中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

天の繰り糸5「最良の手段と最悪の結果」 雨水 時雨(MAIL)

 姿見の前に立つ。
 一個の玩具がそこに写っている。
 彼女は顔を歪める。
 彼女は鏡が嫌いだ、いや、正確にはそれに写った人形が嫌いだ。
 目の前の人形、人の形はしているが人では無い、異形の物。
 彼女は中途半端なその人形が大嫌いだ。
 特に、他人の瞳の中のその人形が嫌いだ、いや、恐かった。
 他人の瞳は、どれも人形が中途半端な存在であると見抜いている様な気がして恐かった。
 けど…、あの瞳だけは別だった。
 昔見たあの瞳の中だけ、彼女は自分を認める事ができた。
 あの瞳の中の自分は、何故だか好きだった。
 しかし、その瞳は別の者にとられていた…。
 しかも…、しかも…。
「あんな奴に!」
 彼女は胸のロケットを床に叩きつけた。
 落ちた拍子にロケットが開く。
 そこに、はめ込まれていた絵を凝視する。
 すると…、腕が疼いてきた。
 憎悪が、感覚を…に……ぶ…ら……せ……る…。
 彼女は薄れていく意識の中、今日こそあの子を捜そうと決意した。
 彼女は薄れていく意識の中、今日こそ黒髪の女に出会わない様に祈った。

      『最良の手段、最悪の結果』

ー連れて行かないで、その人を連れて行かないでー
 僕が叫んでいる、あの人が連れて行かれるから。
ー待って、待ってよぅー
 手を伸ばす、しかし大きな手が僕を捕まえる。
ーお母さんー
 僕が最後に叫んだ、あの人がとても寂しそうな顔をした。

 夢見の悪さの為か、それとも二日連続起こされた為か、どちらにしても、彼はその日も目覚めは最悪だった。
「…イン、レイ…、レイン!」
 昨日より至近距離で叩き起こされ、レインは眩しさに対するのに加え、その起こされ方に顔をしかめた。
「二日連続で…、お前に起こされるなんて…、ついてないな…。」
 そう言って身体を起こそうとしたが、身体中に痛みが走り、レインは再びベットに沈んだ。
 しかし、レインは痛みに顔をしかめる事はしなかった、痛みは生きている証だ。
「馬鹿野郎、心配させやがって…。」
 視覚がはっきりする、するとまず始めに二日連続で起こしてくれたアルベルトの姿を確かめる事ができた、少し首を動かすと生の実感と共に、多数の知り合いを見る事ができた。
「これはこれは…、皆さんお揃いで…。」
 レインの一言で、周りの者が一斉に飛びかかってきた。
 そして…、レインは十二分に生を堪能した。

「お前達は…、折角生き残った者を殺す気か!!」
 トーヤが怒鳴りながら混んでいた病室を整理した。結局の所、トーヤ、アルベルト、そしてレインの三人が部屋に残った。
 静かになり、レインは話をしようと静かに身体を起こした。元々大した怪我はしていない様で、少々の時間でも大分痛みはひいていた。
 それでも首回りがひりひりしたので触ってみようとした、しかし包帯が巻かれていて直接触る事はできなかった、程度は解らないがそれなりに怪我をしたんだろう、と何処か人事の様に考えたレイン、それでも繋がっているだけでも「まし」だと思っていた。
「どうして助かったんだ、俺。」
 レインは始めにその事を聞いた、するとアルベルトが何処か自慢気に鼻を「ふふん」と鳴らした。
「っま、その事なら、俺に全面的に感謝するんだな。」
 訳が解らなかったが、たぶんアルベルトに助けられたんだろう、とレインは理解した。
 実際、アルベルトが身振り手振りを加え、助けた時の様子を語り出した。

