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「ワラフヲトコ」二日目 其の壱 雨水 時雨
ー悪いことをしてしまったー
 少女は悔やんだ。
 闇夜の中、少女の瞳がうるうるとする、泣きそうになる。しかし、脳裏に青年のやさし気な顔が浮かぶ。
 青年は少女の失敗をやさしく許してくれた、嬉しかった。
 青年は何よりも自分の身をあんじてくれた、たまらなく嬉しかった。
 しかし、今のままではいけないと思う。
 早く伝えなくてはと少女は思う、早く「好きだ」というこの思いを伝え、青年を引き止めなくてはと少女は思う。そう、青年が再び何処かに行ってしまわ無いうちに…、一人ぼっちは嫌だった。

ー私は間違っているのかしらー
 彼女は混濁する意識の中思った。
ー私はたぶん間違っているー
 彼女は体を起こそうとした、しかし、体がぴったりと箱につまっていて体がうまく動かせない。それでも無理に動かした為か箱ががたがたと鳴った。
 誰かが近づいてきた。
「どうしたんですか?」
 箱についた小窓から男が覗く、彼女はただ静かに暴れた。
「大丈夫、貴方は素晴らしい世界に行くのです、安心してお眠りなさい。」
ーそれは違うー
 彼女に残された一かけらの理性が彼女に警告する。
ーそれは、ただたんに現実から逃げているだけ、私は解っている筈…、けど…ー
 彼女は小窓から覗く顔を凝視する。
ーけど、この顔を見ていると、これが正しい事のように思える…ー
 彼女は瞳を閉じ、深い、深い眠りについた。
 男がワラッタ。

      <Second Day>
「おはよう…」
 フェイは何処を見ているのか解らない閉じられた目のままで其の場に居るであろう二人に言った。
「おはよう、フェイ君。」
「おはようございますっス。」
「お兄ちゃ〜ん。おっはよ〜。」
 そのまま洗面所に向かおうとしたフェイが思わず柱に頭をぶつけた。睡魔が急激に引いていく。
「おい…」フェイは朝の珍客ローラに何か言おうとしたが止めた。その姿を見れば何の為に朝からここに居るかが明白だった。
 昨日から見れば幾分動きやすくなっていたが、それでも充分フリフリな服であった。
ーどうせ今日は仕事も無いし…、あったとしてもこの腕じゃ体を使う類(たぐい)の仕事はできそうにないし…。今日は付き合ってもいいか…ー
 そう決めると、フェイは座っている四人の横を通りながら洗面所に向かった。
「四人?」
 フェイは自分のいつもの席を見た。
「おはようございます…」
 四人目の男がおずおずとフェイに挨拶した。
「誰だ、お前。」
 フェイはそう聞いたものの、話が長くなりそうだから、その前に洗面所へと向かった。

「それで…」
 フェイはそう言ってフォークの先を男に向ける。
「それで、とは?」
 男は突然話しかけられたので、何の事か解らず聞き返した。
「仕事の依頼に来たんだろ、あんた。しかもこんな朝早くから来たって事は、よっぽどの事なんだろ?」
 フェイはサラダをつつきながらクールな探偵を気取る。だが、
「あの…、もう昼近くなんですけど…」
「ぶっ!」
 キャベツを吹き出しそうになるフェイ、思わず情けない顔でアリサを見る。
「昨日は何かと大変だったし、今日もお仕事入っていないし…。だから気のすむまで寝かせてあげる事にしたのよ。」
 いつもと変わらぬ笑顔で答えるアリサ、横ではテディとローラが笑いを堪えている。
ーどうりで…、いつもより目覚めが良いと思った…ー
「コホン…」フェイは一度咳払いをして気を取り直す。
「まあ、そんな事はいいとして、本当にどんなご依頼で?」
「ああ、はい。」
 男は居ずまいをただす。
「あの…、人探しをお願いしたいのですが…」
「人探し?」
「はい。」
「どういった関係の人ですか?」
「はい…」
 男が言葉につまる。すると、それまで黙っていたローラが口をはさむ。
「あのねぇ、探してほしいのは恋人なんだって。」
「ローラ…」
 その軽い口をたしなめるフェイ、ローラは首をすくめた。
「っで、その恋人が居なくなって、どれくらいがたつんですか?一週間?それとも一ヶ月くらい?」
「は、はあ。」
 男は少々言いにくそうに言った。
「はい…、それが居なくなったのはつい先日の事で…」
「つい先日とは?もっと具体的に、五日前?それとも四日前?」
「はあ…、実は今言った通り、先日なのです。」
 フェイが男の言いたい事を理解する。
「つまり…、居なくなって一日そこらしか経ってないと…」
「はい、正確には一日です…」
 ………………………
「はぁ…」
 フェイは一つ溜め息をつくと、再びサラダをつつき始めた。
「あの〜」
 明らかなフェイの態度の異変に心配になり声をかける男。しかし、男が二の句をつぐ前にフェイが言った。
「人探しだったら自警団に頼むといいですよ。男のくせに化粧をした”ゆうしゆう”な隊員を一人知っていますから、そいつに頼むといい。」
 男が言い返す、
「それが…、ここに来る前に自警団には行ったのです。そして、たぶん…、貴方の言うその人に『一日やそこら居ないからって行方不明と決まったわけじゃ無いだろ、悪いけど自警団は今忙しいんだ。そうだ、俺の知り合いに何でも屋をなさっている人が居る、そこに一人、少しは使える”使用人”が一人いるから、そいつに頼むといい』っと言われまして…」
ー誰が使用人だ。野郎、今度あったら殺す!ー
 フェイは胸の内で叫んだ。しかしそれを顔には出さない
。そして言う。
「う〜ん、でも本当に一日やそこらで行方不明と決まったわけじゃ無いでしょう?」
「しかし、彼女が黙って仕事を休むわけが無いんです。」
「でもなぁ…」
 フェイが渋っていると、話を聞いていたアリサがフェイに言った。
「あら、良いじゃないフェイ君、どうせ暇なんだし。」
 グサ…、アリサの悪意無き言葉がフェイの胸に刺さる。
「そうっス、それに人探しだったら、片腕が使えなくても平気っス。」
 グサ…、テディのその言葉は少女の胸に刺さる。
 フェイはしばらくトマトをつつきながら悩む。そして、
「仕方無い…、これも何かの縁か…」
 しばらく後、フェイが呟いた。
「良いでしょうその仕事受けましょう。まあ、その前に色々と聞かせてもらいますが。」

