天の繰り糸「始まりが終わり」
雨水 時雨(MAIL)
夢を見ていた。
けど、これは本当に夢?
それとも、思い出?
それとも、現実?
区別がつかない。
男の子が一人歩いていた。
男の子は泣いている、迷子だから泣いているんだと僕は解った。
一人の女性が現れた。
これは、現実なんだ…。
だって、あの人の片袖が風になびいている。
男の子とあの人が何かを話している。
やがて…、泣き止んだ子供に、あの人が言った。
「私と一緒に………。」
男の子が頷いた。
そうして、二人が歩き出した。
そうだ、僕も行かなきゃ、ついて行かなきゃ。
あれっ?誰かが呼んでいる。
少し目を離した隙に、男の子とあの人が遠くへ行ってしまった。
早く追いかけなきゃ。
あれっ?誰かが呼んでいる。
声のする方へ行こうとする僕、二人を追いかけようとする僕、どっちにしよう?
「……ン…ん。」
二人の姿がもう見えない、僕は仕方無く声のする方へ行く。
「……ンさん。」
やっぱり誰かが呼んでいる。
「レインさん。」
そして、僕は目を醒ました。
「レインさん、どうしたの?」
気がつけば、目の前に心配そうに覗き込むイヴの顔があって、レインは慌てた。
「また、考え事?」
何気なく聞いてくるイヴだが、心なしか表情が暗い。
レインはそれを取り払うかの様に陽気に笑って答える。
「ちょっとね、その…こうやってゆっくりと昼を一緒にできるのも、久しぶりだな…って思って…。」
「そう…。」
一言だけ、素っ気なく答えたつもりのイヴだが少し赤くなっていた。
それを見てレインが微笑む。
とても穏やかな日常が続いていた。
最早、あの事は悪い夢ではないのかと、レインは時々考える事があった。
でも、夢ではないのだ。
レインはあの日の事からを少し考えた。
レインが倒れた後、間もなく自警団が駆けつけた。
どうやら何かありそうだと察知していたトーヤが、何らかの助言をしていたらしい。
イヴはレインの抜け目のなさに少々驚いたが、それよりもまず感謝していた。
レインはすぐに病院に運ばれた、風邪と疲労による衰弱と診断され、「寝ていれば治る」とトーヤは軽く言ったが、二日間近く意識を取り戻さなかったのには、トーヤ以外の回りの者達の肝を冷やした。
そして、レインが目覚めてみると、事件は全てが解決していた。
自警団は今回の事件を、精神異常者による犯行と世間的に発表し、また犯人の自殺により解決したとも発表した。
それを聞いた途端に激昂したレインだったが、アルベルトの口から「そう発表する事でイヴに類が及ばない様にする」というリカルドの配慮だと聞かされた時、レインは心の中で一言礼を言った。
そして…、そのリリスはというと…。
自警団の者が着いた時、落雷を受けた木は炎上しながら折れていて、火を消し、その辺りを捜索したものの…。灰以外は何も残っていなかったらしい…。
木と共に燃え尽きたのか…?それとも…?
真相は誰にも解らない。
そうして時が経ち、幾日とも経たない間に、人々から事件の事は忘れ去られていった。
「…また、考え事…。」
イヴが少し眉をひそめ、レインを見る。
「いや違うんだよ。これから…昼からどうしようか、って考えていたんだよ。」
「どうするって、お仕事ではないの?」
レインはにっこり笑って答える。
「いいよいいよ、少し休んだって。昼からどっか行こうよ、イヴ。」
レインは言いながら、彼女の返事も待たずに午後の予定を立てていく。
が、
「いいわけ無いだろ。」
突如、二人の間にアルベルトが割り込んでくる。
「のあ?!」
驚くレイン、イヴの方は落ち着いている。
「いつもいつも…何処から出て来るんだ…、お前は。」
折角の雰囲気を邪魔されたレインが抗議の声をあげる。
「どこからでも良いだろう、それより楽しいデートはまた今度だ。仕事だぞ。」
アルベルトががっちりとレインの襟元を掴む。
「迷子の届け出だ、探しに行くぞ。」
アルベルトは言いながら、引きずりだした。
「おい!そんなの…他の奴に任せておけよ。」
レインはじたばたともがくが…、
「雷鳴山でモンスターが暴れていて人手不足だ。お前もちゃきちゃき働け!」
反論もできなくなるレイン。
「イヴ〜。」
最後の頼みの綱を見つめる。しかし、イヴはいつもの通りに一言言うだけだ。
「仕事ですもの、仕方が無いわ。」
「ぐっ…」
止め刺され、後は惨めに引きずられて行くレインだった。
「なあ、」
アルベルトが引きずりながら話しかける。
「んっ?」
「あの時、二人で何を話してたんだ?」
「あの時?」
レインはどの時か思いつかず、首を傾げる。
「お前が目を醒まして、部屋にずっと一緒にいたイヴと二人きりだった時だよ。」
「お前には関係ないよ。」
と言いながら、レインの思いは少し過去へと飛ぼうとしていた。
「けちけちしないで教えろよ。俺が病室に入った時、お前等顔が赤かったぞ、何があったんだよ?」
しかし、アルベルトのその言葉はレインの耳には入らなかった。
「夢を見ていたよ。」
僕は起きるなり一言言った。
「えっ?」
唐突な言葉に驚く彼女。僕は構わず言葉を続ける。
「昔の夢、いや、今の現実なのかな?」
どっちか僕には解らない。
「小さな男の子が迷子なんだ、そしたら女の人が出てきて、その子を連れて行くんだ。」
彼女は何も言わず、少し悲しそうな瞳で僕を見ている。いや、悲しんでいるのは…僕なのか…?
「この前は迷子になった僕を助けてくれたんだけど、どうやら、今回は僕は置いていかれたみたいなんだ。」
そう、僕は置いていかれた、あの人に…。
「どうしよう…?どうしようか、イヴ…。」
とても不安だ、とても心細い、これじゃあ…まるで…僕は今も迷子の様だ…。
その時、彼女は少し間を置いて、そしてやさしく僕に言った。
僕はその言葉に笑顔で頷いた。
「それなら…、私と一緒に…、生きましょう。」
それは、この物語の終わりに、そして、これからの二人の始まりに、一番相応しい言葉。
天の繰り糸『始まりが終わり』
作曲、編曲・雨水 時雨