ーーアルベルトの一日の行動を、自ら語った部分はカットさせて頂きますーー

「…とその時、目に入った姿。『あれは親友のレイン君ではないか!』慌てて駆け寄る俺、『大丈夫、脈はある』俺は喜ぶのもそこそこに親友を背負い、クラウド医院に慌てて運び込んだ。と、ここまでが中編。」
 アルベルトの話が怒涛の後編に行こうとした時、トーヤが横から口を挟む。
「ちなみに、お前の怪我を治したのは俺で、お前は今まで寝ていたというわけだ。お前の怪我は首の裂傷と擦過傷、酷いものでは無い、四、五日で跡も消えるだろう。
 あと、近くに一人、女が倒れていたが幸いにもこちらも大した事は無かった。これは俺の想像だが、お前が丁度現れたから、犯人も『行為』を中断せざるをえなかったんだろう…。」
 絶妙の説明で話を帰結させるトーヤ、横でアルベルトが「これからが面白かったのに…」等とぶつぶつ言っている。
「まあまあ、とりあえず感謝するよ、アルベルト。」
 レインが慰めるかの様に一言礼を言った。
「ふっ、まあ良いって事よ。それより、お前も良くやったよ、まあ相打ちって所が残念だったがな。」
 レインの目が点になる。
「相打ち?」
「ああ、俺が途中で立ち寄って良かったな、犯人を退けただけで名誉の死じゃ無念だろ。本当、通りかかって良かったな、イヴも家に居たけど何も気づかなかったらしいぞ。」
 しみじみと語るアルベルト、しかし、レインの顔が凍り付いた。
ーあれっ?何か違う…ー
 先ほどのアルベルトの言葉が引っかかる。
ーイヴは…、家に居なかったはずだ…。それに犯人が居なかったて?だったら…、犯人はどうして見逃したんだ…ー
「どうした?顔色が悪いぞ…。」
 トーヤがレインの顔を覗いて聞いてくる。
「いや、何でも…無い。」
 一言言って考えを巡らす。
ーあの時、最後に聞き覚えのある声が…ー
「…………………!」
「……ス……さん!」
「………ね…さん!」
 突然、脱力感に見舞われ、額を抑える。
「どうした?」
 二人が何事かと声をかける。
「大丈夫、ちょっと…疲れただけ…だ。」
 レインはそう言って横になった。
「そうか、ゆっくり休むがいい。」
 トーヤはそう言うとアルベルトを連れだって部屋を出た。
 レインは折角だから少し眠る事にした。レインはうとうとしながら、トーヤに体調不良の事を相談しようと思った。


 その手は冷たかったけど、暖かかった。
ーこれからどうするの?ー
 僕が呟いた、そしてその手をぎゅっと握った。不安だったんだ。その手は僕を何処かに繋いでくれている糸に思えて、それが切れてしまったら、僕はどうしたら良いか解らない。
ー私と…ー
 こっちを向いた。
ーワタシトイッショニイキマショウー
 そう僕に言って、強く僕の手を握りかえしてきた。
 僕は一度大きく頷いて、更に手に力を込めた。
 しっかりと握りあった手から、赤いものがちらちらと顔を出していた。

「あのねぇ、運命の人とは赤い糸で小指同士が結ばれているんだって。」
 覚醒しようとする頭が、知り合いの少女の言葉を思い出していた。
ーそれにしても、起きているのか、寝ているのか…ー
 霞のかかった頭で考える、彼の手は未だ握りあったままだった。
 そして、握りあった手からは、夢の通りに赤い糸が顔を覗かせていた。
 レインの視線が、指から腕、腕から肩、首、顔へと動く。
「レインさん。」
 現実なんだな、とレインは理解した。
 そこには、心配そうな顔をしたイヴが居た。
「おはよう。」
 レインは声をかけながら、そう言えば先ほどの顔ぶれにイヴは居なかったのに気づいた。
「………」
 イヴは少しの間レインの顔を見ていると、思い出した様に手を放した。
「あっ……、」
 何故か不思議なくらい大きな喪失感に襲われ、レインは声を上げてしまった。
お互いが顔を赤くする…。
 そして、二人はお互いに声をかける事が出来ず、気まずい様な、甘ったるい様な時がしばし流れた。
「そういえば…。」
 その雰囲気を破ったのはレインだった。昨日の事、アルベルトから聞いた話を思い出した。
「何かしら?」
 イヴが自然に聞き返してきた。
「あっ…、いや…、何でも無い…。」
「なあに?途中で止められると、とても気になるわ。」
「本当、何でも無いんだよ。」
 レインは言葉を濁し、イヴの追求をかわす。
「そう…なの…。」
 腑に落ちない様子を見せながらも、あっさりと引き下がるイヴ。
 そんなイヴの様子を見て、レインは少し心が痛んだ。
 ただ、そうただ「昨日は何をしていたのか」と聞けば良いだけなのに、何故かレインにはそれが出来なかった。
「………………………」
 互いに黙り合い、今度は本当に気まずい空気が流れた。
「入るぞ。」
 数回のノック音に続き、トーヤが病室に入ってきた。沈黙への打開策を持たなかったレインは、少々安堵の息を漏らした。
「私、まだ仕事が残っているから、これで失礼するわ。」
 イヴはそう言い残し、トーヤと入れ違いに出て行った。
「邪魔をしたかな?」
 トーヤはレインの側に来るなり、そう笑いかけた。逆にレインは少々げんなりとした顔になる。
「まさか、ドクターがアルベルトみたいな事を言うなんて…。見損ないましたよ…。」
「ふっ、冗談だよ、冗談。」
「本当に冗談だと良いんですけどね…。それより、何ですか?薬の時間とかですか?」
 薬であったら遠慮しようと思ったレインだった、どうやら痛むのは首周りだけで、他は全く快調だった。
 しかし、レインの心配は紀憂に終わる。
「そうでは無い、お前の怪我は、はっきり言って大した事が無い。だから気分が良くなったらすぐに出て行ってもいいぞ、と言いに来たんだ。」
「そうなんですか…。」
 レインはその言葉を噛みしめると、ベッドから飛び出した。
「だったら、行きます。」
「………おい。」
 戸口に向かうレインを引き止めるトーヤ。レインはくるりと振り向いて言う。
「大丈夫です、ドクター。ゆっくり寝たら元気になりました。それより、これから事務所に行って来るんですけど、帰りによっていいですか?ちょっと相談があるんですけど…。」
「それは…、構わんが…。」
「ありがとうございます。」
 レインはそう言ってノブに手をかける、が、その前にすかさずトーヤが声をかける。
「行くのは構わんが、服はきちんと着た方が良いと、俺は思うぞ。」
 言われて自分の姿を確認するレイン、下着しか見につけていなかった…。
「どうりで…、随分と涼しいわけだ…。」
 一人ごちると、頭をコツンと自分に突っ込みを入れた。


