「待つ人、鳴る扉」後編
雨水 時雨(MAIL)
「まったく…、いつまで話込んでるの…?」
ローラが張り込んで、かれこれ小一時間が経った。ローラにしては珍しくも辛抱強く窓べりに立ち続けていた。が、我慢の限界は確実に近づいていた。
しかし、幸いにも、限界が訪れる前にフェイが席を立った、そして婦人と軽く抱き合って、別れの挨拶を告げた。
やっと次の場所に行く気になったのかと思い、ローラは入り口の方へ回って、フェイが出てくるのを待った。
キィィィィィィ…
背筋に悪寒が走らせる音を上げながら扉が開き、中からフェイが出てくる。
ローラは軽く歯を食いしばってその音を堪える、そして頭の隅で「何か変だな?」と考えていた。
「それじゃあ、さよなら。」
そう言ったフェイの背中をローラと老婆が見つめる、しばらくしてローラが後をつけようと立ち上がると…、
キィィィィィィ…
再びあの音が、今度は扉を閉める時に出た音がローラの思考を中断させた…。
叫びたくなる様な悪寒を必死に抑えるローラ。堪えきると、何故だか頭がすっきりとし、さきほどの疑問が解った。
「たしか…。」
ローラはコートのポケットから、一枚の紙を取り出す。そこにはびっしりと何かが書き込まれており、ローラは視線を巡らし、目的の文章を探した。
ーまずは、ティスタニアさんの所で入り口の修理よー
ジョートショップ店長・アリサ直筆のフェイの行動表の中から目的の文章を見つけると、
「扉の修理、扉の修理…。」
呟きながら、思わずその家の前に立ち、思わずその扉のノブに手をかけるローラ、そして思わず手を回し、思わず少し引いてみた…。
キィィィ…
脳天に響いてくる音が、ローラの疑問を確信へと昇華させる。
「ぜんぜん直ってない…。」
ローラは慌ててフェイの姿を探した、しかし、その姿はそこに見つかるわけも無く…、
「何やってるの、お兄ちゃん!ぜんぜんお仕事やってないじゃない。しかも何もやらないで、お茶だけ飲んで帰るなんて…、アリサおばさんに言いつけてやるんだから!」
わけの解らない正義感がローラを駆り立てる、そしてローラは当初の目的を忘れて、本当にジョートショップへ向かおうとする。が…、
「あらあら、どちら様かしら…?」
その正義に燃える心に、水を指すかの様に、背後からいきなり声をかけられ、慌てて振り返るローラ。
さきほど窓から見た老婆が、さきほどの音を聞きつけたのか、そこに立っていた。
「どちら様?」
老婆に見つめられ、何故か急にバクバク言い出すローラの心臓、さきほど覗いていたという引け目があっての事か。
「……………」
何も答えないローラを少し警戒の目で見る老婆。ローラは何か答えようとはするが、まさか「フェイお兄ちゃんの浮気調査です!」等とは恥ずかしくて言えるわけが無い。
それでも、「何かは言わなくては。」と思い、苦し紛れにもごもごと口を動かした…。
「た、たた、探偵です…。」
何とか発音し、そして老婆の反応を、死刑囚の様な心境で待つ。すると…、
「あら、探偵さん?最近は随分と可愛いらしい探偵さんが居るのね。」
老婆は、声からローラが少女である事を悟ると好意的に接してきた。
「さあさあ、どんな用かは解らないけど、中で一緒にお茶でもどう?」
そして、家の中へとローラを誘う。
「あっ、はい…。」
ローラは誘われるがままに、入って行った。
家の中へ通され、ローラはさきほどのテーブルのフェイが座っていた席に、今度は自らが座り、コートを脱ぎ、サングラスとスカーフをはずし、3つ全てを隣の席に置いた。
老婆が手におぼんを持って現れた。そして、ローラの真の姿を見るなり、「あら、まあ…」と少々感嘆の声を上げ、お茶の用意をしながらローラをしげしげを見つめた。
「本当に可愛らしい探偵さんだこと。そうだ、貴方のお名前は何と言うの?」
老婆はローラの向かい側、さきほどと同じ場所に座ると、ローラに聞いた。
「えっと、ローラです、ローラ=ニューフィールドです。」
老婆がゆっくりとした動作ながら、「ぽんっ」と手をうった。
「あらあら…、貴方がローラちゃんなのね。」
「えっ?わたしの事、知ってるの?」
驚くローラ、笑顔で頷く老婆。
「ええ、いつもフェイ君と話していて良く聞くのよ。どうやら…、噂通りのお転婆さんのよね。」
そう言って、何かを思い出したのか、老婆が笑った。
ーお兄ちゃん…、一体どういう話してるの!?ー
ローラはフェイが一体いつも何を話しているのか想像する。どうせ有る事無い事を話しているのだろう、と思うローラだが、実際には有る事有る事だったりする…。
