中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

天の繰り糸「非日常的日常」 雨水 時雨(MAIL)

 何と愚かなんだ、人間とは。
 目の前に座る者が出した手をじっと見る私。
 私の前に座る者は、私の一言を待っている。
 この女は、次に私が発する一声によって、大きく人生を動かされる、つまりこの女の運命の糸を私が握っているようなものだ。
 私はもれそうになる笑いを必死に堪える。
 面白い、なんて面白いんだろう、この操り人形の糸は私が握っているのだ、そしてこの後ろに並ぶ者の糸も…。
 可笑しいくらいに単純、そして愚かな生き物だ、人間とは…。
 愚かだ、愚かだ、人間は…。
 でも、それでも私はそれに憧れる、異形の私は人に憧れる。
 大きな矛盾を抱えて生きる私。
 空を見上げる、天から一本、私に向かって糸が垂れてくる。
 所詮、私も操り人形…。

        『否日常的日常』

「どうしたの?」
 彼女はさきほどから、ぼ〜っとしている青年に呼びかけた。しかし、青年は虚空を見つめている。
「どうしたの?レインさん。」
 何度か呼ばれ、青年はやっと我を取り戻した。いや、その様子から言って、現に帰って来たと言った方が良いかもしれなかった。
 青年はしばし惚けた様に目の前の女性を見ていた。
「大丈夫?」
 そう問われて、青年・レイナードは自分が目の前に座る者と昼食をとっていた事を思い出した。
「あ、ああ、イヴ…。大丈夫だよ、ちょっと考え事をしてただけさ…。」
 その答とさきほどからの様子に、イヴと呼ばれた者の顔が曇った。
「私と食事をしてもつまらないかしら?」
 その口調は淡々としていたが、何処か悲しげな響きがあった。
 レインは酷く慌てた。イヴという女性は外見や物腰からはとても強く見えるが、内面はとても弱い、まるで硝子細工の様な女性なのである。
 レインはすぐに言い訳をする。
「いや、その、本当にただ何となく考え事をしていただけなんだ、本当に。」
 しどろもどろ、舌足らずな言葉ではあったが、気持ちは通じたようで、イヴの表情が和らいだ。
 レインも安心し、思い出した様にイヴの作ってきた弁当をつまみ始めた。
「それにしても…」
「んっ?」
 イヴの突然の呼びかけに、レインは少し食べる手を止め、口一杯に頬張ったまま顔を上げる。
「さっきは何を考えていたの?随分と真剣だったようだけど。」
「んっ?さっきの…、う〜ん。」
 イヴの問いに、小首を傾げて考え込むレイン。
「言い難い事だったら、無理をしなくてもいいわ…。」
 イヴは言うが、レインは少し遠い目をすると言った。
「夢を見てたんだ。」
「夢?」
「そう夢、たぶん…夢。」
 レインがより遠くを見つめる。
「迷子の子供がいてね、どうしようもなくて途方にくれてるんだ。」
 レインの眼差しは、どこかうっとりとしたものになっている。
「そんな時、一人の女の人が近寄ってきて、こう言うんだ……」
 そこでレインの言葉が途切れる、しばらく待っても続きが出ない。
 イヴは少し心配になって声をかけた。
 過去の声を、現在の声が重なり、時間軸がずれ生じる。

『どうしたの?』

 まるでお人形さんみたいだ、と僕は思った。
 次の瞬間、僕は何も言わずにその人の胸に飛び込んでいた。
ーあらあらー
 その人は少し困った様な声を上げた、けどやさしく僕を抱き締めてくれた。
 その人の胸の中は、とっても暖かくて、いい匂いがして、僕は安心した。
 僕はいつまにか泣き止んでいて、そしたらその人は僕に聞いてきた。

「どうしたの、レインさん?」
「…子に……ちゃったん…。」
 レインは掠れぎみの声で呟く。
「えっ?」
 イヴが聞き返し、少し怪訝な顔で見つめる。途端、潮が引くように過去が流れていった。
 気がつけば目の前にイヴの顔があり、レインは慌てた。
「本当に大丈夫?レインさん。」
 心配そうにイヴが問う、レインはさきほどまでの調子を取り戻し、軽く手をはたつかせながら答えた。
「あ…、大丈夫、大丈夫だよ。ただ…、」
「ただ?」
「ただ、夢の中に出てきた人が、イヴにそくりだったんだよ。だからついつい見とれてたんだよ。」
 イヴの頬に軽く朱がさす、見つめられていた事に照れてである。
 レインはその様子にくすりと笑った、頬の赤味が増す、「もう…」イヴが小さな声で言った。

「それにしても…」
 一段落ついて、イヴの方からきりだした。
「そんなに、夢の中と私は似ていたの?」
「ああ…、うん。」
 レインは答えようとするが、言葉につまり考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「いや、似ているとは思うんだ、いや似ていた。あれっ?さっきまではハッキリと思い出していたのに!?」
 一人戸惑うレインを取り残して、イヴが聞いた。
「もしかして、さっきは私を見ていたのでは無くて、私で夢の人を見ていたのかしら…。」
 イヴが瞳を閉じ、眉間にしわを作る。
「あっ、え!?いや、その…。」
 レインは狼狽した、それは彼女が怒った時に見せる仕草だった。
 しかし、次の瞬間には、軽く笑ったイヴの顔が飛び込んできた。
「嘘よ。」
「………」
 レインは呆然とその顔を見つめていた。
 潮が再び満ちてくる。

