中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

「歌い、帰る」後編 雨水 時雨(MAIL)

「お代、ここに置いておきます。」
 パティはその一言を、「はい、どうも。また来てね。」のいつもの言葉で片付けようとした、が…。
「えっ、え?ちょっと、ちょっと待って。」
 金を置いて帰ろうとする話題の男を慌てて引き止めた。
「あの…、何か?」
「何か、じゃないわよ。あんた何か悩みがあるんでしょ?うじうじ一人で落ち込まないで、私に話してみなさいよ。」
 そう言って、自分が何を口走ったかに気付くパティ、
ーこれじゃあ、こいつ以上にデリカシーが無いじゃないー
 横を見ると、にんまりと笑うフェイの顔が目に映った。
思わず、頭を抱えそうになるパティ、しかし、
「恥ずかしい所を見せてしまってすみません。でも、いいんです、放っておいてもらえませんか。」
 男のその一言に何かがきれた…。
「あんたねぇ、あんな訳有りな所を見せられて、
『放っておいて下さい。』
『はい、そうですか。』
って言うほど、私は心の狭い人間じゃ無いのよ!あんたも、男らしくスパッと言って、楽になりなさい!」
 パティのまくしたてに一瞬怯む男だが、逆にくってかかる。
「他人の貴方には関係無い、ましてや貴方に私の気持ちなんか解る筈が無い!」
「言ってみないと解らないでしょ、そんな事。」
 男が落ち着きを取り戻す、そして一つ頷くと自嘲的な笑みを浮かべて一言言った。
「だったら、貴方は人殺しの気持ちが解りますか?」
「…っ!」
 言葉を発する事ができ無いほどに驚くパティ、しかし混乱しそうな頭の中を抑え、一つ質問する。
「あんた…、まさか犯罪者?」
 パティにしてみれば、意を決した質問だった、もしもの時に備えて、拳は固く握られていた。
 しかし、男は静かに首を振った。
ー犯罪者じゃ無い人殺し?そんなのあるの?合法的な殺人なんて、っあ!ー
 何かに気付く、しかし、一足早くフェイが口を挟む。
「…戦争…」
 そう、合法的な殺し合い、戦争。パティが思い付いたのもまさにそれだ、そして言われてみれば、男のいでたち、それは傭兵のそれではないか。
 その時、無理に笑っていた男が、再び泣き崩れた。
「どうして…、どうしてなんだ…。今まで、何も感じずにできてたのに…。やらなきゃやられるんだ…、なのに、なんでこんなにも、他人の死が恐い…。」
 パティは解った、この男は人を殺すのが恐くなったんだと。
 パティは何も言えなくなった、当然の事ながら人を殺した事など無いパティには、男の気持ちを察する事はできても理解することはできなかった。だから、何も言えなかった。
「折角、人並の幸せを掴みかけたのに…。稼げないんじゃ、帰れないよ…パトリシア…。」
 恋人、あるいは妻の名前であろうか、男は最後に呟くと、あとは子供の様にしゅくしゅくと泣き出してしまった。
 しかし、パティにはどう声をかけることもできなかった。
 ふと、目の前の柱に吊ってある鏡が目に入った。
「悩んだ時点で、すでに解決法は自分の中にある」ふと、そんな言葉を思い出した。
 すると、答はすでに自分の中にあるのか…。
「ある」パティは一つ頷く。
 だったら、それを何故言わない…。
 たぶん、全ての悩みの解決法とは、少し背中を押してやる事なのだろう、目の前の男も、そして自分も…。
「くくっ…。」
「やっと気付いたのか」とでも言いたげな、フェイの押し殺した笑い声が、パティの背中を押した。
「帰りなさい。」
「はっ?」
 パティが唐突に言った言葉に、男は目を丸くした。
「逢いに帰りなさいよ。」
「何を言って…。」
 男の言葉を遮り、パティは怒鳴る。
「逢いたいんでしょう?帰りたいんでしょう?だったら、こんな所でうじうじしてないで行動すれば良いじゃない。
私はねぇ、あんたみたいなはっきりしない男が一番嫌いなのよ!」
