中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想

天の繰り糸7「偶然確率の必然」 雨水 時雨(MAIL)

 雨の中を歩いている。
 私は、雨の中を歩いている。
 目的は一つだけ。
 見つける事、でも…、
 あの子を見つける事が、先か?
 あいつを見つける事が、先か?
 可哀相な人を見つけてしまうのが、先か?
 どの確率が高いのか、私には解らない。
 何かを見つけるまで、私は歩き続けるだろう。
 あっ、見つけた…。

        『偶然確率の必然』

 クラウド医院に、新たな訪問者が来たのは、レインが出て行って数分もしない内だった。
「お〜い、レイン居るか〜?」
 アルベルトはそう呼びかける、しかし返事は無い。もう一度呼びかけようと思った時、奥からトーヤがやって来た。
「場所をわきまえんか。」
 顔を見せるなり叱責を受け、アルベルトは首をすくめた。一方、トーヤはゆっくりとした足取りで椅子に座る。
「レインなら、もう帰ったぞ。」
「帰った?」
「ああ…いや、帰ったかどうかは解らんが、とにかくここにはもう居ないぞ。」
「ちっ、折角面白い物が見つかったから、わざわざ届けに来てやったのに…、それに晩飯の約束はどうなるんだ…」
 アルベルトはぼやきながら、胸もとから紙を取り出し、トーヤの前でひらひらとさせた。これが先ほど言った面白い物なんだろう。
「何を見つけたというんだ…。」
 どうにも、目の前でちらつかされては、否応無く興味を惹かれ、思わずトーヤは聞いた。すると、アルベルトもそれについて話したかったのか、手近な椅子を引き寄せ、トーヤの前に席を取る。
「まあまあ、これを見てくれよ。」
「どれどれ、」
 トーヤは差し出された紙を受け取る。
「おい、これは…。」
 トーヤが非難の目で見る、それは何かの事件の報告書だった。
「軽率だぞ…」トーヤがそう口を開く前に、アルベルトが言った。
「いやいや、ドクター、日付の所を見てくれよ。」
 そう言われて、少し読んでみる。すぐに日付が見つかる、それは十数年前のものだった。
「それだけ昔の事だったら良いだろう?それより、早く中身を読んでみてくれ。」
「時間の問題では無いだろう…」トーヤはその言葉を胸の奥にしまうと、その書面に目を通し始めた。
 始めこそは何気なく読んでいたトーヤだったが、読み進むにつれ、その顔に驚きの色が滲み出て、最後の一文を読んだ時には、その顔にありありと驚愕の色が見てとれた。
「なっ、びっくりしただろう?それにしても、あいつが昔こんな事に巻き込まれたとはな…、つくづく運が無いというか、トラブルメーカーというか…。」
 アルベルトの言葉を無視し、トーヤは頭を整理する。

 そこに書かれていた事件の内容はこうである。
 十数年前、この街に子連れの男がやって来た。
 男(親)が少し目を離したすきに子供が何処かへ行ってしまった。そして、その子供こそ誰であろう、レイナード少年だった。
 そこで、トーヤは一度驚いた。しかし、それはまだまだ驚きの始めだった。
 始めは、ただの迷子探しだと思われた小さな事件だったが、何とか山奥で少年を発見した時、彼は一人の女性と一緒だった。
 感謝の言葉を述べ、息子を引き取ろうとした父親。
 だが、女は少年を離そうとしなかった。抵抗する女を、同行していた自警団の数人が捕り抑え、レイナードは無事保護され、その事件はひとまずの解決をみた。
 しかし、アルベルトはこれをきちんと読んだのだろうかと、トーヤは疑った。
 おそらく、レインの名前を見つけた所で慌てて持ってきたのだろう、とトーヤは予想し、事実その通りだった。
 アルベルト未読の所には、更に驚くべき内容が書かれていた。
 その時、レイナードと一緒に居た女、その名前もそこには記されていたが、そこには「イヴ=ギャラガー」と書かれていた…。
 ただの同姓同名(それだとしても偶然性が高いが)ともトーヤは考えた、が、その者を引き取りに来たのがルーク=ギャラガーであったと、それには書かれていた。
 その時、ルーク氏が言うには、その記録の中のイヴは、酷いショックを受けて少し気を病んでいたらしい。ルークは自分が娘を見ているから引き取らせて欲しい、と頼み込んだ。
 自警団は、罪らしい事は何もしていなかったし、父親の一言もあって、イヴをルークに引き渡した。
 しかし、数日後、今度はイヴが行方不明になり、そして、その後の捜索の甲斐無く、結局見つからなかったと、その報告書の最後には書かれていた。

