中央改札 悠久鉄道 交響曲 感想 交響曲

「ワラフヲトコ」一日目 其の壱 雨水 時雨
「一人ぼっちにしないで。」
 少女が闇の中叫んだ。
 しかし、少女の願いとは裏腹に、少女の周りからは彼女の父、母、そして友人達が順に姿を消して行く。
 少女は姿を消した者達を追いかけようとするが、進めど進めどそこには闇が広がっているだけだった。
「お兄ちゃん…」
 少女が一人の青年に呼びかける、しかしその呼びかけも虚しく、青年は少女の見知った黒髪の女性と共に消えて行く。
「待ってよ、みんな待ってよぅ。」
 少女は手を伸ばそうとする、しかし、その体はいつの間にか狭い箱の中に捕らえられていた。身動きのとれぬ少女を中にしまい、箱は地中深く沈んで行く。
「いや!出して、ここから出して!一人ぼっちになるのはもういや!」
 少女の叫びを無視し、箱は静かに沈んで行く。が、その時、何者かが箱につけられた覗き窓から顔を覗かせた。
「お兄ちゃん…」
 箱が開かれた、ゆっくりと光が溢れてくる、そして……
 そして少女は目覚めた。
「また…、見ちゃった…」
 少女はゆっくりと鏡を見た、涙で汚れた酷い顔だった、少女は涙を拭く。そして、しばらく鏡を見て、にっこりと笑った、笑わないとまた涙が出てきそうだから、笑った。

「お兄ちゃん、苦しいよぅ。」
 ああ、可哀相に、可哀相に、こんなに苦しんでいる。
「大丈夫、大丈夫だよ。」
 僕は笑っている、この子を心配させまいと笑っている。
「お兄ちゃん…」
 ああ…、もう駄目だ、見ていられない。仕方が無いこの手で…。
「ああ、可哀相に、可哀相に…」
 ああ、動かなくなってしまった。でも、これでこの子は楽になれたんだ、救われたんだ、良かった、良かった。
 ワラッテいる、もうこの子もワラッテいる、そして僕も笑っている。

「厭な夢を見た。」
 青年が呟いた。
「でも、もう大丈夫だ、僕はもうこの手を使う事は無い。」
 青年が部屋を見た、大きな箱が置いてあった。
「僕はもう人を救う事ができる。」
 青年が鏡を見た。
 ワラフヲトコが見えた。