 その時、初めて男の方も切れた、何故じぶんは赤の他人、それも何も解っていないような小娘にいいように怒鳴られなくてはいけないのか。
「だから君なんかには解らない!稼げなくなった男の帰りを待つ女がどこに居るっていうんだ!」
 男は叫ぶ、しかしその心の奥で誰かも叫ぶ。
ーいや、そうじゃない、それが本当の理由じゃ無い。恐いんだ、人を殺して幸せになっている自分が。
 今でもはっきりと思い出せる、あの青年の死に際を。「母さん」一言そう残し、青年は絶えた。
 まだ、若かったろうに、やり残した事があるだろうに。そんな若い命を奪っておきながら、自分が家に帰る事などできるか!
 そうだ、帰れないんじゃない、戦場の声を、死の歌を、あそこに持ち帰りたくないだけなんだ…ー
 男の瞳から、三度涙が溢れた。
「なんでそんな諦めてるのよ、逢ってみなくちゃ、話してみなくちゃ解らないでしょう?自分で勝手に決めて『はい、さようなら。』なんて、そんなの無いじゃない。逢って、何があったのか話して、それで駄目だったら、その時悩みなさいよ。何もやらな内から諦めてるんじゃ無いわよ!!」
 パティが怒鳴る、男は反論せずにもっともだと、その言葉を受け入れた。
 その時、何故か男は彼女の顔に思い人の面影が見え、一つの決心をした。
「ありがとう。」
 男は一言そう残し、呆気無く去って行った。
「はあ…。」
 感前に冷めてしまったB定をつつくフェイの横で、パティは大きく溜め息をつきながらカウンターにつっぷした。
「どうした?うかない顔して。」
「つい、勢いだけであんな事言っちゃったけど、大丈夫かなぁ…って思って。」
「大丈夫さ、きっとやさしい奥さんと可愛い子供が、すぐにでも迎えに来てくれるさ。」
 フェイはそう言って微笑んだ。しかし、その言葉はパティの耳には届かず、漠然とした不安にとりつかれたまま、依然としてカウンターにつっぷしていた。
「んっ?」
 しかし、ある事に気が付いた。
「子供?あれ?さっきの人、恋人か何かは居る様な口ぶりだったけど、子供まで…、んっ?って、まさか!?」
 フェイが、くくっ、と小さく笑い声をたてる。
「そのまさか。来てるよ、奥さん、この街に。帰ってこないあの人を探してここまで辿りついたのさ。けど、見つけたは良いが、様子が変で声をかけられない。そこで、うちの店に、何があったのか調べて欲しいって依頼があったのさ。」
 そう聞いてパティは安心した。そこまで思ってくれる人がいるのだ、きっと大丈夫だろう、と。
「あっ…!」
 パティが再び何かに気付く。
「まさか…、あんた全部知ってて、私を山車に…。」
「いやぁ、良い話だったぜ、俺も思わず目頭が熱くなったよ…。」
 そう言って、わざとらしく目を抑えるフェイ。
「あんたねぇ!」
 パティは勢い良く起き上がると、拳を天高く振り上げた。
 しかし、
「っま、いっか…。」
 パティの拳は、そんな言葉と共に、静かに降ろされた。
 一組の夫婦、その夫の胸に抱かれ子守歌代わりにあの歌を聴きすやすやと眠る赤子、そんな三人がゆっくりと街道を歩いている姿を想像すると、パティは自然と笑みがこぼれた。
 そして、パティはいつもの喧騒の中へと戻って行ったのであった、口笛を吹きながら。
 少女の目の前で一組の男女が、赤子を挟むように抱き合っていた。
 さくら亭の窓の下、一部始終を聞いていた少女は、その光景に感動していたが、何か物足りなさ、寂しさみたいなものを感じていた。
 そして、自分の行動にも虚しさを感じていた。
 少女の思い人は、少女以外の人にも良い顔で笑っていた。
 少女はしばらく目の前の家族を見たあと、何処かへと歩きだした。
 そして、鳥は知る。自らが翼を休める、そのやさしい木は、己だけのものではないと。様々な鳥が翼を休めているのだと…。


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