ー迷子になっちゃんだー
 僕が言うと、その人は軽く笑って答えてくれた。
ーもう、大丈夫よー

「お〜い。」
 第三者の呼び声に、レインはすぐに現実感を取り戻した。
「お〜、いたいた。」
 見るからに若さが溢れている男、あり余った若さが天にのび髪を立たせている…。
 っというのは嘘だが、しかし見た目の若さとは裏腹に、この街の自警団の一部隊を率いているこの青年・アルベルトは二人を見つけ、駆け寄ってくるなり一言、
「おっ、こいつは昼間からおやすくないなぁ。」
等と軽くひやかす。
「おいおい、そんな事言うために来たのか?だったら一言言っとくけど、」
 一つ間を置くレイン。
「今は昼休みだ、だから俺がイヴと昼飯を食べようが、何しようがかにしようが、あんな事しようがこんな事しようが俺達の勝手だ。」
「お、お前ら、何をやってたんだ…。」
 冷やかしたアルベルトの方が赤くなる。
「食事以外は何もしていません、変な誤解を受けるような事を言わないで下さい。」
 イヴが言い終えると、何故かレインが顔を歪ませた。
 アルベルトがちらりと下を見る、イヴのかかとがレインの足に深々と刺さっていた。
 吹き出しそうになるのを堪え肩を震わせるアルベルト。しかし、直後、その表情が一変して、険しいものになる。
「本当は…、もうちょっと楽しい話でもしていたいんだけどな…。」
 レインがただならぬ感じを受け取り、そして悟る。
「まさか…。」
「そのまさかだ…、またやられた…。」
「くそっ!!」
 レインが思いきり地面を踏みつけながら立ち上がった。
「案内してくれ、すぐ行くぞ、アルベルト。」
 休憩時間はまだあったが、そんな時間を楽しんでいる場合では無かった。
 それでも、中身が少し残っているランチ・ボックスを見て、レインは一言「すまない」と言った。
「お仕事だもの、仕方が無いわ。」
 イヴはそう言って苦笑した。
 レインはもう一度「ごめん」と頭を下げてから、アルベルトの後を追った。


 エンフィールドでは、とある事件が続いていた。
「顔裂き魔」それがこの街の人々が、正体不明の怪人へつけたあだ名だった。
 その怪人の奇行、それがこの街で続く事件であった。
 内容は述べるまでもなく、怪人は夜の街をさまよっては被害者となる者の顔に傷をつけていくのだ、しかも深い傷を。
 しかし、その大胆不敵な犯行とは裏腹に、顔裂き魔は手がかりとなる様な物を一切残さない。正体不明の怪人、人々は益々その者を恐れた。


 二人の青年、無論アルベルトとレインが現場についた時には、人々もただならぬものを感じて、二重三重の人の輪ができていた、二人は人混みをかき分けて中心へと向かった。
「さてさて、ここが犯行の現場らしい…。」
「らしい?」
「今までと同じだ、証拠どころか、形跡も無し、地面に残った血の跡だけが唯一の痕跡だ…。」
 なるほどと答える代わりに、一つ溜め息をつくレイン。
「っで、被害者の方は?」
 こちらも大体の予想はついていたが、一応聞いてみる。
「いつも通り…、顔をぐっさり…。けど、今回は不幸中のなんとやらで、いつもより軽傷だった、だからこの場所も聞き出せた。」
「何?今度の被害者は話せるのか?」
 レインが驚くのも無理は無い、今までの被害者は話せないほどに傷が深く、それも犯人の手がかりが掴めない遠因になっていた。
 しかし、喋る事ができる被害者が出たということは…。
「その人から話を聞けば…。」
 アルベルトは渋い顔し、首を振った。
「残念ながら、それは無理な注文だ。」
「何故?」
「なまじ傷が浅かった分、やられた時に意識がはっきりしていて、精神的に…な。」
 言い難い事なのか、最後の言葉を濁す。
 レインが言葉を失う、あまりの自分の身勝手さにだ。
 少し考えれば、被害者が今回の事でショックを受けたのは簡単に解るものだ、それなのに自分はそんな気持ちも考えずに…。
「くそっ!」
 レインはやり場のない怒りを再び地面に叩きつけた。

「はあ、結局今日も自分達の無力さを思い知らされただけだったな…。」
 レインはそう言うと大きく溜め息をついた。
「そんな事言うな、更に気落ちするだけだぞ…。」
 気丈に答えるアルベルトだが、その顔には疲れがありありと浮かんでいる。
 二人は疲れきった顔のまま歩き続けた。
「あれ…、何だ?」
 レインが指をさす、その先には不自然な人の列が日のあたる丘公園からのびていた。
「ああ、なんか辻の占い師が連日そこで営業しているらしい。良く当たって、随分と好評だってクレアが言ってたぞ。」
「へぇ。」
 自ら質問したには気のない返事をする。
「そうだ…、俺達も一発やってもらうか?」
 アルベルトが冗談のように言うが、レインは真顔で返す。
「神頼みは最後の手段、冗談言ってないで早く本部に戻ろうぜ。」
「そうだな。」
 二人が再び暗い顔で歩き出した。
 その時、レインの頭上に滴が落ちた。
「冷て…。」
 レインは思わず空を見上げた、雲間から覗く陽光が目を貫いた。
 レインは目を細め、そのまま空を見上げながら…
ーそういえば、最近、雲一つ無い快晴って見てないなー
 そんな事を考えてみた。


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