       <First Day>
 朝がやってきた、いつもと変わらない朝、その日、何でも屋ジョートショップは久々にいつもの朝を迎えていた。

 扉の開く音と共に一人の青年が顔を覗かせた。
「あ、フェイさん、おはようございますっス。」
 小さな犬、もとい犬型魔法生物のテディがいち早くその姿を見つけ声をかける。
「あら、フェイ君おはよう、すぐに朝食の準備ができるから、早く顔を洗ってきたら。」
 この店の女主人アリサは食器を並べながら言った、青年・フェイは黙って頷くと洗面所に向かった。
「ご主人様、フェイさん機嫌悪いみたいっス。」
 テディがフェイのいつもとは違う無愛想を見て言う、しかしアリサは微笑みながら返す。
「あらテディ、フェイ君の寝起きが悪いのはいつもの事じゃない。」
「でも今日は特別悪いっス、長年付き合ってきた僕には解るっス。」
 テディはそう言って、自ら数度頷く。
「そう?だったらそうね…、たぶんこの街に戻って来て、今日は久々に仕事を再開するでしょ?だから朝から少し緊張しているのよ、それに…」
「なるほどっス、それはありえるっス。でも、あのフェイさんが緊張するとは(っス)…しかもっス。」
 テディは何故かにやりとする。
「テディ…」
 アリサははっきりとは口には出さないが、じっとその顔を見つめる。
「あ、ごめんなさいっス、ご主人様。」
 テディは先ほどの自分の小馬鹿にした態度をアリサに詫びた、アリサも笑顔に戻る。
「さあ、準備出来たわ。」
 アリサはいつの間にか盛りつけまですませていた、しかしテーブルには五人分の食事の用意がされていた。
「もうそろそろね。」
 アリサが言う、もうそろそろフェイが顔を洗い終えるというのであろうか?しかしアリサの視線は入り口の方へ向けられていた。
 ガチャリ
 その時、扉が勢い良く開かれた。
「お〜〜〜〜〜っす、フェイ居るか〜〜?」
 元気があり余るほど元気な少年が入って来る。
「あ、ピートさん、おはようございますっス。」
「おはようピート君、フェイ君なら今起きたばかりなのよ。準備にもう少し時間がかかるし、朝食もまだだから貴方も一緒にどう?」
 アリサにはこの朝の珍客が解っていたのか、あらかじめ決めていた席にピートを勧める。ピートはそこにアリサの姿を認めるなり、来た時とはうって変わって妙に行儀良く一礼すると、勧められた席に座った。
「さて、あとはもう一人のお客様とフェイ君を待つだけね。」
 アリサが自分の席につきながら言った。
「もう一人のお客様っスか?」
「そう、もう一人のお客様。」
 アリサが答えながら再び入り口の方を見る。すると再び扉が勢い良く開かれた。
「お兄ちゃ〜〜ん☆」
 いつにも増したフリフリの服を着た、本日もう一人の客・ローラが入ってくる。
「お兄ちゃ〜ん、お兄ちゃ〜ん、今日は暇なんだよね、だったら今日こそは二人でデートに行こうよ〜。」
 ローラは其の場の三人の存在は無視し、姿の見えぬフェイに大声で話しかける。
「今日は、まず〜陽のあたる丘公園に行ってぇ〜、そこでやってる園芸展を見に行くの〜。それからお昼は〜」
 少女は空を見つめながら本日の予定を楽しそうに語る、しかし、
「悪いけど、そいつはできそうに無いな。」
 扉の開けられた音がしたかと思うと、フェイが顔を拭きながら出てきて言った。
「えっ?」
 いきなりの夢想を壊す言葉に呆然とするローラ。
「それが昨日いきなりクラウンズサーカスから急な仕事が入って、今日は朝から仕事だ。」
「……何で…?」
 ローラはそう聞くのがやっとだった。
「クラウンズサーカスとピートには世話になったからな、突然の仕事だったがやる事にしたんだ。だからデートはまた今度にしてくれ。」
「ほう、ほんろにひれふれ(おう、今度にしてくれ)。」
 人は欲望に勝てず、元もと半獣人の彼なら尚更なのか、ピートは先ほどの行儀の良さ全てをかなぐり捨て、口一杯に料理を頬張りながら言う、フェイはその食欲魔人の隣に座った。
 フェイは軽く手を組み祈りを捧げると、朝食を食べようとした。だが、
「ぐす、ぐす、ぐす…」
 誰かのすすり泣きの声にフェイはパンにのびかけた手を止めた。
 ローラの方を見る。
「ぐす…ぐす…」
 フェイが顔に手を当て、大きく溜め息をついた。
「どうしたんだ、ローラ。」
 フェイは立ち上がり側まで行くと、泣いているローラに尋ねる、
「ひっく、お兄ちゃんは、ぐす…、わたしが嫌いなのね…。だから…、ひっく、わたしとデートなんてしたくないのよ…、ぐす…。」
「そんな事無いって、俺がローラの事嫌いなわけ無いだろ。」
 フェイはローラの頭の上に手をのせ、やさしく撫でた。しばらくするとローラの泣き声が小さくなっていった。
「……本当?」
 掠れぎみな声で尋ねる。
「ああ、勿論だよ。」
 そう言って、青年はにこりと笑った。
「さあ、仲直りがすんだ所で、二人共朝ご飯を召し上がれ。」
 アリサの言葉にローラは一瞬驚いた顔をするが、お腹が「く〜」っと可愛らしく鳴ったのでその言葉に甘えフェイの隣に座った。

