中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「空を見上げて」 雨水 時雨  (MAIL)
「昔は、空を見上げるといつも両親が見えていた気がする
。」
 窓辺に腰掛けて、ふと外を、空を見る。
「背伸びしてみても、手を伸ばしても届かなかったな。」
 彼女は暖かい日差しを浴び、ぼんやりと思い出していた

「いつだろう…、見上げてもそこに両親が居なくなったの
は…。」
 そう考える彼女、だが思いは別の所へ飛ぶ。
「最近は、あいつの顔が見えるばっかり…。」
 今の彼女の頭を占めるものは、今は不在の青年の事だっ
た。
「いつ、帰ってくるんだろう。」
 彼女はそこで、はっとしてぶるぶると頭を振った。
「何考えてんだろう…、あたしったら。最近、おかしいな
ぁ…。」
 
       『空を見上げて』
 
「みゃあ、みゃあ。」
 奥のテーブルに料理を置き終え、厨房に戻ろうとしたパ
ティをその足元から何かが呼んだ。
「どうしたの?」
 そこには一匹の猫が、数箇月前から居候をしている黒い
小猫が、彼女を見てしきりに鳴いていた。
「おなかでも空いたの?」
「みゃ〜、みゃ〜。」
 彼女の問いに、おそらく肯定の声を上げる猫。
「待ってて、すぐに何か持ってきて上げる。」
 余り物を探しに厨房の奥へ行く彼女。
「みゃ〜、みゃ〜、みゃ〜。」
 その声が「急いで」という催促の声に聞こえ、彼女は少
し苦笑いを浮かべた。
「おいしい?」
 行儀良く食べる猫を見て、ついそんな事を聞いてみた。
「みゃあ、みゃあ。」
 まあまあ、そう言われた気がした。しかし、そんな思い
もただ心を通り抜け、彼女は猫を見つめたまま、しばし黙
り込んだ。
「あんたは…、こんなに近くに居るのにね…。」
 彼女はふと自分でも訳の解らない事を呟き、ため息をつ
いた。
「みゃ〜。」
 小猫が心配そうに鳴いた、…気がした。
 
「は〜い、お待ち!」
 営業スマイルをうかべ、投げる様に料理を並べていく彼
女。何故か今日は機嫌が良さそうだ。それを証明するかの
様にカウンターの中へ戻っていく彼女の足取りも軽い。
 ガタン、カラカラ。
 勢い良く扉の開かれる音、次いで扉に付けられた鐘が鳴
った。
「いらっしゃいま…、って、何だアルベルトか。」
 途中から露骨にがっかりした表情になる彼女、しかし、
当のアルベルトの方は厭な顔する事なく、逆に意味有り気
に笑った。
「悪かったな“奴”じゃなくて。」
 ある一点を変に強調された言葉、彼女は黙ってアルベル
トを睨みつけた。
「どういう意味よ…。」
「言った通りの意味さ。もう知ってるんだろ?アリサさん
の所に“奴”から、『もうすぐ帰ります』何て手紙が届い
たの。
 俺を含めた多くの人にとっちゃ、これほど迷惑な話は無
いが、一部には喜ぶ奴もいるからっな!」
 アルベルトはそう言って彼女の肩をぽんと叩く。
「そんなの…あたしには関係無いわよ…。」
 アルベルトの手を払いながら、そんな事を言う自分が我
ながら情けなくなる彼女。本当はその通りなのに…。
「冷やかしなら帰って欲しいんだけど!」
 このままでは後手後手に回るので何とか話題をきりかえ
る。
「はいはい、それじゃBランチ一つ。」
「Bランチね。」
 答えながらそそくさと奥に引っ込む彼女。
「何だ、からかいがいの無い。」
 去っていく背中を見つめてそう愚痴をこぼすアルベルト
だったが、料理が来た時、アルベルトは思わずニヤリと笑
ってしまった。
 明らかに増量されている料理。何となく周りを見たが、
周りも自分と同様に頼みもしない大盛りになっている。
 何だかんだ言って、彼女はとても機嫌が良いらしい。