「何故ですか、納得いきません!!」
 ズダン!
 レインは叫びと共に拳を力強く叩き落とした、机の上の物が一瞬フワリと浮く。
「納得がいかなくても従ってもらう、命令だ。」
 何があろうともビクともしない、高い山の様に座るリカルドが言い放つ。
「どうして、資料整理にまわされなきゃならないんですか!この大事な時に、犯人は目と鼻の先なんですよ!」
 レインは、机の上に乗り上げるかという勢いで迫る。しかし、リカルドの方は、いたって冷静だ。
「お前が一度遭遇しただけで、目と鼻の先では無いぞ。」
「しかし…、だったら、尚更人員は必要ではないのですか?しかも犯人を見てるんですよ、俺は。」
「ならば、その犯人の体型、顔、特徴、はっきり言えるのか?」
 途端に、レインの勢いが消える。
「それは…、その…。」
 口をもごもごと動かすだけのレイン、実はレインは犯人について何も覚えていなかった、いや、黒髪の、女性の様な小柄な体型だという事は覚えていたが、何故だかそれは言っていなかった。
「いいか、捜査はほとんど進展していないのだ。そして、我々は一つ認識を変えなくてはならない、犯人は相当の手練れだ、これからは深夜のパトロールもしっかりチームを組んで行う、しかもそれは体調の万全な者に限る!」
「しかし…。」
 それでも、何とか食い下がろうとする。しかし、
「命令だ。」
 リカルドは静かに、しかし力強く言う。
 その様子から、これ以上何を言っても無駄だと悟ると、
レインは背を向け、そして床を蹴った。
「くそっ…。」
 聞こえない様に静かに呟くと、そのまま部屋を出ようとノブに手をかける。
「少し頭を冷やせ。」
 リカルドに言われ、自分が何故だか熱くなっているのに、レインは初めて気づいた。
 しかし、何故熱くなっているのか、その理由が解らず、それが一層彼を苛立たせた。
「寝不足のせいだ…。」
 そんな適当な理由をつけ、今は気を落ち着かせた。

「っで、俺にどうしろと言うんだ。」
 そう言って、トーヤは少し渋い顔をした。
「悪いが、うちではその手のものは扱っていないのだがな…。」
 回転機能のある椅子を、くるりと回し背を向けてしまうトーヤ。レインは渋い顔になる。
 レインは仕事の帰りにクラウド医院によった、理由はここの所の体調不良、目眩の事である。
 ちなみに、資料整理という、地味で単調な仕事が彼の心を落ち着かせ、今はいつものレインだった。
「そこを何とか、頼むよドクター。」
 レインが手を合わせ、拝む。
「やれやれ…、」
 トーヤが溜め息混じりにもらしながら、レインの方を向き直る、聞くだけ聞くという意思表示である。レインの顔が綻ぶ。
「それは、どう考えても、その『夢』に何か門題があるな。それについて、詳しく話してみろ。」
 話しを聞き、トーヤは少々興味が湧いていたようだった、しかし、
「その…、夢については、実は全然覚えてないんだ…。起きてすぐに忘れちゃうみたいで…。」
 レインが申し訳なそうに言う。
「ふぅ〜…。」
 トーヤは息をわざとゆっくりと吐き、露骨に落胆したのを現すと、再び背を向け、ついには「しっしっ」と手を振った。
 機嫌を損ねたらしい…、レインはこれ以上は話すのは無理だと悟ると、静かに去ろうとした。
「おい…。」
 部屋を出かけた所で呼び止められ、驚くレイン。振り向いてトーヤを見るが、依然背を向けたままだった。
「とりあえず、その夢の内容が解らん事には何とも言えん。次見る事があったら、何かに書き留めておけ。」
 レインは、その背中に静かに一礼するお、医院をあとにした。

 外に出ると、夜風が心地良かった。
 昨日までなら、ここから交代制のパトロールがあったが、今日からそれも無かった。
「っまあ、せいぜいゆっくりと寝かせて貰おうかな…。」
 レインは誰にでも無く呟くと、家路についた。

ー良い夢でも見れると良いんだけど…ー


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