「それにしても…」
 食事に一段落つき、アリサの用意した食後茶を各々がすすっている時、唐突にローラがフェイに話しかけた。
「突然の仕事って何なの、お兄ちゃん?」
「んっ、ああサーカスで綱渡り用のロープを張り替えるのに人手が足りないみたいで、それを手伝いに行くんだ。」
「おう、昨日突然切れたんだ。」
 ピートはその時の状況を身振り手振りを加え説明し始めた、が、ローラはそれを聞かず何事かを考え込んでいた。
「よし、」
 ローラが手をうった、何かを決意したらしい。フェイの額からたらりと汗が流れる。ローラの決意が良い方向に向かうのは確率的に低い。
「さて…、そろそろ仕事に行くか。」
 フェイは何かが起こらない内に仕事に行こうとした、ピートもフェイの意を汲んで、残っていた茶を一気に飲み干すと立ち上がる。
「それじゃあ行ってきます、アリサさん。」
「はい、行ってらっしゃい、気をつけてね。」
 フェイが戸を開ける、ピートが先に出て行く、そして続いてローラも出て行く。
「何処に行くんだ?ああ、そうか帰るのか。」
 フェイは勝手に自己完結し、仕事に向かおうとする。が
「何言ってるのお兄ちゃん、わたしも行くに決まってるじゃない。」
 ローラは当たり前のように言い、ピートに続いて行こうとする。
「遊びじゃないんだ、今日の仕事は危険だから帰ってろ。」
 フェイは敢えて強い口調で言った、すると…、
「ぐす…」
 ローラが目に涙を溜め始めた、フェイは助けをもとめて視線を巡らす、しかしピートは先に行っているし、アリサとテディは黙って見ている。
 フェイは「ふぅ」と息をつくとローラの頭に手をのせ、その髪をくしゃくしゃっと撫でると言った。
「解った解った、でも、いいか見てるだけだぞ。」
 するとローラが顔を上げ笑って言った。
「うん。」
ー騙された、嘘泣きか…ー
 フェイは自分の浅はかさを呪った、見ればテディがにやにやしていた。

 ここに不幸な女性がいる。
「私に何が足りないんだろう…」
 彼女は水面に映る自分の顔を見て、ぺたぺたと己が顔を触る。
「そういえば、最近お化粧ののりが悪いのよね…、肌にも瑞々しさが無くなってきたし…。」
 そうは言うが、彼女自身はまだ二十代前半でどちらかと 言えば綺麗な方であり、無論肌もまだまだ若々しい。では何が彼女をマイナス思考にしているのか?答は簡単だった。
「何であの人…、あんな子とデートしてたのかしら…。」
 彼氏だった。
「そりゃあ、最近仕事が忙しくって時間が取れなかった私も悪いわよ、けど…、だからって浮気するなんて…、最低!」
 彼女は最後の言葉をきっかけに、あの手の感触、先ほど彼氏にくわわせたビンタの感触を思い出した。そう、「最低!」という一言と共に繰り出したあの一撃を…。
「もう、駄目ね。」
 水面に映る自分に言い聞かせる様に言った。あの一撃で彼女の愛は散ったのだと彼女は思った。
「もう…若くないのに…」
 その彼氏とはもう二、三年の付き合いだった、結婚も考えていた…、彼女はまだ若い方だが結婚を前提とした真剣なお付き合いを始め直すには少し若さが足りなかった。
「…歳をとりたくない…」
 彼女は呟いてしまった。
「お困りですか?」
 水面に突然別の顔が映り、彼女は驚いた。
 慌てて振り向く、そこには…笑う男が立っていた。何ともいい加減な人間観察だが、目の前に立つ者にはその言葉がぴったりだった。
「何かお困りですか?」
 男が再び問うた。
「な、なんでもありません。」
 彼女は立ち上がるなり、そそくさと其の場を立ち去ろうとした。
「お若いままでいられる方法を僕は知っていますよ。」
 青年が言った、彼女が歩みを止める。
ーいやだ、聞かれてたの!?恥ずかしい。最近、私恥かいてばっかりー
 彼女は一人嘆いた。
「悲しい顔をしないで下さい。」
 青年が唐突に言った、彼女は一瞬驚いた顔をするが、すぐにその怪しげな男を無視して歩き出した。
「貴方の願い、私が叶えてあげますよ。」
 彼女はそんないかにも怪しい勧誘等、無視して去った、つもりだった。
「本当ですか?」
 だが、彼女は何故か男に質問していた、男がやさしく頷く。
「ええ、貴方たしか、永遠に若くありたいんでしたよね?」
 彼女は首を縦に振りかける、だが彼女が望んでいるのはそんな事じゃない、本当は彼と仲直りしたいだけだ。先ほどの願いは言葉のあやみたいなものだ…、でも男がそう言うならそれで良い気がしてきた。
 そして彼女はコクリと頷いた。
「なら、こちらへ。
 男が出した手を彼女は自然にとった。
ーこれで、一人救われたー
 男がワラッタ。
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