「歌い、帰る」前編
雨水 時雨(MAIL)
故郷無き鳥よ、何処へ行く。
疲れし汝、何を望む。
お前が翼を休めるは、若葉が繁る異国の木。
しかし汝は知ってるか、それは汝が家で無い。
羽を休める哀れな鳥よ、お前は再び飛び立つか。
ああ、鳥よ鳥よ、お前は何処へ行くのだろうか。
「歌い、帰る」
「ふん、ふん、ふん、ふ〜ん。お〜っい。」
フェイは扉をくぐり、カウンターに席をとると、鼻歌混じりに中に声をかける。
「は〜い、いらっしゃ〜い。って、何だ、あんたか…。」
奥から盆に水を乗せたパティが商売用の笑顔で出てくるが、フェイを見るなり真顔に戻る。
「何だ、は無いだろ、客だぞ客。」
「一応ね…。っで、注文は何?」
フェイの反論を遮るように、すぐに仕事に戻る。
「一応?まあ、いいか。とりあえず、何でもいい、うまいもん。」
「何でもいい?う〜ん、それなら今日はB定ね…。他には何かある?」
「酒。」
がたん…、こけるパティ。
「あんた、昼酒なんて、何様のつもり!!」
かみつきそうな勢いで迫るパティ、フェイは手を軽く振って答える。
「冗談だよ、冗談。今はそれくらい気分が良いって事。」
「何、なんか良い事でもあったの?」
「いいや、特に。まあ、いいから早く飯、頼んだぞ。ふん、ふん、ふ〜ん。」
再びフェイが気持ち良く鼻歌を歌いだす、いぶかしげな目でフェイを見ながらパティは厨房の奥へと消えた。
その時、フェイの歌声に、カウンターに居た男がぴくりと反応した様な気がした。
「はい、お待ちどうB定。」
「ふん、ふ〜ん、ふ?ああ、きたきた。」
フェイは鼻歌を止め、料理を迎えた。
「あんた、本当にご機嫌ね。何か良い事あったなら、けちけちしてないで教えてよ。」
「だから、本当に何にも無いって、それじゃいただきま〜す。」
軽く十字をきってから目の前の昼食にとりかかろうとするフェイ、その食前の儀式を見てパティは思う。
ー変な所で行儀の良い奴なのよねー
その場に居るのも変だからと、パティが厨房へ戻ろうとした時であった。
「あのう…」
「ふぁっ?」
突然に声をかけられて驚くフェイ、いつの間にか隣に男が座っておりその者に声をかけられたと知ると、口の中におかずが残ったまま返事をする。
「ふぁんでにゅな?」(何ですか?)
「口の中に物を入れたまま喋るんじゃないの!」
厨房へ戻ろうとしていた筈のパティが戻って来るなり、フェイの後頭部を盆で叩いた。
「ふご…」
フェイは吹き出しそうになるのを必死で堪え、口の中を落ち着かせると、自分達のやりとりに驚いている声をかけてきた者に改めて聞き返す。
「何ですか?」
そう声をかけられても男は無言であった。やがて我を取り戻す。
「ああ、いえ突然声をかけてしまって申し訳ありません。ただ…、そのちょっと、貴方の歌っていた歌が気になりまして…。」
「歌?」
パティがハテナ顔をする。フェイが歌など歌っていたか?否、鼻歌なら…。
「ああ、これですか?ふん、ふん、ふ〜ん。」
そう言って先ほどの歌を歌う、いや鳴らすフェイ。男はしばらくそれを聞いていた、そして突然フェイの音に合わせて歌いだした。
「せせ〜らぎ〜、奏で〜。木々〜、うた〜う…」
男は始めは小声だったが、調子にのってきたのか次第に声が大きくなってきた、それに合わせるかの様に、店内からまばらに手拍子が聞こえてくる。
「ふる〜さと〜無き、鳥よ〜…」
いつの間にか、フェイも稚拙な演奏を止め、ただの聞き手にまわっていた。
「おま〜えは〜、いづ〜こへ〜、行く〜のだろうか。」
静かに始まった歌は、静かに終わった、まばら手拍子が拍手に変わり、しばらく鳴ったかと思うと、さくら亭はいつもの喧騒を取り戻した。
「うん、そんなにうまくは無かったけど、良い歌だったよ。」
らしい、というのかパティが世辞を入れない率直な感想を述べた。
「いやぁ、照れるね。」
フェイが頭を掻く。が、
「あんたが歌ってたわけじゃないでしょ!」
パティがすぐに突っ込みを入れる。
「…でも、それ何処の歌なの?流行歌でもないみたいだし、ここ辺の郷土歌にしては聴いたことないし…。」
冷めてしまったB定を箸でつつきながら、フェイが答える。
「2つ隣の街の郷土歌だよ。」
「なんで、あんたそんな事知ってるの?」
「旅の途中で聴いたんだよ、メロディーが良かったから覚えてたんだけど、歌詞までは流石に、っな。」
なるほど、と納得するパティ。
「でも…、あんたの鼻歌と本当の歌と、随分と違いがあるのねぇ?」
そう言って、ニヤリと笑いかける。
「はいはい、どうせ俺は音痴ですよ…。」
フェイのすねた様子に、パティは「ふっ」と息をもらした。
「まあ、あんたの下手さより、歌い手のうまさが目立ったって所ね。」
パティは視線を、フェイから突然歌いだした男に移した、フェイもつられる様に男を見る。
「…えっ?」
うつむき、小刻みに肩を震わせる男。
「ど…ど…、どうした、の、かしら…」
見るからに泣いている男、突然の事に戸惑い、パティはフェイの方を向いて小声で聞いてみた。
すると…、
「どうしたんですか?」
次の瞬間、何の迷いも、無く男に声をかけるフェイ。途端にパティがその首ねっこを掴み、カウンターの中に引きずり込むかの様な勢いで引っ張り、耳元でできるだけ小さな声で怒鳴る。
「ちょっと、あんたってどうしてそう無神経なの!大の男が故郷の歌を歌って、突然泣いているのよ!何か深いわけがあるに決まってるじゃない!」
「あっ?でも聞いてみなきゃ始まらないだろ?」
自分は正しい事をした、という態度のフェイ。パティは頭を抱えながら呟く。
「聞くにしても、聞き方ってものがあるでしょ!あんた本当にデリカシーってものが欠けてるわね!」
フェイの眉が一瞬ピクリとひきつるが、すぐに不敵に微笑む。
「まさか、パティの口からデリカシーなんて言葉が聞けるとはね…。」
「ちょっと、どういう意味よ!」
「まあ、言葉通りってわけで…」
二人の視線が交錯し、火花が散る。しばしの間睨み合う二人だった。
<続く>