 トーヤは静かに紙を返した。
 幾つかの疑問が解決し、しかし、それを越える新たな疑問が浮かんだ。
「そう言えば…、レインは最近イヴと仲が良いらしいな…。」
 突然の質問に一瞬驚くアルベルトだが、次の瞬間にはにんまりと笑って答える。
「良く知ってるなドクター。そう、あの二人、もう、何て言うのか、知らない間に…こう…仲が良くて…、見ているこっちが、その…照れちゃうぐらい何だよ…。」
 言ってるだけのアルベルトが本当に照れている、まあ二人の仲がそれほどのもの何だろう、しかしトーヤはそんな事には全く興味は無かった。
 話のイヴと今のイヴ、全く同一人物とは考えがたい。だが二人に何かしらの共通点が有る事は確かだろう…。
 そして、レインは今のイヴと接する事により、過去のイヴを思いだす様になった…。
ーこれでレインの夢の話は解決か…。後は…それこそ専門医に診てもらうしかないな。それより、問題は過去のイヴと現在のイヴの関係か…、何か深い物がありそうだが…、それは俺には関係無い事か…ー
 気がつけば、トーヤが自分の話を聞いていないと知り、アルベルトは呆れ顔で帰り支度をしていた。トーヤの方も、別にこれ以上の話も無かったので黙っていた。
「そうだ…、今日は冷え込みそうだ、帰ったら身体をちゃんと拭いて、暖かくして寝ろよ。ただでさえ疲れているんだ、油断しているとすぐに風邪をひくぞ。」
「は〜い。」
 子供の様な返事をして、すっかりと暗くなった外へアルベルトは出て行った。
 そして、トーヤはそろそろ鍵を閉めようと思い、戸口へ向かい、その時一度外を見た。
「厭な雨だ…。」
 トーヤはぽつりともらし、そして自分の一言に驚いた。
「何を言っているんだ、俺は…。雨に良いも悪いもあるわけが無いだろう…。」
 一人ごちると、扉を閉めた。


 ここに不幸な女性が居る。
「ああ…厭な雨、全くいつまで降るつもりなのかしら…。」
 一人の女が雨の中を小走りで進んでいた、彼女は役所に勤めている者だった。
 今日は残業で遅くまで残されて、夜もとっぷりと暮れた今、やっと仕事から解放された彼女だが、今の彼女は仕事からの解放感よりも降り続く雨へイライラをつのらせていた。
 それ故か、彼女は目の前から接近する、非日常に気がつかなかった。
 どんっ…
 折角のお気に入りの服が濡れていく事ばかりに気を取られ、彼女は正面から来た人物に気づかずにぶつかってしまった。
「きゃっ、」
 ぶつかった反動に尻餅をついてしまう、しかも彼女が座り込んだのは水溜まりの上だった。
 しばらくは呆然としていた彼女だが、徐々に下半身が冷たくなる感触で我を取り戻すと、勢い良く立ち上がり、ぶつかった相手を見た。
 全身を黒いローブで包んだ、ともすれば夜の闇に紛れてしまいそうな、しかし見るからに目立つ怪しい人物だった。
「何処見て歩いてるのよ!」
 彼女は相手の怪しさも、自分も前を見ていなかったという非も忘れ、ただ雨への苛立ちと残業の疲れを激情にのせて相手にぶつけた。
 その時、勢いでフードが脱げ、雨が彼女の黒髪を濡らし始めたが、彼女は一向に気にかける事はなかった。
 一方、黒づくめは、彼女の声など聞こえていないかの様に呆然と立っている。
「ちょっと、何とか言ったらどうなの!」
 あまりの無反応が彼女の更なる怒りをかった、彼女は黒づくめの肩口を軽く小突いた。黒づくめが軽く怯み、その拍子にフードが脱げた。
「あら…」
 何故か、彼女の怒りが急激に萎えていった。
「貴方…、図書館の…確か、イヴ…さん?」
 フードの下から現れた顔は、旧王立図書館の司書のそれであり、館長の代理として度々来ていたので、彼女は覚えていた。
ーあら、どうしよう…ー
 縁は薄いとはいえ、知人をいきなり怒鳴りつけてしまった事に気づき、彼女は顔を赤くしてうつむいた。
 そして、彼女は何とか恥のもみ消しにかかる。
「ごめんなさい。その…、今日は残業やら何やらで気がたっていたの…。」
 彼女は言い訳をする。しかしイヴの方は、先ほどからじっと彼女の顔を見ているだけだった。
ーまずい、相当に怒らせちゃったみたいー
「あの、本当にごめんなさい。」
 彼女は深々と頭を下げる。その動きにつられ、濡れて重みを増した黒髪がだらりと垂れる。
「許…せ…ない」
 イヴがぽつりともらし、彼女は頭を下げたままビクリと反応する。
ーやっぱり、相当怒ってるわ!?ー
 彼女は許してもらえるまで頭を下げていようと思った、しかしその矢先、いきなり肩口を掴まれ、強制的に身体を起こされた。
ーきゃ〜、平手でもやられるのかしら?!ー
 彼女は一発くらいはと覚悟をしたが、現実はそれほど甘くなかった。
「許せない…」
「ひっ…!」
 彼女は思わずイヴの顔を見て悲鳴を上げた、酷く恐ろしい目で睨まれていた。
「あ…あの、その…」
 何も言えずに、ただ口をぱくぱくさせる彼女の顔に、イヴの手が迫ってきた。
 その手の五指からは、雨水がしたたっていた、否、五指にかけられた何かを雨水がつたっていた。
「あっ…。」
 その時になって、彼女はやっと最近黒髪の女性を、しかもその顔を狙っている怪人の事を思い出した。
 しかし、思い出した時には手が目の前にあり、彼女は悲鳴を上げる事もできず、ただ自分が黒髪である事を呪った…。


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