中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

「待つ人、鳴る扉」前編 雨水 時雨(MAIL)
 檻無き鳥よ、何処へ行く。
 空舞うものよ、何を望む。
 お前が思い浮かべるは、今は遠くの青き森。
 せせらぎ奏で、木々唄う、今は彼方の故郷の森。
 道に迷いし哀れな鳥よ、お前の森はいずこやら。
 ああ、鳥よ鳥よ、お前は何処へ行くのだろうか。

 少女には最近一つの悩みがあった。
 悩みの種は、少女の恋人(本人自称)の事だった。
 少女の恋人(本人自称)はここ最近いつも帰りが遅いのだ。
 少女は年上の知り合いの言葉を思い出す。
ー男が帰りが遅くなる理由なんて、一つしか無いのよー
 記憶の中の少女が聞き返す。
ーその理由ってなんなの?ー
 すると、記憶の中の人物の狐耳がぴくぴくと動き、少々品の無い笑みを浮かべる。
ーそれはね…ー
ーそれは?ー
 記憶の中の少女自身が迫る。
ーお・ん・な、しか無いじゃない。しかも夜遅くまでっていう事は…(作品の都合上、中略させて頂きます)…しか無いじゃないー
ーええ!?でも、お兄ちゃんに限って…ー
 少女は顔を赤くしながも否定しようとする、しかし、
ー甘い、甘いわ。男なんてそんなものなのよ!ー
 圧倒的迫力で圧す、目の前の人物。
ーそうなのかな…?ー
ーそうなのよ!ー
ーそうなのか…ー
 その力強さに遂に屈服する少女。
ーそれで、こういう時の正しい対処法は…ー
 そして、少女はその後に続く、目の前の人物の恋の手解きを延々と聞いていった。

 そして、少女は今日、その場所に立っていた。
 手には恋人(本人自称)の本日の行動表が握られていた。
「頑張るぞ。」
 一つ気合いを入れる少女、そして目標の後ろから、こっそりと後をつけ始める。
 しかし、少女は気づいているのであろうか?
 もしも、本当に恋人に自分以外の恋人が居た時、少女はどうするのであろうか?
 もしも、少女より別の人をとった時、少女はどうするのであろうか?
 悠久の時を経てたどりついたこの地は、少女にとっては異邦の地であった。
 その中で唯一見つけた、自分の居場所を疑い、少女はどうするのであろうか?
 居心地の良い篭を抜け、鳥は飛び出そうとする。しかし、故郷無き鳥よ、お前は何処へ行くのだろうか…。

 『待つ人、鳴る扉』
「行ってきま〜す。」
 青年の出発の挨拶と共に、便利屋『ジョートショップ』の扉が開く。
「行ってらっしゃい(っス)。」
 二つの声、二つの視線に見送られ、外に出た青年・フェイは一度大きく伸びをすると、暖かな日差しの下、ゆっくりと歩きだした。
 しかし、青年は気づいているであろうか?彼を見つめるもう一つの視線を。
 草むらに隠れた少女、本人は変装のつもりなのだろうか?大きめのスカーフを頭に巻き、借り物と思われるサイズの合わない黒いサングラスを片手で抑え、もう片方の手で奇妙とも言える黒いコートの衿を立て顔を隠している、はたから見れば相当怪しい少女。
 フェイを少し遠くに捕らえ、その後ろをちょこちょことついて行く少女。幸いだったのは、フェイが一度も後ろを振り向かなかった事である、振り向けばその周囲とはあまりにマッチしない姿を怪しまれたであろう。
 しかし、平穏な尾行もそう長くは続かなかった。
「ねえ、何やってるの?」
 そう声をかけられ突然に肩口を掴まれる少女、口から心臓が飛び出しそうになるのを無利矢理抑え込むとゆっくりと振り向く。
 そこに居たのは、頭につけた黄色い大きなリボンが特徴的な少女の友達の女の子だった。
「ねえローラ、何やってるの?」
 少女・ローラは返事もせずに相手の口元を抑え、路地裏に連れ込む。
「もがもが、ぷは〜…。何するんだよぅ!」
 ローラの腕を振りほどき怒鳴る少女、しかし、いざ相手の姿を真正面から見ると、その威圧感というか圧迫感というか、とにかく珍妙な感じがし、それで思わずこんな言葉がでた。
「ローラ…だよね…?」
と聞くが、目の前の人物は人指し指を口に当て「し〜っ!」と少女を威圧する。
「静かに、トリーシャちゃん。」
 ローラはそう言ってから辺りを窺い、誰も居ないと知ると、そのほっかむり代わりのスカーフとサングラスを取る。
 そこに見知った顔があったので、トリーシャはほっとする。さて、相手の正体が確かになると、気がかりな事が一つ思い出された。
「あのさあ、何やってるの?」
 三度目となる同じ質問をする。
「えっ?この格好でわかんない?」
 ローラがそう言うので、改めてその格好をしげしげと見つめるトリーシャだが、どう見てもその怪しい姿は仮装大会か、では無かったら真昼に夜逃げをしようとしている者にしか見えなかった。しかし、相手がそんな答を求めていない事はトリーシャにも解った。
「何だろう……」
 トリーシャが悩んでいると、じれったくなったのかローラが自分で言った。
「もう、探偵だよ、探偵。それで今、尾行してるの!」
ー探偵…、こんな探偵がいたら、犯人の前に本人が捕まっちゃうよ…ー
 一瞬、そんな考えがトリーシャの脳裏をよぎるが、それよりもだ、
「尾行しているって、誰を?」
 そっちのことが気になった。
 そう聞かれ、ローラは慌てて自分の口を塞いだ、どうやらさきほどの発言を取り消したいらしい。しかし、ローラが塞いでいるのは現在の自分の口であって、数十秒前のそれではない。
「ねえねえ、誰をつけてるの、何で尾行なんてしてるの?」
 トリーシャの目は好奇心でギラギラと光っている、こうなっては話を聞くまではてこでも動かない。しかし、ローラ本人には説明する気は無かった。
「ねえ、教えてよ〜。」
 てこでも動かないなら…、
「あっ、流行の最先端があそこに!!」
 我ながらなんと使い古された手なんだろう、と言ったそばから悔やむローラ。だが、
「えっ?どこ、どこ?」
 ローラが指さした方向に視線も意識も釘付けになるトリーシャ。呆気に取られるローラだが、次の瞬間には…、
「あっかんべ〜、ここまでおいで〜(猛ダッシュ)。」
 其の場から姿を消した。
「ねえ、何処にあるの〜?」
 トリーシャは、しばらくの間、ただ辺りを見回していた。