「それで、まずは基本的な事から聞かせてもらおうか、貴方の名前と仕事は?」
「役者をやってるんだよ、ねえ?ブラウニーさん。」
 その問いを待ってましたとローラが答える。
「はい…、あのまだ駆け出しですが…。」
 男・ブラウニー=ルーソンは頷いた。
「ローラ…」
 聞き込みに水を差されたフェイが鋭い視線を送る、するとローラは首をすくめ黙った。少し間を置き気を取り直すフェイ、
「それで、ブラウニーさん、貴方は何故彼女が居なくなったと思ってるんです?」
「はい…、ある事で彼女と喧嘩してしまいまして。その日は酷い喧嘩別れをしてしまって…。けど悪いのは私だったから、翌日稽古が終わって、あやまりに行こうと彼女の職場に行ったんです。あっ、彼女は市役所で受け付けをしています。けど彼女の姿が見え無かったんです。それで聞いてみたら、無断で休んでいると教えて貰いました、それで帰りがけに彼女の家にも行ってみたんですが留守でして…。でも、彼女が黙って仕事を休んで、遅くまで家を空ける筈が無いんです。」
ー市役所の受け付け…、確か若い女性が一人は居たな、そいつか?名前は何だったかな?まあ、すぐに思いだせるだろう、それよりー
「だいたい解った、それより貴方はその真面目な彼女が、無断で仕事を休んだのは何故だと思う?」
「はい…、私との喧嘩が理由だと…。」
「それで、その喧嘩の原因は?」
 ブラウニーはそう問われて、しばし黙った。しばらく後ゆっくりと聞く。
「あの…、それは言わなくてはいけないのでしょうか?」
 フェイはゆっくり頭を縦に振る。
「どんな様な事がヒントになるか解らないんで…」
 言い難そうにするブラウニーを興味津々な目で見るローラとテディ(アリサはいつも通りに、ぽ〜っとしていて、聞いているのかいないのか解らない)。二人の視線を受け益々言い難そうにするブラウニー。
「………」
 フェイは視線で二人を注意する、二人が首をすくめる。
「実は…」
 意を決したのか、ブラウニーが自らの沈黙を破った。
「実は?」
「実は喧嘩の原因は僕の浮気なんです…。劇団の新人の女の子とデートしているのを彼女に見つかってしまいまして…。」
 ブラウニーはそこまで言うと、恥ずかしいのか、もしくは罪悪感からか、うつむき黙ってしまった。
「浮気なんてサイテー。」
 ローラは少し興奮ぎみに叫ぶ、ブラウニーは少女の一声にびくっと体を震わせる。ローラは更に一言言おうとするが、
「ローラ!俺が話してるんだ、少し静かにしてろ…」
 フェイが堪えきれずに叱った、ローラは何か言い返そうとするが、フェイが恐い顔をしていたので黙った。
「それが原因で彼女は何処かに行ったと…。」
「はい…。」
「それで…、彼女が見つかって貴方はどうするんですか?」
「どうする…とは?」
「だから、もし彼女を見つけたら貴方はどうする?新しい男を見つけて、よろしくやってるかもしれないよ。もしかすると、案外もう新しい彼氏をつくって、遊んで、それで昨日今日と休んだもかもしれないよ、明日には何事も無かった様に帰って来てるかもしれないぜ、それでも彼女を探すのかい?」
 フェイはわざと酷い事を言って、ブラウニーを試した。ブラウニーはしばらく黙っていたが、フェイをじっと見つめると言った。
「お願いします。どうしても彼女には一言謝っておきたいんです。」
ー合格かー
「よし、解った。だったら探そう。大丈夫、ちょっと傷心を癒そうと何処かに篭っているだけだよ、探せばすぐに見つかるさ。」
 フェイはそう言うとフォークを置いて立ち上がった。
「僕も行くっス。」
「わたしも。」
 テディとローラがついて来ようとする、何故かフェイはローラがついて来るのもあっさり認めた。フェイは何処か急いでいた…。
「それじゃあ、行ってきます。」
 フェイはそう言うと足早に出て行こうとした。
「フェイ君…」
 アリサが声をかける、フェイがぎくりとして振り向く。
「行ってきま〜す。」
 少し引きつった笑顔で言うフェイ。しかし、アリサの口から「行ってらっしゃ〜い」の言葉は出なかった。
「好き嫌いはいけないわ。」
 皿の上に穴だらけのトマトが残っていた…。フェイは観念したようにがっくりとうなだれた。
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