「それにしても、今日はいきなりどうしたの?私に何か用?これもいつものお転婆の延長なのかしら…。」
と老婆が突然に聞く、いきなりの質問にローラは何と答えていいか解らず、口からでまかせを言った。
「えっ、あ〜、え〜と…。そうです、アリサおばさんに頼まれて、お兄ちゃんがちゃんと仕事をしてるか、調べてたんです。」
しどろもどろ、何とか言い切るローラ。老婆は「そう、大変ね。」と返す、その笑い顔が全てを、自分の嘘を見抜いている様で、ローラは一瞬体を震わせた。
「でも、お兄ちゃん、ぜんぜん仕事してなかった…。」
話題を変えようとローラが呟いた、するとその脳裏にさきほど見た光景が思い浮かんだ。ただ話をしていただけのフェイ、直っていない扉、何もしないのに平気な顔で帰って行くフェイ。全てを思い出すと、ローラは少し気落ちした。まさかフェイがそんな人とは思ってもみなかった。
「大丈夫よ、お婆ちゃん。あとでわたしがアリサおばさんに言って、ちゃんとお兄ちゃんに注意してもらうから。入り口もすぐに直るよ。」
再びローラの中でわけの解らない正義感が燃え出す。
が、しかし、
「いいの、いいのよローラちゃん。これでいいの、フェイ君はきちんと仕事をしたわ。」
初めて老婆が慌てた。
「えっ?」
そして、老婆の言葉に驚くローラ。
「でも…、入り口ぜんぜん直って無かったよ。お兄ちゃんの仕事、扉を修理じゃないの?」
すると、老婆は少し困った顔をした。
「そう…、そうねえ、確かにそうなのよねえ。でも…、そうじゃないの…。」
ちんぷんかんぷんな答えで、意味が解らず頭を抱えるローラ。すると、老婆がゆっくりと語りだした。
さてと、何処から話せば良いのかしら…。
そう、私はね、昔は豪華なお屋敷に住んでいたの。昔は色々な人に囲まれて、何不自由無い生活をしていたわ…。
でもね、色々とあって、今はこんな小さな家…。不自由事は一杯、けど私はここがとっても気に入っているのよ。
「わたしも、今日が初めてだけど、この家とっても好き、とっても綺麗。」
そう、ありがとうローラちゃん。そうそう、週に何度か近所の娘さん達に、礼儀作法とかインテリアとか教えているから、貴方も暇な時にでも遊びに来て頂戴。
「はい、喜んで。」
楽しみにしているわ。
えっと…、何処まで話したかしら…。そう、この家は良い所なの。でもね、足りないものがあるのよ、解るかしら?
「……家族……。」
そう…、ここには一緒に住む人が居ないの…。
私にもね、夫と子供が居たのよ。でも、夫は早くに死んでしまって、一人息子は夢を求めて、随分も前にここを出ていってしまった…。
「独りぼっちでさびしい?」
ええ、こんな老婆になっても、寂しいって気持ちは我慢できないの。いいえ、歳をとっていくにつれて大きくなるものなの…。
そう、それでね、寂しいって気持ちに耐えられなくなった時、偶然あったのがアリサさん。今みたいに、そう今ローラちゃんと話しているみたいにお話したの。
そうしたらね、次の日に突然にお客さんが来たの、誰だと思う?フェイ君よ。
「お兄ちゃん?」
そう、「女性の一人暮らしは何かと大変だと思うから」って、アリサさんに頼まれて来てくれたの。
けどね、フェイ君ったらね、初めて来た時も今日も、いつも二人でお話をして、お茶を飲んで、それだけで帰って行くのよ。頼んだ扉の修理はいつもやってくれないの、フフフ…。
「笑ってるばあいじゃないよ、お婆ちゃん。やっぱり、わたしがアリサさんに言ってあげる。」
あらあら、いいの、いいのよローラちゃん。これは私の望んだことなんだから。
何を言っているか解らない?
あのね、フェイ君はね、いつも私の話相手になってくれているのよ。
ある時、私がその事に気づいてお礼を支払おうとしたの。だって、何も仕事はしてくれなかったけど、私はとっても満たされたもの。
けど、フェイ君は断ったわ「何も仕事はしてません。」って、それでアリサさんに渡そうとしたのだけど、同じ事を言われて断られたわ。
どうやら、始めからそのつもりでフェイ君を来させていたのね。
二人とも本当にやさしい人達…。
それで、私はね、フェイ君が来る日はとびきりおいしいお茶を用意しておくの、それが唯一私ににできるお礼だから…。
直らない扉、あの音は老婆に人の来訪を告げる音なのだろう。
いつか帰るであろう、老婆の待ち人が来るまで、その扉が直る事は無いだろう。
少女は老婆に見送られながら、少女はそう思った。
鳥は一本の木を見つける、疲れ果てた鳥はその木で休む。まどろみの彼方、鳥は木のやさしさを知る。