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「ワラフヲトコ」三日目 其の壱 雨水 時雨
ーわたしが何とかしなきゃー
 まだ日も充分に上がりきらない、薄闇の中で少女は自分自身に気合いを入れる。
「お兄ちゃんの代わりに、わたしがやらなきゃ!」
 いつもより格段に動きやすい服に身を包んだ少女は、何やら色々とつまったナップサックを背負う。
 これからする事を思うと、少女は不安になる、しかし、
「うまくいったら、お兄ちゃん誉めてくれるかな。」
 少女の脳裏に笑顔で頭を撫でてくれる青年の姿が浮かぶ。
「大丈夫、ちょっと行って、見てくるだけ。大丈夫、大丈夫。」
 少女は何度も言って自己暗示をかける。
「そうだ、ピート君も誘おう、喜んで来るに違いないわ、そうよ、そうだわ。」
 少女は自らの案に何度も頷く、一人で行くのは恐かった。

「ほ…、本当に、こんな事で…、僕の悩みは解決する…んですか?」
 少年が不安気に尋ねる。
「はい、大丈夫です、貴方はこの箱に入って眠るだけでいいんです。」
 男はワラッタまま答える。
「ほ…んとうに…?」
 少年は箱に足を入れようとするが、しばし躊躇する、すると男が少年の耳に言葉をかける。
「本当に…、その箱に入って眠るだけでいいんですよ。次に目が覚めた時には、君をいじめる奴も、口うるさい親も、君を馬鹿にした女の子も、皆居なくなっています。」
「皆、居なくなっている…」
 少年は暗示にかけられた様に箱に入り目を閉じた。
「良い夢を…」
 男が言った、蓋がゆっくりと閉じられた。しばらくも経たない内に、少年は軽い睡魔に襲われた、少年はそれを少しも拒む事無く受け入れた。
「誰も…誰も居ない、僕をいじめる奴も…、馬鹿にする奴も居ない…、僕は、僕は自由になるんだ…。自由に…な…る…ん…だ……。」
 少年が眠りについた、
「また一人、救われた。」
 男がワラッタ…。

       <Third Day>
「今日は随分と早いっスねえ、フェイさん。」
「うるせ〜。」
 二人はいつものやりとりをしながらローズレイク方面をめざす。
「それにしても、ローラさん来なかったっスね。」
「どうせ、昨日色々歩きまわって疲れたんだろ。まあ、いいじゃねえか、居ない方が逆にやりやすいだろ。」
「いいんっスか?そんな事言って…」
「真実(ほんとう)だから仕方ないだろ、それに…」
 フェイの顔に一瞬かげりが見える、
「それに、何っス?」
「昨日はブラウニーに『簡単な仕事だ』って言ったが、どうにも昨日から胸騒ぎがおさまらないんだよ…」
 フェイが不安気な顔をする、
「フェイさんの勘は良く当たるっスからねぇ。」
 フェイが頷く、
「ああ…、だからもし万が一の事があった時、ローラを危険な事に巻き込みたくない。」
 テディがじっとその横顔を見つめた、フェイもその視線に気づく。
「どうした?」
「いや、その…、何だかんだ言って、フェイさんはやさしい人なんスね。」
「何だかんだは余計だ…。」
 そう悪態をつくフェイだが、口元は緩んでいた。

「フェイさん、あれ見て下さいっス。」
「んっ?何々、げっ…」
 テディの示す方向を見て、思わずそんな言葉が出る。二人の視線の先に居る人物も二人に気づく。
「ちっ、朝から馬鹿コンビに会うとは…、俺も運が無い。」
「それはこっちの台詞だ、何が悲しくて気持ちの良い朝に、気持ちの悪いお前の顔を見なくちゃならんのだ。」
「気持ちの悪いだと…、ふっ、所詮美の解らぬお前などには、俺の美白は解るまい…。」
「お前の美的センスがまかり通ったら、世の中の芸術家という芸術家が頭を悩ますだろうよ…。」
 アルベルトが静かに槍の穂先の覆いを外す、フェイも剣に手をのばす。
「どうやら片手を怪我している様だが…、手加減はしないぞ…。」
「手加減?それは俺の台詞だ。片腕無しで相手をしてやる、俺からの手加減だ。」
 一触即発の状態、しかしテディはいつもの事かと笑って見守っている。
「アリサさんの事は俺に任せて、お前はまた旅にでも出ろ、死への旅にな!」
「喜べ、お前が死んだら、その首を美術館に展示してやる、ただし…、世界の珍品コーナーだがな!」
 互いの得物が閃きを放とうとした、その刹那ー
「何をしている!」
 迫力に満ちた声が辺りに響いた。思わず動きの止まる二人。
「街中で刃物を抜くとは、如何な理由があっても関心できんな…。」
 二人を迫力だけで止めた人物が近づいてくる。
「隊長…。」
「おっさん…。」
 言うまでも無く、それはリカルド=フォスターその人だった。
「アル、全くこの忙しい時に何を油を売っている。」
 二人に近づくなり、リカルドはそう言って、アルベルトを叱る。
「あの…、それはこいつから俺にちょっかいを…」
「言い訳などいい!」
 アルベルトが怒られる様を見て、横で舌をだすフェイ。しかし、
「君も君だフェイ君。仕事を再開したのだろう、もう少し身を入れて仕事に励まなくてはアリサさんも困るだろう…。ただでさえ、最近問題を起こしたばかりなのだから…。」
 二人は其の後、数十分に渡り説教をくらった。
 そしていつ果てるとも知らない、地獄の責め苦から二人が解放されると、
「さて、そろそろ雷鳴山に向かうぞ、アル。」
 リカルドが言い、くるりと背中を向けた。アルベルトも後に続く。
「おい、おっさん。」
 去ろうとしたリカルドをフェイが呼び止める、リカルドが振り向く。
「何だね、フェイ君。」
「その雷鳴山の仕事っていうのは大変なのか?」
「お前にいちいち言う必要は…」
「どうしたのかね?何か興味があるのかね。」
 アルベルトの発言を遮る様にリカルドが答える。
「いや、昨日、神父さんに話を聞いてね。あれを無視してまでとっかかんてんなら、大層な事件なんだろうなと思ってね。」
「おい、神父の話って何だ?」
 アルベルトは何とか二人の会話の輪に入り込もうとするが…。
「そうか、その事を聞いたか。ならば言おう、実はここ最近、雷鳴山の魔物の動きが活発でな、我々はそれに酷く手をやいているのだ。それで無くとも、先日の二つの事件で大変だというのに…、まあそれについては置いておくが、自警団は今、謎の穴の調査に人員を割く事ができんのだ。事が事だけに充分の人員と装備を用意したいからな…。」
「なるほど…」
 二人の話が終わった。その頃にはアルベルトはすっかり諦め、すねて槍の先で地面をほじくったりしていた。
「話はもういいかな?ならば我々は行かせて貰おうか。」
 そう言うと、リカルドはいじけているアルベルトを連れて、其の場から去った。
「さて、俺達も行くか。」
「はいっス。」