「ここが今日の一つ目の仕事場ね。」
 一軒の平家の前に立つローラ、トリーシャとのやりとりで目標のフェイを見失ったが、行動表は手元にある。そして、その表によれば午前中はこの家で入り口の修理となっている。
 行動表を見直し依頼主の名前を確かめるローラ、表によればティスタニア=リーベルク、という名前らしい。名前から想像するに女性だ…。
ーまさか、朝から…ー
 そう思うローラ、しかし例の言葉が思い出される。
「油断は禁物。」
 そう呟くと、静かにその家の窓辺に行き、しゃがみ込んだ。
 立った場所が良かったのか、中から二人の人物の話し声が聞こえてた。一人はフェイ、もう一人は…たぶんティスタニアという者の声なのだろう。
「それは災難だったね、ティス。」
 その時、中から響いてきた声に明らかに同様するローラ、それは確かにフェイの声なのだが、いつもと様子が違う。
ー何よ、お兄ちゃんったら、あんなよそ行きの声だしてー
 窓の外、一人憤慨するローラ。そんなローラの様子など知らずに中からは女性の声が響いてきた。
「ええ、やっぱり私の様な歳になっても、まだ鼠は恐ろしいものだわ。貴方はどう?」
 声から察するに、30代前半〜後半といった辺りであろうか、その言葉使いから品の良さを感じさせる声だった。
 しかし、ローラにはそれ所では無かった。
ー何、なれなれしい態度!お兄ちゃんはわたしのお兄ちゃんなんだから!ー
 遂にいてもたってもいられなくなり、ローラは、ともすれば窓を割りそうな勢いで中を覗き込んだ。
「はっ…」と息を飲むローラ、外見はただの平屋だが、中身はまるで違う。シンプルながら、品のある華やかさを感じさせる内装、住んでいる者のセンスの高さを窺わせる。
「綺麗…。」
 怒りを忘れ、思わず見とれてしまうローラ。しかしすぐにそんな思いを打ち消して、目的の二人の姿を探す。
 が、探さなくても二人はそこに居た、部屋の中央のテーブルを囲み、お茶をすすっている。ただ、あまりにも二人の姿がその空間に自然にあったのですぐに気がつかなかった。
 そして目的の人物を見て、ローラは再び息を飲んだ。フェイの前に座る女性、声から受けた若さは全く無い、一人の老婆がそこにいた。
「ほっ…」と自然と息が洩れたが、ローラはそれには気がつかなかった。
 そして中では、そんな少女の葛藤など知らずに二人は談笑を続けていた。
<続く>

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