんだろ?」
ええと、うなづくとリーンはゆーきの方へむいた。


「これをどうするんですか?」
ゆーきはリーンに黒い剣を見せながら聞いた。
「それをね」
リーンは自分の胸を指差した。
「私に突き立てなさい」


「え!?」
ゆーきは困惑した顔を浮かべたがリーンは微笑むと
「大丈夫、私はもう死んでいる身なんだし。それにリリアに取り付いて志狼さんを騙したしね。−私を撃つ権利はあるはずよ」
「でも!」
急にリリアが声を上げた。
「リーンさん、それじゃ、あなたは…!」
リーンは笑うと
「あのねぇ、そんなオーバーに言われても困るんだけど…
正確にはそのゆーき君の剣を通してこの木にゆーきくんの力と
ケイさんの魔力をぶつけるのよ。あの人の思いが篭った剣だから出来る。
それで私の魂と桜の木を分離するワケ。
まぁ、この木は枯れちゃうけど
…でも、次の子がいるから大丈夫よ」

リーンはもう一度自分の胸元に指差した。
「それにね…もう、春も終わる。私もこれ以上この木には留まれない。
だからこそ、あの人の剣で送って欲しいの」

「…ゆーきくん」
「ゆーき…」
ケイとリリアはゆーきに声をかける。だが、沈黙。
「…」
そして、ケイが再び声をかけようとした時沈黙は破れた。

「俺、やります」
ゆーきはヴァイパーを取り構えると静かに集中させた。
バーサーカーの時とは違う静かな人間の瞳。
「ケイさん、サポートお願いします…一撃で、リーンさんが天国に行けるように…」
「ああ、分かった」
ケイはゆーきの後ろに立つと肩に手を静かにおいた。銀色の魔力が
ゆーきへゆーきからヴァイパーへと流れ込んでゆく。

わずかにゆーきの手が震えはじめた。
「…ゆーき?」
「すみません。どうしても…震えるんです…」
「分かるけどな…あせるなよ」
「分かってます」
ゆーきは力を込めてヴァイパーを握り締める。
が、それを包むように手が被さった。


「リリア!?」
「ゆーきくん、私も手伝う。何もできないけど
…手を握ってあげるくらいは出来るから」
「…」
不思議と落ち着く。今までの意識していたのが嘘のように。
銀色の気が流れ、静かな、暖かい光へと変わっていく。
手の温かさが、背中を押してくれる力が。

−少年は駆ける。手が離れる。背中を押される。
己の手で決着をつけるため、剣を握る手が強くなる。
そして、静かに木へと近づき−


吸い込まれるように、刺さった。
そして、花が散る、花吹雪が舞う。
命が散るように。

ゆーきの耳にはかすかに声が聞こえた。
−ありがとう、と。

「…」
ゆーきは、無言。
木にはリーンのビジョンは消え、無音となる。
「桜の気が消えちまった…」
ケイがつぶやく。桜の木を見ると今までのような明るい木の色が消え
焦げ付いた、老人の肌が思い浮かぶような色になっていた。
花も散ってきている。
花吹雪が舞う中ケイはひとつまみ花びらを取った。
「春も…終わるか…」
いくつもの季節が過ぎるのを見てきたはずなのに、ケイはなぜか
心が痛んだ、空がやたら青かった。

ゆーきは静かに剣を抜くとその場にへたりこんだ。
リリアが近づく。
「ゆーきくん…」
「…」
リリアはゆーきの近くにかがむと顔を覗き込んだ。

ゆーきは静かに微笑していた。
「さっき、リーンさんが『ありがとう』って…」
「ゆーきくん…」
「これで、良かったんだ。これで…」
不意にゆーきの顔が大人びた表情になる。
リリアはその顔を見て心臓が一拍鳴った思いがした。
「でも、何故…」
ゆーきの黒い瞳から長い糸のような筋が引かれた。
「僕は、泣きたくなるんだろう…」
そして、涙は落ちた。
リリアはゆーきの頭を抱え込むように抱きしめた。
静かに鳴咽が聞こえる。
「ゆーきくん。今は、泣いてもいいよ…」
「うん」
ゆーきは静かに泣いた。それは、春の終わりを示すものだった。



少年は大人になる階段を上りはじめる。
とどまる事はできない、季節がめぐるように…





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