「はあぁぁ。」
 彼女は空を見上げてため息をついた。
 あれから二ヶ月という時間が簡単に過ぎていった。
 無論、待ち人来たらず、である。
「雲が欲しかったのはいつだったっけ…。」
 彼女は空を見つめたまま、ふと昔の事を考え始めた。す
でに、全ての後ろ向きの考えと、全ての前向きな考えは出
尽くしていた。
「そう…子供の時だっけ。」
 ぼんやりと流れる雲を見つめる。
「雲だけじゃない、鳥も、太陽も捕まえてみたかった。」
 彼女の目に幼い自分の姿が写る。精一杯に背伸びをし、
空を両手で掻いている。
「ぷっ、ふふふ。」
 彼女は幼い自分を見て笑い声をあげた。
 しかし、目の前の幼い自分が今の自分に変わる。
 今の自分も変わらずに空へ手をのばしている、彼女の視
線が自然と手の先へと動く。
 空には…、空には青年の姿があって…、彼女は無言で窓
縁に伏した。
「みゃあ。」
 何処から入って来たのか、彼女の足元で小猫が声を上げ
た。
「なあに?慰めてくれてるの?」
 こくこく、猫が頷いた気がして、彼女はじっと小猫を見
ていた。
 小さく黒い瞳に、少し赤い目をした自分が映っていた…

「はあ〜〜〜〜〜。」
 彼女が息を吐く、しかし今度のはため息では無い。彼女
は胸に溜まったもやもやを吐き出すと呟いた。
「全く、どうして気付かなかったのかしら。」
 彼女はまた空を見上げた。
「空なんて、届かないものしか無いのに…。」
 彼女は少しづつ視線を下げていった。
「そうよ、前を見てればそこに!…なんて、少し楽観的す
ぎ……か……な!?」
 彼女の動きが一瞬にして止まった。
「よっ、ただいま。」
 窓の外に薄汚れた旅人の姿があった。伸びに伸びた髭の
奥で白い歯が不気味に光る。
 しかし、彼女は旅人の笑顔を見るなり、何も言わずに窓
から飛び出した。
「おっと…。」
 旅人は少々慌てながらも彼女を受け止める。
「ただいま、パティ。」
 そして、彼女の耳もとで再び言った。
「お帰り。」
 彼女は旅人の首に手を回し力強く抱き締めた。
 そして…。
 
「みゃあ〜。」
 見てはいられないね、とでも言う様に小猫が鳴いた。
 
       ーーーー終ーーーー
 
作曲・雨水「熱帯低気圧」時雨
SPサンクス・天流「愛は永遠に?」久遠
 
 
「ちょっと…、もうそろそろ離して欲しいんだけど…。」
 先ほどから抱きつきっ放しの彼女に嬉しいながらも困り
顔の旅人。
 しかし、一向に離れる気配の無い彼女。
 旅人が少し困った様に頭を掻いていると、彼女が聞いた

「こうでもしてないと、またいつか居なくなるか解んない
からね、あんたは!第一、何でこんなに遅いのよ。」
 腕に力を込め、締め上げる。
「うへぇ、悪かった。ちょっと一騒動に巻き込まれたんだ
よ。」
 困った顔で言い訳をする旅人を彼女は微笑ましげに見つ
めた。トラブルに巻き込まれた何て、あまりにも「らしく
て」彼女は軽く笑い声を上げた。
 首を締め付ける力が弱まり、ほっと息をつく旅人。
 しかし不意を襲うかの如く、彼女は再び旅人を力強く抱
き締める。そしてその耳元で呟く。
「あたし、子供頃から一回捕まえたものは離さないんだか
ら。あんたも…もう捕まえたからね!」
 旅人はその不意打ちに、ただ顔を赤くするしか無かった

                  (本当に終わり)



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