ー捜査の基本は繰り返しである……が、ー
「ふぅ〜。」
 フェイが溜め息をつきながら座り込む、場所は昨日と同じローズレイクのほとりだ。
「結局、何の情報も無しでしたっスね。」
 撫然とした表情で、テディの言う事を無視するフェイ。
「困ったっスね、ブラウニーさんにはすぐに解決するって言っちゃいましたっスし。」
「……………」
「困ったっスね〜。」
 いつもなら何か言い返すフェイだが、今日ばかりは疲れたのか、黙ったまま水面を見つめていた。二人はそのまま、しばしまったりとした時間を過ごした。
「おうおう、珍しい者がおるなぁ。」
 突如背後から声がして驚く二人、慌てて振り向くとそこには一人の老人が立っていた。
「あっ、カッセルさん、お久しぶりっス。」
「何だ爺さんか…、驚かさないでくれよ。」
「驚かせてしまったか?それはすまんのぅ。」
 そう言いながら二人の横に自然に座り込む。
「それにしても、本当に久しぶりじゃのうフェイ。」
「そっか…、そう言えば帰ってきてから、一度も爺さんには顔見せしてなかったな…、悪かったな爺さん。」
「否、いいんじゃよ。若い者はわしの様な年寄りのことなど気にせず、自分の道をただひたすらに歩けば良い…。それにしても、今度の旅で探していたものは見つかったかの?」
 途端にフェイが黙り込む、代わってテディが答える。
「それが…、ご主人様の目の薬は見つからなかったんス。」
「そう、何も…見つからなかったよ、爺さん。」
 うつむきながら言う、カッセルが静かに頷く。
「そうか…、まあ時間はまだまだある…。」
 二人にしか解らない静かな空気が流れ、テディはただ目を丸くした。
「それにしても、いい若いもんがこんな時間から何故こんな所で惚(ほう)けている?」
「それがっスね…」
 テディが長々と昨日からの出来事を語った、カッセルも暇だったのか、楽しんでその話を聞いていた。
ー偶然が重なれば、それは必然になるというー
 一通りの話を聞き終わったカッセルの口から、意外な言葉が洩れた。
「わしも見たぞ、その女の子を…」
「えっ(ス)?」
 二人が思わず昨日の様に身をのりだす。
「丁度そのピエロの者を話し込んでいる所を見たぞ。」
 聞いた途端に昨日と同じようにがっかりとする二人、彼女の行方が解る有益な情報では無かった。
ーあれっ?昨日はたしか、見ていただけって聞いたような?ー
 フェイは一瞬不思議に思ったが、その時は特に気にしなかった。
 三人はその後とりとめもない話をして別れた。テディとフェイは昼ごはんを食べに、一時帰路についた。

「フェ…、フェイ様…」
 帰り道の途中で突然に呼び止められ、振り向くフェイ。そこには肩で息をする神父がいた。
「さ、探しました…。」
「どうしたんですか、神父?」
 ただならぬ様子を察するフェイ、
「じ…実は、ローラが…穴に…入ってしまったのです…。」
「な…本当ですか?それは。」
 神父はその問いにこくこくと頷いた。
「朝から姿が見えないから、おかしいな、とは思っていたのですが…。それが穴を確かめに行った時、そこを塞いでいた筈の蓋が外されていて、他の子供達がそこへ行くローラを見たと言いまして…。」
「でも、何で?神父はその事は俺やおっさん以外には言ってない筈でしょ?」
 その時、テディがびくっと震えた。フェイはそれを見逃さなかった。
「テディ…、昨日は寄り道しないで真っ直ぐ帰ったか?」
「あ…あ…あのっス…」
 何とか口を動かすテディだが、言葉が文となって出てこない。
「回りくどい言い方はよそう、昨日の俺と神父の会話を盗み聞きしたな。」
 そう言いながら強烈に睨みつける、すると観念したのか、テディは下を向きながら「はいっス…」と頷いた。
「ちっ、仕方が無い奴等だ…。危険な目に遭っていないといいが…。」
 そう言って大きく息をつく。
「テディ、お前は一っ走り神父様と自警団に行って、この事を話してきてくれ。」
「はいっス。でも、フェイさんはどうするんっスか?」
 テディが聞くと、フェイは静かに、しかし力強く言った。
「俺も…、穴に入る。」
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